2023年9月30日土曜日

「ピーポやさん」とAI

 

息子が幼い頃、救急車が家の前を通ったとき、「あ、ピーポやさんだ!」と言ったので、えらく感心したことを覚えている。普段から「八百屋さん」「おそば屋さん」などの親の会話を耳にしていて「○○やさん」というのは何らかの仕事の人を指すということを知っていて、それと擬音語の「ピーポ」をくっつけて「ピーポやさん」という言葉を”発明” したのだ。

人間の推論の型として、「帰納」と「演繹」の二つがあるというのはよく知られている。だが「ピーポやさん」という言葉を考えたのは、そのどちらでもない。これはニュートンが、リンゴが地面に落ちたのを見て、直感的に「万有引力」の法則を発見したのと似ている。これを「アブダクション」推論という。これは論理的ではない「ひらめき」なのだが、科学でも芸術でも革新的な進化を生み出してきたのは「ひらめき」=アブダクションによる。

最近、AI が人間の能力を超えるのではないかといわれている。しかしそれは絶対にないと思う。人間にしかできない「ひらめき」の力は AI にはないから。ディープ・ラーニングといって、たくさんのデータを集めてそこからから「法則」を見出す「帰納」と、その「法則」にもとずいて”正しい” 答えを出す「演繹」しかできない AI がノーベル賞をもらうことはないし、革新的な芸術を生み出すことはない。決まったことをするだけのお役所仕事や、いつもの型どうりの仕事をしている企業や、コピペ専門でレポートを提出する学生などでは便利なツールとして使われるだろうが。

「ピーポやさん」のことを思い出したのは、今ベストセラーの「言語の本質」という本を読んだからで、同書は人間が、他の動物にはない「言語」という巨大システムを生み出し、それを進化させてきたのはなぜか、という根源的な問題を解いているおすすめの本だ。



2023年9月27日水曜日

光を描く パステルの静物画

 Still Life in Pastel

パステル画は「光を描く」のが基本の基本だが、風景画だけでなく静物画も同じ。パステリストのリチャード・ピオンクの作品などはその好例。

陰を描かなければ光を描くことはできない。だから静物画の背景は、黒または暗い色にするのが原則。暗い中に光の当たったモチーフを浮かび上がらせことで、物の存在感を表せる。白い花瓶の光の当たったところが白く輝いているが、陰の部分は、暗い背景に溶け込んでいて輪郭もはっきりしない。明暗のコントラストをはっきりさせることで、光を感じさせることができるが、そのために背景を暗くする。


しかし背景を暗い色でベタ塗りするのは良くない。後ろの壁の一部をかすかに明るくして、そこにもわずかに光が当たっていることを暗示する。この絵で、後ろの壁に花瓶の影がうっすらと映っていて、空間感を感じさせるのも光の効果だ。モチーフのセッティングの時から、光と陰のコントラスト配分を意識しながらライティングを決める。部屋を暗くして、電気スタンドなどの点光源一つだけにすると光を捉えやすい。


後ろにあるボトルは、ハイライトの一点が見えているだけで、ほぼ背景に沈んでいる。手前のヤカンや果物には、点光源のおかげで、片側だけに光が当っていて、立体感がはっきりと浮かび上がっている。また、ヤカンのキズがついたような古びた質感や、透明感のあるブドウの質感など、モチーフごとの材質の違いを描き分けているのも「光を描く」ことの効果で、パステル画の最も得意なところだ。


2023年9月21日木曜日

食べる映画「ショコラ」

 「Chocolat」

西洋では、「食べること」は、宗教的な意味合いを持っている。ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」に描かれているように、パンをちぎって人に分け与えて一緒に食べることは、信者どうしの結びつきを確認するための宗教的儀式だった。だから西洋絵画では、食事を描いた絵画がたくさん描かれてきた。

映画でも「食べること」の宗教的な意味をテーマにした映画がいくつかある。「バベットの晩餐会」はその代表で最高の秀作だった。「ショコラ」(2001 年, フランス)もそれに匹敵する映画だ。


ひなびた村に、謎めいた女性がやってくる。村人たちは、日曜ごとに教会に通う信心深い人たちだが、彼女は一切関わらない。古いしきたりを守っている村人たちからよそ者として嫌われるが、チョコレート店を開く。チョコレートは村人たちが見たこともない豪華できらびやかなもので、質素な暮らしの村人たちの反感を買う。

村びとたちの気持ちを代弁するように教会の牧師が説教する。「悪魔は甘いチョコレートで人を誘惑して堕落させます。」と言う。女性がよりによって断食期に店を始め、しかも贅沢な食べ物であるチョコレートを売っていることを非難する。中世のキリスト教は禁欲主義を強要し、贅沢な食べ物は悪としてきたが、この村の人々は、その教えをいまだに信じている。

女性は、店にやってくる人たちの話を聞きながら彼らの抱えている問題に寄り添っていく。夫に無視されている妻、母親にいじめられている子供、娘から冷たくされている老女、夫の暴力から逃げてきた妻、など。彼女は、薬剤師のようにその人にあった味のチョコレートを食べさせる。すると魔法のように人々は和解し、問題が解決していく。「パンを割く」という言葉は聖書に何度も出てくる。いっしょに食べることで、ひとびとの結びつきを強めるという意味だが、映画ではパンの代わりにチョコレートがその役割をしている。

ところが最後まで女性を追い出そうとしている村長が、店に乱入し、チョコレートをめちゃめちゃにしてしまう。しかしそのとき、偶然口に入ったチョコレートのあまりの美味しさにビックリして、今度は手当たり次第チョコレートを貪り食べてしまう。しかし女性は怒ることなく、愛すべき人間として村長を受け入れる。

やがて断食期が終わり復活祭になる。復活祭はキリストが受難から復活したことを祝う宗教的行事で、人々は盛大に飲み食いする。聖書でも祝宴を行い、キリストが食べ物をふるまう話がよく出てくる。映画では、村の人々が広場に集まり、屋台の食べ物を楽しみ、女性もチョコレートをふるまう。和解と寛容が戻った村人たちの顔は幸福感で溢れている。

牧師もワインを飲んでいる。最後に再び牧師が説教するが、今度は言うことが一変している。「人を否定し排除するのではなく、人を受け入れる優しさと寛容さを持とう。古い因習から解放され、共同体の一体感を取り戻そう。」この映画は、パンの代わりにチョコレートを与え、それによって奇跡を起こした女性を、明らかにキリスト的人間像として描いている。

2023年9月15日金曜日

「食べる西洋美術史」

 History of Eating

「食べる西洋美術史」(宮下規久朗)は、西洋では重要な絵画のテーマだった「食事」や「食物」の絵画を通して、西洋における「食べる」ことの意味を読み解いている。日本には「食」の絵画という歴史がないから、目からウロコの本だ。

食事の絵といえば何といってもレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」で、キリスト教において、食事が神聖な意味を持っていることがわかる。この宗教的な意味の食事というテーマは、それ以後もずっと描き続けられてきた。

例えば、17 世紀のカラヴァッジョの「エマオの晩餐」は、復活したキリストが二人の弟子と夕食を共にし、パンとワインを分け与えている。ただこの作品では、それ以外にローストチキンや果物など豪華な食べ物が並んでいる。しかし、パンだけが命の食べ物であり、キリストの肉体の象徴とされていたから、パンはキリストのすぐそばに置かれている。それ以外は、果物籠がテーブルから落ちそうになっていていたりして、やがて”朽ちていく食物” であるという意味が込められている。


食の絵画は、宗教的なものばかりではない。宴会や乱痴気騒ぎなど単純に飲み食いの楽しみを描いた絵画もたくさん描かれた。この「リコッタチーズを食べる人々」(16世紀)は食欲むき出しの4人が大皿のチーズをすくいながら食べている。各人自分のスプーンを手にしているが、左端の男のスプーンは巨大だ。


17 世紀のオランダで、宗教画の一部に描かれていた食べ物が独立して、「食卓画」という新しいジャンルが生まれた。それが発展して「静物画」になっていく。ファン・ダイクの「チーズのある静物」では様々な食物が並んでいて、それぞれは味覚が表現されているという。りんごは酸味、チーズは辛味、ぶどうは甘み、木ノ実は苦味、といった具合に、視覚だけでなく、味覚も刺激しようとしている。


時代が下って、印象派なども食べることをテーマにした絵がたくさんある。ルノワールの「舟遊びたちの昼食」では、明るい水辺のテラスで男女が談笑している。昼食はもう終わったらしく、瓶やグラスのワインはほとんど残っていない。デザートの果物だけが残っている。享楽的な近代生活での食事を描いている。


ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を、ダリがシュール・リアリズム的に再現した。舞台は SF 映画的で、空には巨大なキリストが浮かんでいる。キリストは指を立てて説教していて、弟子たちは頭を垂れている。ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」以上にキリストの”強さ” が強調されている。テーブルの上には2切れのパンと、ワイングラスが一つだけしかないから、食べ物は弟子たちに分け与えられていない。キリストの後光がワイングラスに当たって、赤い透過光がテーブル上に落ちているのが美しい。スペイン市民戦争の時代だから、キリストの力による平和の到来を願っているのだろうか。


2023年9月9日土曜日

パステル画の基本の基本「光を描く」

 Intuitive Light

パステルという画材は、レオナルド・ダ・ヴィンチが「光を描く」目的で発明したと言われている。だからパステル画の指導書はすべて、光を描かずして、何のためのパステル画だと言わんばかりに「光」の描き方に重点を置いている。対象を漫然と見ているだけでは「光」の存在に気づかず、「形」と「色」だけを描いて満足してしまう。「Intuitive Light」という本でも、光の捉え方と、その表現方法を集中的に解説している。


「黄色いスカート」 真夏の日差しが溢れる庭に立つ女性。太陽の強い光は、白でなく、黄色に感じるものだが、その黄色を主調色にしている。左肩、左腰、が強烈な太陽の直射光を受けて、強い黄色になっている。背中は陰になっているが、そこにも肌色の上に黄色が重ねられているのがわかる。それは地面からの反射光で、生き生きした肌を感じさせている。


「土塀の入口」 太陽の直射光を受けているのは、塀の上端と手前の道路だけだが、絵全体が光輝いている。赤茶色の塀が道路からの反射光を受けて、明るい黄色味を帯びているためだ。まるで塀自体が発光体のように感じられる。作者は「ほんの数分後、太陽の角度が変わって、反射が無くなり、もとのくすんだ赤茶色に戻ってしまった。」と言っている。



「メイン・エントランス」 光は色に大きな影響を与える。時間帯によって太陽の光は変化して、物の固有色の見え方を変化させる。例えば、朝の光は寒色で、夕方の光は暖色になる。この絵は、夕方に近い遅い午後の風景を描いている。雪が残っている冬で、全体的に寒色だが、陽が当たった塀の一部だけが暖色になっている。寒色と暖色の対比が美しい。


「バラノフ島」 家とその手前の木道を描いている。作者は「曇っていた空が、急に日が差して明るくなったが、その瞬間、バラバラだったいろんな要素が、共通して輝くような黄色い光を浴びて、風景全体が一体感を持ち、まるでマジックのようだった」と言っている。


「店じまいの時間」 女性が露店の店じまいを始めた。陽が傾いてきて、物の影が真横に長く伸びている。外しかけたテントは画面の外にあるが、その影が、後ろの明るい建物と強いコントラストでくっきりと映っている。影が太陽の方向を知らせていて、見えていないテントの形や大きさもわかる。そして影のおかげで、手前にいる女性をくっきりと浮かび上がらせている。この絵は、物の組み合わせで構図を作るのではなく、光と影で画面を構成している。


「真昼のマーケット」 光には「直射光」や「反射光」の他に「透過光」があるが、この絵は透過光の効果を活かしている。手前のおばあさんや木箱は直射光を受けて明るいが、奥の方はテントが光を遮っていて暗い。しかし布のテントは光を透過するので、テントの内部をわずかに明るくしている。そのため奥にある木箱などのカラー・バリューが微妙に高くなっているのがわかる。


「冬の静けさ」 細く明るい光が左から右へ差し込んでいる。空がややピンクがかった色だから、雪があっても暖かい日のようだ。その暖色の光が黒っぽい色の塀に当たってややオレンジがかった暖色になっている。そしてその暖色がさらに、手前の寒色の雪の中にかすかに反射しているのがわかる。いろいろな物どうしの色がお互いに反射しあい、影響しあっていることを作者は気づいている。


2023年9月5日火曜日

映画「エリザベート 1878 」

 「Corsage」

”歴史もの” 映画が大好きなので、とりあえずと思って見にいったが、予想を超えて、はるかに面白かった。歴史上の人物であるエリザベート皇妃を伝記的にではなく、今生きているかのように生々しい「女性」として描いているのは女性監督(マリー・クロイッツアー)ならではだろう。主演女優(ヴィッキー・クリーブス)の力量もすごい。

冒頭でいきなり、コルセットをぎゅうぎゅうに締め上げさせるエリザベートの胴体がクローズアップされる。映画の原題は「Corsage」つまり「コルセット」なのだ。40 歳になったエリザベートは ”美貌の皇妃” という世間のイメージを維持しようと躍起になっている。そして、厳格な皇室の伝統に縛られ、表面では取り繕ろっているが皇帝との夫婦関係は破綻している。「コルセット」は、そういう皇妃を縛り付け、自由を奪うもののシンボルなのだ。

お抱え画家にエリザベートが肖像画を描かせるシーンがある。それが歴史書によく登場する有名なこの絵だ。美しい姿だが、やはりウェストの細さが強調されている。

この時代は、社会が近代化して自由主義の時代になり、帝政政治は時代遅れになり、やがて第一次世界大戦でオーストリア帝国が崩壊する直前の時代だ。そういう時代を感じさせるシーンがある。エリザベートが、発明されたばかりの映画のモデルになって自分を撮影させるのだが、そこでは肖像画の時と違って、やんちゃな少女のように嬉々として野原を駆け回わる。束縛から解放されて自由になりたいエリザベートの願いを映し出している。

そして、皇帝、皇室、公務をすべて捨てて、自由を求めてヨーロッパ中を放浪するようになる。そして最期は・・・・(史実と変えてくるだろうと予想しながら見ていたが、案の定で、ドラマチックな終わりだった


2023年9月1日金曜日

暑い夏の涼しい風景・・パステル画

 Summer Landscape with Pastel

酷暑が続くと、せめて絵でも見て暑さを忘れたい。そこで題材が夏でありながらも、涼しい風景の絵を探してみた。光を描くのに適したパステル画はそういうのが得意だ。今回もパステル画の初心者向け入門書から作品を引用。


「夏の陰」 暑い野原の道を歩いてきたら、一軒家のそばに涼しい木陰があってホッとする・・・( Landscape Meditation より)


「夏の庭」 いかにも夏らしい明るい日差しだが、庭は樹々で日陰になり涼しげだ。木漏れ日が光の模様を作っている。印象派風の色使いが美しい。(Creative Painting with Pastel より)


「いつもの小径」 涼しい森の散歩道。樹木が途切れた所だけ夏の日差しが照りつけている。光と陰の強いコントラストが真夏の太陽を感じさせる。(Pure Color,  The Best of Pastel より)


「予感の地平線」 遠くの空に雲が現れて、急に暗くなってきた。雨になりそうだ。しかし真上の空はまだ真夏の太陽が出ていて、草原は光輝いている。天候が急変する一瞬を見事に捉えている。(Painting the Landscape in Patel より)