2020年11月4日水曜日

名画の遠近法 ④ 「反射」

 Perspective in Masterpieces 「Reflections」

北斎の「富嶽三十六景」の「甲州三坂水面」は、逆さ富士を描いている。浮世絵は水面の反射に関心がないのか、描くことはほとんどないがこれは珍しい。しかし富士山の反射が完全にずれた位置に描かれていて対称になっていない。単に反射の原理を知らなかったのか、それとも何かの意図があったのか不思議だ。

印象派のシスレーの「ポールマリーの洪水」は、春の雪解け水でセーヌ川が氾濫した風景を描いている。災害の直後とは思えないくらい穏やかな光景だ。水面も穏やかで、さざ波もほとんどないので、建物や樹木の反射が、水面へはっきりと映っている。例えば、浸水している建物の一階の入り口の黒い長方形の反射が、水面に対して対称の上下反転した鏡像になっている。

シスレーのような場合と比べて、このアンドリュー・ワイエスのような場合の反射は難しい。シスレーの建物は正面図だったが、これは斜めからの2点透視図になっていて、遠近法的正確さが要る。もう一つは、シスレーの建物が水面と接しているのに対して、この場合は間に地面がはさまっている。だから地面の下まで延長した目に見えない仮想の水面を中心にした上下反転図を描く必要がある。


ワイエスの絵を単純化した図だが、建物と反射との消失点は一致しなければならない。そして建物の建っている地面は、水面から数mほど高いので、建物の反射は接地面から数m下にある仮想水面に対して上下対称の図を描く。だから反射は建物の下半分は地面に隠れていて、上部しか見えていない。


モネはセーヌ川の水辺の風景をよく描いているが、水面の反射が美しい。水面の描きかたのお手本のようだ。「アルジャントゥイユの橋」で、橋の柱やヨットのマストなどの垂直方向の反射があり、同時にそれと交差する水平方向のさざ波の反射が描かれている。垂直方向と水平方向の反射が交差するのが水面反射の特徴だ。


モネの「ラ・グルヌイエール」はさわやかな水辺の光景だが、きらめく水面が活き活きと描かれている。小さなさざ波の水面は、細かい畝になっているから、その一つ一つに青空が映って、こう見える。向こう岸近くは背後の黄葉の黄色が反射している。


モネの「睡蓮」は、水面にさざ波がないので鏡面反射している。水面の存在を感じさせるために、さざ波の代わりに睡蓮の葉がその役割をしている。青空や雲や樹木が見え、水の中に大きな空の空間があるように感じる。上の「ラ・グルヌイエール」では、水の表面の光の反射を描いているが、この「睡蓮」では、水の奥に見える虚像の3次元の空間を描いている。

表面の反射と、奥にある虚像の反射の二つを合体したのがエッシャーで、水の表面の実像である波紋と、水の奥にある虚像の樹木を一体化して、面白いグラフィック・パターンを生み出している。だからモネの「睡蓮」と違って2次元的で、反射に奥行きがない。


モネの「印象  日の出」は、反射の輪郭が完全に消えている。描いているのは空気感で、空と、空の光を反射する水面が溶けあって一体化している。印象派の出発点になった絵だが、反射の物理的原理から離れて、まさに「印象」を描いている。


マネの「フォリー・ベルジェールのバー」は、女性の後ろにある大きな鏡の反射像でこの場所の空間を描いている。しかしどこか奇妙な感じがする。原因はミラーの右端に映っている紳士で、現実空間ではどこにいるのか、それとも実際に存在しない単なるイメージなのか。


その疑問をある研究者が見事に解き明かした。コンピュータ解析でこの絵の空間関係を解明して平面図にした。図のように、マネは女性の真正面からではなく、少し右側から描いている。赤い線が絵の画角で、紳士はこの画角の外側にいる。これなら確かに絵のように見えるはずだ。また鏡の中では、紳士は女性に話しかけているように見えるが、実は女性を見ているのではなく、図のように、やや左のほうへ視線を向けている。つまり紳士は女性に話しかけているのではなく、鏡に映った像を見ていて、その視線の先にあるのは、絵の左上にいる白い服の女性だという。鏡で盗み見しているということ。


この図面どおりに現物のセットを作って、そこにモデルを立たせてみたというから執念がすごい。写真の色の濃い部分が絵に描かれた範囲だが、絵とピッタリ合っている。この絵は正確な遠近法で描かれていることが実証されたことになる。


シャルダン の静物画で、金属のコップが描かれている。ピカピカの表面なので、まわりにある果物が鏡面反射している。そして円柱形への曲面反射なので、像は圧縮されている。反射が金属の質感を表現し、絵を活き活きとさせている。


1 6 世紀のパルミジャニーノという人が初めて凸面鏡に反射した自画像を描いた。球面反射によって、遠近法の近大遠小が増幅されている。手が顔より大きく見えていて、当時の人には強烈な視覚的インパクトを与えた。美術史上では割と有名な作品になっている。



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