2020年10月13日火曜日

都市の景観 絵になる風景とは

 Research on Landscape Design

「都市風景画を読む」は面白い本で、絵画研究が目的ではなく、絵画に描かれた景観を研究している。絵になるような美しい景観の特徴を抽出して、都市の景観デザインに役立てることが目的の書。

絵画が描かれた場所をパリやロンドンでの現地調査によって探しだし、地図上で「ここ」と特定する。そしてその視点から見た実景がなぜ美しいかを分析する。それを印象派などの名画 1 0 0 点くらいで行っている。場所を特定するために気の遠くなるような作業をしている。
(画像は左から、絵画、実景写真、絵が描かれた場所の視点と視軸を示した地図)

ゴッホ「オヴェールの教会」

ユトリロ「ノルヴァン通り」

モネ「ウェストミンスター橋」

 

2020年10月11日日曜日

ホワイト・ハウスと映画「デーブ」

「Dave」 

トランプ大統領がコロナにかかって入院したが、治らないうちに強引に退院して、一生懸命健康そう見せている。あれは替え玉で、本当のトランプは重症で、まだ入院している、というまことしやかなフェイク・ニュースまであったという。

それそのままの映画がある。ちょっと古いが 1 9 9 3 年の「デーブ」で、ホワイト・ハウスを茶化したコメディ映画だ。大統領が倒れて昏睡状態になるが、補佐官が陰謀をたくらむ。一般人のそっくりさんを雇って、替え玉にする。すると本物の大統領と大違いの「善政」をして大人気になってしまい・・・

日本には「事実は小説より奇なり」という言い方があるが、アメリカでは同じような意味で「ホワイト・ハウスはハリウッドより面白い」的な言い方があるそうだ。今のホワイト・ハウスも喜劇的で、映画に負けないくらい面白い。


2020年10月9日金曜日

よい風景とは 「風景学入門」

 Landscape and painting

「風景学入門」という本で、「よい風景」とは「風景対象が視野のなかで見やすい位置と大きさであること」と言っている。

だから「絶景」の定番ビューポイントはそのような大きさに見えるような程よい距離に置かれている。富士山の場合、三保松原だが、山がひとまとまりの形として見えるような距離になっている。これ以上近いと、視線を山全体に集めることができなくなる。

人間が何かを注視する時の視角は、水平方向が約 2 0 度で、垂直方向が約 1 0 度だという。人間の視野角は 7 0 度くらいといわれているから、これは驚くほど狭いことになる。上の富士山もこの角度に入っている。これは腕をいっぱいに伸ばして、開いた掌を見た時の角度というから、その狭さがわかる。アイカメラによる実験で、そのことを検証している。(右図)

だから風景画で「よい風景」を描こうとすれば、風景がそのように見える場所を探さなければならない。いわゆる「ひき」がとれる場所だ。北斎と広重の「三保の松原」もそうなっている。といって見たとおり描いたのでは観光絵はがきになってしまう。「絵」にするために、どちらも絶景ビューポイントでない視点から描いた心像(イメージ)としての風景を描いている。



2020年10月7日水曜日

「浮世絵に生きる馬の風景」展

Horses in Ukiyo-e landscape

横浜根岸の「馬の博物館」で「浮世絵に生きる馬の風景」展という珍しい企画展が「開催中。馬に着目して浮世絵を見たことがなかったが、「東海道五拾三次」などの街道版画で馬がひんぱんに描かれている。


北斎の「東海道五拾三次  武州千住」。荒川上流の千住の風景で、馬を休ませている馬子が富士山を眺めている。後ろの柱は水門で、幾何的図形越しに遠景を覗き見るのは北斎得意の構図。

歌川国芳の「東都富士見三十六景  昌平坂乃遠景」。湯島聖堂の昌平坂だが、人や馬が行き交う坂を、望遠レンズで引き寄せたような急勾配で描いている。ダイナミックな構図。

明治の浮世絵師 小林清規の「武蔵百景之内  道灌山」。道灌山は日暮里にある眺めのいい高台。馬の脚と大根を極端なアップにして遠近感を強調している。浮世絵独特の「近像型構図」。

2020年10月5日月曜日

パンデミック映画ベスト3

Pandemic movies  Best 3

パンデミック映画をひととおり観たところで、ベスト3をあげてみる。この他にもたくさんあるが、ほとんどがパンデミックで人類が絶滅して生き残った人間が・・・的なよくあるパターンの S F が多く、パンデミックそのものをテーマにした映画はあまりない。


1「アウトブレイク」(1 9 9 5)

新型コロナの対策で、感染拡大の抑止が第一の医療専門家と、経済回復を優先したい政治家との対立が各国で起こっている。トランプ大統領のアメリカなどが典型だ。この映画は題名の「アウトブレイク」どうり、感染爆発の危機的状況での、医師と政府との極端な対立を描いたサスペンス映画だ。コロナの今観ると、フィクションでありながらリアリティがすごい。

2「Black Death」(2 0 1 0)

大規模なパンデミックが起きた後、世界史が大きく変化してきたといわれている。今のコロナでもポスト・コロナの社会がどう変化するか、が問題になっている。この映画は、1 4 世紀の Black Death つまり黒死病と呼ばれたペストのパンデミックによって、キリスト教の権威が失墜し、宗教改革の引き金になった時代を題材にして、その問題に迫っている。

3「コンテイジョン」(2 0 1 1)

コンテイジョンは感染という意味だが、今コロナで起きていることがそっくりそのまま描かれている。WHO がどこかの国とくっつくとか、政治利用するためのワクチン開発競争とかも出てくる。1 0 年前の映画なのに、まるで今を予見していたかのようだ。ドラマながら医学的な考証にもとづいた内容で、ドキュメンタリー映画を観ているようだ。
次点「パーフェクト・センス」(2 0 1 1)

コロナの感染で嗅覚がなくなることが話題になった。この映画でも正体不明の感染症で、嗅覚、味覚、聴覚、視覚が失われていく。恐怖から正気を失い、人間どうしの絆が崩れていく。最後に唯一残った触覚で、手触りと息づかいで相手の存在を感じるようになって初めて、人との本当の繋がりが生まれたことに気づき、至福感にひたる。聖書の「黙示録」によれば、疫病や洪水で人類が滅亡し、その後に新しい善い世界が現れるとされているが、そのキリスト教的「終末思想」が強く反映している映画ではないかと思う。

2020年10月3日土曜日

裏通りの魅力を描く K さんの水彩画

"Turn the corner" 

「街角を曲がる」(大山敏男)という本は、散歩の途中で角を曲がって裏通りを歩くことの魅力について書いている。車が行き交う大通りを散歩したいとはあまり思わない。広い道は視界が広く、先々まで見通せてしまうので、何があるのだろうかという期待感がわかない。だから角を曲がって、裏道、脇道、小道を通ってみたくなる。すると昭和の古い建物があったり、庶民の生活が息づいていたり、場合によっては謎めいた光景を見つけたりする。

そのような裏道の風景を描いた絵画を探してみたが、意外にない。遠くまで見通せるまっすぐな道を一点透視で描いたような絵が多い。しかし知人の水彩画家 K さんは、東京の古い下町の裏通りを専門に描いている。開発で消えてゆく懐かしい風景を絵にとどめておきたいと自身が言っている。絵も魅力的だが、場所の空気感が伝わってきて、実際に歩いてみたくなる。絵のタイトルがすべてその場所の住所になっているので、散歩ガイドにもなっている。
(上から「中央区月島3丁目」「文京区湯島聖堂」「文京区本郷4丁目 鎧坂」 画像は「小林征治・水彩画集」より)




2020年10月1日木曜日

「街角を曲がる」とキリコの絵

 "Turn the corner" and Giorgio de Chirico

「街角を曲がる」(大山敏男)は、道を歩いている時の風景の見え方を分析している面白い本で、散歩などで普段体験していることを思い返しながら読むと、なるほどと思うことが多い。

こんな図が出てくる。細い道を A → B → C と進んで行く時の視界(白い部分)の変化を示している。A 地点では突き当たりしか見えないので行き止まりなのかと思う。B まで来ると小さい広場があるらしいと気がつく。C で広場全体が見えてその先にまた道が続いていることに気づく。

こういう道を初めて通るとき、先が見通せないので、これからどんな風景が現れるのかという期待感と、変なところへ出てしまわないかという不安感が入り混じる。

これで思い出すのは、キリコの「通りの神秘と憂鬱」で、この図とまったく同じ状況を描いている。図の B 地点から見た光景で、広場があることは分かるが、まだ全体は見えていない。ただ大きな人間の影だけが見えるので、誰かがいることが分かる。不吉な影だが、そこへ向かって少女が無邪気に駆けていく。少女が「街角を曲がった」先に何があるのか不安だ。

第一次世界大戦が始まった年の作品で、これから先の世界がどうなるか見通せないという不安感を描いた絵とされている。