Calendar design in Edo
江戸時代の暦は太陰暦であるため、大の月(30日の月)と小の月(29日の月)があり、それが一定でないので、新しい年になると、大小が一目でわかる暦(カレンダー)が必要になる。それで自分がデザインした暦を年始の挨拶として贈りあった。今の年賀状のようなものだ。それは「絵暦」と呼ばれ、絵と文字が組み合わされていた。デザインは美しいもの、面白いものが好まれ、さまざまな趣向が凝らされた。絵の中に隠し文字があるものや、一行ほどの言葉遊びになっているもの、などだった。
人々は絵暦で競い合い、絵暦の同好会ができ、「大小絵暦交換会」というイベントを毎年開いたりした。メンバーが作品を出品し、互いに批評しあったり、交換したりした。今で言えば、絵の好きな仲間同士が集まってグループ展をやるようなものだ。
そこには浮世絵の絵師も参加していた。鈴木春信もその一人で、上の作品は代表作。雨が降ってきて、慌てて洗濯物を取り込んでいる女性を描いているが、洗濯物の模様が「大「小」の文字になっている。このような多色刷りの絵暦はやがて「錦絵」に発展していった。
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