2020年7月29日水曜日

アントニオ・ロペスのリアルで不思議な冷蔵庫の絵

Antonio Lopez

超リアリズムのアントニオ・ロペスは都市の風景や室内の情景などを描いたが、7年前の「アントニオ・ロペス展」にこの「新しい冷蔵庫」という絵が出ていた。背景も何もなく、ただ冷蔵庫だけを即物的に描いている。しかしよく見ると、冷蔵斧のドアの幅は異様に広い。ドアを閉めたら、本体からはみ出してしまいそうだ。これは単に遠近法の狂いなのか。調べてみると、ある特殊な(仮想的な)見方をすると、理論的にはありうる見え方であることがわかった。
ドアの上端の回転軌跡を描いてみると、極端に薄べったい楕円になる。たいていの冷蔵庫の上端は目の高さに近いから、これくらい平べったいのは妥当だろう。しかしドア下端の回転軌跡は丸っこくて、楕円どころかほぼ正円になっている。ということは、ドア下端は真上から見ていることになる。つまりこの絵は、冷蔵庫に顔がくっつくくらい近い位置から、冷蔵庫の上から下までの全体を超広角の目で見ていることになる。視野角が上下 1 8 0 度の人などいないから、実際にはあり得ないない見え方だ。

アントニオ・ロペスは、一見リアルに見せかけておきながら、実は視角のトリックをしかけているのかもしれない。
普通の見え方になるように画像を修正してみた。これならドアの幅は広すぎない。回転軌跡を確かめて見ると、ドア下端も楕円になっている。これは冷蔵庫から2mくらい離れたところから見た見え方だろう。



シャルダン の静物の正確さ

Chardin's  Perspective

1 8 世紀フランスのシャルダンは、静物画の名人。高校の美術の教科書にこの「パイプと水差し」が載っていたのを覚えているが、静物画のお手本のような絵だ。


シャルダン は遠近法が正確だが、花瓶や食器などの幾何形態のモチーフが必ず登場するので、遠近法を確かめやすい。「いちごとコップ」のコップで円の遠近法を調べてみた。


コップの部分の円の遠近法を作図してみると、コップの上端、水の水面、コップの下端、の3つの楕円の角度が正しく変化していることがわかる。(下に行くほど楕円が丸っこくなっている)コップは小さな物だから、変化の度合いは少ないのに、それをきちんと描いているのはさすがだ。

念のため円の遠近法の原理。中央の上下に並んでいる円で、目の高さに近い円ほど平べったい楕円になり、下に行くほど丸っこい楕円になる。(図は「Perspective   A New System for Designers」より)

2020年7月27日月曜日

「荒城の月」(アクリル画)

「Moon over the Ruined Castle」

いつもの3つの展覧会が今年は全て中止になり、出番がなくなったうちのひとつ。

「荒城の月」 
(「工場の月」ではなく)
 アクリル F 50号

2020年7月25日土曜日

カラージェッソ

Color-jesso

アクリル画用(油彩にもよく使われる)の下地材のジェッソには、白以外にカラージェッソもある。最近これを下地用としてでなく絵の具として使っている。2 0 色くらい売られているので、じゅうぶん絵の具として使える。アクリル絵の具は透明性があるので、それを活かす描き方になるが、それでは物足りない事もあり、隠蔽力のあるジェッソは重宝する。



2020年7月23日木曜日

フェルメールの「恋文」に箒(ほうき)が登場するわけ

Iconology of Broom

フェルメールの「恋文」は、奥さんが楽器を弾いている最中に、女中が持ってきた手紙を受け取っているシーンだが、手前のドアに箒が(見えずらいが)立てかけられている。他にも女中が使う家事道具が描かれているから、箒も単にその一つかと思っていたら大間違いだった。

フェルメール以外でも、1 7 世紀オランダの風俗画には頻繁に箒が登場する。以下はその例。
ウィッテという人の絵で、奥さんが楽器を弾いている。そして左端のソファに男が寝そべっている(暗くしてぼかしている)。フェルメールの「恋文」より、主人公の女性と男との関係が直接的に描かれている。そのシーで、奥の部屋で女中が箒で掃除をしている姿が見える。
ピーター・ヤンセンス・エリンガという人の絵で、手前に女中が箒で掃除をしていて、奥さんがテーブルで手紙を書いている。フェルメールとの共通点は「手紙」だ。

どうも箒というのは、男女関係を描く時に使われる小道具らしい。以下は同様の例。
(左)奥の方に、訪れてきた男のシルエットと、迎える奥さんが見える。密会だが、手前に箒が大きく描かれている。

(右)テーブルの上に仕官の制服と剣が置かれていて、壁にはマントが掛かっている。人間は描いていないが、していることを暗示だけしている。それを箒を持った女中が覗き見している。

(左)娼家の風景だが、左下に箒が立てかけられている。

(右)男女入り乱れている「どんちやん騒ぎ」という絵で、やはり左下に箒が立てかけられている。


箒は魔女が空を飛ぶための道具とされていた。(映画などでも魔女は箒に乗ってくることになっている。)そして反対に、箒は部屋を掃除するだけでなく、魂も清めるという意味で、魔女を撃退するためにも箒がいいとされた。だから不倫や好色をいましめるという倫理的(または付け足し的?)な意味合いで、男女関係の絵には必ず箒が描かれたという。それにしても露骨な絵が多い中で、フェルメールの「恋文」は上品だ。(以上「オランダ絵画のイコノロジー」より)

2020年7月21日火曜日

アンドリュー・ワイエスが影響を受けた人たち

The artists Wyeth was influenced 

画集「Andrew Wyeth  Memory & Magic」に、ワイエスが影響を受けた人たちについての解説がある。ワイエスが多様な人から絵を吸収していたことがわかる。以下はその要約。

ワイエスは、イラストレーターである父親の N. C. Wyeth から絵を学んだ。父親は美大出身だったので、イラストレーションでもアカデミックな画風だった。左は児童向け図書「宝島」の挿絵で、右はワイエスがわずか 1 6 歳の時の風景画だが、まだ父親の画風にそっくりだ。

ワイエスは小・中学校に行かない引きこもり(?)だったが、父親が教育をした。父は学識の高い人で、美術書はもとより、文学書や歴史書を与えて勉強させた。その中に 1 6 世紀ドイツのアルブレヒト・デューラーの画集があった。デューラーは植物などの細密描写(左)で有名だが、それにならってワイエスもたくさん植物スケッチ(右)をした。それが後に風景画の中で樹や草を細密に描くことに生かされていく。

アメリカン・リアリズムの先輩であるウィンスロー・ホーマーは海辺の絵を多く描いた。ホーマーに憧れていたワイエスは、その水彩画(左)の影響をもろに受けた。右はワイエス 2 0 歳の時の水彩画。

ジョン・マリンは日本ではあまり知られていないが、 2 0 世紀初めのアメリカのモダニズム画家で、半抽象的な風景画を描いた。その海辺の波の絵(左)のスタイルを真似て、ワイエスも半抽象的な海の絵(右)を描いた。 2 1 歳の作品だが、何でもやってみようの精神だったようだ。

ワイエスの父は冒険物や西部物のイラストを主に手がけていたので、男を描くのはうまかったが、女性の絵は苦手だったそうだ。それでかどうかワイエスは、人物画の技術を画集や美術館で吸収した。アメリカ近代絵画の父と呼ばれるトーマス・エイキンズのアカデミックな写実主義絵画(左)を勉強したのが後の人物画(右)に生かされてゆく。

ワイエスと並ぶ、アメリカン・リアリズムのもう一人の巨匠エドワード・ホッパーを、ワイエスは尊敬していた。ホッパーは、窓から街を眺める人物の絵が多いが、街が他者的である都会人の孤独感を表現した。それらの絵では、窓から入る光が壁や床に当たってできる明暗のパターンが、外と内をつなぐものの象徴として描かれている。ワイエスも窓の絵が多いが、ホッパーとの共通点が多い。

2020年7月19日日曜日

ワイエス晩年の作品

Andrew Wyeth

ワイエスは 2 0 0 9 年に 9 1 歳で亡くなったが、これは最晩年の 8 4 歳(2 0 0 2 年)の作品。題名が「Walking Stick」だが、なぜ「杖」なのか、すぐには分からなかった。しかしじっと見ていると、老木の枝が隣の細い木をつかんでいるように見える。杖をついているような老木が、自分のように感じたのかもしれない。

ワイエスの画集はいろいろある中で、「Andrew Wyeth  Memory & Magic」は、 2 0 0 5 年の出版で、晩年の作品まで載っている集大成的な本だ。この他の晩年の作品も意欲的で年齢を感じさせない。



「Pentecost」
1 9 8 9 年(7 2 歳)
「Love in the Afternoon」
1 9 9 2 年(7 5 歳)
「Airborne」
1 9 9 6 年(7 9 歳)

2020年7月17日金曜日

エンニオ・モリコーネと「ニュー・シネマ・パラダイス」

Ennio Morricone &「New Cinema Paradise」

エンニオ・モリコーネが 9 1 歳で亡くなったというニュースがあった。モリコーネといえば、数ある曲の中で、「ニュー・シネマ・パラダイス」が最高だと思う。映画自体も、歴代映画ベスト 2 0 には入る名画だと思うが、モリコーネの音楽が大きく貢献している。

その音楽をまた聴きたくて、久しぶりに「ニュー・シネマ・パラダイス」を観た。かつて映画少年だったが、今では富と名声を得た主人公が、失った青春時代のまぼろしを追い求める。その全編を流れる繊細で感傷的な曲にジンとくる。


2020年7月15日水曜日

ワイエスの「クリスティーナの世界」と習作スケッチ

Andrew Wyeth 「Christina's World」


ワイエスの作品の中で「クリスティーナの世界」はもっともポピュラーだが、この絵の習作スケッチが日本の丸沼美術館にある。今は絵の、収集・所蔵・貸出し、だけしかしていないが、かつて常設展示していた頃に行ったとき、これを見たが、貴重な資料だ。

クリスティーナはワイエスの隣家に住んでいた足の不自由な老齢の女性だが、絵ではワイエスの妻がポーズをとった。だからスケッチは実際より若く見える。

ワイエスは、イラストレーターである父親の N.C. Wyeth から絵を学んだが、まず見た通りに忠実に描ける練習を徹底的にさせられ、次に見ていないものを本当に存在しているかのように描ける練習をさせられた。だから、妻のスケッチをもとに、クリスティーナを描いたこの絵にもその影響があるのだろう。

2020年7月13日月曜日

ワイエスのイマジネーション

Andrew Wyeth 「Night Sleeper」


「Night Sleeper」という題名の不思議な感じがする絵だが、ワイエス自身がこう説明している。(「Andrew Wyeth  Autobiography」 より)

夜中に起きて階下へ行くと、愛犬が寝ていた。その顔の表情が変わっていたので、すぐにスケッチした。これを題材にして絵にしようと考えた。そして背景に粉挽き小屋を使おうと思い、月夜の晩に出かけてスケッチをした。犬のお気に入りとして、妙な枕を加えることにした。窓から差し込むまだらな光から、子供の頃よく乗った寝台車の窓を思い出し、そのイメージを使った。だから(寝ている犬に掛けて)「Night Sleeper」(寝台車の意味)という題名にした。

犬の寝顔がきっかけになって、イメージをどんどんふくらませていく様子がわかる。絵全体としては空想の世界を描いているが、ひとつひとつの材料はあくまで現実に忠実だとワイエスは強調している。

2020年7月11日土曜日

ワイエスの父親 N.C.ワイエスのイラストレーション

N.C.Wyeth

ワイエスは、イラストレーターであった父親の N.C.ワイエスから絵を教わったのだが、その N.C. の作品は息子と並ぶくらい今だにアメリカで人気があるという。アメリカで画家兼イラストレーターとして長いこと活躍していた津神久三氏によれば、 N.C. の手がけた児童向け図書の「宝島」などは特に有名で、表紙に「Illustrated by N.C.Wyeth」と大きく記されている。この本の初版が 1 9 1 1 年というから、1 1 0 年間売れ続けているのだが、今だに N.C.Wyeth のイラストを見たくて買われているそうだ。

アメリカでは、イラストレーターは美大で絵を勉強した画力の高い人しかなれないハードルの高い職業だが、その代わり本や雑誌を一冊手がけただけで数百万円稼げるという。N.C.Wyeth もその一人だった。

アンドリュー・ワイエスの画力の高さは、父親から絵の指導を受けたからだが、そのせいか初期の作品はイラストレーション的な雰囲気が漂っているように感じる。いちばん有名な「クリスティーナの世界」も初期(1 9 4 6 年)の作品だが、ロマンチックな通俗小説か何かのイラストのように見えないこともない。イラストレーションの絵画との違いである「物語性」がこの絵にはあるからだろう。

2020年7月9日木曜日

フェルメールの「信仰の寓意」で、なぜ地球儀を踏みつけているか?

Vermeer, Attribute and Globe

寓意画では、登場人物をシンボリックに表すアトリビュート(人物の属性を特定させるための持ち物)として小道具が描きこまれる。

フェルメールの「信仰の寓意」は信仰がテーマの寓意画で、十字架やキリストの磔の絵や、アダムとイブのリンゴと蛇、など信仰と関係の深い物が並べられている。しかし女性が右脚で踏みつけている地球儀はどういう意味なのか。(以下は「オランダ絵画のイコノロジー」による)

地球儀は、信仰の世界と対極の、財産、栄誉、悦楽などといった地上的な世俗世界の象徴だった。この「イエスの愛の輝き」という版画で、天秤の地球儀の乗った皿の方が、何も乗っていない皿より軽くなっている。天にある目に見えない信仰の世界の方が、地上の世俗世界より重いことを説いている。
「五人の愚かな乙女」という絵で、娘たちは、楽器の演奏、トランプ遊び、化粧、といった享楽的な世俗生活に身を委ねている。テーブルの上にある地球儀が、信仰のない生活のシンボルとして描かれている。

以上からフェルメールの地球儀の意味が分かる。地球儀という世俗世界を踏みつけて、信仰の世界に入ったことの寓意だ。
フェルメールには、背景の壁に世界地図が飾ってある絵がいくつかある。世界地図は地球儀を2次元の平面に展開したものだから、フェルメールは地球儀と同じ意味の世俗世界のシンボルとして使っている。この「兵士と笑う女」もそうで、ワインを飲みながら男と談笑している女性の享楽的な生活の寓意になっている。

なお、世界中で植民地を拡大していた当時のオランダでは、一般家庭で世界地図をよく飾っていたそうで、地図のある部屋が不自然なことではなかったことも背景にあるという。


2020年7月7日火曜日

チェンバレンの光の水彩画

Trevor Chamberlain

「Plein-air」 とは戸外制作のことだが「外光派」とも呼ばれるとおり、風景の光を描く。戸外制作はただ外で描くという意味ではない。外光派のチェンバレンも、季節、天候、時間帯、などで変化する光を描く。それは絵の題名からもわかる。例をいくつか。
(画像は「Trevor Chamberlain   England and Beyond」より)


「雲の切れ目」
「変わる天気」
「暑い夏」
「日の出」
「早朝」

「荒れ模様」
「暑い夏の夕べ」

2020年7月5日日曜日

チェンバレンの水彩画 透過する光

Trevor Chamberlain

光の画家チェンバレンは、風景の中に見つけたありとあらゆる種類の光を貪欲に描くが、その中で、布を透過する光を描いた絵に着目してみた。透過光を透過光らしく描くのはアマチュアには至難の技だ。

「キャンバス地のテント」という作品で、太陽光がキャンバス地のテントを透過している。チェンバレン自身も、このテントの光を見て、この場所を絵にしたくなったと言っている。
これも「キャンバス地のテント」という題名。中東の風景で、強い太陽が作る光と影のパターンが面白いが、中でも題名のとおり、道をまたぐ黄色いテントが主題になっている。テントを透過する光が見事に表現されている。
商店の照明がテントを透過して、ぼっと明るくなっている。お見事。(油彩)
インドを描いた風景画(部分)だが、女性のサリーを透過する光が、インドの明るい太陽を感じさせる。

2020年7月3日金曜日

ウェット・イン・ウェットで描いたチェンバレンの水彩画

Wet in wet    Trevor Chamberlain

「ウェット・イン・ウェット」はもっとも水彩画らしい技法だ。特に季節や天候によって変化する大気の空気感を表現するのに抜群の効果がある。やると結構難しいが、チェンバレンは自在に駆使している。画集から「ウェット・イン・ウェット」を多用した絵をあげてみた。(画像は「Trevor Chamberlain  England and Beyond」と「Trevor Chamberlain  A personal View」より)


雪と濃霧。ほぼ全面がウェット・イン・ウェットで、物の形がぼんやりと霞んでいる。空の色が極めてかすかに変化している。近景の道だけが乾いてからの加筆。
夕暮れどきの空と水。にじんだ色どうし溶け合って微妙な変化を作っている。
ボートと人物以外の、空と樹と遠景がウェット・イン・ウェット。それが自然に空気遠近法にもなっている。
たれ込めた暗い雲。ウェット・イン・ウェットでないと絶対に描けない。
雨でぼんやりした遠景。雨滴を透過してくる光の濃淡によって、湿った空気感を表現している。