2022年9月29日木曜日

パレイドリアの絵画

 Pareidolia Painting

心理学で「パレイドリア現象」というのがある。雲を見ているときや、壁のシミを見ているとき、何かの物や人間などに見えることがある。ある種の認知症の患者は、普通の人以上に幻影が見えるのが特徴とされ、花の写真を見せて、何が見えるか尋ねると、「あ、顔があります。動物が4匹います。」などと答えるという。


そういう幻視を敏感に見ることができて、その幻影を絵にする画家も多い。ルドンはその代表だろう。「黄色い背景の樹」は美しい絵だが、樹の背後で大きな怪物がこちらを見つめている。2枚目の「オルフェイスの死」では、ボートに乗せられた生首と、それを見つめる天使(?)のような顔が見える。


もっと強烈なのは、マックス・エルンストで、「沈黙の眼」では、自然の岩なのか人工物なのかわからないが、立ちはだかる不気味な壁から怪物のような眼がこちらを睨んでいる。「少女が見た湖の夢」では、森の樹々をよく見ると、一本一本が怪物で、怖い森の幻想を描いている。


2022年9月26日月曜日

アトウッドの「侍女の物語」

「THE HANDMAID'S TALE」 

この世界的ベストセラーをもう一度読み返したが、やはりすごい小説だ。

架空の国「ギレアド」を舞台とした近未来の物語で、キリスト教原理主義者がクーデターを起こし、政権を奪取する。出生率の低下に危機感を抱いている彼らは、すべての女性から仕事と財産を没収し、妊娠可能な女性たちを「侍女」としてエリート層の男の邸宅に派遣する。「侍女」たちはあくまで出産の道具だ。主人公の女性の名は「オブフレッド」だが、「オブ」は「OF」 で、派遣先の男の名「フレッド」の所有物であることを表している。

未来の物語として書いているが、ファンタジーではなく、現実に起きていることだと作者自身が語っている。アメリカでは中絶を制限する動きが根強く、それを主導するキリスト教原理主義者たちの支持でトランプ大統領が生まれた。それに対して女性の人権を求める運動も活発化し、社会の大きな分裂を生んでいる。

女性の権利を訴える抗議運動では、赤いローブと白い帽子のコスチュームでデモを行ったりする。これは小説の主人公の「侍女」の服装で、この小説の影響力の強さを物語っている。なお 15 年ぶりに「誓願」という題名で続編が刊行された。それはこれから読む。


2022年9月21日水曜日

焚書と、本を守る人たち

Book Burning

ノーベル文学賞の日本人受賞候補者の一人にあげられている小川洋子の「密やかな結晶」は海外でも人気が高く、アメリカで映画化が進んでいる。架空の強権独裁国家が舞台で、物が次々に消滅していく。その物が消滅すると、それにまつわる人間の記憶も消滅させられる。いつまでも記憶していると、秘密警察に逮捕されて人間ごと消されてしまう。最後に消滅の順番がまわってきたのは「本」だった。盛大な焚書が行われるが、主人公の作家は、自分が書いている本の記憶をある方法で守ろうとする・・・ この映画(英題は”Memory Police”)ができる前に、本を焼く焚書(または禁書)と、本を守ろうとする人をテーマにした映画をあげてみる。


「アレクサンドリア」
古代ローマ帝国の都市アレクサンドリアには、世界最古の図書館があった。古今東西の蔵書が収蔵され、世界各地から学者が集まる研究施設でもあった。4世紀になり、キリスト教がローマ帝国にも勢力を拡大し始めると、この図書館がキリスト教信徒の暴徒によって襲撃され、本が焼き尽くされてしまう。神だけが唯一の「全知全能者」であるとするキリスト教にとって、学問の研究をする人間は神を冒涜する敵であった。主人公の女性は、この時代にすでに地動説を唱えていた天文学者(実在の人物)で、本(当時は巻物)を持ち出して守ろうとするが、捕まって火あぶりにされてしまう。



「神々のたそがれ」
中世になると、キリスト教が絶対権力者としてヨーロッパ全体を支配する「暗黒の中世」と呼ばれる時代になる。民衆が知識や知性を持つことは、キリスト教への権力批判につながるため、本は禁止されている。本を隠し持っている者は捕まって処刑される。人間を愚民のままにして、家畜のように扱う暴力的な暗黒世界だ。これはルネッサンス時代になって、ギリシャ文明の人間的精神が取り戻されるまで続く。



「薔薇の名前」
イタリア北部の修道院が舞台のサスペンス映画で、中世における本や図書館がどういうものであったかがよくわかる。地下に大きな図書館があるのだが、それは本を見せるための場所ではなく、逆に本を隠すことが目的の秘密の場所であり、誰も入ることができない。中でも人間の自由な精神を謳ったギリシャ時代の本は、民衆の目に入れば、キリスト教への疑問が生じる恐れがあるから、厳重に隠されている。この修道院で連続殺人事件が起こるが、その原因がアリストレスのギリシャ哲学書であったことがわかってくる・・・


「ザ・ウォーカー」
以上3作とは逆に、キリスト教の側(キリスト教原理主義の宗教団体が映画の資金援助をしたという)から、「本を守る」物語を描いた SF 映画。核戦争で世界中が廃墟になり、文明は崩壊して、略奪や暴力が日常的な無法の社会になっている。主人公はあるものを持って、それを目的地に届けようと、ひたすら歩き続けている。闇の世界を牛耳っている男は、その持ち物を奪うことで自分の権力の正統性を得ようとする。それをことごとくはね返して、最後に目的地へ着く。そこでは生き残った人たちが密かに図書館を作ることで、文明社会を再建しようとしている。男が運んできたものとは本で、それはただ一冊だけこの世に残っていた「聖書」だった。


「やさしい本泥棒」
歴史上、最大で最悪の焚書はナチスが行ったものだった。 ”反ドイツ的” という烙印を押された本が赤々と燃やされる”反文明” の儀式だった。この映画では、一人の少女が、火の中から焼け残った本を一冊だけそっと拾って持ち帰る。そして屋根裏部屋に隠れているユダヤ人の青年にその本を読み聞かせる・・・


「華氏 4 5 1」
焚書の映画で最も有名な名作。言論統制が厳しく行われている独裁国家で、本が禁止されている。本を隠し持っていると、焚書専門の消防士が出動して火炎放射器で焼いてしまう。しかし少数の人のグループが密かに本を守ろうとしている。しかし現物の本を持つわけにいかないので、驚く方法でそれをやっている。一人づつが一冊の本を丸ごと暗記してしまうのだ。