2026年6月19日金曜日

映画「ラストサムライ」

 「The Last Samurai」

徳川幕府が終わり、明治が始まった直後、まだ旧幕臣が新政府に抵抗する内戦が続いていた。映画「ラストサムライ」はその時代に、最後の闘いをして消えていったサムライたちの美学を描いていた。映画では、主人公のサムライ(トム・クルーズ)は日本人ではなく、アメリカ人となっていたが、そのモデルは、ジュール・ブリュネという実在したフランス人で、幕府の軍事顧問だった人だといわれている。

政府軍はイギリスの援助を受け、大砲や機関銃などの近代兵器で武装しているが、反政府軍のサムライたちは昔ながらに、刀を抜いて突撃するだけだからバタバタと死んでいく。そして主人公が最後の一人になった・・・

この映画の背景になっている当時の歴史的状況は以下のようだった。

幕末に、欧米の軍艦がたびたび日本周辺に現れたが、薩摩藩は日本が侵略されるのではないかという危機感を抱いていた。それで薩摩藩は欧米の近代的兵器を導入して軍備をしていた。そしてイギリスの軍艦が鹿児島湾に入ってきた時、砲撃をして戦闘になった。これが有名な「薩英戦争」だ。イギリスは日本の軍事力の高さに驚いたが、同時に薩摩藩も欧米式の兵器の重要性を痛感した。それで薩摩藩は排外主義をあらためで、イギリスとの友好関係を築いていく。

まもなく薩摩藩を中心とする反幕府の勢力が、イギリスの武器支援を受けて勢力を伸ばし、明治新政府の樹立にいたる。そして明治政府になってもこのイギリスとの関係は続いていく。

「ラストサムライ」は、サムライの日本が近代国家になる瞬間を描いた歴史映画だ。映画のラストでとても印象深いいシーンがあった。イギリスとの友好条約を結ぶための天皇臨席の会議の場面だ。そこにイギリスのハリー・パークス公使が実名で登場していた。彼は薩摩藩以来イギリスの軍事技術を日本に売り込んできた人物だ。するとそこへ突然、主人公のラストサムライが飛び込んでくる。政府に逆らった自分を処罰することを天皇に願い出る。すると若い明治天皇は、ラストサムライを称えながら言う。「我々は外国から大砲や機関銃を手に入れた。しかし日本人は武士道精神の魂を忘れてはならない。」


2026年6月18日木曜日

「へんちくりん江戸挿絵本」

Illustrated book in Edo

 浮世絵や絵巻物など”正統派”の江戸文化研究からはみ出した”へんちくりん”な江戸の出版文化を取り上げた本だ。江戸では、様々な情報や知識が本によって人々に伝達されたが、それらの多くは挿絵が中心で「挿絵本」と呼ばれた。そういう本が一般的になると、それを茶化す挿絵本もたくさん出版された。誰でも知っている本の内容をパロディ化して人々を面白ろがらせた。「へんちくりん江戸挿絵本」はそういう江戸人の遊び心をたくさんの事例で示している。

これは遊郭通いする仏を描いている。遊郭で、地蔵とお釈迦様が後光を背負ったまま宴会を楽しんでいる。酒の肴には焼き魚も並んでいて、生臭さ物も厭わない。


宴会が終わって、それぞれが屏風の内で床入りする場面。遊女に「後光はとって寝なんし」と言われ言われ、後光は外している。


仏たちは遊女にモテるだけではなく、三味線や長唄もうまい。この後、地蔵は馴染みの遊女とと駆け落ちしましたとさというお話。神様仏様をパロディ化している物語だ。



2026年6月17日水曜日

映画「Mank / マンク」

「Mank」

映画「Mank / マンク」(NETFLIX, 2020)を見たが、オーソン・ウェルズの不朽の名作「市民ケーン」にすごい裏話しがあったことを初めて知った。

「市民ケーン」は、天才オーソン・ウェルズが、監督、脚本、撮影、俳優、すべてを一人でやったということになっているが、実は脚本はマンキーウィッツ(通称マンク)という脚本家が書いていたことを映画は暴いている。

映画は、マンクが「市民ケーン」の脚本を書き上げるまでの苦悩や闘いを描いている。アルコール依存症のマンクは、ウェルズに脚本の執筆を依頼されるが、期限はたった 90日・・・映画はその過程を、1930年代のハリウッドの回顧をはさみながら描いている。

マンクは、クレジットにウェルズの名前だけが載り、自分の名前が載らないことを知って激怒する。映画会社に抗議してやっと二人の連名にさせる。ところが「市民ケーン」はアカデミー賞のすべての部門にノミネートされていながら、受賞したのは脚本賞だけだった。映画の最後でマンクがアカデミー賞のトロフィーを抱いて満足げな表情で、インタビューを受けるシーンで終わる。


2026年6月16日火曜日

イングランドとスコットランド 二人の女王

Queen Erizabeth & Queen Mary

ワールドカップが始まったが、いつもながらイギリスだけが4チームが出場できるのはズルイ(?)と思うが、そもそもイギリスの正式名称は UK(United Kindom)で、4つの王国の連合国だから仕方ない。それらがひとつの国になるまで因縁深い歴史があるが、なかでもイングランド対スコットランドの歴史はドラマチックだ。


数年前にあった「怖い絵展」で、目玉作品が「レディ・ジェーン・グレイの処刑」という歴史画だった。若いスコットランド女王がイングランドへの裏切りを疑われて、斬首の処刑をされる瞬間を描いている。右側に斧を持った処刑人が立っている。


もうひとつ紛らわしいが「メアリー・スチュワートの処刑」という絵がある。スコットランド女王のメアリーは、イングランド女王のエリザベスと異母姉妹なのだが、王位継承権をめぐってエリザベス女王と敵対関係になる。エリザベスはメアリーを捕らえて、処刑の命令を下す。この絵は処刑場へ向かうメアリーを描いている。


このメアリーとエリザベスの二人の愛憎劇を描いた映画『二人の女王 メアリーとエリザベス』が面白かった。カトリックとプロテスタントの宗教対立や、政略結婚と王位継承、重臣たちの陰謀と謀反、などがからんで、16 世紀イギリスのドロドロした歴史がわかって興味深い。


2026年6月15日月曜日

江戸のボタニカルアート

Botanical Art in Edo 

ボタニカル・アートが流行っているようで、そんな教室の生徒さんの作品展を見かけたりする。植物を写真のとうりありのままに描く、植物図鑑の挿絵と同じで「自己表現」をする絵画ではない。

そんな絵は江戸時代からすでにあった。「江戸の想像力」(田中優子)に、その始まりが書いてあって面白い。平賀源内は日本全国の動植物を集めて展示する「薬品会」というイベントを主催していた。源内は「本草学」という、今でいう「博物学」の研究をしていたが、同じアマチュアのマニアが全国にたくさんいて、源内の呼びかけに応じて千数百種類が集まったという。

会が終わると、「物類品種」という出品物の挿絵入りの図録を発行した。その挿絵は、浮世絵のような「絵画」ではダメで、写真のようにひたすら写実的に描く画家に描かせたそうだ。彼らは無名だが、西洋絵画の手法を学んだ人たちだったという。



2026年6月14日日曜日

アマルフィの風景 映画「リプリー」とエッシャー

Amalfi, 「Repley」and  Escher 

鎌倉の高台に海一望の「アマルフィ」というイタリアンの店がある。店の名前はもちろんイタリアの景勝地アマルフィから来ている。そのアマルフィが映画「リプリー」に出てくる。主人公がアマルフィにある超金持ちの大豪邸を訪れてくる・・・

これがそのシーン。崖の上に、海へ突き出すかのように家が建っている。中世風の古い家が密集していて、教会の塔が見える。

自分ではアマルフィへ行ったことはないが、このシーンでエッシャーの絵を思い出した。エッシャーは若い頃、イタリアに移住して風景画を描いていた。なかでもアマルフィーが好きで、多くの作品を残している。これはそのひとつで、上の実景写真と比べると、かなり緻密に写実的に描いていることがわかる。教会の塔や建物などが上の写真とぴったり合っている。そもそも映画の映像は、この絵をもとにしているのではないか。俯瞰のカメラアングルがよく似ている。


もうひとつエッシャーのこの絵で、上とは反対の陸側からアマルフィの街を見ている。手前の下の方に細い道が描かれているが、階段やトンネルが複雑に入り組んでいて迷路のようだ。


このイメージも映画「リプリー」に出てくる。土地が狭いせいか、道が建物の下をくぐっていて地下道のようだ。そして坂が多いので、その道がすべて階段になっている。この階段とトンネルが入り組んだ迷路のようになっていて、主人公が迷子になりながら歩いている。


このシーンに相当するエッシャーの作品がないか、エッシャーの画集を見たらあった。3方向に階段が続いている道の中央から出口が見えている。上の映像そのままだ。後年エッシャーは視覚を欺くような不可思議な絵を描いたが、そのイメージの源泉がこの時のイタリアの経験から来ているといわれている。


(写真画像は映画「Repley」より、絵画画像はエッシャー画集「Le Monde de M.C.Escher 」より)

2026年6月13日土曜日

映画「リプリー」の映像表現

「Repley」 

NETFLIX 版の「リプリー」は昔の「太陽がいっぱい」と同じ原作の映画化だが、演出のスタイルがまったく違う。同じ犯罪映画であるが「太陽がいっぱい」明るい太陽のもとで起こる事件だったが、「リプリー」では人間の暗部を描くダークな「フィルム・ノワール」になっている。

名作フィルム・ノワールが白黒映画であったようにこの映画も白黒で、モノクロームを活かした映像の美しさがが素晴らしい。例えばこの夜の街のシーンで、街灯の光が雨に濡れた道を照らしている。全体は暗い闇に包まれていて、登場人物もシルエットだ。人間の暗部や、都市の不安な空気感を描いている、このような光と影の効果による陰影に富んだ映像表現は。フィルム・ノワール映画の定番手法だ。


他にもこの映画はひとつひとつのカットで、カメラアングルや構図が計算し尽くされているが、いくつかの印象的な場面をあげてみる。

主人公がナポリの古い街で道に迷う。ボロボロの建物に囲まれた迷宮のような雰囲気。

主人公がリゾート地アマルフィーにバスで来る。ブリッジと建物による造形的な構図が見事。

海岸に錨が置いてある。不安感に満ちた風景だ。これから起こることを予感させている。

主人公が知人の大豪邸で海を眺めているシーンのスタイリッシュな構図。

主人公がフェリーから荒れた海を眺めている。真上からのアングルが不安感を感じさせる。