2026年4月25日土曜日

「フィルム・ノワール」の映像手法

Film Noir 

前回書いたように、「フィルム・ノワール」は、1940 ~ 1950 年代に多く作られた殺人事件がからむ犯罪サスペンス映画だが、戦前のドイツ表現主義映画の影響を受けていた。人間の不安や恐れを表現するために、白黒映画の特徴を活かした独特の映像手法が発達した。


「深夜の告白」(1944 )は、ビリー・ワイルダー監督によるフィルム・ノワールの名作だが、この映画を事例にして。フィルム・ノワールの全般に共通する映像の特徴をまとめてみた。

この映画は、保険会社の外交員が、美貌の人妻と共謀して、夫を殺して保険金を詐取しようと企む、というストーリー。事故死と見せかける完全犯罪のつもりだったが、保険会社は疑念を抱き調査を始める・・・


特徴1:光と影の強いコントラスト
フィルム・ノワールの意味が「黒い映画」であるとおり、夜のシーンが多いが、昼でも窓が閉まった暗い室内の場面が多い。だから光と影の明暗コントラスが強い映像になる。女が男にピストルを向けているこのシーンでも強いコントラストが緊張感を高めている。

特徴2:人間の影
女がソファに横たわっていると、突然男の影が壁に映り、知らない誰かが来たことに気づく。サスペンス性を高めるためのフィルム・ノワールの常套手段だ。


特徴3:人間の内面を映す鏡
外交員と人妻が会っているシーンで、2人は鏡を見ながら話している。表面的には差し障りのないことを喋っているが、実はそれぞれが企みを持っていて、そのことをお互いにわかっている。鏡は人間の内面を映すものとして使われている。

特徴4:眼のクローズアップ
フィルム・ノワールの登場人物は、真実を語っているのか、人を欺くことを話しているのかわからない場合が多い。だからそれを判断させるために、カメラは目をクローズアップで撮る。”目は口ほどにものを言い”だ。

特徴5:宿命の女
魅力で男を惑わせ破滅に導く女をファム・ファタール(宿命の女)というが、フィルム・ノワールでは必ずそういう女が登場する。外交員が家を訪れると、2階からバスタオルを身にまとっただけの女が現れる。外交員は魅了されてしまい、やがて二人は共謀して女の夫殺しへ突き進んでいく。そして最後に男は破滅する。女は典型的なファム・ファタールだ。

特徴6:事件の真相を追う人間
フィルム・ノワールで必ず登場するのが、事件の真相を解明しようとする刑事や私立探偵だ。彼らはたいていどこか影のある暗い人間の場合が多い。この映画の場合は、保険金の不正請求がないかを調べる保険調査員がその役をつとめている。事件は事故ではなく、殺人ではないかと疑い、しつこく調査する。クセの強いそのキャラクターが映画を面白くしている。


2026年4月24日金曜日

「フィルム・ノワール」と、ドイツ表現主義映画

 Film Noir

「フィルム・ノワール」は、1940 ~ 1950 年代の白黒映画時代に多く作られた。「Film Noir」(黒い映画)のとおり、退廃的な都会を舞台にした犯罪映画で、人間の心の闇を暴く映画だった。光と影のコントラストの強い映像が特徴で、不安や恐れのイメージを喚起する。


数あるフィルム・ノワールのなかで、ビリー・ワイルダー監督の「深夜の告白」(1944)は傑作だ。保険会社の外交員が訪れた豪邸で、美貌の人妻に会う。彼女は夫に高額の生命保険を掛けたいと言う。女に魅了されてしまった外交員はそれを認めてしまう。やがて夫は死亡するが、保険会社は疑念を抱く。妻による保険金目的の殺人事件ではないかと調査を始める・・・
謎の女が登場するのもフィルム・ノワールの定番のパターンだ。

フィルム・ノワールの最高傑作はなんといっても巨匠キャロル・リード監督の「第三の男」(1949)だ。第二次世界大戦直後の荒廃したウィーンの街を舞台にしたサスペンス映画だ。アメリカ人の男が友人に会いにウィーンを訪れる。するとその友人はすでに死んでいることがわかり、男は真相究明を始める・・・ 暗い街路に浮かび上がる人影などのミステリアスな映像が見事だ。

現在ではほとんど消えてしまったフィルム・ノワールだが、新しく作られた唯一のフィルム・ノワールとして巨匠タル・ベーラ監督の「ロンドンから来た男」(2007)がある。カラーの時代にあえて白黒で撮った映像が美しい。

港で働いている平凡な鉄道員の男が偶然に殺人事件を目撃し、大金を手に入れてしまったことから彼の運命が狂っていく・・・


フィルム・ノワールの多くはハリウッドで作られたが、その源流はドイツにある。自然を美しく描いた印象主義絵画は、20 世紀に入ると、時代感覚とズレてしまう。特に第一次大戦での殺戮を経験したドイツでは、人間の内面を描く表現主義絵画が発展する。人間の心に潜む狂気や不安の感情を描いた画家グロッスはその代表だ。

この表現主義は絵画だけでなく、美術全体の潮流となり、特に映画では「ドイツ表現主義映画」が盛んになる。「カリガリ博士」や「メトロポリス」などの映画史に今でも名が残る名作が生まれた。

そのなかで、フリッツ・ラング監督の、連続少女誘拐殺人事件を題材にした「M」(1931)は、人間を衝動的な殺人に突き進ませる心の闇を暴き出した表現主義映画の傑作だった。

しかしやがてヒトラーが政権を握ると、表現主義の絵画も映画も激しく弾圧される。そしてフリッツ・ラング監督をはじめとしてほとんどの映画人はアメリカへ亡命する。

そしてフリッツ・ラング監督はハリウッドでもドイツ表現主義映画の手法をそのままに映画を作り続けた。

「飾り窓の女」(1944)が代表作。男がショーウィンドウに飾ってある女の肖像画に見とれていると、絵の本人が現れて、やがて殺人事件になっていく・・・ これが「フィルム・ノワール」の始まりだった。


2026年4月23日木曜日

ブルーノ・ムナーリ展

Bruno Munari 

ブルーノ・ムナーリ展(神奈川県立近代美術館、2018年)の図録を見返しているが、改めてグラフィック・デザインだけでなく、多方面にわたった造形活動の全貌を見ることができる。前回書いた子供のお絵描き教育のための本「木をかこう」もそのひとつだ。

工業デザインにも携わっていて、灰皿のデザインは有名で、日本でもよく見かけた。シンプルなキューブの形は、オリベッティやアレッシのデザインと共通するイタリア的造形感覚が魅力的だった。


単なるデザイナーでなかったムナーリは様々な造形活動を行ったが、そのひとつの金網による造形作品が出ていた。金網を加工して金網の半透明性を生かした造形をするものだが、むかし学校で同じ課題をやったことを思い出した。日本の造形教育もムナーリの影響を受けていた。(左はムナーリで、右は自分の作品)


本業のグラフィック・デザインでは、雑誌の広告、ポスター、本のイラストレーションなど、が網羅的に展示されていたが、かえって最近の作品で初めて見るものが多く、興味深かった。なかでもムナーリにとって最大のテーマだった「文字」に関する作品が面白かった。これは「ABC を組み立てよう」という子供の教育玩具で、積み木がアルファベットのパーツになっていて、それを組み立てて文字を作る。

「文字」に関するデザインでは、単なるグラフィック・デザインを超えて、ビジュアル・コミュニケーション・デザインに重点が移っていった。読む情報である「文字」と、見て理解する「図像」の情報との関係を研究している。「未知の国の読めない文字」シリーズは、読めない外国の文字から何らかのイメージを喚起させようとする実験だ。もともとそういう性質がある漢字もモチーフにしている。


2026年4月22日水曜日

ブルーノ・ムナーリの「木をかこう」

 Bruno Munari

イタリアのグラフィック・デザイナーのブルーノ・ムナーリは、子供のお絵描き教育にも熱心だった。数年前に日本でも個展があったが、その時買った本「木をかこう」は、とてもいい本だ。

表紙の絵は、木の形には規則性があることを気づかせようとしている。一本の太い幹が2本の枝に分かれ、その枝がまた2本の枝に分かれて、を繰り返している。そして枝分かれするたびに枝の太さが半分になっていく。幾何学でいうフラクタル(自己相似性)図形だ。

木の種類によっては、2本分かれだけでなく、3本分かれもある。直線的な木もあれば、曲線的な木もある。丸っこい木もあれば、一直線に上に伸びる木もある。枝が折れたりして不規則な木もある。

それらをよく観察して木を描こうと言っていて、大人が見ても役にたつ。


2026年4月21日火曜日

伊能忠敬の地図と「シーボルト事件」

 Ino Map & Siebold Incident 

前回書いたホルムズ海峡の地図のように現在では、人工衛星によって軍事的に必要な地図情報を瞬時に得ることができる。それで伊能忠敬の地図のこと思い出した。


伊能忠敬の地図の原寸大のレプリカを見たことがある。あるイベントで、体育館の床に忠敬の地図の全部を日本列島の形どうりに並べている。観客はその上を自由に歩き回ることができ、細部まで間近に見ることができる。自分の住所のあたりを見ると、現在の地図とまったく変わらないことがわかり、忠敬の地図の正確さを実感できる。


この地図は沿岸部だけしか描かれておらず、内陸部はほとんど空白のままだ。鎖国が続いていた幕末だが、外国船がたびたび日本周辺に現れていた。危機感をいだいた幕府は、国防に必要な正確な地図を作ることを伊能忠敬に依頼した。地図が沿岸部だけなのはそのためだ。

この地図を国外へ持ち出した「シーボルト事件」は有名だ。オランダ商館の館員だった医師のシーボルトは、日本に生息する植物の調査などをしていたが、実は日本の情報を集めるスパイだったと現在では言われている。シーボルトが帰国するとき、伊能地図を持ち出そうとしたが発覚して没収された。伊能地図は国防上重要な国家機密だから、シーボルトに地図を贈った幕府の役人は処刑された。ところがシーボルトは写しを取ってあり、それを密かに持ち帰っていて、帰国後に「シーボルト日本図」として出版した。

当時のヨーロッパの地図に描かれていた日本は大雑把なもので、伊能地図の精密さは驚異的だった。だから喉から手が出るほどの価値がある地図だった。


2026年4月20日月曜日

ホルムズ海峡の「マリン・トラフィック」

Marine Traffic

ホルムズ海峡封鎖の TVニュースで、船の状況を示す地図がよく出てくるが、これは「Marine Traffic」(マリン・トラフィック)という地図アプリで、世界中の船の動きをリアルタイムで見ることができる。自分でも見てみたが、ホルムズ海峡に船が密集していることがよくわかる。


2026年4月19日日曜日

”危ない” AI がテーマの映画

Danger of AI 

AI が急速に進歩している最近、AI の危険性をテーマにした映画が作られている。その中から強烈なインパクトがあった3作をあげる。なおこの3作以前の映画で、殺人ロボットを題材にした名作「ブレードランナー」があるが、別格すぎるので割愛する。


「エクス・マキナ」(2015)

人里離れた山奥の研究所で、ロボット研究者がAI ロボットを完成させる。それは若い美人ロボットだが、本物の人間とまったく見分けがつかないくらい人間性を感じさせる。ある時そこへ研究者の友人が訪れて来るが、そのロボットを好きになってしまう。そして美人ロボットの方も男を好きになる・・・

ロボットは好奇心があって、外へ出て人間の世界を見たいと思っている。そして男を誘って、2人で駆け落ちをする。しかし外へ出るとロボットは男が不要になり、殺してしまう。ラストシーンで、都会の人混みの中を人間に紛れて歩くロボットが映されるのが不気味だった。

つまりロボットは、好きなふりをして男を利用しただけだった。AI は知能がいくら高くても、感情や倫理観などの人間性を持つことは絶対にないということを警告している映画だ。10 年ほど前の映画だが、AI の恐ろしさが認識され始めた頃で、インパクトが大きかった。


 「ザ・クリエーター/創造者」(2023)

 AI ロボットが進化して、人間以上の能力を持ち、人類文明にチャレンジするというストーリーの映画だ。 AI による核攻撃でロサンジェルスが壊滅してしまい、報復としてアメリカが AI と戦争を始める。ところがこの映画では、AI ロボットはただの機械ではなく、人間以上に人間的な感情を持っている。だから優しい女の子のAI ロボットが主役になっている。

題名の「ザ・クリエーター/創造者」とは、キリスト教の、天地を創造した神を意味するが、映画では、これからは AI が「神」になって、新しい "AI 文明" を「創造」するだろうと言っているAI が人間を超えるのではないかという、人々が 抱いている不安や恐れをベースにした映画だった。


「トロンアレス」(2025)

AI がすでに最新兵器として使われている現在、去年公開されたこの映画は、すでにSF 的な空想ではないリアリティがある。前回までの「トロン」が現実世界の人間がデジタル世界へ踏み込んで、バトルを繰り広げるという設定だったが、この第3作では逆で、デジタル世界の AI が現実世界へ襲来して人間と闘うという構図になっている。

ある IT 企業の社長が業界の覇権を握ろうとして、強力な AI ロボットの開発に成功する。それは人間を殺すことも厭わない「AI 兵士」だ。一方でその「AI 兵士」を無力化するためのプログラムを開発している良心的なエンジニアがいる。その両者の壮絶なバトルが映画のストーリーになっている。

AI は人間が作ったプログラムに忠実に従っているだけなので、この AI 兵士も平然と人を殺す。 AI には倫理観などの人間性はない。だからこそ AI を作る人間・使う人間の人間性が問われるというということを改めて強調している映画だ。