2019年9月29日日曜日

「錆び」のイメージ

Image of stain

工場のまわりを歩いて、絵に使う「錆び」を探した。「美しい錆び」が結構見つかった。Photoshop で少し加工してみた。





2019年9月27日金曜日

凡展(2019 年)


凡展(2019 年)   東京交通会館、 9 / 29(日)〜  10 / 5(土)


「メカニズム」(アクリル、30 号)

2019年9月25日水曜日

みなとみらいを上から



横浜ランドマークタワー 69 階の展望台から。桜木町駅、日本丸、汽車道などが見える。

魚眼レンズで丸い地球を一望。

2019年9月23日月曜日

絵のエスキースの方法

Esquis

スケッチ的な絵ではともかく、タブローを描くときは、エスキースでの準備が要るが、やり方は人それぞれだと思う。イラストレーションの「スタディスケッチ」は、絵画のエスキースと共通しているので、今もそれを応用している。イラストレーションではこんな感じでやっていた。

絵を組み立てる鉛筆スタディスケッチ。(カラーペーパーに鉛筆、20cm × 15cm)

いろいろなビューを試してみる白黒スタディスケッチ。(水彩、ハガキサイズ)

彩色スタディスケッチでカラースキームを考える。(アクリル、23cm × 12cm)
(「リゾートホテルに着いたスポーツカーを描け」という課題。想像力+構成力+資料集め、が要る。)

2019年9月21日土曜日

イラストレーションの勉強の頃

Learning illustration

イラストレーションのクラスで教わったことがとても面白くて勉強になった。実践的な課題が多く、例えば、「高級リゾートホテルにスポーツカーで到着した宿泊客」とか「宇宙ステーションから飛び立つ惑星探査機」などといった、未来感やラグジュアリー感をテーマにしたものが多い、絵画的なテクニックは当然だが、想像力が求められた。

ファイナルを描く前の段階で、ハガキサイズの鉛筆の白黒スタディスケッチと彩色スタディスケッチが課される。この3段階で絵を練るプロセスは、絵画でも役に立つので、今も活用している。

白黒スタディ。右側の縦線はここで切りなさいという先生のチェック。
シンメトリー性を避けて、変化のある構図が重視された。それで下のように。
カラースタディ。ダイナミックさが足らないと言われ、最終は下のように大幅変更。
ファイナル。車の向きを逆にしつつ、パースのきつくなるようビューに変えた。
アクリル。56cm × 38cm

2019年9月19日木曜日

タランティーノ流の無駄なおしゃべり 「イングロリアス・バスターズ」

「Inglorious Basters」

この間タランティーノが来日した時、 TV のインタビューを受けていたが、とどまることなく喋り続ける冗舌な人だ。彼の映画も冗舌で、ストーリーにあまり関係ないセリフを延々と俳優に喋らせる。それは無意味に見えて、実はよく計算されている。タランティーノ作品の中で「イングロリアス・バスターズ」が  No.1 だと思うが、ここでも「無駄なおしゃべり」が効果抜群で、タランティーノ流映画術が冴えている。


ドイツ占領下のフランスで、ナチの将校がフランス人の家に突然やってくる。将校がにこやかな顔で世間話を延々としゃべり続ける。「ネズミとリスは同じ齧歯類に属していて、シッポの形が違うだけで、ほとんど同じですよね。でもネズミは嫌われ、リスは愛される。」と微妙なことも言ったりする。聞いている主人の顔はこわばっているので、観客はこれから何かが起こることを予感するが、それが何なのかは知らされない。このシーケンスの 20 分間くらいの間、将校のおしゃべりのおかげで、観客はずっと緊張感を持続させられる。最後に将校が「話は以上です。おじゃましました。」と立ち上がった瞬間・・・

2019年9月17日火曜日

自分に「合う」靴

「In her Shoes」

シンデレラ物語で、村じゅうの娘にガラスの靴を履かせて、ぴったり合う娘を探し出すが、一つの靴に合うのが何十人のうちの一人だけしかいないということに不自然さを感じてしまう。

タランティーノの「イングロリアス・バスターズ」で、シンデレラと同じようなシーンが出てきた。女スパイが事件現場に残した片方の靴を、疑わしい女に履かせてみるとぴったり合い、ナチ将校はその場で彼女を殺してしまう。靴が指紋と同じように物的証拠になっているわけで、一つの靴に合うのは一人だけ、ということが前提になっているのが分かる。


「イン・ハー・シューズ」という映画は、題名の通り靴がキーになっていて、草履や下駄の文化が根底にある我々にはわかりにくい西洋における「靴」の概念が理解できる。二人の姉妹が「自分探し」をした結果、最後に自分に「合った」靴を履くことができるという話で、靴と人間の1対1の関係を描いている。ここでは物理的サイズが「合う」を越えた、人間のアイデンティティに「合う」という、靴が象徴的な意味になっている。

弁護士の姉は高級シューズをコレクションしている。しかしファッショナブルな生活とは無縁な彼女は、それらの靴を履くことは一度もない。それをちゃらんぽらんな性格の妹が勝手に借りて履いたりしている。やがて二人は新しい自分らしさを見つけようと苦闘し、最後に姉は幸せな結婚が決まり、コレクションしていた靴に初めて足を入れてみるとぴったり合う。妹も祖母の介護の仕事に就き、真面目な生活を始める。すると祖母が若い頃履いていた靴をもらって足を入れてみるとこれもぴったり合ったのだ。

2019年9月15日日曜日

絵画的イラストレーションの全盛時代(続き)

'60~'70  Illustration (2)

1960 年代から 1970 年代にかけての頃、雑誌の挿絵や広告は、絵画的イラストレーションで溢れていた。写真や CG ばかりになってしまった今では懐かしい。商品の広告でも、今のように即物的に物だけを見せるのではなく、使っている人や環境の雰囲気を描いていて味があった。水彩画、アクリル画、油絵、など、イラストレーターごとに独自のテクニックを競っていた。今は「イラストレーター」ならぬ PC の「Illustrator」が活躍していて、個性も味も無くなってしまった。


2019年9月13日金曜日

絵画的イラストレーションの全盛時代

'60~'70  Illustration

1960 年代〜1970 年代、雑誌の挿絵や広告のほとんどで、絵画的なイラストレーションが使われていた。技術レベルが高く、それぞれ独自の手法で腕を競いあっていた。今は写真ばかりになって、こういう味のある絵はなくなり、イラストレーターは絶滅危惧種になってしまった。当時のスクラップブックから。


2019年9月11日水曜日

あおり運転のない高速道路

Autobahn & Freeway

高速道路の真ん中で車を横向けに止めて、進路妨害したという信じられない事件があった。日本の高速道路では、遅いトラックが追い越し車線を走ったり、それを内側から追い越したり、無意味に右に左に車線変更するなど、入り乱れて走る。この高速道路後進国的な無秩序状態があおり運転のもとになっている。

ポルシェのパトカーが、左右反転の
文字で、バックミラー越しの視認性
を高めている理由が分かる。
ドイツのアウトバーンは速度制限がないので、ビュンビュン飛ばしているのに整然としている。外側の車線が 200 km / h 位のポルシェやベンツ用、その次の車線が 150 km / h 位のBMW やアウディ用、一番内側の車線が 100 km / h 位の VW など用、とスピードで車線を使い分けている。

小型車でうっかり高速車線に入ってしまったことがあるが、大変な思いをした。バックミラー越しに、豆粒のように見えていたポルシェがあっと言う間に近ずいて来る。なかなか内側に入れないでいると、パッシング・ライトを浴びせられる。その場合でも内側から追い越すことは絶対にせず、自分の車線を守っている。

アメリカは速度制限があるので、ドイツとは違うが、やはり整然としている、3車線とも同じスピードで、流れるように走っている。だから、スピードの増減や、車線の変更などする必要がない。出口の表示に感心する。「次の出口」と「次の次の出口」と「次の次の次の出口」の3つが同時に表示されているので、余裕をもって内側の車線へ移っていける。入る時も、助走レーンがとても長いので、流れのスピードに合うまで速度を十分に上げて、安全に合流できる。
 

2019年9月9日月曜日

鎌倉文華館(旧神奈川県立近代美術館)


鎌倉の「神奈川県立近代美術館」が「鎌倉文華館」に変わってから、初めて訪れた。鎌倉歴史博物館に内容は一新された。坂倉準三の名作が解体されなかったのはよかったが、改修部分で疑問を感じることも。

裏側が入り口になり、エントランスの「正面感」がなくなった。

今までの入り口は閉鎖。階段は使用禁止になり、眺めるだけのものに。

池側の左側の窓がなぜか大きくなって、プロポーションが崩れた。

池に突き出しているピロティは変わらず、天井に水面の波紋がきれいに反映している。

2019年9月6日金曜日

タランティーノ映画の中の聖書

Tarantino movie and bible

前回書いたタランティーノ映画の「冗舌」についての追加。アデル・ラインハルツという人の「ハリウッド映画と聖書」という本によると、タランティーノの「クライム映画」や「バイオレンス映画」の中に、ブラックユーモアとして、聖書の引用がされているという。まさにタランティーノ的「冗舌」だが、それは彼が厳格なカトリック教育で育ったためだという。以下は同書より。

「パルプ・フィクション」で、主人公の悪党が人を殺す前に、ピストルをつきつけながら、旧約聖書の「エゼキエル書 25 章 17 説」を長々と暗誦してから「ズドン」とやる。悪党が自分の行動を聖書的な立ち位置から正当化していて、自分がキリスト的人間像であるかのように振舞っている。

「心正しい者の歩む道は、心悪しき者の利己と暴虐によって、行く手を阻まれるものなり。愛と善意の名によりて、暗黒の谷で弱き者を導きたる、かの者に神の祝福あれ。彼こそ兄弟を守り、迷い子たちを救う者なり。私の兄弟を毒し、滅ぼそうとする悪しき者たちに、私は怒りに満ちた懲罰をもって大いなる復讐を彼らになし、私が彼らに復讐をなす時、私が主であることを知るだろう。」


「イングロリアス・バスターズ」で、ナチ狩りをする特殊部隊は敵を見つけ次第殺してしまうが、一部は生かしておき、額にナイフで鉤十字を刻んで釈放する。ナチの悪行を後々まで世界に知らせるための「しるし」だ。

これは、聖書の「創世記」にある「カインとアベル」の物語からの引用だという。アベルを殺したカインは、処刑される代わりに、体に殺人者の刻印(しるし)を押されて追放される。この「しるし」が聖書のメッセージを世界に広める。これは「カインのしるし」という英語の熟語にもなっていて、キリスト教社会の常識だという。カトリック教育で育ったタランティーノは当然「カインのしるし」を知っていて、それを引用したというのだ。

2019年9月4日水曜日

タランティーノの新作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」

Movie  "Once upon a Time in Hollywood"

キャディラックが準主役級(写真:YouTubeより)
来日中のクエンティン・タランティーノ監督が TV のインタビューを受けていたが、とめどなくしゃべりまくるので、「まだ、しゃべりタランティーノ?」と茶化されていたが、サービス精神が旺盛な人だ。

彼の映画も「冗舌なサービス精神」で観客を楽しませることに徹している。「パルプ・フィクション」などいい例で、ストーリーと関係ないムダなシーンやムダなセリフがいっぱいだ。「パルプ・フィクション」は「くだらない話」という意味だから、自分でそのままの題名をつけている。

今度の作品も2時間 41 分の長尺で「まだ、しゃべりタランティーノ?」状態が延々と続く。それは面白くていいのだが、内容が昔のハリウッドの内輪話・思い出話で、タランティーノが自分だけ楽しんでいる感があるのがちょっと残念だった。

1970 年頃の、ハリウッド大通り・自動車・ファッション・ヒッピー文化、などが忠実に再現されていて、当時のロサンジェルスの雰囲気を懐かしむことはできた。


2019年9月2日月曜日

カリフォルニアの運転免許証

California Driver License

確かあったはずと思い、押入れを探したらやはり出てきた免許証。

カリフォルニアは車なしで生活できないから、免許の試験は、誰でも合格できるように易しい。引っ掛け問題などなく、終わり次第、係員のところへ持って行くと、その場で採点してくれて、はい OK となる。

実地試験は、試験官を乗せて近所を一回りするだけの簡単なもの。その時、試験場の車を使うか、自分の車を使うか希望を聞かれるのには驚く。自分の車ということは、そこまで無免許で来たということだから、おおらかなものだ。その時の採点表だが、15 点減点の 85 点で合格になった。この減点は、歩道で子供がボール遊びしている時に徐行しなかったから。筆記と実地が終わると、その場で免許証がもらえ、全部で2時間もかからない。行政手続きの簡素さが印象的な日だった。