Presidential Assassination
先日のニュースで、トランプ大統領の3回目の銃撃事件がまたあった。アメリカ史上、暗殺された大統領はリンカーやケネディなど4人いて、暗殺未遂事件があった大統領は、レーガン、ブッシュの2人だそうだ。
1860 リンカーン(暗殺)
1880 ガオフィールド(暗殺)
1900 マッキンリー(暗殺)
1960 ケネディ(暗殺)
1980 レーガン(未遂)
2000 ブッシュ(未遂)
Presidential Assassination
先日のニュースで、トランプ大統領の3回目の銃撃事件がまたあった。アメリカ史上、暗殺された大統領はリンカーやケネディなど4人いて、暗殺未遂事件があった大統領は、レーガン、ブッシュの2人だそうだ。
「The Inheritors」
「後継者たち」を数年ぶりで再読。ウィリアム・ゴールディングが 1954年にノーベル文学賞を受賞した作品。前々回書いた映画「蝿の王」の原作(小説も同名の「蝿の王」)に次ぐ作者の第2作目で、「蝿の王」と同じ思想が底流にある。初めの人類はネアンデルタール人だったが、5万年くらい前に滅亡して現在の人類種であるモサピエンスに交代したが、この小説はその人類交代の始まりを描いている。
小説は、ある架空のネアンデルタール人とその仲間の物語で、彼らは純真で無垢そのもので悪意というものが全くない。仲間どうしが助け合う平和な生活を送っている。そこへ「新しい人」(ホモサピエンス)がやってくる。彼らは格段に優れた知能と技術を持っていて、ネアンデルタール人の住む食べ物が豊富な土地に侵入し、生活圏を奪っていく。
ネアンデルタール人は、川にさえぎられた狭い地域に住んでいて外へ出ることができない。ところが「新しい人」たちは川を丸木舟に乗ってやってきた。それを見てネアンデルタール人はびっくり仰天する。この小説で面白いのは、「新しい人」たちが丸木舟を作る過程を詳しく書いていることだ。太い木を切り倒して枝を払い、小さい丸木をローラーにして転がして運び、川のそばで幹の中をくり抜いて丸木舟にする。それを複数の人間が協力し合ってやる。それはネアンデルタール人には思いもつかなかったことでただ茫然と見ている。
舟を作りはじめる時リーダーは「頭の中に絵が見える」と言う。つまり、この世にまだ存在していない舟というものを頭の中で想像し、その形を実際の物として作ってしまった。まさにこれは「デザイン」だ。ネアンデルタール人は実際に眼で見える物、手で触れる物しか認知できないが、ホモサピエンスは実際に存在しない物を頭の中に思い浮かべることができるようになった。この脳の働きの変化は「認知革命」と呼ばれている。
ホモサピエンスの認知革命によって、現在に至る文明の発展をもたらしたが、同時にそれは欲望と征服という悪をもたらした。丸木舟は空母や潜水艦に発展し、戦争ばかりの現代に繋がっている。それがゴールディングがこの小説で言いたかったことだ。
Tourist Guidebook in Edo
観光旅行ブームだった江戸時代には、「名所図絵」という観光名所のガイドブックがたくさん出版されていた。「伊勢参宮名所図絵」「善光寺名所図絵」「金毘羅参詣図絵」「東海道名所図絵」などなど日本各地の有名観光地はすべてカバーされていた。それは現地の雰囲気をイラストで表現していて、現在のインスタ映え的な写真ばかりのガイドブックとは違う生き生きとしたしたものだった。それらを紹介した『江戸の旅 名所図絵の世界』からいくつか紹介する。
「大和名所図絵」の中の奈良の春日大社の光景。今現在も、奈良公園(一部は春日大社境内)で観光客が鹿に鹿せんべいを与えているのが普通の光景になっているが、すでに江戸時代から今と同じだったことがわかる。茶屋で観光客が鹿に鹿せんべいをあげている。左側に茶屋の店主が湯を沸かしている。左下には子供が紙を鹿にあげようとしているが、母親がその子の帯をさりげなくつかまえながら隣の女性と話している。
「Lord of the Flies」
前から気になっていた映画「蝿の王」を DVD で見た。登場するのは子供達だけだが、決して気持ちのいい映画ではない。むしろ"いやーな感じ"の映画だ。ストーリーはこんな感じ・・・船が遭難して少年たちが無人島に漂着する。子供たちは陸軍幼年学校の生徒で、頭がよくて規律を身につけた子供達だ。彼らはサバイバルのために一致団結しようと、リーダーを決め、規則を作り、仕事の役割分担を決める・・・
ところが些細なことからいさかいが始まり、二つのグループに分裂してしまう。秩序は崩壊し、権力闘争になっていく。やがて暴力を振るい合う抗争になり、ついに殺し合いになってしまう・・・
映画の原作は、イギリスの作家 ウィリアム・ゴールディングで 1983 年にノーベル文学賞を受賞している。ゴールディングは大戦中に従軍した。ナチスによるユダヤ人大虐殺を目の当たりにしたことから彼の思想が出来上がった。彼はこう言っている。『虐殺をやったのは、未開の首狩り族ではない。文明の伝統を背負った教養のある人々が、冷静に行なったのだ。社会制度の影に隠れている人間の強欲さや残虐性がむき出しになったのだ。』Traveling Tokaido
江戸時代の一般庶民は旅行好きだったようで、当時の旅の様子が「大江戸庶民事情」(石川英輔)に紹介されている。
東海道は旅行客が最も多い街道だった。有名な歌「お江戸日本橋七つ立ち〜」は、京都に着くまでの旅を沿道の地名を織り込んで歌う道中歌だが、この「七つ」というのは当時の時間で夜が明ける「明けムツ」より1時間早いまだ暗い時間で、そのくらい早朝に出発した。だから歌は「〜こちゃ高輪 夜明けて提灯消す」と続く。
東海道は日本橋から京都まで約 500 km で、それを10 日で歩くのが標準なので、一日平均 50 km歩いた。その距離に合わせて、各宿場が設けられていた。当時の人はとても健脚だったようだ。暗くならないうちに宿場に着き旅籠に泊まり、入浴と食事を済ます。終わるとすぐに寝て、次の日も朝早く起きられるようにした。
Get-together of women
江戸の周辺には、四季折々の名所があり、庶民たちは物見遊山に出かけた。春の桜、夏の納涼、秋の月見、冬の雪見などを楽しむ様子が浮世絵や錦絵にたくさん描かれている。それら物見遊山の絵を見ると、女性の姿が圧倒的に多い。女子会や女子の飲み会をやっている。
これについて、石川英輔「大江戸庶民事情」によると、長屋住まいの職人の妻でも夫がせっせと働いている間、女性たちは仲間どうしで誘い合わせ、物見遊山に出かけていたという。江戸では男に比べて女がずっと少なかったため、妻になってくれる女性がいるだけで幸運だったという。だから女性が遊山に行くくらいでご機嫌になるなら文句を言うどころでなく、せっせと働いて女房を遊ばせていたそうだ。
Push-type information & Pull-type information
情報にはプッシュ型とプル型がある。プッシュ型情報は TV 放送のように、受け取る側の意向に関わりなく、一方的に送られてくる情報。プル型情報は VOD のように、受信者が欲しいものを取りに行く情報。ネットの SNSでいうと、Facebook は FB 友全員に自動的に配信されてくるプッシュ型だが、ブログは読みたい人が読みにいくプル型になる。だから目的に応じて両者を使い分ける。
FB は仲間うちの交流が主目的で、個人的・日常的な内容が中心になる。その情報は流れて一日で消えていく。
一方ブログの情報は、ネット上に蓄積されていき、その情報を不特定多数の人が検索して読みに来る。だから3年たっても5年たっても検索でヒットした人のアクセスがある。だから読まれるだけの内容が必要で、個人的・日常的な日記のような内容はブログには向いていない。