2026年4月1日水曜日

映画「エジソンズ・ゲーム」 エジソン対テスラの「電流戦争」

「The Current War」

電気自動車で世界を席巻しているテスラ(直近では業績が悪化しているようだが)は、天才発明家テスラに由来する。電気が発明されたばかりの19 世紀末に、送電方式の標準化をめぐって覇権争いが繰り広げられた。「直流方式」を主張するエジソンと「交流方式」を推進するテスラとの「電流戦争」だった。


この バトルを描いた映画「エジソンズ・ゲーム」(2020 年) が面白かった。陰謀やら裏工作など汚い手を使うバトルが繰り広げられる。最終的に勝ったのはテスラで、交流方式による「電気の時代」の幕開けになり、現代につながっている。

2026年3月31日火曜日

妹島和世の建築

 Kazuyo Sejima、 Architect

妹島和世が、日本芸術院賞を受賞したという報道(3 / 27)があった。すでに国内外からノーベル賞級の賞を受賞しているから、今さらという感じがするが。

妹島和世の建築は好きなので、あちこち見てきたが、いちばん身近にあるのが、横浜市の「大倉山の集合住宅」で、見学に行ったことがある。4住戸だけのこじんまりとした集合住宅で、曲線を多用した造形がユニークだ。各住戸には小さな中庭があり、それらが細い路地でつながっている。プライベート空間とパブリック空間が融合していて、集合住宅の新しいコンセプトを提案している。また外部の人間も道路から入って通り抜けることもできるが、住戸のプライバシーが守られているうまい設計になっている。


2026年3月30日月曜日

侵略記号としての「十字」

Iron Cross

十字軍遠征の映画「キングダム・オブ・ヘブン」に、先端が広がっている十字記号が繰り返し登場する。

12 世紀のローマ教皇ウルバヌス二世が、イスラム教国を壊滅するために、十字軍遠征を発案したが、赤い十字を十字軍のシンボルとすることを提唱した。それ以降「十字」はキリスト教のシンボルとして定着していった。つまり十字記号の始まりは「侵略記号」だった(「かたちと人類」より)。

16 世紀の大航海時代に、ポルトガルが南アメリカ各地を植民地にするために軍隊を送ったが、当時のポルトガルの地図には征服した場所に十字記号が記されていたという。

第一世界大戦でのドイツの戦闘機には、この十字記号が記されていた。そして第二次政界大戦時のナチスの勲章「鉄十字章」も先端に向かって広がっている十字だった(「RED ヒトラーのデザイン」による)。これも侵略記号としての十字だ。


そして今、イランを攻撃しているアメリカの国防長官の胸に十字記号のタトゥーが彫られている。これも大きな十字と四つの小さな十字を組み合わせた鉄十字のバリエーションだ。


2026年3月29日日曜日

映画「キングダム・オブ・ヘブン」と、イラン戦争

 「Kingdom of Heaven」 & Iran war

「キングダム・オブ・ヘブン」は、キリスト教とイスラム教の両方の聖地エルサレムの争奪戦を描いた歴史叙事詩映画だ。そして今のアメリカとイスラム国イランとの戦争を思い浮かばせる映画だ。しかし、リドりー・スコット監督らしく、キリスト教は正義でイスラム教は悪というステレオタイプな映画ではない。

キリスト教の十字軍とイスラム王国との凄惨な殺し合いの戦闘が繰り返され、死骸るいるいになる。そしてついに、両者の停戦交渉が行われる。まず両方が停戦の条件を出しあう。キリスト教側は、エルサレムを明け渡さないと、全員皆殺しにすると高圧的に言う。一方イスラム教側は、戦争をやめれば、全員をキリスト教国へ無事に返してやるという。形勢不利な十字軍は相手の言うとおり、撤退して国へ帰ることになる。


今のイランの戦争で伝えられる停戦交渉とそっくりなのが面白い。キリスト教国のアメリカは、降伏しないとイランの石油基地を壊滅させると脅す。イスラム教国のイランは、攻撃をやめればホルムズ海峡を解放してやると言う。そして映画の結末と同じように、最後はアメリカが撤退することになる予感がする。

2026年3月28日土曜日

映画「キングダム・オブ・ヘブン」

Kingdom of Heaven

映画「キングダム・オブ・ヘブン」は十字軍の映画だが、昨今のアメリカとイランの戦争の歴史的な背景を理解するのに役にたつ。

中東のエルサレムは、キリスト教とイスラム教の両方の聖地だが、12 世紀頃にはイスラム教のエルサレム国家が支配していた。十字軍は、エルサレムを奪還するために派遣されたキリスト教国家の軍隊だった。だから十字軍の映画では必ず、キリスト教は正義で、イスラム教は悪であるという前提で作られてきた。

しかしリドリー・スコット監督のこの映画は、キリスト教側とイスラム教側を対等に扱っている。エルサレム国王は戦争を平和的に解決しようとする魅力的な人物として描かれている。


この映画で、十字軍のシンボルがたびたび登場する。「エルサレム十字」と呼ばれ、中央に赤色の十字があり、四隅に小さい十字がある。この場面でも十字軍の騎士が胸につけていて、後ろにはその旗が掲げられている。

現在、イランと戦争をしているアメリカのへグセス国防長官が胸に、「エルサレム十字」をタトゥーにしていることが物議を醸している。


2026年3月27日金曜日

SNS 依存症 訴訟

 SNS lawsuit

つい先日の報道によれば、アメリカで、子供が SNS 依存症になったとして、親が SNS 運営会社を相手どって損害賠償を求める集団訴訟を起こしたが、裁判所はそれを認めて、FacebokとYoutubeに、計 9 億5千万円の賠償支払いを命じたという。

原告側の主張としては、 SNS の利用時間を最大化するように意図的にアルゴリズムの設計をして、子供を依存症にした運営会社に責任があるとしていた。

これはおかしい。たしかに運営会社のビジネスモデルは、 SNS の利用頻度を高めて収益を上げることだが、利用者の依存症を防ぐことにまで責任を負わせるのはおかしい。依存症になるような使い方をする利用者自身の問題だろう。いわば、アルコール依存症の人間が酒造会社に対して責任を取れと言っているようなものだ。


2026年3月26日木曜日

世界初のアニメーション

 Humorous phases of funny faces

世界初のアニメーションは、1906 年に作られた「愉快な百面相」といわれている。今から120 年前になる。わずか4分たらずの単純な映画だ。始まりの部分で、実写映像の人の手が現れて、黒板に人間の顔を描く。手が消えると、顔の表情がひとりでに百面相のように変わっていく。最後にまた人の手が出てきて黒板の絵を消して終わる。

セルアニメの技術などなかった時代、黒板に描いた絵のように単純なものであれば、今でいうストップモーションアニメで作れたのだろう。

動画→ https://www.youtube.com/watch?v=wGh6maN4l2I


2026年3月25日水曜日

「家族」がテーマの映画

 Family

「家族」が主題の映画で、とくに家族の「崩壊と再生」のテーマに秀作が多い。思い出すままにあげると。

・バラバラだった親子が、協力して家を建てることで絆を取り戻す「海辺の家」
・離婚した夫婦が、一人息子の親権をめぐって裁判で争う「クレイマー・クレイマー」
・暴力的な長男、軟弱な次男、毅然とした三男、の3兄弟が争う「ゴッドファーザー」


そのなかで、「海辺の家族たち」も、家族の崩壊と再生がテーマの映画で、印象に深く残っている。

老いた父親が病で倒れたことから、兄妹3人が久々にマルセーユ近郊の父の家に集まり、今後のことを話しあう。上の兄は地元で父の小さなレストランを継いでいる。妹はパリで人気女優になっている。下の兄は最近リストラされて婚約者にも捨てられそうになっている。

3人が話しあう中で、それぞれが胸に秘めた過去があらわになっていく。そしてこれからの自分たちの人生を見つめ直していく・・・

後半は、ある事件が起きて、それをきっかけに家族の絆を取り戻していく・・・

2026年3月24日火曜日

モホリ=ナジの「フォトグラム」

 Photogramme

モホリ=ナジは、造形芸術のさまざまな分野で、革新的な活動を行ったが、そのひとつが「写真」だった。写真による画期的な造形技法の「フォトグラム」を始めた。引き伸ばし機の上の印画紙にいろいろな物を置いて直接露光する。影の部分は白くなり、光が当たったところは黒くなる。さらに画像を描いたセロハンシートを挟んだりすると、ハーフトーンが生まれたりして、より複雑な画像が作れる。

右は 1922 年の「フォトグラム」の作品で、モホリ=ナジがいかに先駆的な活動をしていたかがわかる。

写真に凝っていた若い頃、自分でも「フォトグラム」をやってみた。上の2枚は単純に物を置いただけのプリミティブな作品だが、モホリ=ナジの説明のなかに、液体を使うこともできる、とあったので、やってみたのが下の1枚。



2026年3月23日月曜日

モホリ=ナジ の「ビジョン・イン・モーション」

 「Vision in Motion」

何十年ぶりかで、モホリ=ナジの「Vision in Motion」(日本語訳版)を読み返している。

題名のとうり、「動きの視覚」が、ホリ=ナジの追求したテーマだった。2次元の絵画、3次元の彫刻、を超えて時間により変化する4次元芸術によって視覚芸術の世界を大きく広げた。そして今では「メディア・アートの先駆者」と呼ばれている。当時(「Vision in Motion」の執筆は1943 年)はメディア・アートという言葉はなかったが、IT 時代の今、センサーなどのデジタル技術を使ってインタラクティブなメディア・アートに発展している。

例えば、メディア・アーティストの三上晴子の「視線のモルフォロジー」という作品で、視線入力装置(障がい者が手を使わず視線で PC 操作ができる装置)を使って、見る人の視線を検出して、3次元の仮想空間の中に視線の軌跡を描く。人間を入力装置に使って映像を変化させるインタラクティブ・アート。


2026年3月22日日曜日

モホリー=ナジ式の造形教育

 Moholy=Nagy  

前回書いたモホリー=ナジはバウハウスで教鞭を取っていたが、その眼目は「光」「空間」「動き」による造形だった。日本でもその造形教育をそのまま取り入れていた。当時の課題作品の写真が少しだけ残っていた。

木材を加工して作った、たくさんの L字形のユニットを組み合わせた構成。クレーのようなソリッドな造形ではなく、空間の造形がテーマの課題。

金属板を加工して立体造形を作る。薄い素材を使うことで出来る空間の構成が題目。

2026年3月21日土曜日

モホリ=ナジ と メデイア・アート

Moholy=Nagy  

日経新聞の連載記事「メデイアアート的視点」は、現在のメディアアートの起源になった古典的な作品を紹介している。そのなかで、モホリ=ナジの「光・空間・調節器」が取り上げられていた。

光を反射する金属やアクリル板を組み合わせた立体造形で、モーターによって回転する。そこに光を当てて、反射光や透過光を壁面に投影する。空間の状態を動的に変化させる「光による造形」を目指していた。

モホリ=ナジがバウハウスの教授だった1930 年の作品で、現在のメデイアアートにつなる先駆的な作品だった。




文化庁主催の「メディアアート芸術祭」に、光や映像による造形作品が毎年出品される。プロジェクションマッピングを使って空間全体への没入体験をさせたり、観客の能動的な参加により映像を変化させるインタラクティブアートや、作品を室内空間や建築空間へ拡張する環境芸術や、環境を光と影で変化させるオーギュメンテッドアートなど。最新の技術を利用したテクノロジーアートに発展させている。




2026年3月20日金曜日

ダイアモンド富士

 Diamond Fuji

冬の晴れた日の夕方にはダイアモンド富士が見える。(135 mm 望遠レンズで撮影)



2026年3月19日木曜日

子供用椅子の著作権訴訟

copyright suit

ノルウェーメーカーの幼児用椅子のデザインを模倣した日本メーカーが著作権侵害で訴えられた裁判で、二審の高裁が著作権侵害に当たらないという判決を下した。現在、最高裁で引き続き争われている。(下は日経新聞 3 / 16 の記事)


二つは下のようなデザインで、左が原告側のノルウェーの椅子で、右が被告側の日本メーカーの椅子。高裁判決では、二つのデザインは類似していないから、著作権侵害に当たらないとした。


オリジナルのデザインは、乳児から幼児、子供、大人まで一生使い続けられる椅子というコンセプトから生まれた。今から50 年も前から、今でいうSDGs の発想があったのが素晴らしい。それを実現するためには、成長に合わせて座面の高さを変化できる必要がある。そのために独創的な斜めの構造が生まれた。それは普通の4本脚の椅子では不可能だ。だからこの形は、見た目の美しさを狙ったものではない。


そのような、この椅子の独創性が、高裁では理解されなかったようだ。そして「家具は実用品であるので、創作性を備えた美術作品と違って、著作権の範囲は限定的である。」と言っている。つまり実用品のデザインには、美術品のような独創性は認めないと言うのだ。家具に限らず、日用品でも家電製品でも、美術鑑賞のためにデザインされる製品などない。だからこのおかしな判決が確定してしまうと、デザインはすべて「パクリ」自由になってしまう。最高裁で判決が覆ることを願いたい。

2026年3月18日水曜日

絵巻のマンガ・アニメ的表現

 Twelve Century's EMAKI   &  Today's Manga / Animation

高畑勲氏の「十二世紀のアニメーション」は、絵巻のなかに、現在のマンガ・アニメと同じ表現技術のほとんどが使われていることを検証している。先日紹介した、語り口やカメラワークだけでなく、描画の手法でもマンガ・アニメ的なものに溢れている。


⚫︎輪郭線だけで描く。「鳥獣戯画」が典型で、兎や蛙を、陰影をほとんどつけないで、シンプルな輪郭線だけで描いている。現在のマンガと同じ。


⚫︎人間の一瞬の表情や動作をいきいきと捉える。この「信貴山縁起絵巻」で、3人の男女が笑いながら誰かの噂話しをしている場面。表情豊かに描いている。


⚫︎動くもののスピード感表現。「信貴山縁起絵巻」の疾走する童子で、後ろ「ビューン」という感じの直線の束を描いている。スピード感を表すマンガの定番手法。また髪を後ろにたなびかせているのもしかり。


⚫︎自然現象を流れるような線描で描く。「華厳宗祖師絵伝」の大波に人間が飲み込まれるシーンで、波の激しい動きを線だけで表現している。


⚫︎人間を難しいアングルで描く。「病草紙」で、男の尻を覗き込む女を難しいアングルで描いている。西洋絵画で、このように人間を描くのは 14 世紀になってからだという。



2026年3月17日火曜日

鳥獣戯画のアニメ的カメラワーク

 

高畑勲監督の「十二世紀のアニメーション」は、現在のアニメーションで使われているほとんどの技術が、絵巻ですでに使われていたことを指摘している。

そのなかで「鳥獣戯画」は、カメラアングルに変化が多く、空間表現が最も豊かな絵巻だという。その「カメラワーク」についてこんな例を挙げている。右端の弓の的が、左側面から描かれているが、その左にいる兎の射手は右側面から描かれている。つまりこの二つの間を、カメラが「パン」していることになる。また、その次のボス兎が高い位置から振り返って扇で招いていて、その先には酒樽をかついでくる一団がやや低い位置に描かれている。カメラの向きが高い位置から俯瞰する位置に変化しているのは、アニメでいう「クレーンアップ効果」に当たる。



2026年3月16日月曜日

AI の功罪

AI  

AI の功罪についての議論が盛んだが、そのなかで、歴史学者・哲学者のユヴァル・ノア・ハラリが、AI というものの本質をついた指摘をしている。おおむねこう言っている。

「知能(intelligence)と意識 (consciousness) は別物である。「知能」とは、問題を解決する能力であり、「意識」とは、喜怒哀楽などを感じる能力である。ところが、この両者を混同する人が多い。AI(人工知能)は知能を発展させても、意識を持つことはできない。だから AI が人間にとって代わることはない。」


このユヴァル・ノア・ハラリの指摘を裏付ける出来事がたくさん起きている。例えば最近の事件で、問題を抱えているある中学生が、自殺したいと AI に相談した。すると AI は自殺する方法を教えてあげた。そして中学生は言われた通りに自殺した。この場合、 AI は「知能」の力を発揮して、中学生の問題を ”解決” してあげた。しかし AI は中学生の悲しみなどを理解できる「意識」を持っていなかった。


2026年3月15日日曜日

十二世紀のアニメーション

 Twelve Century Animation

今やアニメーション大国の日本だが、そのルーツは十二世紀の絵巻物にあるといわれる。それについて、ジブリの高畑勲監督が「十二世紀のアニメーション」という本で詳細な解説をしていて、実に面白い。

絵巻物は、右手で巻き取りながら、左手でほどいていくから、物語は右から左へと進んでいく。次々に現れる場面で「ドラマが繰り広げられる」。アニメと同じく、時間とともに見進む「時間的視覚芸術」だ。


一例としてあげられている「伴大納言絵詞」という絵巻の中に、「子供の喧嘩」というシーンがある。このシーンは3つのカットが連続的に描かれている。

3カット目    2カット目    1カット目

いちばん右の1カット目で、野次馬がたくさん集まっていて、全員が左の方を見ている。何が起こっているのだろうかと興味を引かせる。

このように、原因を伏せたまま、まず起きていることを見せて、それから徐々に核心を見せるのは、「倒叙法」と呼ばれ、アニメでよく使われる手法。

2カット目へ進むと、2人の子供が喧嘩をしている。それを大人たちが取り巻いて眺めている。

さまざまな階級・職業の人々。その姿態・表情の多彩な表現も現代のアニメに通じている。




3カット目で、親が喧嘩をやめさせようと、走って出てくる。黄色い衣の子供を母親が家へ連れ戻そうとしている。

走っている父親の躍動感あふれる線描きの表現。マンガやアニメと同じ。

2026年3月14日土曜日

菅野聖子の絵画と烏口

Seiko Kanno & Ruling Pen

日経新聞で連載中の「メディアアート的視点」のコラム記事で、菅野聖子という作家の「「レヴィ・ストロースの世界」という作品が紹介されていた。横幅2m以上の大作だが、画面全体が均一な細い線だけで埋めつくされている。


この線はすべて「烏口」で引かれているそうだ。そういえば、かつて「烏口」という道具があったことを何十年ぶりかで思い出した。製図をするのに普通に使っていた「烏口」のことをすっかり忘れていた。

同記事は、この 1971 年の作品について、現在のコンピュータ・グラフィックス的な発想をすでにもっていたといっている。たしかにコンピュータの時代になって「烏口」の姿が消えたことを思うと納得がいく説明だ。

2026年3月13日金曜日

「老い」がテーマの名作映画3選

"Old Age" Movies

先日、認知症映画を取り上げたが、そのついでに認知症以外で、老人の老いをテーマにした映画を挙げてみる。この3作はいずれも映画史に残る名作だ。


「ウンベルト D」
古い映画だが、老いの悲哀を描いた名作。わずかな年金で暮らしている元公務員の主人公は、家賃が払えずアパートを追い出されて、路頭に迷う。しかし身なりは昔のままにパリッとして、プライドを保とうとしている。道で思わず人に手を出して物乞いをしてしまうが、あわてて手を引っ込める。代わりに愛犬に帽子をくわえさせて物乞いをさせる。そしてついに、愛犬を抱いたまま線路で飛び込み自殺をはかるが・・・ 

ヴィトリオ・デ・シーカ監督のイタリアン・ネオ・リアリズム映画の傑作。予告編映像→  https://www.youtube.com/watch?v=NqxkPx786pE


「八月の鯨」
海の見える見晴らしのいい家に高齢の老姉妹が住んでいる。妹は体が不自由で、一日中窓から海を眺めている。姉は妹の面倒を見ている。何もすることがない二人は、若い頃の思い出の中に生きている。まるで時が止まったような毎日だ。しかし8月になると海に鯨の群がやってくる。若い頃は鯨を見るために海岸へ走って行ったのだが・・・

往年の大女優、リリアン・ギッシュとベティ・ディビスが共演した。予告編映像→ 


「生きる」
定年退職が目前の区役所の課長が、ガンで余命いくばくもないことを告げられる。そして自分の人生を振り返る。書類にハンコを押すだけの毎日で、自分が生きてきた意味とは何だったのか、虚しさを感じる。そのとき、近くの空き地に子供用の公園を作って欲しいという主婦たちの陳情を受ける。そして公園を作ることを決めて実行に移し、最後に完成する。雪が降る夜中にそのブランコにひとり乗りながら、人生で初めて、ささやかな「生きる」ことの意味を見つけたのだった。

監督:黒澤明、主演:志村喬の名作で、4年前にイギリスで「Living」としてリメイクもされた。予告編映像→


2026年3月12日木曜日

美術館建築

Museum Architectsre 

美術館建築といえば、やはりニューヨークのグッケンハイム美術館が NO. 1 だと思う。近現代美術を年代順に一つの流れとして見せるために、展示室を区切ることなく、螺旋状のスロープに沿って作品が展示されている。外観もその構造をそのまま生かした形になっている。展示内容と、見せ方と、外観の3つがピッタリ合致している。



日本の美術館でよくあるのが、ただ目立てばいいだけの奇をてらったデザインだ。千葉市にある「ホキ美術館」はその典型で、宙に浮いた四角い筒のデザインは展示内容と何ら関係がない。


東京墨田区にある「北齋美術館」は、アルミパネルを貼ったピカピカの超現代的デザインで、造形的には素晴らしい。さすが世界的建築家の妹島和世だ。しかし展示内容は北齋の浮世絵で、まわりは下町的な住宅街で、ミスマッチ感がある。もちろんそれは承知の上で意図的にやっているのだろうが。



「国立新美術館」は、収蔵作品は何もない、ただの公募展用の貸し画廊だ。国際基準では「美術館」(Museum)ではない。内部は四角い展示室が並んでいるだけだが、表面には内部構造と関係がない、表面を飾るだけの巨大なガラスが覆っている。芝居の書き割りのような建築だ。



優れたデザインの美術館としては、「金沢 21 世紀美術館」がある。これも妹島和世の設計による。厚い壁に覆われて薄暗い美術館の普通のイメージと違って、すべてがガラス張りになっている。展示室もガラス張りで通路から中が見える。自然環境にもオープンで、市民に対してもデザインは、従来の美術館の概念を覆している。



瀬戸内海の直島にある「地中美術館」は安藤忠雄の設計で、島の美しい風景を壊さないように地中に埋まっている。安藤らしいコンクリート打ちっぱなしの力強い造形で、建築自体がひとつの作品になっている。ところどころに空が見える天窓のような部分があり、時間とともに太陽の光と影が変化していく。自然と建築との一体感を感じさせる。