2026年3月29日日曜日

映画「キングダム・オブ・ヘブン」と、イラン戦争

 「Kingdom of Heaven」 & Iran war

「キングダム・オブ・ヘブン」は、キリスト教とイスラム教の両方の聖地エルサレムの争奪戦を描いた歴史叙事詩映画だ。そして今のアメリカとイスラム国イランとの戦争を思い浮かばせる映画だ。しかし、リドりー・スコット監督らしく、キリスト教は正義でイスラム教は悪というステレオタイプな映画ではない。

キリスト教の十字軍とイスラム王国との凄惨な殺し合いの戦闘が繰り返され、死骸るいるいになる。そしてついに、両者の停戦交渉が行われる。まず両方が停戦の条件を出しあう。キリスト教側は、エルサレムを明け渡さないと、全員皆殺しにすると高圧的に言う。一方イスラム教側は、戦争をやめれば、全員をキリスト教国へ無事に返してやるという。形勢不利な十字軍は相手の言うとおり、撤退して国へ帰ることになる。


今のイランの戦争で伝えられる停戦交渉とそっくりなのが面白い。キリスト教国のアメリカは、降伏しないとイランの石油基地を壊滅させると脅す。イスラム教国のイランは、攻撃をやめればホルムズ海峡を解放してやると言う。そして映画の結末と同じように、最後はアメリカが撤退することになる予感がする。

2026年3月28日土曜日

映画「キングダム・オブ・ヘブン」

Kingdom of Heaven

映画「キングダム・オブ・ヘブン」は十字軍の映画だが、昨今のアメリカとイランの戦争の歴史的な背景を理解するのに役にたつ。

中東のエルサレムは、キリスト教とイスラム教の両方の聖地だが、12 世紀頃にはイスラム教のエルサレム国家が支配していた。十字軍は、エルサレムを奪還するために派遣されたキリスト教国家の軍隊だった。だから十字軍の映画では必ず、キリスト教は正義で、イスラム教は悪であるという前提で作られてきた。

しかしリドリー・スコット監督のこの映画は、キリスト教側とイスラム教側を対等に扱っている。エルサレム国王は戦争を平和的に解決しようとする魅力的な人物として描かれている。


この映画で、十字軍のシンボルがたびたび登場する。「エルサレム十字」と呼ばれ、中央に赤色の十字があり、四隅に小さい十字がある。この場面でも十字軍の騎士が胸につけていて、後ろにはその旗が掲げられている。

現在、イランと戦争をしているアメリカのへグセス国防長官が胸に、「エルサレム十字」をタトゥーにしていることが物議を醸している。


2026年3月27日金曜日

SNS 依存症 訴訟

 SNS lawsuit

つい先日の報道によれば、アメリカで、子供が SNS 依存症になったとして、親が SNS 運営会社を相手どって損害賠償を求める集団訴訟を起こしたが、裁判所はそれを認めて、FacebokとYoutubeに、計 9 億5千万円の賠償支払いを命じたという。

原告側の主張としては、 SNS の利用時間を最大化するように意図的にアルゴリズムの設計をして、子供を依存症にした運営会社に責任があるとしていた。

これはおかしい。たしかに運営会社のビジネスモデルは、 SNS の利用頻度を高めて収益を上げることだが、利用者の依存症を防ぐことにまで責任を負わせるのはおかしい。依存症になるような使い方をする利用者自身の問題だろう。いわば、アルコール依存症の人間が酒造会社に対して責任を取れと言っているようなものだ。


2026年3月26日木曜日

世界初のアニメーション

 Humorous phases of funny faces

世界初のアニメーションは、1906 年に作られた「愉快な百面相」といわれている。今から120 年前になる。わずか4分たらずの単純な映画だ。始まりの部分で、実写映像の人の手が現れて、黒板に人間の顔を描く。手が消えると、顔の表情がひとりでに百面相のように変わっていく。最後にまた人の手が出てきて黒板の絵を消して終わる。

セルアニメの技術などなかった時代、黒板に描いた絵のように単純なものであれば、今でいうストップモーションアニメで作れたのだろう。

動画→ https://www.youtube.com/watch?v=wGh6maN4l2I


2026年3月25日水曜日

「家族」がテーマの映画

 Family

「家族」が主題の映画で、とくに家族の「崩壊と再生」のテーマに秀作が多い。思い出すままにあげると。

・バラバラだった親子が、協力して家を建てることで絆を取り戻す「海辺の家」
・離婚した夫婦が、一人息子の親権をめぐって裁判で争う「クレイマー・クレイマー」
・暴力的な長男、軟弱な次男、毅然とした三男、の3兄弟が争う「ゴッドファーザー」


そのなかで、「海辺の家族たち」も、家族の崩壊と再生がテーマの映画で、印象に深く残っている。

老いた父親が病で倒れたことから、兄妹3人が久々にマルセーユ近郊の父の家に集まり、今後のことを話しあう。上の兄は地元で父の小さなレストランを継いでいる。妹はパリで人気女優になっている。下の兄は最近リストラされて婚約者にも捨てられそうになっている。

3人が話しあう中で、それぞれが胸に秘めた過去があらわになっていく。そしてこれからの自分たちの人生を見つめ直していく・・・

後半は、ある事件が起きて、それをきっかけに家族の絆を取り戻していく・・・

2026年3月24日火曜日

モホリ=ナジの「フォトグラム」

 Photogramme

モホリ=ナジは、造形芸術のさまざまな分野で、革新的な活動を行ったが、そのひとつが「写真」だった。写真による画期的な造形技法の「フォトグラム」を始めた。引き伸ばし機の上の印画紙にいろいろな物を置いて直接露光する。影の部分は白くなり、光が当たったところは黒くなる。さらに画像を描いたセロハンシートを挟んだりすると、ハーフトーンが生まれたりして、より複雑な画像が作れる。

右は 1922 年の「フォトグラム」の作品で、モホリ=ナジがいかに先駆的な活動をしていたかがわかる。

写真に凝っていた若い頃、自分でも「フォトグラム」をやってみた。上の2枚は単純に物を置いただけのプリミティブな作品だが、モホリ=ナジの説明のなかに、液体を使うこともできる、とあったので、やってみたのが下の1枚。



2026年3月23日月曜日

モホリ=ナジ の「ビジョン・イン・モーション」

 「Vision in Motion」

何十年ぶりかで、モホリ=ナジの「Vision in Motion」(日本語訳版)を読み返している。

題名のとうり、「動きの視覚」が、ホリ=ナジの追求したテーマだった。2次元の絵画、3次元の彫刻、を超えて時間により変化する4次元芸術によって視覚芸術の世界を大きく広げた。そして今では「メディア・アートの先駆者」と呼ばれている。当時(「Vision in Motion」の執筆は1943 年)はメディア・アートという言葉はなかったが、IT 時代の今、センサーなどのデジタル技術を使ってインタラクティブなメディア・アートに発展している。

例えば、メディア・アーティストの三上晴子の「視線のモルフォロジー」という作品で、視線入力装置(障がい者が手を使わず視線で PC 操作ができる装置)を使って、見る人の視線を検出して、3次元の仮想空間の中に視線の軌跡を描く。人間を入力装置に使って映像を変化させるインタラクティブ・アート。