2020年11月6日金曜日

名画の遠近法 ⑤ 「楕円」

Perspective in masterpieces  「Ellipse」

円を斜めから見れば楕円になるが、静物画で回転体を描くとなると意外と難しい。楕円は手前の半分しか見えていないので、向こう側に隠れている部分も含めて楕円全体をデッサンすると狂いが起きにくい。

円を描くには、円を見ている角度が重要で、横から見れば薄べったい楕円になるし、上から見るほど丸っこい楕円になる。シャルダン は 1 8 世紀フランスの静物画の名手だが、円の遠近法が完璧だ。「コップといちご」という絵で確かめてみた。コップの上端と、水の水面と、コップの底面、の3つの楕円が見えているが、楕円が上から下へ順に丸みが増している。大きさが小さいコップなので変化のしかたはわずかなのに、正確に描いている。


円の遠近法でもう一つの大事なのは、円柱のような回転体の中心軸と楕円の長軸は直交するという原理で、とかく右のように長軸を垂直に描いてしまいがちだ。


アンドリュー・ワイエスは風景画などでも小さな点景を描き加えているが、それらの脇役を軽く流すことなく、静物画のようにきちんと描いている。この牛舎の絵でも壁に置かれたバケツが驚異的な正確さだ。楕円の長軸は回転軸に直交するという原理どうりに描かれている。



静物画ではコーヒーカップやポットのように、回転体の本体に取っ手や注ぎ口がついた食器がたくさん登場する。それらは本体の楕円との関係を意識する必要がある。下のポットの例で、注ぎ口と取っ手は、楕円の中心を通る直線上になければならない。


フェルメールの名画「牛乳を注ぐ女」のテーブル上にある食器類が驚くほどの正確さだ。ポットの取っ手と注ぎ口の関係や、パン籠の取っ手の関係を作図してみると確認できる。



「目に見えない楕円」が存在する。この図は全て直線で楕円はない。しかしドアは軸を中心に回転するので、軌跡は円になり、透視図では楕円になる。ドアの先端はこの楕円の上に乗っていなければならない。そして開いたドアの幅は閉じている時より短くなるが、どの程度短くするかは、目に見えない楕円を意識しないと正確に描けない。(図は「Objective Drawing  Techniques」より)


デンマークの画家ハンマースホイは、室内空間を専門に描いた。それらは静まりかえっていて、人間が住んでいない空き家のように描いた。ほとんどの絵で開けっ放しのドアが描かれている。これらのドアは、上図の原理に完璧にあっていることがわかる。

スペインの超リアリズム画家のアントニオ・ロペスの「新しい冷蔵庫」という絵だが、普通の静物画と違って、ただ冷蔵庫だけを即物的に描いている。しかし何かおかしい。ドアが手前に大きく伸びていて、このまま閉めると本体からはみ出してしまいそうだ。


なぜおかしく感じるか作図をしてみると原因がわかる。ドアの上端は目の高さに近いので軌跡はつぶれた楕円になっているのは妥当だが、下端の軌跡はほぼ正円になっている。楕円でなく正円なのは、円を真上から見ている状態だが、冷蔵庫の上に乗って真下を見ない限りありえない。ドアの幅が長いのはそのためだ。


円を真横から見たとき直線になり、下に下がるほど丸みが増していき、最後に真下になると正円になる。しかし正円になるのは円の上に人間が乗って 9 0 度真下を見ている状態だから、理論的にはあっても現実にはありえない。


普通の状態に見えるように画像修正してみた。ドア下端の軌跡が円でなく楕円になるようにした。これならドアの幅も普通に見える。ただしこのように描いたのでは写真に撮ったのと同じになってしまう。ロペスがあえてそうしなかったのは、写真でも撮ることのできない視覚のトリックを仕掛けようとしたのかもしれない。



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