2020年5月30日土曜日

”死んだ都市”の絵(その5)キーファー

Anselm Kiefer

キーファーは戦後ドイツの画家だが、ナチズムの歴史を直視することをテーマにしたシリーズがある。消えてしまった「第三帝国」の都市を描くことで、ナチズムの記憶をもう一度蘇らせようとした。特にヒトラーが作った建築をモチーフにした絵を多数描いている。


ヒトラーのお抱え建築家として有名なアルベルト・シュペーアは、ベルリン大改造の都市計画や、威容を誇るモニュメンタルな建築を手がけた。しかし、神殿のようにそびえていたこの建物も、敗戦とともに、瓦礫になってしまう。



ヒトラーは、シュペーアに総統官邸を設計させた。擬古典主義建築が大好きだったヒトラーの好みに合わせた、宮殿のような建物だ。キーファーは、ナチズムのシンボルのようなこの建物を焼けただれた遺構のように描いた。(写真は現存していた当時の総統官邸)



べルリンにあったドイツ軍兵士の地下墓所をモチーフにしているが、画面奥に7つの炎が燃えている。これはイスラエルの聖墳墓教会の祭壇に灯されている7つの炎の意味だという。この絵には、ユダヤ人の強制収容所やホロコーストのイメージが重ねられている。


2020年5月28日木曜日

パンデミック映画「アウトブレイク」

Outbreak

パンデミック映画 「アウトブレイク」を見た。レンタルビデオの予約順番待ち2ヶ月でやっと借りられた。エボラ出血熱のアウトブレイク(感染爆発)を題材にしたサスペンス映画で、コロナ禍の今見ると、とてもリアリティがある。

アフリカから持ち込まれた、致死率 1 0 0 % の恐怖のウィルスだが、いち早くその発生に気づいた医師が政府に警告するが握りつぶされてしまう。(これ、最近どこかの国でもあったような。)そして、ある町の住民が集団感染してしまう。軍隊が出動して町を都市封鎖(ロックダウン)する。抜け出そうとする住民は容赦なく射殺する。だが感染爆発が止まらず、政府はある「重大決定」を下す。

医師は治療薬開発を必死で進め、ついに成功する。これによって政府の「重大決定」はもう不要だから中止をするよう訴えるが軍は無視する。医師は実力行使で阻止する決意をするが、軍は邪魔な医師を抹殺しようとする・・・
(「重大決定」が何かは控える)

2020年5月26日火曜日

”死んだ都市”の絵(その4)エリック・デマジェール

Erik Desmazieres

前回のトリニャックと同じく現代フランスの版画家エリック・デマジェールも、死んだ都市をたくさん描いている。しかしトリニャックのリアルと違って、こちらはファンタジック。この「人住まぬ場所」は崩れた都市の幻想風景だ。


「北米の都市」という題名。古代建築風の壊れた塔が林立しているが、廃墟になったニューヨークの摩天楼の光景だろう。文明批評的な意味を込めた、没落した都市のイメージだ。

題名は「バベルの塔」。ブリューゲルのバベルは田園の中にあったが、こちらは大都市の高層ビルの真ん中にある。ぐにゃぐにゃに曲がった建物が折重なっている。迷宮のような都市が描かれている。現代的な解釈のバベルだ。


2020年5月24日日曜日

”死んだ都市”の絵(その3)ジェラール・トリニャック

Gerad Trignac

現代フランスの版画家ジェラール・トリニャックは、死んだ都市ばかりを描いている。作者の頭のなかで創り出した架空の都市だが、その想像力に圧倒される。都市の「無人」感が強烈だ。ある日突然、人間が消えてしまい、取り残された街。その空虚さによって都市の死を表現している。





2020年5月22日金曜日

”死んだ都市”の絵(その2)クレリチ

Clerici

クレリチ の ”死んだ都市” のなかでいちばん有名な「水のないヴェネチア」。ヴェネチアは、海の干潟(ラグーン)に無数の杭を打って、その上に島を作り家を建て、島どうしを橋で繋いで、現在の「水の都」ができた。この絵は、水が干上がって街が宙に浮いてしまう悪夢を描いている。

「竜巻」では、大きな都市が竜巻に襲われて、家々は屋根が吹っ飛び、壁がむき出しになり、街は砂に埋もれて砂漠化している。クレリチ がトルコのアナトリア半島を旅した時のスケッチをもとに描いたというが、その地では、歴史上たくさんの文明が発祥しては、滅びた。自然の変動によって、文明が没落するヴィジョンを描いている。


2020年5月20日水曜日

”死んだ都市” の絵(その1)クノップフ

Khnopff

クノップフの「見捨てられた町」は、死んでしまった都市を描いている。建物のドアや窓は閉じられ、銅像は台座だけが残っている。海水がひたひたと地面を侵食している。人は誰もいない。

貿易港として栄えたベルギーのブリュージュが、土砂の堆積で港の機能を失い、町は海水に侵食されて、死の町になっていったイメージを幻想的に描いている。

自然災害などで都市が滅ぶという終末論的な没落イメージは、ダ・ヴィンチの「大洪水」をはじめたくさんあるが、クノップフは「無人風景」を描くことで、死んだ都市を表現した。

3年前の「ベルギー奇想の系譜」展では、「ブリュージュにて、聖ヨハネ施療院」が来ていた。これもテーマは同じで、建物の半分が水に浸かった死んだ町の一角を、静まりかえった無人の風景として描いている。


2020年5月18日月曜日

マスク 対 サングラス

Mask vs Sunglass

日本でマスクをつけている人が多いことに外国人は異様な感じを受けるとよく言われる。しかしコロナで日本の「マスク文化」が見直され始めた。

あるドイツ人ジャーナリストが「欧米人のマスク嫌いの根底にあるもの」という面白い記事を書いている。欧米人がマスクを嫌うのは、マスクで顔を覆うと表情が分からなくなり、不安に感じるためで、マスク禁止の法律まであるという。そこには主にアラブ系移民たちのニカブを想定した、多分に人種差別的な意図があるようだ。

日本では、マスクで口を隠しているから不安と思う感覚はあまりない。むしろ目を隠すサングラスの方に不快な感じを受ける。日本では「目は口ほどにものを言う」というように、言葉より目で相手の本心を知ろうとする。だから目が見えないサングラスの方が不安になる。それで同記事は「サングラスが失礼な日本、マスクが失礼なドイツ」と言っている。人とのコミュニケーションで、「言葉」を重視する欧米と、言葉の裏にある「コンテクスト」の方を重視する日本との違いが現れていることを指摘していて、確かにと思う。

2020年5月16日土曜日

アニメ「カーズ 2」の日本式トイレ

「Cars 2」

アニメ「カーズ2」は日本が舞台で、日本文化のメタファーがたくさん出てきたが、トイレもそうだった。
トイレに入った車のキャラクターたちが、S F 映画のように未来っぽいトイレにびっくり仰天する。「これタダなんだよ!」と言われてまたびっくり。外国の公共トイレは、有料が多いからだ。

多機能で ”ハイテク” なウォシュレットが極端で、コントロールパネルと大型ディスプレイ付きの、まるでコンピュータ。日本で生まれたウォシュレットは、日本イメージの最適のメタファーのようだ。
ウォシュレットのディスプレイの画面で、かわいいキャラクターが使い方のガイドをしてくれる。ゲームやアニメの「カワイイ」文化そのもの。外国から見ると、日本のピカピカのトイレは、まるでアミューズメント施設のように感じるそうだが、そのイメージを大げさに誇張していた。


2020年5月14日木曜日

日本の食文化とコロナ

Food culture of Japan

子供の頃暮らした田舎では、江戸時代の風習がまだ残っていた。婚礼や宴会などの人が集まる時の食事は4本脚の「お膳」で供された。こういうお膳スタイルはすでに縄文時代から始まっていて、時代とともに洗練されていったという。「本膳料理」「会席料理」などもすべて「お膳」で成り立つ食事形式だ。今でもファミレスの「〜御膳」というメニューに名残りがある。

それぞれの人の食べ物をあらかじめ取り分けて、「自分用のお膳」(いわばパーソナル・テーブル)にまとめて供するのが日本独特の食文化だった。西洋や中国のように、テーブルを囲んで大皿から各人が取り分けて食べるという形式は、日本の歴史には全く存在しなかったそうだ。家族が「ちゃぶ台」を囲んで食べるスタイルは明治になってからの新しい歴史だという。

食べ物が各人ごとのお膳にまとめられていて、食べ物、食器、箸などを他人と共用しない文化の背景は、身分制度の厳しい社会で、食事にも身分差つけようとしたことと、他人の使用した食器はけがれていると感じる「けがれ思想」とがあるという。「割り箸」も食器を他人と共有しない文化の極致だろう。

コロナ対策で、ソーシャル・ディスタンスをとり、向き合って食べないようにというが、日本の「お膳」スタイルはもともとそうだった。

2020年5月12日火曜日

ワインで飲み会 フェルメールとホーホ

Vermeer & Hooch

二つの絵を比べてみる  フェルメールとホーホの室内画

フェルメールと同時代の室内画で、一番人気だったホーホ。ワインで飲み会をやっている絵で、気軽な "インスタ写真" のような感覚なのだろう。

フェルメールの方は造形性が高く、いわば "芸術写真" 。 2 0 世紀になってから、両者の評価は逆転する。最近のフェルメール展で、よくホーホの絵が比較対象として展示される。引き立て役にされてかわいそうだが、比較すると確かにフェルメールはすごさがわかる。
このフェルメールは、ホーホと同じく、男女がワインを飲んでいる似たモチーフなので、比較しやすい。

画面構成が緊密で、どの部分も1mmも動かせないくらい、構図が計算されている。その点、ホーホの方は ”ゆるい”。まわりに余分な空間を作らないフレーミングも画面密度を高めている。また、女性の上半身を明るくしたり、壁や床の明るさを微妙に変化させたりなど、明暗の配分が絶妙。

2020年5月10日日曜日

ピアノを弾く女性、ハマスホイとフェルメール

Hammershoi & Vermeer

二つの絵を比べてみる  ハマスホイとフェルメールの室内画

ひさびさにハマスホイが来日したが、コロナ禍で会期途中で終わってしまった。早くに見ておいてよかった。

この展覧会でもそうだったが、ハマスホイには「北欧のフェルメール」というキャッチフレーズがつけられる。しかし室内画という点では共通していても、両者の違いは大きい。

この「ピアノを弾くイーダのいる室内」は、奥の部屋で女性(ハマスホイの妻)がピアノを弾いている。これとよく似た題材のフェルメールの「音楽の稽古」と比べてみる。

ヴァージナルを弾いている女性を先生が指導している。ハマスホイとの共通点は、人物が画面の奥にいて、手前に広い空間をとっている点。だがフェルメールの方は、女性や先生が主題になっていて、絵に「物語性」がある。


ハマスホイの方は、室内の「空間」を描くのが眼目で、人物は、見る人の視線を奥に導くことで空間の奥行き感を強調ために使っている。ハマスホイの絵は人物がいないか、いても生きた人間を感じない彫像のように描かれる。だからフェルメールと違って、ピアノの音が聞こえてこない、静かな絵だ。

2020年5月8日金曜日

肌理(きめ)の遠近法、ゴッホとスーラ

Gogh & Seurat
二つの絵を比べてみる   肌理の遠近法、ゴッホとスーラ

遠近法といえば、普通は「線遠近法」のことだが、他にも「空気遠近法」など色々な種類がある。「肌理の遠近法」もその一つで、ギブソンの名著「生態学的視覚論」で詳しく研究されていた。草原の草や、砂利道の石などによる地面の肌理(きめ)を、近くを粗く、遠くを密に描くと、見る人は遠近感を感じる。



ゴッホの「夕日の麦畑で種子をまく人」は分かりやすい例で、手前と遠景とで、地面の肌理の粗さと密度を変えて、遠近感を出している。建物などの直線要素がない風景では線遠近法が使えないから、この方法が役に立つ。
同じ点描画でもスーラは、「肌理の遠近法」を使っていない。同じ大きさの点を、同じ密度で全体を埋めていて、肌理が均一になっている。だから奥行き感のない、平面的な絵になっている。もちろんそれは、空間より色彩重視のスーラが意図的にやっていることだが、おかげで「肌理の遠近法」の効果がわかる反面教師になっている。

2020年5月6日水曜日

写真 vs 絵画、アングルとゴッホの人物画

Ingres & Gogh

2つの絵を比べてみる   絵画への写真の影響、アングルとゴッホの人物画

アングルの肖像画は、上流階級の女性を格調高く描いている。注文主であるモデルを立派に見せている。

この時代に写真が発明されて、写真家という商売が始まる。写実絵画のチャンピオンだったアングルは、写真が画家の仕事を奪うとして、写真業を禁止するように政府に求めることまでしたという。しかし裏ではこっそりと、写真家にモデルの写真を撮らせ、それをもとに、このような肖像画を描いていたそうだ。

アングルの他にも写真を使って描いた画家は多かったらしく、ある研究によれば、マネ・コロー・ミレー・ドラクロワ・クールベ・ドガ、など、そうそうたる人たちが写真利用派だったという。

写実絵画には写真が重宝がられたが、写実よりも、画家の感じたものを描くことに重点を置く人たちは、写真利用を否定した。それは、ルドン・ゴーギャン・ムンク・ゴッホ・マティス、などだったという。

写真は、透視像の正確さで勝っているが、当時の写真は白黒で、しかも白黒コントラストが強く、中間調を再現できなかった。だから画家たちは、写真にはできない、絵画の強みを活かそうと考えて、光と色の絵に進んでいった。それが印象派を始めとした近代絵画誕生のきっかけの一つになった。
(以上、黒田正巳「空間を描く遠近法」による)

2020年5月4日月曜日

外を眺める女性、ホッパーとワイエス

Hopper & Wyeth

二つの絵を比べてみる   外を眺める女性、ホッパーとワイエス

アメリカン・リアリズムのホッパーとワイエスの絵には、どちらも、ある種の「懐かしさ」を感じる。

ホッパーの「朝の太陽」は、夜の仕事をしている女性が、朝の遅い時間に起きて、けだるそうに街を眺めている。都会に暮らす人の倦怠感や孤独感などのメランコリーな気分を描いている。

ワイエスの「クリスティーナ・オルソン」は、女性が戸口から外を眺めている。足が不自由で、歩けなかった彼女は、昔からずっとこの家に住んで、同じ風景を毎日眺めてきた。

二つはテーマやモチーフがよく似ている。外から差し込む日差しによる光と影のパターンで構図を作っている点も同じ。しかし二人の見ているものは対照的で、「都会の憂愁」と「田舎の郷愁」だろう。

2020年5月2日土曜日

マティスの二つの窓の絵

Matisse

2つの絵を比べてみる ⑤    マティスの2つの窓の絵

マティスに「コリウールのフランス窓」という同じ題名の絵が二つある。1作目は 1 9 0 5 年の作で、2作目は 1 9 1 4 年の作だが、同題名でありながら、9年の間に絵は一変する。

1作目は、華やかな色調と軽いタッチで、いかにもマティスらしい。南フランスの海を、別荘らしき部屋の窓越しに描いていて、明るい雰囲気が伝わってくる。
2作目は一変して夜の風景で、中央が黒で塗りつぶされている。具象性が消えて、題名が「窓」でなければ、窓に見えない。垂直線が画面を4つの平面に分割していて、抽象絵画になりかけている。

 1 9 1 4 年といえば、カンディンスキーの抽象主義絵画などの、絵画の変化が始まった時期だから、その影響があると思う。