2023年6月29日木曜日

映画「少年と犬」

 A boy and his dog

核戦争のために壊滅し砂漠化した地球は、文明が滅び、わずかな食料を奪い合う強盗集団たちの無法地帯になっている。わずかに生き残った人間たちは地下に潜って、一見、宗教と法律に基づいたまともな文明を守っている・・・風な外見だがじつは、完全に狂った人間たちの異様な世界だった・・・という設定で、「黙示録的ディストピア映画」の定石どうりのストーリーになっている。よくできた B 級映画といったところだが、主人公の少年の相棒として、言葉を喋る犬を登場させて、ブラック・コメディー映画にしているところがユニークだ。

1975 年制作の映画で、今まで日本公開されていなかったのに、50 年も経った今年初めて公開されたのは、この人類滅亡の物語が来年、つまり 2024 年に起きるという設定になっているからのようだ。


いつも「腹が減った」とばかり言っている犬が、ラストシーンで「アー久しぶりで腹一杯食った」と言いながら少年といっしょに去っていくが、これはかなり強烈な ”ブラック” だ。(なぜかは差し控える) 

2023年6月26日月曜日

アブストラクション展

Abstraction

アーティゾン美術館で開催中の「アブストラクション 抽象絵画の覚醒と展開」 展は、抽象絵画の誕生から現在までの発展を体系的に見せるという、画期的な展覧会。


ただし残念なのは、抽象絵画の3大始祖とされるカンディンスキー、マレーヴィッチ、モンドリアンの扱いが軽い。特にマレーヴィッチは一点もない。ほぼアーティゾン美術館所蔵作品だけで構成したからのようだ。

絵画に革命を起こしたマレーヴィッチは、ウクライナ(当時はロシアの属国)出身だが、共産主義ロシア政府から弾圧されて、晩年は抽象絵画を止めざるを得なかった。なにか今のご時世を思わせるようなだけに、芸術がいつも政治に翻弄されてきたという歴史を再確認する意味でも、出展して欲しかった。


2023年6月24日土曜日

パステル画の描き方 風景編

Landscape Painting in Pastel

パステル画でもっとも大事なことは、「光」を描くことで、パステルという画材はそれに向いている。また「光」によって、風景の雰囲気やムードや空気感、あるいは描いている人自身の感情を表現できる。だから、様々な種類の光の性質や、光によってできる反射や陰影の効果や、光が色や明暗に与える影響などについて知る必要がある。

そういう「光の捉え方」について書いたパステル画教本はたくさんあるが、そのひとつ「Painting the Landscape in Pastel」はとても参考になる。「季節」「天候」「時間帯」によって変化する「光」の描き方を豊富な作例で示している。

春の晴れた日。春の暖かい光の木洩れ陽が、地面や生垣の日陰との間に強いコントラストを作っている。

真夏の昼間。緑が濃い木の葉が気持ちいい緑陰を作っている。手前の地面の光が夏の強い日差しを感じさせる。

秋の朝。秋の柔らかい光が木々や建物にまんべんなく降り注いでいる。落葉し始めた木の枝の黒とのコントラストが美しい。

冬の森。光は弱く、色のコントラストも、明暗のコントラストも弱い。


パステル画の教本は、ほとんどが「光」を最重要のこととして教えているが、参考までにいくつか挙げておく。題名にズバリ「Light」が入っているものも多い。これらは、ほとんどがAmazon で買える。(なお日本の本にはそういう本はまったくない)

「Capturing the Light in Pastel」
「Paint the Changing Seasons in Pastel」
「Painting the Landscape in Pastel」
「Intutive Light」

2023年6月20日火曜日

トロンプルイユの絵画展

Trompe-loeil

地元に「トロンプルイユ」が専門の「横浜本牧絵画館」という小さな美術館がある。主に岩田榮吉の作品を収蔵している。現在は「トロンプルイユの現在 2023」という企画展を開催中。


岩田榮吉「アルルカン」

池田誠史「フェルメールを想う」

トロンプルイユは「だまし絵」と呼ばれ、「目をだます」ために、極端な写実性・真迫性で、本物そっくりに描く絵画で、17 世紀ごろに盛んに描かれた。今回展示の上の2点などは、その手法を受け継いでいる。トロンプルイユの特徴の一つは、その絵が、飾られる壁面の一部に溶け込んでいるように「偽装」することだ。上の作品では、壁に埋め込まれたクロゼットでそれをやっているし、下の作品では、壁に貼った写真でそれをやっている。

2023年6月14日水曜日

映画「独裁者たちのとき」

 「Fairytale」

独裁者スターリン、ヒトラー、ムッソリーニ、の3人にチャーチルを加えた4人をあの世からよみがえらせて、物語を演じさせる一種のパロディ史劇というか、おとぎ話というか、とんでもなく面白い映画だ。煉獄に落ちた4人は、お互いに侮蔑し合い、罵り合いながら、天国の門を目指して、さまよい歩いて行く。

4人の画像は、今はやりの画像生成 AI によるものではなく、すべて実写フィルムのアーカイブから収集した映像を組み合わせたものだというから驚きだ。またセリフは当時実際に4人が喋ったり書いたりした言葉をそのまま使っているという。


各場面の背景は、廃墟になった古代都市のような壮大なスケールの風景になっている。おそらくマット・ペイントだろう。ピラネージが描いた、古代の恐ろしい煉獄のイメージに似ていて、独裁者たちが作った”帝国”が滅びた姿を表現している。

ヒトラーが演説する場面で、熱狂する群衆の映像が、実写映像を加工しているのだがすごい。このスチルではわかりにくいが、大群衆が波のようにうねり、最後に巨大津波になって襲いかかってくる。


着想のユニークさと、映像表現の見事さで、見応えがある映画だ。


2023年6月12日月曜日

「日本ポスター史大図鑑」

「A History of Poster in Japan」 

「明治・大正・昭和初期  日本ポスター大図鑑」という本が出た。400 ページにも及ぶ大冊で、膨大な数のカラー図版とともに詳細な解説がされている。

ただ時系列で作品を並べただけでなく、各時代の文化的背景などを含め、様々な切り口から日本のポスター発展の歴史を解説している。

戦後の日本は、世界的なポスター大国になったが、この本が取り上げているのは、戦前までで、「グラフィック・デザイナー」などという言葉がなく、「図案家」と呼ばれていて、まだポスターが発展途上の時代だった。

明治では浮世絵的な表現が残っていたり、大正・昭和では西欧のアール・デコの影響を大きく受けたりした。1930 年代の戦時体制の時代には、政府の国策ポスターが全盛になる。その時影響を受けたのが、第一次世界大戦時の西欧の国策ポスターを紹介した「大戦ポスター集」という本だったという。図案家たちはそれを手本にしたり、翻案したり、時にはデッドコピーしたりした。この本では、それらを元ネタと並べて紹介していて面白い。


この最後の、志願兵募集のアメリカのポスター「I WANT YOU」は、今でもデザイン史に残る超有名なポスターだが、当時からすでにデッドコピーされていたことがわかる。

2023年6月7日水曜日

野球映画の親子のキャッチボール   「フィールド・オブ・ドリームス」と「ナチュラル」

 「Field of Dreams」「The Natural」

 MLB の試合を TV で見ていると、日本と違うアメリカの球場の様子がよくわかる。ほとんどの観客が家族連れで野球を楽しんでいる。だから観客席に子供が多いのが目立つ。

アメリカには野球映画が多いが、その中で、子供の頃に野球を教わった父親の思い出の話がよく登場する。映画評論家の川本三郎氏によれば、「アメリカの父親は男の子に三つのことを教えなくてはいけない。魚釣り、キャンプの火の起こし方、そしてキャッチボールだ。アメリカの男たちにとっては、父親とキャッチボールをした思い出は、子ども時代のもっとも幸福な財産である。」

「フィールド・オブ・ドリームス」は、子供の頃に父親に連れられて野球を見に行ったことから野球好きがこうじて、自分の農園の中に私設の野球場を作ってしまい、そこに往年のスター選手たちの亡霊が集まって野球をやるという野球愛に満ちたファンタジー映画だ。そのラストで、主人公(ケヴィン・コスナー)の父親の亡霊が現れるのだが、子供の頃にキャッチボールを教わった時のままの自分より若い姿の父親とキャッチボールをする。大人になって「子ども時代の幸福な財産」が再現している。


「ナチュラル」は、天才的な才能に恵まれながらも、ある事件でメジャーデビューが果たせなかった選手(ロバート・レッドフォード)が、中年になってから初めてプロになり、大活躍するというサクセスストーリーの野球映画だ。主人公が子供の頃、父親とキャッチボールをするシーンの回想から映画は始まる。田舎の田園風景のなかで、野良仕事を終えて家に帰ってきた父親が、子どもとキャッチボールをする。夕暮れの柔らかい光で、黄金色に輝く小麦畑のシーンはユートピアのように美しい。それはアンドリュー・ワイエスの描いたアメリカの原風景のようで、父とのキャッチボールもまた子ども時代の原風景をつくっている。


映画の終わりで、主人公は引退して故郷に戻り、死んだ父と同じ場所で農園をやっている。そして再び父子のキャッチボールのシーンになる。父は、大人になった主人公(生涯結婚しなかった)だが、子の方は誰・・・


2023年6月4日日曜日

映画「トリコロール 青の愛」

 「Tricolor : Blue」

巨匠キェシロフスキー監督の「トリコロール」の3部作は、フランス国旗の、 赤(博愛)、白(平等)、青(自由) をモチーフにした愛の物語で、「トリコロール 青の愛」は、過去の自分から解放されて「自由」を得るまでの女性の物語。

交通事故で夫と娘を亡くし、妻(ジュリエット・ピノシュ)も重傷を負う。家族を失い、彼女の心がポッカリ空白になってしまう。今までの生活を忘れて再出発したくて、住んでいた邸宅を売り払う。しかし一方で、愛していた夫の思い出をとっておきたいという思いで、大事にしていた青いガラスのモビールひとつだけを手元に残して、いつもいつくしむように眺めている。このモビールの「青」が題名の「青の愛」のシンボルになっている。


この映画は、ドラマチックな展開があるわけではなく、主人公の微妙な心の動きをたんたんと描く静かな映画だ。その心の動きをセリフで説明的に描くことはせず、代わりにいろいろな小さいオブジェクトをクローズアップで写して代弁させる。だからストーリーを追う見方をするのは意味がない映画で、キェシロフスキー監督の映画美学が素晴らしい。

カフェでコーヒーを飲むシーンで、角砂糖をゆっくりとコーヒーに浸していく。そのゆっくりとした手の動きが主人公の虚ろな心を表わしている。こういうディテールのアップが映画のあちらこちらに散りばめられている。


事故の時、現場に落ちていた十字架のネックレスを拾った若者が、わざわざ届けてくれる。夫からプレゼントされた思い出の品だが、彼女はいらないと言って若者にあげてしまう。揺らいでいるネックレスのアップ映像が彼女自身の心の揺れを表現している。


最後に彼女は決断をする。著名な作曲家だった夫が亡くなって作曲が中断したままの協奏曲の残りを自分で作曲して完成させることだ。残っていた遺品の資料をもとに、夫の気持ちになり切りながら作曲していく。


曲を完成させた時、夫の思い出との決別をする決心がつく。そして映し出されるのは、アウト・オブ・フォーカスになった青いモビールで、もうこのモビールが眼中にない彼女の視線で撮られている。そしてモビールを置き去りにしたまま、家を出ていく彼女の姿が見える。向かうのは夫が死んでから愛するようになった男の家だ。そして彼女に新しい至福の生活が始まったことが暗示される。


ラストで、彼女が完成させた曲が流れる。愛の至高を荘厳に歌っている合唱付きの協奏曲で、歌詞が字幕で出る。「知識も信仰も道徳もいらない。すべてを乗り越えることができるのは愛の力だけだ」と歌っている。主人公が、過去の思い出という束縛から解放されて「自由」を得たことを意味している。

2023年6月2日金曜日

キェシロフスキの「愛に関する短いフィルム」

 「A Short Film about Love」

ポーランド映画の巨匠キェシロフスキの「愛に関する短いフィルム」を観た。人づきあいのない孤独な若者が毎夜、向かいのアパートに住む女性を望遠鏡で盗み見している。一方、女性の方には、しょっちゅうちがう男が訪ねてくる。やがて二人は対面で向かいあうことになり・・・ 緊張感があるがサスペンス映画などではなく、題名のとおり愛に関する物語で、ふたりの心理状態が徐々に変化していく様子が繊細に描かれる。


その心理描写は説明的でなく、人物の顔の表情で語られる。そのため、ほとんどの場面が、画面いっぱいの顔のクローズアップで撮られている。そして、すべての画面がローキーで、真横から光を当てる「レンブラント・ライティング」が使われている。それによって表情がはっきりと浮かび上がり、とても効果的だ。