Walter Gropius
60 年くらい前、「日本美術史」か何かの授業の一環で、京都の桂離宮を見学したことがあった。桂離宮は研究目的でしか見学を許されないので、貴重な体験だった。当時からすでに、桂離宮をはじめとする日本の伝統建築の”近代性”が世界的に評価されていた。
最近「ドイツにおける日本像」という本を読んでいたら、グロピウスが日本の伝統建築から受けた大きな影響についてかなり詳しく解説している。それによると、すでに1920年代から欧米では日本建築について多くの研究書が出版されていたので、グロピウスはその写真をもとに、桂離宮や東大寺の法華堂などのスケッチをしていた。その結果が自身の建築設計に生かされ、バウハウスの教育にも反映された。
グロピウスが日本建築から影響を受けて設計した例が「ゾンマーフェルト邸」という個人住宅で、正倉院からヒントを得ている。正倉院は角材を重ねて造られており、その角材のくさび形の末端は互いに直角に交わって、外側に突き出ている。このゾンマーフェルト邸はその正倉院の構造と類似している。四隅で横木の先端が交差する構造、広く張り出した寄棟屋根、などの点だ。グロピウスが日本建築の最も需要な特徴として挙げているのは「規格化」だ。畳は 180cm × 90cm という人間が寝た時の寸法という人間的尺度が基準になっていて、その畳の寸法の倍数で何畳という部屋の大きさが規定されている。障子や襖の寸法も畳のサイズで規格化されているから、現場で現物合わせしながら造る必要がない。外で作ったものを持ってきてきてもそのままピタリとはまる。
これは「モジュール」の考え方で、西洋の建築が20 世紀になってやっと到達したことを日本では何百年も前から普通にやっていたことにグロピウスは驚嘆している。欧米では近代になって、住宅建築を工業化してプレファブリケーションが可能な「2バイ4」などが行われるようになったが、それは日本では大昔からやっていたというわけだ。もうひとつグロピウスが重視していたのは、内部と外部の空間を融合する「障子」だった。グロピウスがバウハウスの校舎を設計した時、大きなガラス窓に細い鉄の格子をはめた。それによってできる格子模様の横長の長方形は日本の障子と同じプロポーションだった。