2026年6月13日土曜日

映画「リプリー」の映像表現

「Repley」 

NETFLIX 版の「リプリー」は昔の「太陽がいっぱい」と同じ原作の映画化だが、演出のスタイルがまったく違う。同じ犯罪映画であるが「太陽がいっぱい」明るい太陽のもとで起こる事件だったが、「リプリー」では人間の暗部を描くダークな「フィルム・ノワール」になっている。

名作フィルム・ノワールが白黒映画であったようにこの映画も白黒で、モノクロームを活かした映像の美しさがが素晴らしい。例えばこの夜の街のシーンで、街灯の光が雨に濡れた道を照らしている。全体は暗い闇に包まれていて、登場人物もシルエットだ。人間の暗部や、都市の不安な空気感を描いている、このような光と影の効果による陰影に富んだ映像表現は。フィルム・ノワール映画の定番手法だ。


他にもこの映画はひとつひとつのカットで、カメラアングルや構図が計算し尽くされているが、いくつかの印象的な場面をあげてみる。

主人公がナポリの古い街で道に迷う。ボロボロの建物に囲まれた迷宮のような雰囲気。

主人公がリゾート地アマルフィーにバスで来る。ブリッジと建物による造形的な構図が見事。

海岸に錨が置いてある。不安感に満ちた風景だ。これから起こることを予感させている。

主人公が知人の大豪邸で海を眺めているシーンのスタイリッシュな構図。

主人公がフェリーから荒れた海を眺めている。真上からのアングルが不安感を感じさせる。

2026年6月12日金曜日

映画「リプリー」に出てくるカラヴァッジョ

 Caravaggio in the movie「Ripley」

「リプリー」(NETFLX)というサスペンス映画で、カラヴァッジョの絵画が登場する。アメリカ人の自称画家の主人公が、依頼されたある仕事のためにイタリアへ行く。そして殺人事件を起こし、警察の追求を逃れてイタリア各地を転々とする・・・映画は白黒だが、イタリアの歴史的な建築・彫刻・絵画が頻繁に登場する。

その中で、カラヴァッジョの名作「マタイの召命」が登場する。主人公はカラヴァッジョが好きで、イタリア旅行中も分厚い画集をつねに持ち歩いている。映画は、巨匠でありながら犯罪者として常に逃亡生活を送っていたカラヴァッジョを、同じくイタリアを転々とする主人公のメタファーとして使っている。

主人公は画集で見ている「マタイの召命」を飾ってある教会へ実際に見に行く。光と闇を許烈なコントラストでドラマチックに描く「キアロスクーロ」の巨匠カラヴァッジョの最高傑作だ。


祭壇の周囲をコの字型に囲むように3つの絵が飾られていて、左側の絵が「マタイの召命」。3枚の絵は聖書の物語の場面で、あたかもそのシーンがこの祭壇でいま実際に起こっているかのように見せようとしている。

そのためにカラヴァッジョはある計算をして絵を描いている。教会内の光の方向と絵の光の方向を一致させることだ。正面中央の上部に天窓があり、そこらの光が3枚の絵を照らしている。だから左の絵は右光源で描かれていて、右の絵は左光線で描かれていて、中央の絵は上光源で描かれている。





2026年6月11日木曜日

江戸時代の洋画家 佐竹曙山と遠近法

 Perspective in Edo

佐竹曙山は秋田藩主でありながら画家だった。油絵を学び洋風の絵を描いた。代表作の「湖山風景図」で、手前の松を大きく描き、遠近感を強調し、松の幹には陰影がつけられ立体感がある。浮世絵などの日本絵画になかった遠近法と陰影法を取り入れている。

「空間を描く遠近法」(黒田正己)に曙山の遠近法についての解説があるが、それによると、彼はオランダからもたらされた情報をもとに西洋絵画を学んでいて、遠近法についても研究していた。そして「画法綱領」と「画図理解」という遠近法の解説書を書いたが、これが日本人が書いた最初の透視図法の本だったという。

その本は、在来の日本の絵はただ美麗を尊ぶだけで、写実の重要性を知らず、立体を描かないと批判している。その上で、「近きは大、遠きは小」などの遠近法や「明暗によって遠近高低を表す」などの陰影法を教えている。

右は、この本に示されている「八分乃一図」という説明図の例。人間の視野角は、上方8分の1=45 ° であることを示している。
そしてこの図でもっとも重要なのは、「近きは大、遠きは小、眼力尽きて視る能わざる所地平線なり」」と言っていることで、眼力が尽きて見えなくなる所とは消失点のことで、それが地平線上にあること、そして地平線は見ている人の目の高さ=アイレベルと同じであるという、遠近法の基本中の基本をこの図で示していることにある。

2026年6月10日水曜日

ワイエス 窓から差し込む光

 Andrew Wyeth

「アンドリュー・ワイエス展」は終了間近だが見に行けそうもないので、手元の画集を眺めている。その中から「窓から差し込む光」がテーマの絵をあげてみた。

画像は以下より
「Andrew Wyeth   Memory & Magic」
「The Art of Andrew Wyeth」
「Andrew Wyeth  Autobiography」


農家の納屋のような壊れかけた古い部屋で、窓から差し込む光が壁に当たっている。この絵のコメントをワイエス自身が書いている。

『私は午後の光と、この家のボロボロになった感じを描きたかった。その日は霧で、私は古びた道具などに当たって拡散する光が好きだった。そしてバケツに当たってできた影も面白かった。』









暗い室内に、小さい窓から差し込む光が床に当たっている。壁にはレインコートが掛かっているから雨上がりだろうか。そしてコートの主は今帰ってきたばかりなのか。ワイエスの絵にはこのように、人を描かずに人を感じさせる絵が多くある。
題名が「Room After Room」で、手前の部屋に続く次の部屋を描いている。手前の部屋は納屋のようで、ガラクタが置いてある。向こうの部屋にいる女性は、ワイエスがよくモデルにするクリスチーナ・オルソンだ。彼女には向こうの部屋の窓から光が当たっている。女性の椅子に立てかけている細い棒は、暖炉の火かき棒で、ワイエスは『この棒に当たっている強い光のハイライトを強調するために(色をつけずに)水彩紙の白を残した。』とわざわざコメントしている。







窓辺に置いてあるバケツに窓からの光が当たっている。暗い部屋の中でそこだけスポットライトが当たっているようだ。部屋の片隅にある何でもないものを生き生きと魅力的に描いている。壁はブラックアウトさせて、明と暗だけで構成したシンプルな構図だ。

















知人に宛てた手紙にスケッチが描かれている。窓辺の花を描いている簡単な絵だが、窓から差し込む差し込む光がしっかり描かれている。それによって花が活き活きとしている。光に対するワイエスの意識の高さがこんな簡単なスケッチにも現れている。










エドワード・ホッパーの「窓から差し込む光」を描いた絵について先日書いたので参考まで。→ https://www.blogger.com/blog/post/edit/5842824525266145803/4477866868539511877

2026年6月9日火曜日

健康情報で稼ぐ人たち

Diet Pills ? 

糖尿病の薬がダイエットに効くという SNS の情報を信じて、その薬を飲んでいる女性がたくさんいるという。この薬は食欲を減退させる効果があるだけでダイエットに直接効くわけでない。逆に副作用があって、深刻な健康被害をもたらすという。

昔の話だがアメリカで、タバコを吸うとダイエットに効果があるという情報を医者が発信した。タバコは食欲を減退させるだけだが、たくさんの女性たちがタバコを吸うようになった。それを仕掛けたのはタバコ会社の「マールボロ」で、そのおかげで、タバコの売り上げが大幅に伸びて大儲けした。

今の糖尿病薬でもそれと同じだ。SNS で情報を流している発信元は、美容クリニックなどの医療系事業者で、来院者を増やしたり、薬を売ることで儲けるためにやっている。しかしSNS の情報を何でもありがたがる習性の人はたくさんいて、ひっかかる。

健康情報で稼ぐ事例は他にもたくさんある、コロナの時に、ワクチンは死ぬ危険性があるから打つなという情報がSNS で盛んに流れた。ワクチンよりも安全に抗体を作れる〇〇という薬を飲む方がいいというふれこみだったが、実際は効き目のないただのサプリメントだった。しかしそれを真に受けてワクチンを打たなかった人がたくさんいた。SNS の発信者は、〇〇大学教授とか、医学博士とかを名乗っでいたが、SNS の言うことを何でも信じる人たちのおかげで、彼らは大儲けした。


2026年6月8日月曜日

映画「レベッカ」と肖像画

「Rebecca」 

映画「レベッカ」の NETFLIX 版を見た。1940 年のヒッチコックの名作「レベッカ」のリメイクだが、ほぼ同じ脚本になっている。

世間しらずの若い女の子がいきなり大富豪の貴族と結婚する。妻として初めて男の家に行くと、そこは何百年もたつ幽霊屋敷のような古い大邸宅で、部屋の壁には至るところに先祖代々の肖像画が飾ってある。そして夫にはレベッカという名前の前妻がいて、数年前に事故で死んでいたらしいことを、新妻はおぼろげに気づき始める・・・

ある夜、邸宅で仮装舞踏会が開かれる。若い妻は、壁に掛かっている前妻レベッカの肖像画と同じ真っ赤な衣装を着て現れる。まるで額縁から抜け出してきたかのようだ。夫を喜ばせるつもりで無邪気にやったことだが、それを見た夫の表情が凍りついてしまう。この瞬間からストーリーは急転し、レベッカの「妄想」をめぐる真相が暴かれていく・・・

この有名なシーンは映画の中で重要な意味があるのだが、それについて西洋美術史家の岡田温司氏は「映画は絵画のように」の中で、「肖像画」の持つ意味についてこう解説している。

「・・すでに死んでいるにも関わらず、肖像画の存在は主人公たちに取り憑き、場合によっては呪縛さえする。・・それゆえ肖像画はしばしば、不在と現前、死者と生者の境界線上に位置づけられてきた。・・映画『レベッカ』で、大邸宅のいたる所にレベッカの亡霊が跳梁していてヒロインを悩ませる、この映画は、肖像画がもたらすこうした不気味な効果を最大限に活かしている。・・」

ヒッチコック版の「レベッカ」でも、壁に飾られた肖像画のレベッカに
なりきっていると確信したヒロインが得意満面の笑顔を浮かべている。

2026年6月7日日曜日

「浮遊感」 鈴木春信とフラゴナール

Floating feeling Harunobu & Fragonard

前回、浮世絵師  鈴木春信の絵暦について書いたが、これも春信の絵暦。「清水の舞台より飛ぶ美人」という題で、恋の成就を祈って清水の舞台から飛び降りる少女を描いている。

着物の柄が「大、二、三、五、六、八、十」という文字になっていて、「大」の月( 30日の月)が、2、3、5、6、8、10、の各月であることを示していて、暦の役割を果たしている。

傘のパラシュートで、宙に浮いた少女がゆっくりと降下している。振袖は羽のように羽ばたいていて、浮遊感と飛翔感を表している。春信は、このような非現実的な無重力の世界を好んで描いた。


この絵を見ていて、ロココ時代の画家フラゴナールの「ぶらんこ」を思い出した。貴族の家らしい木の生い茂った庭園で少女がブランコに乗っている。左下には恋人らしき男が少女を眺めている。

これは春信の絵との共通点が多い。どちらも少女が主人公で、傘のパラシュートとブランコの違いがあるが、無重力状態で宙に浮かぶ浮遊感がテーマになっている。そして華やかな衣装がはためいているのも同じ。

この二つの年代を調べてみたら、春信の絵は1765年で、フラゴナールの絵は1797年で、ほぼ同じ時代に描かれている。浮世絵とは浮世(現世)を楽しく生きようという江戸の文化がもとにある。ロココ美術も、個人の享楽を尊ぶ軽妙・自由な精神の時代だった。両者の共通性が「浮遊感」を表現することに現れているようだ。