「Yokohama - E」
日経新聞の「はじまりの横浜」シリーズは、横浜で発祥したさまざまな文化を紹介している。そのなかで、歌川貞秀の浮世絵が取り上げられていた。浮世絵はあまり詳しくないが、同記事によれば、歌川貞秀は、広重や北齋が亡くなったあとの幕末に売れっ子の絵師になったそうだ。その貞秀は何度も横浜に足を運び、開港したばかりの港を取材したという。そして異人たちの暮らしや装いを色鮮やかに描いた。これらは「横浜絵」という錦絵の新ジャンルになり、人気を博したという。
これは、「横浜異人商館乃図」という絵で、左上に星条旗が見えるからアメリカ商館なのだろう。西洋絵画的な遠近法も取り入れている。
歌川貞秀の他の「横浜絵」も調べてみたが、たくさんある。その中で「横浜鉄橋乃図」に興味を引かれる。この橋は関内の「吉田橋」で、日本人と外国人が入り乱れて橋を渡っている。この橋の左側は外国人の居留地区で「関外」と呼ばれた。橋の右側は今でも同じ名前の「関内」だ。「吉田橋」はその両側を結ぶ橋だった。橋の右側が現在の「伊勢佐木町」で、左側が「馬車道」だ。下の川は現在は高速道路になっている。橋は復元されたものだが、斜めの格子状のデザインはそのまま維持されている。
現在の吉田橋
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