2020年3月15日日曜日

ディストピアのマットペイント

Matte Paint「Dystopian Dreams」

「Dystopian Dreams」というマット・ペイントの作品集を眺めている。ディストピアシーンの専門家で、ヨーロッパにある城などの廃墟をレファレンスにした作品が多い。手法は、3Dモデリング + フォトショップのみで描いている。作者の Jake Frazer Grousset は、建築出身の人らしい。




2020年3月11日水曜日

美人 A I は人間を好きになれるか



進化した A I が、どれだけ人間に近ずけるか、というホットな関心事が、映画でも取り上げられている。女性 A I が登場する映画で、彼女たちは人間を好きになるだけの「心」を持つのか、ラストシーンで結果がわかる。

「ブレード・ランナー」 人間と見分けがつかないロボットを捕まえて破壊する役目の捜査官が主人公だが、美人 A I ロボットと心を通じ合う。ラストは、主人公が彼女と二人で、車でドライブして走り去るシーンで終わる。

「トロン・レガシー」 人間に敵対的なA I ロボットたちのヴァーチャル世界に迷い込んだプログラマーが、好きになった美人 A I を連れて現実世界に戻ってくる。ラストで、主人公がバイクに彼女を乗せて走り去る。

両方とも二人でドライブという同じラストになっている。プログラムされただけの A I にも、人間的な「心」が生まれてくる(実際に将来そうなるかどうか知らないが)という物語で、ラストシーンがその象徴になっている。

「エクス・マキナ」 美人ロボットが人間的な感情があるふりをして人間を騙し、最後に冷酷に人間を裏切る。ラストは上の2作と対照的で、人間を山奥の施設に閉じ込めて、迎えのヘリコプターに一人だけ乗って立ち去る。

「Her」 P C の中の女性 A I が、人間的な感情も意思も持っていて、優しい声で語りかける。彼女を好きになってしまった男が、最後に、同じ A I を使うユーザーが何千人もいて、自分だけの「彼女」でないことに気付き絶望する。

こちらの2作は、 人間的な「感情」を持つまでに進化したA I が、人間と心を通じ合えるようになるが、それはあくまで心のある「人間のふり」をしているだけ、ということに最後に気づかされる。 A I に対する悲観的な見方で、こちらの方が現実的かもしれない。

なお、歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリは、もっと辛辣なことを言っている。人間自身だって所詮は「ふり」をしているだけで、その「ふり」という「見かけ」を他人が気に入れば、友達や恋人になるのだから、 A I も人間も同じだと言っている。この見解には最新の生命科学の根拠があって、「好き・嫌い」とか「喜び・悲しみ」といった「人間的な感情」は、脳の中の生化学的アルゴリズムによって決定されているにすぎないということが分かってきたからだという。

ハドソン・リバー派とマットペイント

Hudson River School & Matte Paint

イギリスの植民地だったアメリカが、独自の「アメリカ絵画」を確立したのが 1 9 世紀の「ハドソン・リバー派」からだと言われる。トーマス・コールなどがハドソン川流域の自然を描いたが、現場での断片的なスケッチを合成して、いかにもありそうな幻想の風景を作り上げた。その「崇高な風景」が、人々の自然観として根付いていった。

 現代は映画にも受け継がれ、「ハドソン・リバー派」にそっくりな幻想風景がよく使われる。この「スター・ウォーズ」の例のように、マット・ペイントや C G でも「崇高な風景」が頻繁に出てくる。「現実が空想になり、空想が現実になる、ファンタジーランド」の国アメリカらしい。「優しい里山」的な風景に囲まれた我々日本人にはなかなか描けない。

2020年3月9日月曜日

「ファンタジーランド 狂気と幻想のアメリカ 5 0 0 年史」とハドソンリバー派

「Fantasyland,  How America Went Haywire」

アメリカという国を、狂気と幻想の「ファンタジーランド」だとしていて、アメリカの様々な現象の「なぜ?」が分かって面白い。現実と空想の境目が曖昧な幻想の世界が生み出され、人々もそれを積極的に求める。それを「根拠なき熱狂」と呼んでいる。「科学を否定するリベラル派」「狂信化するキリスト教」「ガンクレイジー」「幻想で商売する娯楽ビジネス」「ファンタジーランドのウェブ世界」「巨大テーマパーク化する社会」などのキーワードが並ぶ。

絵画についての部分をちょっと紹介。18 世紀アメリカの絵画として「ハドソン・リバー派」が有名だが、それが生まれた時代背景に触れている。彼らは現実の風景から集めた断片的な素材を合成して幻想の風景を描いた。現実と空想が混ざった、いかにもありそうな風景だが、人々が抱いているアメリカの理想の自然像だ。アメリカ移住時代に「恐怖と不安」だった自然が、荒野が切り開かれ、人が住むにつれ、「崇高」な自然に変わり、このような絵が生まれたという。たしかにハリウッドのファンタジー映画や S F 映画などにもこういうイメージがよく出てくる。


2020年3月6日金曜日

マックス・エルンストの「少女が見た湖の夢」

Max Ernst

個人的に大好きなマックス・エルンストは森の絵が多いが、横浜美術館のコレクションに「少女が見た湖の夢」があり、コレクション展があると見ることができる。

中央にある湖は真っ黒で、その周りを不気味な森が囲んでいる。この森はじつは怪物の集まりで、近くでよく見ると一本づつの樹に眼があるのが分かる。(下は、中央にいる牛のような頭をした怪物)

ドイツでは、森は敵意を持った樹々に閉じ込められた恐怖の場所とされている。だからグリム童話では、「赤ずきん」や「ヘンゼルとグレーテル」などのように、暗い森で少女が怖い目にあう。この絵は、そんな少女が見る幻想の怖い森だ。

2020年3月4日水曜日

人間対 A I ・・映画「エクス・マキナ」の予言

Ex Machina

人間の仕事が A I に奪われるようになって、「知能」では A I  にかなわないから、 A I にはできない「人間性」が必要な仕事にシフトしなければ、と言われる。しかし、その考えは甘く、 A I はもっとはるかに「人間を脅かす」存在になるだろう、と予言しているのが、映画「エクス・マキナ」だ。

天才プログラマーが、自分が作った女性 A I ロボットと2人で山奥の研究施設で暮らしている。その A I の実力を試すことを依頼されて、若い男がやってくる。この A I  が人間的な「感情」を持っているかどうかをテストするのだが、恐ろしい結末が待っている。

この女性 A I は、自分に対する恋愛感情を若者に抱かせてしまう。感情があるふりをして人間を罠にかけるのだ。 A I が人間の「感情」について学習して、人間のふりをするというのはあり得そうで怖い。人間の「人間的」な部分は A I にはできないだろうと安心できないことになる。そして映画では、 A I が「欲望」を満たすために、自分を作ったプログラマーを裏切る。

最新の生命科学の研究では、人間の「感情」「直感」「欲望」などの人間にしかないと思われていた性質も、脳の中の生化学的なアルゴリズムに過ぎないということが分かってきたという。そうであれば、 A I がそれを解読できない訳はないわけで、この映画は現実味を帯びてくる。

2020年3月2日月曜日

「関根正二展」

SEKINE Shoji : A Retrospective

関根正二は、名前を知っている程度だったが、初めてじっくりと観た。大正時代の初めに5年間だけ描いて、わずか 20 才で死んでしまった天才画家の回顧展。100 年前とは思えない、現代的な絵に感じる。(神奈川県立近代美術館)