2019年11月29日金曜日

「ビルの壁」コレクション

Wall collection
街の中のいろいろな壁を集めている。(写真は、あおり補正をした)

プロポーションの美しい壁

壊れかけた工場の壁

バラバラの追加造作物で賑やかな壁(台湾)

錆びた配管がむき出しの古いビルの

蔦で完全に覆われた廃墟(旧根岸競馬場)の壁

工事中のビルの壁

曲面の壁

"The"  壁

2019年11月27日水曜日

バウハウス 100 年映画祭

100 years Bauhaus Film Festival

全6編のシリーズのうちの「バウハウス  原型と神話」を見た。生存している元学生たちの証言で構成されている。ナチスの弾圧で閉校した後のこと中心なので、知らなかったことが多くて参考になる。またバウハウスの光とともに、影の部分にも触れている。

クレーやカンディンスキーはスイスなどへ逃れたが、ユダヤ人教授の多くはイスラエルへ脱出したという。テルアビブで様々な建築を手がけ、バウハウス式モダニズムデザインを広めた。集合住宅は地域コミュニティのつながりを強めるような設計だったと住民が証言している。それらはいまだに4千棟も残っていて、全体が世界文化遺産に登録されている。

アメリカに亡命したグロピウスやミース・ファン・デル・ローエなどは、「ニュー・バウハウス」(現在の I I T )を作って、戦後にアメリカがデザイン大国になる基礎を作った。しかし、ミースによるニューヨークの高層ビル群は、街のコミュニティを破壊したモダニズムデザインの行き過ぎだったと映画は批判している。

2019年11月25日月曜日

クリムトの絵を取り戻す      「黄金のアデーレ 名画の帰還」

Woman in Gold

「クリムト展」が大盛況で、今年はクリムトの話題が多かった。3年前の「黄金のアデーレ」が面白かった。ナチスによるユダヤ人の資産強奪で奪われたクリムトの絵を取り戻すという実話にもとづいた映画。ヘレン・ミレンがパワフルなおばあちゃん役を好演。


オープニングで、クリムトが「黄金のアデーレ」を描いている。モデルは、絵の依頼主である裕福なユダヤ人実業家の妻。モデルの女性に可愛がられて育った姪は今 82 才だが、絵の現在の所有者であるオーストリア政府を相手取って返還要求の法廷闘争を起こす。



エンディングは、姪が幸せだった子供の頃の幻想シーン。生家の部屋に「黄金のアデーレ」が元通りに掛けられていて、その前でモデルの叔母が微笑んでいる。絵とともに迫害で奪われた「家族の記憶」も取り戻す。

2019年11月23日土曜日

埴輪「見返り犬」の犬らしさ

5th century's dog-shaped Haniwa

5世紀頃の埴輪だが、飼い主の声に振り返ったポーズで犬の可愛さを100% 表現している。これ以上なく犬を単純化したすごい造形力のこの彫刻家(?)に会ってみたくなる。

人間と犬の関係について書いた「ヒト、犬に会う」という本に面白い実験の話が出てくる。ヒモを引くと食べ物が出てくる仕掛けで、オオカミと犬に食べ物を取ることを覚えさせる。その後でヒモを引いても食べ物が出ないように変えて、再度やらせる。するとオオカミはすぐあきらめるが、犬は「エッ、どうして?」と実験者の方を振り返るという。この「人間を振り返る」という人間に似たコミュニケーション行動がオオカミとの決定的な違いで、犬が家畜化した原因だという。

この埴輪はまさに、人間の方へ振り返った最も犬らしい瞬間を形にしている。

2019年11月21日木曜日

クリムトの絵はなぜ正方形が多いのか?

Klimt

風景は横に広がっているから風景画は普通は横長だし、人体は縦長だから人物画は縦長に描かれる。しかしクリムトの絵は正方形が多い。画集でざっと見たところ、風景画、人物画を含めて半数くらいが正方形で描かれている。

理由を調べたが、クリムトの解説書には、「正方形へのこだわりの理由についてクリムトは何も語っていない。」とあるだけで、要するに分からないということらしい。(「クリムト  生涯と作品」より)

今年の「クリムト展」でも風景画があまりなかったように、クリムトに風景の印象がないが、全作品の4分の1が風景画だそうで、これは全てが正方形だという。(「クリムト  生涯と作品」より)

横への広がりのない風景は、一部だけを切り取ってズームアップしたような密度感がある。クリムトは、風景や人物を自然のままでなく、象徴として描いたから、対象物の縦横に従って画面を縦長や横長にすることを否定し、どちらでもない正方形によって象徴性を際だたせようとしたのではないか。

2019年11月19日火曜日

シーシキン「モスクワ郊外の正午」

「Noon in the Neighborhood of Moscow」 Ivan Shishkin

農夫たちが昼食をとりに家へ帰ろうとしている。明るくのどかな田園風景の絵だが。


じつは勝手に半分に切ってしまったもので、実際は下のような倍以上に縦長の絵。19 世紀ロシアのシーシキンという人の「モスクワ郊外の正午」で、一年前の「ロマンチック・ロシア」展で見て魅了された。ロマンチックな空気感を感じさせるのに、広い空と雲の表現が効果的なことが分かる好例だと思う。上のような構図にしたら普通の絵だっただろう。


2019年11月17日日曜日

ロケットエンジン

Rocket Engine

横浜みなとみらいの三菱重工技術館にロケットエンジン H2A の現物の展示がある。巨大ながら精密機械のようなイメージ。





2019年11月15日金曜日

映画「ゴッホ最期の手紙」

「Loving Vincent」

ゴッホ映画の新作「永遠の門」を見たついでに去年公開の「ゴッホ最期の手紙」をもう一度 DVD で観た。ゴッホは本当に自殺だったのか、実は他殺だったのではないか、その謎を解いていくというミステリー仕立てのユニークな映画。ゴッホの手紙からたくさんの矛盾点が浮かび上がり・・・

このアニメーション映画の最大の特徴は、絵がゴッホのスタイルで描かれている点。まず俳優に演技させて、その実写映像をキャンバスに投影して、それをもとに1コマずつゴッホ風に油絵で描いたという。この方法では PC は使えないから、1秒あたりのコマ数を普通の半分の 12 枚にしたそうだが、それでも全部で6万枚以上になったそうだから気が遠くなる。世界各国から選ばれた画家 125 名で制作したという。(写真は制作に参加した日本人画家)



2019年11月13日水曜日

風景 北海道の早い紅葉

北海道はもう紅葉している。11 月の大沼公園にて。

パステル、ミ・タント紙、46cm × 33cm

2019年11月11日月曜日

映画「永遠の門 ゴッホの見た未来」

「At Eternity's Gate」

ゴッホ映画がまた来たので、さっそく観に行った。はじめ題名の意味が分からなかったが、見終わって理解できた。

ゴッホが外で描いていると、遠足の子供たちが通りかかり、「変な絵!」と叫ぶ。すると先生が「あんなの絵じゃありませんよ!」とたしなめる。世に受け入れられなかったゴッホを物語るシーンだ。

人が見えていないものを見つけ出して描くのが絵だと信じている。やがては誰もが自分と同じように見える時がくるはずだという信念で売れない絵を描き続ける。自分の絵で未来への門を開くのだ、というのが題名の意味。

今までのゴッホ映画が波乱の人生を描いた伝記映画だったが、この映画は初めてゴッホの絵画そのものに迫っている。

2019年11月9日土曜日

オリンピックは「民族の祭典」?

「Olympia」

オリンピックのマラソン会場変更でドタバタしているようだが、そもそもオリンピックを夏にやるのがこの問題の根本的な原因だ。それはスポーツイベントが夏に無いからというテレビ局の都合で決まっている。(このことを TV は言わない)オリンピックの開会式が、荘厳で、派手派手しく、大げさなのも、テレビ写りをよくするためだ。

現在のオリンピックのスタイルは戦前のベルリン大会でヒトラーが始めたもの。威容を誇る大スタジアムの建設、ドイツ文化の正統性を示すためのギリシャからの聖火リレー、開会式での軍隊的な入場行進、儀式めいた聖火台への点火、ナショナリズムを煽る国旗掲揚や国歌演奏、などオリンピックをドイツの国威発揚の手段として利用するために始められた。このベルリン大会方式が今だに当然のように受け継がれているのは不思議だ。

映画という映像メディアによる大衆扇動の効果に初めて気づいたのがナチスだった。だから映像を通して視覚に訴えかけるような開会式を始めた。そして大会の記録映画を作るというのもこの大会からだった。それが有名なリーフェンシュタールの「民族の祭典」だが、タイトル通りナチスドイツの偉大さを圧倒的な映像美で表現している。開会式で各国の選手団が貴賓席のヒトラーに向かって右手を上げて軍隊式に行進する。ドイツ選手団の旗はハーケンクロイツ。熱狂する大観衆。開会式の映像は見もの。
→  https://www.youtube.com/watch?v=ospSnqRysgY

リーフェンシュタールは、ナチス党大会の記録映画「意志の勝利」も撮ったが、さらに圧倒的な(威圧的なほど)すごい映像美だ。天才的監督と言われた彼女は、戦後になってナチス協力者として糾弾された。


今は映画に代わってテレビがその役割をしている。

2019年11月7日木曜日

石ころアート

Stone Art

15 年くらい前に凝っていた石ころアートがいまだに家中にゴロゴロしている。石のうえに動物を描いていた。海岸で石を探し、手に取って形をながめ、何かのイメージがわいたら拾ってくる。ジェッソの下地を塗った上にアクリル絵具で描く。面相筆で細かい筆致を重ねて、硬い石を柔らかい毛に変身させていく。


2019年11月5日火曜日

横須賀の空母


横須賀駅の間近にいつも停泊している海上自衛隊の船が今日は満艦飾になっている。船首が直線なので空母だが、「183」という数字から「いずも」なのがわかる。ヘリコプター用から戦闘機用の空母に改修することで、最近話題になっている。なお、湾内の基地巡りクルーズに乗ると、米海軍の原子力空母や潜水艦などもいろいろ見れるので、その方面が好きな向きには興味深いと思う。


2019年11月2日土曜日

コートールド美術館展とポスト印象主義

Post-impressionism

「後期印象主義」は「Post-impressionism」の誤訳で、印象主義のなかに前半と後半があって、その後半部分を指すかのように誤解されてしまう。「post」は「〜の後」という意味だから、印象主義が終わったその後という意味。なので最近は「ポスト印象主義」という言い方に変わってきた。今、都美術館でやっている「コートールド美術館展」でも「後期印象派」ではなく、「ポスト印象派」を使っている。


「コートールド美術館展」は、宣伝文句と違って、ポスト印象主義が多いので、かえって印象主義との違いがわかりやすい。むしろ 20 世紀絵画の方に近く、やはり「後期印象派」の言い方がふさわしくないことがわかる。

セザンヌの代表作「キューピッドの石膏像のある静物」はいい例。床が傾いていて奥のリンゴが転げ落ちそうに見えるが、ここだけは上方からの視点で描いているため。手前の静物は横からの視点で、両者がひとつに組み合わされている。いちばん左に立てかけてある絵に描かれている青い布が画面の外にはみ出てきて、手前の静物と合体している。複眼で対象を捉えたキュビズムの先駆け、と言われるのがうなずける。