2026年10月28日水曜日

「青色」の歴史 

  Blue

▪️ウルトラマリンブルー
「ウルトラマリン」の青は古くから使われていて、とくにフェルメールが好んでこの色を使ったのは有名だ。「青いターバンの少女」のターバンがその代表。ウルトラマリンは紫色寄りの高貴な感じの青だが、原料の岩石は中東でしか採れないので金なみに高価だった。

▪️コバルトブルー
そこで19 世紀にフランス政府が、もっと安い青をという要請をして、人工合成顔料の青が開発された。それが「コバルトブルー」で、ウルトラマリンよりも明るく鮮やかな青だ。その頃はちょうど印象派の時代で、明るく鮮やかな色を求める印象派の画家達にぴったりの青だった。例えばモネの「アルジャントィユの橋」の空と水にコバルトブルーが使われている。




▪️プルシャンブルー

プルシャンブルーはドイツのベルリンで開発された人工合成顔料の、やや紫色寄りの青で、当時のドイツはプロシャだったので「プルシャンブルー」とか「ベルリンブルー」と呼ばれた。

日本にも伝わっていて、北斎が好んで使った。その青は「ベロ藍」と呼ばれたが、ベルリンブルー(プルシャンブルー)のベルリンが詰まって「ベロ」になったという。北斎のベロ藍の深くて透明感のある青のおかげで浮世絵の表現力の幅が広がった。


▪️藍色

染め物の「藍染」のように、日本で盛んに使われた藍色は、やや緑色寄りの日本独特の青で、外国では「ジャパンブルー」と呼ばれたという。

「富嶽三十六景」の「武州玉川」で、空と水に「ベロ藍」のプルシャンブルーが使われていて、澄んだ青色が、爽やかで目に涼しい。それに対して、手前の地面の草の青色は普通の「藍色」で、透明感がなくてやや重く、「ベロ藍」との違いがわかる。


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