Liquor Label
酒のラベルのデザインをモチーフに。
Alice Guy「Be Natural」
19 世紀末に、世界で初めて映画を撮影したルミエール兄弟は「映画の父」として有名だ。しかし同じ頃に画期的な映画を作っていたアリス・ギイという女性映画監督についてはほとんど知られていない。
ルミエール兄弟が作ったのは有名な「工場の出口」のように ”記録映画” だった。それに対してアリスは、世界初の”劇映画” を作った。それが「キャベツ畑の妖精たち」という1分の映画で、若い女性が畑でキャベツを収穫すると、中から赤ん坊が出てくるという今でいえば ”ファンタジー映画” のようなものだが、当時は大人気だったという。
その後アメリカに渡って撮影スタジオを作り、1 0 0 0 本もの作品を次々に作り、大成功を収める。アクション映画、コメディ映画、歴史映画、戦争映画、ミュージカル映画、などの今では普通になっている映画ジャンルのほとんどを生み出していく。技術的にも、クローズアップ撮影、特殊効果、カラー化、映像と音のシンクロ、などの”世界初” をやっていく。
アリス・ギイの最大の功績は、俳優の演技に自然さを求めたことだった。生まれたばかりの当時の映画は舞台演劇を引きずっていた。大袈裟な演技をする舞台と違って、映画ではそんな必要がない。顔の微妙な表情も映すことができる。それで彼女が求めたのは不自然でない演技だった。スタジオに「Be Natural」(自然に振る舞え)という看板を掲げていたという。映画の本質をついたこの考え方によって映画は自立した芸術ジャンルになった。
これだけの功績をあげたにもかかわらず、アリスの名前は映画の歴史から消えていたのは、当時がまだ男社会だったからだという。5年ほど前の「映画はアリスから始まった」というドキュメンタリー映画でアリスの生涯と功績をたどっていた。
Alzheimer's And Dementia
ある脳科学者によれば、アルツハイマー病になっても、認知症にならない人がけっこう多いという。そもそもアルツハイマー病とは、脳の中に有害な物質(アミロイド β)が溜まって脳の機能が低下する病気だが、脳には「認知予備能」という機能があり、ダメになった部分をその予備で補うという。
「認知予備能」は脳の認知機能の ”貯金” のようなもので、若い頃から脳を使う知的活動を続けてきた人は、脳にたくさんの ”貯金” ができている。そういう人はアルツハイマーになっても "貯金" がカバーしてくれるから認知症にならないというのだ。そんな人はアルツハイマー病患者全体のうちの 20~30% くらいいるそうだ。
Confirmation Bias
「知性はバイアスでできている」という本は、人間の「賢さ」と「愚かさ」について論じている実に面白い本で、その中から昨日に続いてもうひとつ紹介する。
SNS はバイアスまみれの情報を日々拡散している。それに対して、多くの人は自分の考えに合致する情報ばかりに注目して、さらにそれと同様の情報を集めたがる。しかし自分の考えとは違う情報は無視する。それによって自分の信念がますます強化され、自分を客観的に見直すことはしない。このバイアスは「確証バイアス」と呼ばれる。
例えば、自分は優秀だと自負している学生が、テストの点数が悪かった場合、問題が難しすぎたせいだと思い、自分の実力について見直すことはしないのと同じだ。
ところがテスト結果が悪かった学生が「テストなんか無意味だから止めてしまえ」とテストそのものを否定してしまう場合もある。そうすれば自分の能力についてあれこれ考える必要がなくなるからだ。
その最大の例がトランプ大統領で、さまざまなことで批判されると、個々の事案について具体的な反論をせずに、「メデイアはフェイクニュースばかり流している。」と言ったり、気候変動問題には、「気候変動は学者のでっち上げで、そんなものは存在しない。」と言ったり、国連でアメリカが非難されると「国連などいらないから脱退する。」と言ったりする。このように、メディアや、学者や、国際機関など、批判する相手そのものを全否定してしまえば、個々の論点についていちいち反論しなくても済んでしまう。これは誰にも論破されない最強の論法だ。
Randomness
昨日書いたように「知性はバイアスでできている」という本は、人間の推論の方法が「賢さ」と「愚かさ」の両面を持っていることを論じている。それをたくさんの具体的な事例をあげて解説している。そのなかから一例を紹介する。
壺の中にたくさんのビー玉が入っている。その中に赤い色のビー玉が何%あるかを調べろと言われたとする。すると壺に手を突っ込んで 一掴みのビー玉を取り出して赤い色の%を調べる。しかしこれはあくまで近似値であって完全な正解ではない。もっと完全を目指そうとすると、何度も同じことを繰り返して、その都度の赤の%の平均値を出すとだんだん正解に近づいていく。しかしそんな手間ひまをかける人はほとんどいない。
これは「サンプリング」による調査であり、全数を数える労力を省く上手い方法だ。同じことが例えば世論調査に応用される。「内閣支持率は何%か」を調べるとき、調査対象にするのはたいていわずか1000人ぐらいで、その答えはあくまで近似値だ。しかし人口1億人全員の声を聞こうとすると膨大な時間と費用がかかるからそんなことはしない。
この時重要なことがサンプルの「ランダム性」だ。サンプル1000人の性別や年齢や職業などが偏っていると正しい答えが得られない。だから調査対象を選ぶ時、乱数を使ったりして完全な「ランダム性」を保つようにする。
他にも「ランダム性」を利用するのが合理的な場合がある。サッカーの PK戦で、ゴールキーパーが右か左かどちらに跳ぼうかと考える時、キッカーの癖を考えてもが意味がない。キッカーは自分の癖を読まれているとわかれば、裏を描くかもしれないし、裏をかくことを気づかれていると思えば裏の裏をかくかもしれない。だからどの方向を選んでも勝つ確率は同じだ。だからキーパーもキッカーも自分の行動には規則性がなく「ランダムな行動」をとると相手に思わせて、そのとうり行動するのが最善の策になる。これは「戦略的ランダム性」と呼ばれる。この戦略は政治の世界でも応用される。最近、台湾有事になったらアメリカ軍は出動するかが話題になる。これに対してアメリカ政府は意図的にあいまいな態度をとってきた。トランプ大統領は外交政策について「我々は予測不能でなければいけない。我々は予測不能になる。」と言った。まさに PK戦のゴールキーパーと同じ「戦略的ランダム性」で、それが最大の抑止力になる。
「What Makes Us Smart」
「バイアス」といえば普通は、「偏り」や「思い込み」などのように、人間が間違った判断をするものとして悪者扱いされる。しかしこの本は、人間の知性とはそもそもバイアスでできているという考え方を主張している。動物も人間も、食べ物を探したり、外敵から身を守ったりするために視覚や聴覚によって得られる外部からの情報を集めて、それに基づいて物事を判断する。しかしそれらの情報はまわりの世界にある膨大な情報のごく一部でしかない。
人間はその情報の少なさを脳の力で補う。例えば「あの時はこうだったから今度もそうだろう」などと過去の記憶を頼りにしたりする。しかしそれが往々にして「思い込み」などの間違いを引き起こす。
しかし一方で、そういう脳の力を借りずに少ない情報だけで正解を求めようとすると、あれこれ考えている間に外敵に喰われてしまうかもしれない。つまり「記憶」や「知識」は、いちいち最初から考えなくとも効率的に物事を判断するための力になる。
このように人間が得られるデータは限られていて、世界を不完全にしか把握できない。だから脳は観察を事前知識と組み合わせることで、正解を知ろうとする。しかし人間の脳はコンピュータと違って、データ量も、計算力も限界がある。それを解決するために、脳はさまざまな戦略を持っている。「バイアス」もそのひとつだ。このように人間の「賢さ」と「愚かさ」の本質をこの本は追求している。
Oil Refinery in Yokohama
自宅からそう遠くない横浜・根岸には巨大な工場が立ち並んでいて、よくその辺りを散歩する。その中心が、海岸べりにある日本一の石油精製工場。中東からの石油タンカーが接岸する専用の埠頭があり、タンカーから工場へ直接パイプによって原油が送られる。