2023年8月30日水曜日

灼けつくような太陽の夏・・「異邦人」

 「L' Etranger」

毎日ジリジリするような暑さが続くと、つい思い出すのがカミュの「異邦人」で、灼熱の夏のアルジェリアを舞台にしている。この作品でノーベル文学賞をもらったカミュの名作だが、書き出しの最初の文章が超有名で、たったこれだけで主人公のすべてを表現している。

『今日、ママが死んだ。それとも昨日か、僕は知らない。老人ホームから電報が来たが、「ハハウエシス」だけで、これでは何もわからない。たぶん昨日なのだろう。』

その日、女友達と海水浴をして遊んだあと、映画館へ行って喜劇映画を見て大笑いする。次の日、海岸を散歩していると、ナイフを持ったアラブ人に襲われるが、たまたま持っていたピストルで、5発も射って相手を殺してしまう。そして、まぶしい「太陽のせいだ」とつぶやく・・・

この「太陽のせい」のシーンはこう書かれている。『アラブ人が短刀を抜き、日向でそれを僕に向けた。(中略) 眉毛の中に溜まった汗のカーテンで眼が見えなくなり、短刀から吹き出す光った剣を眼前にぼんやり感じるだけだった。(中略) 僕は全存在を緊張させ、手をピストルの上に引きつらせた。(中略) 短いが耳を聾する音の中で僕は汗と太陽を振り払った。(中略) そこで僕は身動きしない身体にさらに4発撃った。弾丸は跡を見せずに、食い込んだ。』

カミュの死後、小説が映画化された。(「異邦人」、1968 年、ルキノ・ヴィスコンティ監督、マルチェロ・マストロヤンニ主演 )全編が原作に忠実で、この「太陽のせい」の場面も原文をそのまま映像化している。汗びっしょりのマストロヤンニの顔にナイフの光が反射して、顔が眩しさで歪んでいる。文章も映像も、めまいを起こすような、灼けつく太陽を見事に表現している。


2023年8月27日日曜日

パステルで描く”感傷的な” 夕暮れの風景

Dusk Landscape with Pastel

前回の「朝」の続きで、今回は「夕景」を。

 パステルは、もともと「光」を表現するために生まれた画材だから、風景画でも、季節、天候、時間帯、などによって微妙に変化する「光」を表現するのが得意だ。だから、風景のムード(雰囲気)を表現しやすい。例えば夕方の風景は、なんとなく「ノスタルジック」とか「感傷的」とかといった気分にさせるが、それを夕方特有の微妙な光で絵に表現する。そんな作例をパステル画の初心者向け入門書から引用する。


草原の中に大きな樹が一本あるだけの寂しい風景。夕方の空があかね色に染まっていて、月がかすかに見えている。その光で樹と地面の一部だけがかすかに明るい。感傷的な気分を誘う。(Lndscape Meditations より)


すでに空が暗い夕暮れだが、残照の空が樹の枝の間から透けて見えていて、樹がシルエットで浮かび上がっている。寂しい夕景。(Lndscape Meditations より)

木の葉はすでに散っている秋の夕暮れ。木の幹の一部だけに光が当たっていて、日が傾いていることがわかる。メランコリックな風景。(Creative Painting with Pastel より)


太陽が地平線近くまで落ちていて、日没まじか。空はまだほの明るいが、家々はすでに暗く、窓に明かりが点きはじめている。懐かしさを感じる風景。(Creative Painting with Pastel より)


2023年8月24日木曜日

パステルで描く「朝」

 Morning landscape with pastel

パステルは、風景のムード(雰囲気)を描くのに向いている画材だ。春夏秋冬の季節感、晴れ・雨・曇りの天候、朝昼晩の時間帯などによって変わる風景の表情を表現できる。

その例として、「朝」をテーマにした風景をあげてみる。朝の光は魅力的だが微妙で、移ろいやすい。日の出から昼の光になるまで数分しかない。その間の一瞬をとらえて絵にする。以下の作例は、初心者向けのパステル画入門書から取り上げた。


「朝の光」 日が昇り始める前の一瞬。あたりは暗いが、地平線の彼方だけがかすかに明るい。(Creative Painting withe Pastel より)     

「早朝の夢」 明るくなり始めた森。樹々の輪郭は曖昧で、まだ覚め切らず、まどろんでいるような風景。(Pure Color,  The Best of Pastel より)


「朝霧」 朝霧に霞んでいる幻想的な森の風景。(Randscape Meditation より)

「朝の沼地」 水辺の枯れ草だけに朝日が当たっている。空も森もまだ暗い。(Creative Painting withe Pastel より) 


2023年8月18日金曜日

映画「マリアンヌ」

 「Allied」

テレビCMで、女スパイが主人公の某サスペンス映画の宣伝で予告編を流していた。演技力ゼロで有名な某大根女優が主役で、シリアスな役なのにマンガチックになってしまって笑える。それはともかく、7年前のやはり女スパイの映画「マリアンヌ」を思い出してもう一度観た。女スパイのマリアンヌを演じているのがフランスの NO.1 女優マリオン・コティヤールだから演技が絶妙で、大根女優などおよびもつかない。

第二次大戦中のドイツ軍占領下のカサブランカに、イギリスのスパイ(ブラッド・ピッド)とフランスの女スパイ(マリオン・コティヤール)が潜入する。目的はナチス高官を暗殺することで、二人は仲のいい夫婦を演じて周囲の目を欺く。そして見事に作戦に成功する。この間コティヤールは、演じている女を演じているのだが、その演技が絶妙。


ところが二人はお互いに惹かれ合うようになり、本当に結婚して子供もできる。今度は偽装夫婦ではなく、夫を心から愛している幸せな女をコティヤールは演じている。


ところがやがて、彼女はドイツの二重スパイだったことが発覚する。それで夫は、彼女を殺すように上官から命令される。しかし殺す前に、彼女の愛が任務のために演じていただけの愛だったのか、それとも任務とは別に愛そのものは本物だったのか、を知ろうとする。ここで、観ている観客にもどちらなのかを明かさないのでサスペンス度が最高に高まるのだが、どちらともとれる微妙な演技をするコティヤールの演技力がすごい。


・・・・・この後、ラストのドラマチックなどんでん返しになるのだが、それは割愛。


2023年8月15日火曜日

映画「ヴァチカンのエクソシスト」と「エミリー・ローズ」

 「The Rope's Exorcist」&「The Exorcism of Emily Rose」

公開中の「ヴァチカンのエクソシスト」を観たが、「エクソシズム」(悪魔祓い)は中世の話かと思っていたがとんでもなく、現在でも世界中でエクソシストたちが活躍していることを知った。この映画は、ローマ法王からじきじきに任命された「チーフ・エクソシスト」の実話に基づいている。冒頭で、カソリック教会の”近代化”をはかりたい教皇庁幹部からエクソシズムを止めるように言い渡されるが、主人公のチーフ・エクソシストはそれを無視する。このあたり現代における教会の内部事情が見えて興味深い。

イタリアの田舎にある廃墟になった中世の修道院に母子3人がやって来る。すると突然下の男の子が悪魔に取り憑かれて狂ってしまう。凶暴化した少年は、まわりの人間に襲いかかり、周囲を破壊しまくる。エクソシストが呼ばれて悪魔祓いをする。やり方は十字架をかかげながら、神の名で祈り続けて、「悪霊よ、去れ!」と命じる。しかし簡単には成功せず、悪霊対エクソシストの必死の攻防が繰り返される・・・


エクソシズムの映画はたくさんあるが、ほとんどが悪魔に憑かれて狂った人間が襲ってくるといったホラー映画仕立てになっている。ホラー映画でない唯一の例外が「エミリー・ローズ」(2005 年)で、現代におけるエクソシズムがどういうものかがよく理解できる映画だ。これも実際にあった事件をもとにしている。

信心深い女子大生が悪魔に取り憑かれて狂ってしまう。精神疾患だと思われて精神科医に通い薬を飲んでいるが効かない。エクソシストの神父が呼ばれて悪魔祓いを行うが、薬を飲むのを止めさせる。やがて彼女は身体中が自傷だらけになって死んでしまう。医学的治療をやめさせて”宗教的治療”に専念させたとして神父は業務上過失致死罪で起訴される。映画は検察側対弁護側が対決するスリリングな法廷劇になっている。

最終判決で裁判官は、懲役 10 年を言い渡すが、続けて「ただし刑期は本日をもって終了したものとする。」というどんでん返しで終わる(ネタバレ)。つまり、科学の立場の検察側と、宗教の立場の弁護側の両方を認めた判決で、科学時代の現代においてもエクソシズム自体は否定されていないということがわかる。


2023年8月12日土曜日

映画「ひろしま」

 「HIROSHIMA」

”幻の映画” ということだが、映画館(横浜シネマリン)は超満員で、1日だけ限定の、それも1回だけの上映なのがもったい。


黒焦げの死体や瓦礫に押しつぶされた人間など凄惨な地獄絵図がリアルに描かれている。火傷を冷やすために人々は川に入っていくが、そこでもたくさんの死体が流れていく。医者も看護婦も薬もほとんどないぎゅうぎゅうずめの救護所で被爆者たちは苦しさでのたうちまわっている・・・


映画は 1953 年の制作なので、戦後8年たった広島の復興の様子も描かれている。しかしそれは幸福なものではなく、いまだに白血病で苦しむ人たちや、物乞いする戦争孤児たちや、米軍兵相手に働く若い娘たちなど、原爆の傷跡が深く残っている。それにもかかわらず、パチンコ屋では「軍艦マーチ」が流れていたり、自衛隊の前身の警察予備隊が発足したり、工場では朝鮮戦争用の砲弾の製造を始めたり、といった当時の社会状況が描かれている。映画は、たった8年で人々の「反戦」意識が薄れてしまったことを糾弾している。それはまた 70 年後の現在への警告かもしれない・・・

2023年8月5日土曜日

「バービー」「オッペンハイマー」 「ひろしま」

 「Barbie」「Oppenheimer」「Hiroshima」

日本人にとって8月は「戦争」と「原爆」の月だが、それにまつわる映画3本が来る。


「バービー」
日本への原爆投下を面白おかしく茶化すような場面があるということで、ネットで炎上している。劇場で予告編を見せられて、おバカ映画(おバカはコメディとは違う)だとわかっていたから、もともと見にいくつもりはなかったが。アメリカ人にとっての原爆の意味は日本人のそれと大きく違うことがよくわかる。



「オッペンハイマー」
”原爆の父” と呼ばれる科学者オッペンハイマーの伝記映画だが、まだ日本公開が決まっていない。「バービー」の悪影響をくらって公開中止になるかもしれない。日本への原爆投下成功にアメリカ国民は狂喜するが、オッペンハイマー自身はその悲惨さに気づいて、後年は核兵器開発に反対した。そのあたりを含めて史実に忠実に撮られている(らしい)から期待したい。



「ひろしま」
1953 年の映画だから、終戦のわずか8年後の制作で、実際に被曝した人たち8万人がエキストラで参加している。しかし当時の日本はまだアメリカ軍の占領下にあったから、検閲で公開禁止になってしまう。それから70 年たってやっと日の目をみることになった。ただし上映する映画館はわずかで、「横浜シネマリン」で、8月12 日の一日だけ限定で上映される。