Moholy=Nagy
前回書いたモホリー=ナジはバウハウスで教鞭を取っていたが、その眼目は「光」「空間」「動き」による造形だった。日本でもその造形教育をそのまま取り入れていた。当時の課題作品の写真が少しだけ残っていた。
Moholy=Nagy
前回書いたモホリー=ナジはバウハウスで教鞭を取っていたが、その眼目は「光」「空間」「動き」による造形だった。日本でもその造形教育をそのまま取り入れていた。当時の課題作品の写真が少しだけ残っていた。
Moholy=Nagy
日経新聞の連載記事「メデイアアート的視点」は、現在のメディアアートの起源になった古典的な作品を紹介している。そのなかで、モホリ=ナジの「光・空間・調節器」が取り上げられていた。光を反射する金属やアクリル板を組み合わせた立体造形で、モーターによって回転する。そこに光を当てて、反射光や透過光を壁面に投影する。空間の状態を動的に変化させる「光による造形」を目指していた。
モホリ=ナジがバウハウスの教授だった1930 年の作品で、現在のメデイアアートにつなる先駆的な作品だった。
文化庁主催の「メディアアート芸術祭」に、光や映像による造形作品が毎年出品される。プロジェクションマッピングを使って空間全体への没入体験をさせたり、観客の能動的な参加により映像を変化させるインタラクティブアートや、作品を室内空間や建築空間へ拡張する環境芸術や、環境を光と影で変化させるオーギュメンテッドアートなど。最新の技術を利用したテクノロジーアートに発展させている。
copyright suit
ノルウェーメーカーの幼児用椅子のデザインを模倣した日本メーカーが著作権侵害で訴えられた裁判で、二審の高裁が著作権侵害に当たらないという判決を下した。現在、最高裁で引き続き争われている。(下は日経新聞 3 / 16 の記事)
Twelve Century's EMAKI & Today's Manga / Animation
高畑勲氏の「十二世紀のアニメーション」は、絵巻のなかに、現在のマンガ・アニメと同じ表現技術のほとんどが使われていることを検証している。先日紹介した、語り口やカメラワークだけでなく、描画の手法でもマンガ・アニメ的なものに溢れている。
⚫︎輪郭線だけで描く。「鳥獣戯画」が典型で、兎や蛙を、陰影をほとんどつけないで、シンプルな輪郭線だけで描いている。現在のマンガと同じ。
高畑勲監督の「十二世紀のアニメーション」は、現在のアニメーションで使われているほとんどの技術が、絵巻ですでに使われていたことを指摘している。
そのなかで「鳥獣戯画」は、カメラアングルに変化が多く、空間表現が最も豊かな絵巻だという。その「カメラワーク」についてこんな例を挙げている。右端の弓の的が、左側面から描かれているが、その左にいる兎の射手は右側面から描かれている。つまりこの二つの間を、カメラが「パン」していることになる。また、その次のボス兎が高い位置から振り返って扇で招いていて、その先には酒樽をかついでくる一団がやや低い位置に描かれている。カメラの向きが高い位置から俯瞰する位置に変化しているのは、アニメでいう「クレーンアップ効果」に当たる。
AI
AI の功罪についての議論が盛んだが、そのなかで、歴史学者・哲学者のユヴァル・ノア・ハラリが、AI というものの本質をついた指摘をしている。おおむねこう言っている。
「知能(intelligence)と意識 (consciousness) は別物である。「知能」とは、問題を解決する能力であり、「意識」とは、喜怒哀楽などを感じる能力である。ところが、この両者を混同する人が多い。AI(人工知能)は知能を発展させても、意識を持つことはできない。だから AI が人間にとって代わることはない。」
このユヴァル・ノア・ハラリの指摘を裏付ける出来事がたくさん起きている。例えば最近の事件で、問題を抱えているある中学生が、自殺したいと AI に相談した。すると AI は自殺する方法を教えてあげた。そして中学生は言われた通りに自殺した。この場合、 AI は「知能」の力を発揮して、中学生の問題を ”解決” してあげた。しかし AI は中学生の悲しみなどを理解できる「意識」を持っていなかった。