The architecture of National Parliament Building
江戸東京博物館で開催中の、特別展「洋館 明治の夢と挑戦」が面白そうだ。江戸から明治に転換して、東京の中心地に、近代国家としての威信を懸けた建築が建てられていった。国会議事堂、裁判所、国立銀行、駅舎などの建造物が次々に建てられていく。それらはヨーロッパの伝統的建築様式のスタイルを模していた。
これは同展に展示されている国会議事堂の建築パースで、ドイツの建築家 エンデ & ベックマン の設計だという。壮麗なドイツ・バロック様式の建築だ。当時の外務大臣の井上馨が進めていた、東京をパリ並みの近代都市にしようとする都市計画「官庁集中計画」の一環としてデザインされた。しかし井上馨が辞任してしまって、実現せずに終わった。
それでは、現在の国会議事堂は、どういう経緯で誰がデザインしたのか、調べてみた。1918年(大正 7年)に設計コンペが行われ、下図のデザインが 1等に選ばれた。渡辺福三という国の技官だった人の案だったという。これはてっぺんがドーム型で、上図と共通する伝統様式の影響を受けたデザインだ。
しかしこの案はそのままでは作られず、他の政府技官が修正を加えて、現在の最終形になったそうだ。ドーム型でなく、階段状のピラミッド型に変わっている。ファサードの列柱も少なくなり、原案とは違うほとんど別案になっている。この時代はアール・デコ全盛の時代だから、その影響を強く受けて、上図よりも近代的なデザインになっている。
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