2021年1月13日水曜日

ピストレット の「鏡絵画」

 ”Mirror Painting” by M.Pistoletto

ミケランジェロ・ピストレット の「鏡絵画」(Mirror Painting)は、鏡が絵画作品として美術館の壁に展示されている。まわりの空間とそこを行き交う観客たちを鏡に映し出すが、その鏡には等身大の後ろ姿の人物の絵があらかじめ描かれていて、その前に立つと、鏡に映る自分と描かれた人物との間に何らかの交流が生まれるように感じる。


金網入りの鏡の上に女性の後ろ姿が描いてある。鏡に映った観客の男性と金網越しに会話しているように見える。リアル(実際の人間)とヴァーチャル(描かれた人間)を鏡が結びつけている。 (ピストレット は、2 0 1 3 年度 「高松宮殿下記念世界文化賞」を受賞した)


2021年1月11日月曜日

ロトチェンコ の写真革命

Rodchenko's photograph revolution

ロシア・アヴァンギャルドのロトチェンコは写真に革命を起こした。それまでの写真は「絵画的写真」(ピクトリアル・フォト)といわれるように、絵画的な美しさを理想にして、絵画の追随をしてきた。ロトチェンコはそれを否定して、絵画にはできない、写真独自の可能性を追求した。

「絵画は、観察した様々なイメージを総合することで、普遍性と永続性を追求するが、科学技術によって絶えずゆり動き、変化する時代に、唯一不変の永遠なるものなど存在しない。写真は、いろいろな状況での偶然的な一瞬だけをスナップショットで切り取ることによって、真実を描くことができる。」と言っている。(「ロトチェンコ の実験室」より)

遠近的な絵画の視覚ではなく、真上や真下からのショットを多用した。それによって、造形性の強い平面構成的な写真を生み出した。(「階段」1 9 3 0 年)


ロトチェンコは光と陰影の強いコントラストによる造形写真が多い。写真ならではの強烈な訴求力がある。(「ライカを持った娘」1 9 3 4 年)


工場、機械、鉄塔など、構造物の構成美を力強く表現した。それによって従来の美意識におさまりきれない、異質な眺めを作りだした。(「火災避難ばしご」1 9 2 5 年)


2021年1月9日土曜日

横顔の肖像画とヒッチコックの「めまい」

 Portrait in profile

「横顔」は文字通り横から見た顔のことだが、その人の経歴や特徴を説明する時の「人物像」という意味でも使われる。英語でも「プロフィール」は「横顔」であり「人物像」でもある。横顔がなぜその人の特徴を表すのかは肖像画の歴史からわかる。


ギリシャ時代、遠くへ去る恋人の面影をいつまでも留めておこうと、ろうそくの光で壁に映った影をなぞって顔を描いたのが、絵画の起源だといわれている。この時、正面の影ではただ丸いだけの影になってしまうので、目鼻立ちの輪郭がはっきりして、その人の特徴をとらえるには横顔でなければならなかった。


その後も横顔で描くことはずっと続き、特にルネサンス期、肖像画はすべて横顔で描かれた。例えばボッティチェリの「若い女性の肖像画」などが典型。やがて遠近法と陰影法が発明されると、やっと正面から描いても顔の特徴を表現できるようになる。ダ・ヴィンチの「モナリザ」は正面の顔だから画期的だった。
1 8 世紀に、絵画ではないが顔の特徴を研究する「観相学」が盛んになる。そのためにギリシャ時代にやったのと同じ、横顔の影のシルエットで顔の特徴抽出をした。そのための「シルエット製造機」なる機械まで発明されたというから面白い。(ストイキツァ「影の歴史」より)






このような、本人を特定する決め手として「横顔」が重要であることを軸にした映画がある。ヒッチコック監督の「めまい」は、ある男が自分の妻を自殺に見せかけて殺そうとするが、それを友人に目撃させて、自殺であることを証言させる計画を立てる。そして殺害に成功するが、その後目撃者の男は、別のよく似た女性が妻になりすまして、自分はだまされていたのではないかと気がつき、真相を調べはじめる・・・

偽物を探すことが話の軸なので、女性の顔の特徴が重要な要素になっているが、そのシーンでカメラは必ず横顔をクローズアップで撮る。若い頃画家志望だったヒッチコックは絵画について詳しい知識を持っていて、顔の特徴は横顔にもっとも現れることや、肖像画が横顔で描かれていた歴史を知った上での演出だという。(岡田温司「映画は絵画のように」より)

男が初めて妻に会う時のシーンでカメラは横顔だけを撮っていて、正面の顔を見せない。


街中で偶然見かけた女性の横顔を見た時、彼女が殺された妻の偽物ではないかと気づく。


女性の本性を見極めようとする時、横顔のシルエットになり顔の輪郭がはっきり見える。


(ついでだが、主役のキム・ノヴァクが一人二役をやっていると観客は信じてしまうが、実は最初から最後まで一人一役で、本当の妻は一度も出てこなかったことに最後に気づく。←ネタバレ)

2021年1月7日木曜日

絵画の中の「影」の意味

 Shadows in painting

「暗い影を落とす」という言い方があるが、絵画でも、何かよくないことの表象として影が描かれる。ムンクの「思春期」は、わずか 1 5 歳で結核で死んだ姉がモデルだとも、うつ病から精神を病んでしまった妹がモデルだともいわれる。影の形は歪んで、大きく膨張していて、ムンク自身の死に対する不安な気持ちを表している。


キリコの「通りの神秘と憂鬱」の与える不安感の原因は、巨大な人間の影にある。影だけが見えているが、影を作っている人間自体は隠れていて見えない。正体不明で人間を脅かすような不気味な影だ。そこへ向かって無心に走っていく少女にこれから何が起こるのか心配になる。第一次世界大戦勃発の年の絵だが、どうなるかわからない世界の先行きへのキリコ自身の不安を表しているといわれる。



フェルメールと同時代のオランダの画家ホーホストラーテンという人の著書「高等絵画術入門」のなかに、こんな図がが載っているそうだ。小さな人形を左下の光源から照らして壁にできた影が巨大でしかも歪んでいる。影は人を脅かす悪魔のような姿に変身し、実際の人間から離れて一人歩きする。(ストイキツァ「影の歴史」より)


このように、普段は隠れている恐ろしい人間の正体を影が暴くという着想の絵画がたくさん描かれた。1 6 世紀のロレンツォ・ロットという人の「受胎告知」で、美しい大天使の床に映った影が悪魔の姿をしていて、マリアに襲いかかろうとしている。本来は祝福を受けるはずのマリアは恐れおののいている。


「ビガー・ザン・ライフ」( 1 9 5 6 年)という映画にも同様の影が出てくる。男が子供の宿題をみているが、答えができない子供にいらだつ。そのシーンで、男の巨大な影が子供に覆いかぶさるように壁に映る。男はやがて精神に異常をきたし、子供を殺そうとするのだが、男の内面に潜んでいる悪魔的な本質をこの影が暴き出している。


ピカソに「影」という作品がある。男の影が女性の部屋に押し入り、女性の無防備な裸体に覆いかぶさるように男(ピカソ自身)の影が投影されている。このように人体の上に投影される別の人体の影は、二人の力関係の不均衡(パワハラ的な)またはジェンダーの不均衡(セクハラ的な)を表しているという。(ストイキツァ「影の歴史」より)


巨匠オーソン・ウェルズのサスペンス映画「ストレンジャー」(1 9 4 6 年)でもそのような影が出てくる。ナチの残党がアメリカの田舎町に潜伏していて、妻にも本性を隠しているが、やがて戦犯調査委員会の捜査官が嗅ぎつけてくる。妻も夫についてうすうす何かを感じ始めた時、寝ている妻へ男が近づいてきて・・・ ここで男の巨大な影が妻に襲いかかるかのように投影されるのはピカソの絵と似ている。そしてユダヤ人を大量虐殺した悪魔のような男の本性を影で表現している。影が、その人物の内面で起こっていること、つまりその人物が何者であるかを暴き出している


ゴッホは「タラスコンへの道を行く画家」という絵で自身の姿を描いているが、画材を背負って歩くゴッホの姿が地面に暗い影を落としている。ゴッホは絵も売れず、苦悩の生活を送った末に、精神を病んで自殺してしまうが、太陽を目指してひたすら耐えて歩くがゴールにたどれつけない苦悩の人生をこの影が表している。
この絵をもとにフランシス・ベーコンが 1 9 5 7 年に「ファン・ゴッホの肖像画のための習作」を描いている。ゴッホ自身と影が溶け合って一体になっている。ベーコンは「路上に現れた亡霊のように、不安に悩み苦しむ人間を表象すること」そして「ロウソクが自分自身のロウの中に向かって崩れ落ちていくように、ゴッホが自分の影の中に溶解していく様子を示した。」と言っている。(ストイキツァ「影の歴史」より)


2021年1月5日火曜日

フリードリヒの「氷海」

Caspar David Friedrich  「The Sea of Ice」

冬の絵といえばカスパー・ダビッド・フリードリヒだろう。「氷海」は北極の海で難破した船を描いている。右のほうに黒い船が小さく見えていて、まわりを巨大な氷塊が船を閉じ込めている。フリードリヒは厳しい自然に対する恐れを描いた画家だった。超越的な自然の力の前に人間が無力であることのイメージとして、雪の中で朽ちている教会の廃墟などを描いた。この絵でも氷塊の形は、石造建築が壊れて瓦礫になった石のブロックのようにも見える。ほぼ同時代の印象派が自然をただ美しいものとして描いたのと対照的な宗教的で内省的な絵で、ドイツロマン主義絵画の代表作だ。


印象派と対極的なフリーリヒの絵が、印象派大好きの日本へ来ることはまずないだろうが、4年前に徳島県の大塚国際美術館(名画の完璧なレプリカを展示している美術館)へ行ったとき、これがあったので驚いた。もしここを訪れることがあれば一見をおすすめしたい。


2021年1月3日日曜日

ラスコーの牛の絵

Lascaux cave painting 

2万年前のラスコーの洞窟壁画の牛。生命力にあふれた描画で、狩りの対象だった牛を畏敬の念で描いている。彼らは、天体現象から時間の高度な知識を持っていたという。だから今年は牛年だから(?)と描いた牛は、馬年に描いた(?)馬に上書きしている。


当時の家族を復元した模型。安全で暖かく灯りもあった洞窟で暮らしていた。コロナもなく健康的で、余裕のある文化的な生活を送っていたという。時間がたっぷりあったので、じっくり時間をかけて絵を描いたという。自分のイマジネーションを「表現したい」という強い意志を感じる。そんなホモ・サピエンスの時代に「芸術」が初めて生まれたという理由がわかる。


2021年1月1日金曜日

パステル画の雪景色

 Winter paintings

雪を描くとき、水彩画では紙の白を塗り残すしかないが、パステル画では雪そのものを描けるので雪景色との相性がいい。エリザベス・モーリーというパステル画家のアマチュア向け指導書「パステルで描く変わりゆく四季」(「Paint the Changing Seasons in Pastel」)という本の中で雪景色の描き方を教えている。