Curling in Brueghel
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2026年2月15日日曜日
ブリューゲルの絵のカーリング
2026年2月14日土曜日
ジョセフ・アレマンの絵画
Joseph Alleman
毎日のように SNS にプロアマ問わず絵画作品がアップされてくる。だいたいがスルーするが、ジョセフ・アイマンという画家の絵には惹きつけられた。初めて知った画家だが、アンドリュー・ワイエス的なアメリカン・リアリズムの絵だ。ワイエスと同じく田舎の風景をモチーフにしているが、ワイエスほど情緒的でなく、幾何学的な画面構成による構成主義的な絵だ。光と影を巧みに使った構図が魅力的。
本人のホームページで他の作品も見てみた。多作な画家のようでものすごい数の作品がアップされている。→https://www.josephalleman.com
2026年2月13日金曜日
建国記念の日
National Foundation Day
一昨日の2月11日は「建国記念の日」だった。「建国記念日」ではなく、間に「の」の入った奇妙な記念日だ。公式的には「建国を祝い、国を愛する心を養う」という趣旨だが、そんなお題目をまに受けてお祝いをする人は一人もいないだろう。こんな無意味な記念日は廃止すればいいと思う。
どの国にも建国記念日はある。アメリカはイギリスの植民地から独立した日、フランスはフランス革命で王政から共和政に変わった日、中国は国共内戦で毛沢東が勝利し共産主義政権を成立した日などを建国記念日にしている。だから記念日の日付ははっきりしている。
日本の場合は、戦前の「紀元節」を引き継いで 2 ・11 にした。その日付は神武天皇が紀元前 660 年の 2 月11日に即位したという「古事記」の記述を根拠にしていた。しかしそれはまだ文字もない弥生時代だから、 2 ・11 という日付は神話の話で、科学的な根拠がない。
どの国も、自国の正統性を示すために建国記念日を制定する。戦前の紀元節は、永く続いた皇統をもとに国の正統性をうたっていたが、軍国主義に利用された。戦後になって 2 ・11 を復活する時、「建国記念日」とは言えず、「建国記念の日」になった。
個人的意見だが、 2 ・11 を廃止して、1868 年(明治元年)に明治維新で近代国家が始まった10 月23 日を建国記念日にすればいいと思っている。
2026年2月12日木曜日
デジタル情報ネットワーク
「A Brief History of Information Network」
今度の選挙の結果について、SNS の影響が大きかったことについて賛否両論が起きている。このことを考えるのに、ユバル・ノア・ハラリの「NEXAS 情報の人類史」が参考になる。歴史学者であり、AI の研究者でもある著者は、「情報ネットワーク」というものの意味について根本から問い直している。
古代メソポタミアの「粘土板」は、税の支払いを記録することで、史上初の都市国家を成立させた。中世では印刷術の発明で「聖書」が印刷され、預言者の言葉を世界に伝えることで、キリスト教の宗教を広めた。近代の「新聞」と「ラジオ」は指導者の言葉を迅速に国民に伝え、その結果が民主主義体制と、全体主義体制の両方を可能にした。そして現代の情報は「デジタルデータ」だ。
粘土版も聖書も新聞もラジオも、それぞれの時代の最新の情報テクノロジーを使うことで、情報の流れ方に革命を起こし、「情報ネットワーク」を作り上げた。「情報ネットワーク」によって、市民間につながりを生じさせ、統一的な理念や価値観の共有をさせることができる。そのことで強力な国家や宗教を生み出してきた。
そのため、情報ネットワークは「真実」を伝えるよりも、国家や宗教の「秩序」を国民に守らせることを優先してきた。現在のデジタル情報によるネットワークを利用して、ポピュリズムやナショナリズムを煽ることが、政治の権力闘争のための武器になってきた。
以上の簡単な文章では紹介しきれないので、関心のある人には本を読むことをおすすめ。
2026年2月11日水曜日
風景画の中の人物
Eye Lebel
ネットに面白い図がのっていた。遠近法の説明のためだが、「アイレベル」(Eye Lebel)を赤線にして強調している。しかし人物たちの頭のてっぺんが赤線の下をかすっている。これでは赤線が「アイレベル」ではなく、「ヘッドレベル」になってしまっている。
この理由は2つ考えられる。ひとつは描いている人が「アイレベル」の意味を勘違いしているため。もうひとつは描いている人はちょっと(10cmくらい)高い段差の上から描いているか、のどちらかだろう。
2026年2月10日火曜日
2026年2月9日月曜日
2026年2月8日日曜日
オリンピックの入場行進
この軍隊式行進を始めたのは 1036 年ベルリン・オリンピックからだ。ベルリン大会の記録映画「民族の祭典」で、各国の行進の様子を見ることができる。それは第二次世界大戦の直前という時代の国際情勢を反映していて、面白い。
ドイツの敵対国イギリスは、イギリス海軍の軍服を着ていて、普通の敬礼をしている。フランスはベレー帽のカジュアルなユニフォームだが、敵対国なのに「ハイル・ヒトラー」をしている。それで観衆は大喜びする。しかしこの手の挙げ方は、挙げ方の角度が違い「ハイル・ヒトラー」ではなく、IOC の敬礼の仕方だったという面白いエピソードがある。
2026年2月7日土曜日
投票マッチングアプリ
今度の選挙を機に「投票マッチングアプリ」が出てきたというので、自分も試してみた。10 数項目の政策ごとに賛成か反対かを問うてくる。それに答えると投票すべき政党を推薦してくる。
これは政治に無関心な人たちの投票率を上げるためだという。しかし考えてみると、これは恐ろしいアプリだ。質問項目の設定の仕方によって、あるいは推薦アルゴリズムの設計の仕方によって、特定の政党へ誘導することができてしまう。
こんなアプリに頼らなければ自分の投票行動を決められない人にまで無理やり投票に行かせて、投票率を上げることに何の意味があるのか。
2026年2月6日金曜日
映画「アバター:ファイアー・アンド・アッシュ」
「Avatar : Fire and Ash」
物語の基本は第1作以来、変わっていない。地球の資源を使い尽くした人類が、パンドラという惑星へ進出して、巨大な基地を作り、鉱物資源を略奪しようとしている。しかしその星にはナヴィ族という先住民がいて、彼らは豊かな自然と一体化して生きている。そして人間とナヴィ族との闘いになる・・・この闘いで、人類側には最新のハイテク兵器があるが、ナヴィ側の兵器は原始的な弓矢だけだ。しかしナヴィ側には巨大な怪鳥の戦闘機があり、巨大な鯨の潜水艦がある。自然の一部として生きているナヴィ族にとっては、鳥も鯨も同じ仲間なのだ。ハイテクと暴力によってナヴィを壊滅しようとする人類との対立が映画の基本になっている。
人類は火の発明から始まり、さまざまな技術を身に着けて来たが、その結果が自然を破壊し、戦争をもたらしてきた歴史がある。技術の発達によって、最後には人間は滅びるという終末論思想がこの映画の根底にある。
例えば映画で、人間の攻撃で窮地に立たされたナヴィ族が救済を求めて母なる女神エイワに祈る点や、最後に人間に勝ってエイワのいる聖なる大木に感謝を捧げる点など、破壊と再生という聖書の枠組みそのままの映画であるとしている。またナヴィ族が挨拶する時、「あなたが見える」( I See You )と言う場面が何度か出てくるが、これは「あなたの本来のあり方ゆえに私はあなたを見る」という聖書のイエスの言葉が元になっているという。
2026年2月5日木曜日
映画「アバター」第3作の CG 技術
「Avatar」
映画「アバター」の第3作「アバター:ファイア・アンド・アッシュ」を観た。第1作(2009 年)からもう19 年も経って、映像技術の進化が著しい。全編が CG で、映像のスケール感がすごい。第1作で、実写映像をリアルタイムで 3D CG に変換してしまう技術が画期的だった。この技術は当時、日本ではまだ企業や大学での研究段階だった。それを実際に使って映画を使ってしまったのが驚きだった。(写真はメイキング映像より)
俳優の演技の実写映像をもとに CG 化する。人間の動きをとらえる「モーション・キャプチャー」の技術で、俳優は手や脚に反射マーカーの線の入ったスーツを着て演技する。その動きをカメラで捉える。昔のモーションキャプチャーは関節部分に LED を着けていたが、こちらの方が滑らかに動きを捉えられそうだ。第2作からはさらに、俳優の顔の表情まで捉える「フェイシャル・キャプチャー」が加わっている。顔に黒い点のマーカーを着けている。微妙な表情を捉えられる。これらの CG 化した俳優の動きを背景のCG と融合する。だから撮影はロケもセットもいらない。広い倉庫のような場所で俳優が演技している。そのメイキング映像はこちらで→ https://www.youtube.com/watch?v=IfLNFNLoy5o
2026年2月4日水曜日
ピューリツア賞受賞の有名写真
Pulitzer Prize
前々回、ピューリツァ賞受賞の写真「硫黄島の星条旗」が実はやらせだったということを書いたが、歴代ピューリツア受賞作品のなかで有名なものを挙げてみる。
ピューリツア賞の受賞作のなかで、もっとも有名な写真の一つは、「ナパーム弾の少女」だろう。ベトナム戦争で、アメリカ軍がナパーム弾で村々を焼き尽くしていたが、恐怖に怯えて逃げ惑う子供たちを撮っている。アメリカの通信社の専属カメラマンだったニック・ウトというベトナム人カメラマンが撮った。とくに中央にいる裸の少女が衝撃的で、アメリカ国内でのベトナム戦争反対の世論を加速させる役割を果たした。
日本人カメラマンも3人がピューリツァ賞の受賞をしている。その一人の沢田教一という人のベトナム戦争の写真で、「安全への逃避」という写真が世界的に有名になった。アメリカ軍の爆撃を逃れて、若い母親が4人の子供を連れて、川を渡っている。「写真」というメディアの訴求力の強さがわかる。
もうひとつの例は、アメリカのボストンで撮られた一枚。学生のデモ隊が、関係のない通りがかりの黒人に暴行を加えている。手にしているのが星条旗であることが、人種差別のなくならないアメリカ社会の現実を見事に捉えている。
2026年2月3日火曜日
報道写真「焼き場に立つ少年」
米軍の従軍カメラマンが終戦直後の日本へ来て、原爆被爆の広島で撮ったこの写真「焼き場に立つ少年」は、近年有名になったので、多くの人が見て知っていると思う。10 歳くらいの少年が、すでに死んでいる弟を背負っている。被爆して死んだ大量の死体を次々と焼き場で焼いているが、少年はその順番を待っている。
撮影したカメラマンは、衝撃的なこの写真を封印してきたが、70 年くらいの時を経て発表した。すると核兵器の悲惨さを伝える写真として世界中に知られるようになり、日本人もこの写真を初めて知ることになった。
なおこのカメラマンは、写真の少年はまだ生きているかもしれないと思い、来日して調べたことも話題になった。
戦争ドキュメンタリー映画「WW II 最前線. ヒロシマ」(NETFLIX) に出てくるが、終戦と同時にアメリカは広島と長崎に医師団を派遣した。医療が目的ではなく、原爆が人間に与える「効果」を測定するためだ。その結果、原爆のあまりにも悲惨な結果を知って、アメリカは原爆に関する情報を徹底的に隠蔽した。日本側の記録映像なども押収され廃棄された。また進駐軍は被爆者の口封じもした。そして原爆の非人道性など無かったことにした。おそらく「焼き場に立つ少年」の写真も、アメリカ政府によって長いこと発表を禁じられていたのだろう。2026年2月2日月曜日
硫黄島の星条旗
Raising the Flag on Iwojima
最近トランプ大統領が、グリーンランドをアメリカ領にすると言い出した時のフェイク画像がニュースになった。トランプが星条旗を掲げてグリーンランドに上陸するシーンで、そばには「グリーンランド、アメリカ領、2026 」という看板が見える。この画像は、太平洋戦争中に、硫黄島を日本から奪還した時の有名な写真をパロディー化したものだ。
従軍カメラマンのローゼンタールという人が撮った「硫黄島の星条旗」という写真だ。激戦の末に日本軍を制し、硫黄島の摺鉢山のてっぺんに6人の兵士が星条旗を掲げるドラマチックな場面だ。戦争記録写真の最高傑作とされ、ピューリッツァー賞を受賞した。この兵士たちは帰国して、英雄扱いされる。そしてルーズベルト大統領は、彼らを戦時国債の販売キャンペーンに利用したりする。
ところがこの写真は「やらせ」であることが後に発覚する。すでに他の兵士が一番乗りしたのを他のカメラマンが撮っていた。ローゼンタールはもっとドラマチックに撮るために、兵士にポーズを取らせて、やり直しを撮ったのだ。戦後になって兵士は、やらせを演じただけなのに英雄にされたことで精神的に苦しむことになる。
この顛末を描いた映画「父親たちの星条旗」(2006 年、クリント・イーストウッド監督)が日本でも公開され、大ヒットしたので、見た人も多いと思う。CG などない時代に、「やらせ」で作ったフェイク画像をネタにして、トランプ大統領は、最新の生成AI 技術を使ってフェイク画像を作った。
2026年2月1日日曜日
フェイク情報
選挙が始まって、ネット上のフェイク情報がますます増えてきた。発信元が外国勢力かららしきものも多い。最近「認知戦」という言葉がよく使われるようになったが、SNS を利用して世論操作をする。
最近アメリカ政府は、中国製アプリの TikTok の使用を禁止したが、中国の「認知戦」による影響を防ぐためだ。逆に中国では、グーグルやフェイスブックは使えない。かつて東西冷戦の頃は「鉄のカーテン」だったが、今は「シリコンのカーテン」になっている。
歴史学者のユバル・ノア・ハラリは、このようなデジタルデータを使って世界へ自国の影響力を広げようとするのを「データ植民地主義」と呼んでいる。そして SNS を利用して覇権をねらう国を「デジタル帝国」と呼んでいる。実際、昨今の世界情勢を見ているとそのとうりのことが起こっている。
2026年1月31日土曜日
映画「ジョーンはひどい人」
「Joan is Awful」
「ジョーンはひどい人」という映画は、前回書いた「ブラック・ミラー」シリーズの第6話で、これも IT 技術の発達で犠牲になる人間をパロディー化したブラック・ユーモアだ。主人公のジョーンは IT 企業で働く中間管理職の優秀なキャリアウーマンだ。ある日、役員の命令で部下をリストラする。その夜、プライベートで元彼と会って食事をする。ところが家に帰って何気なくNETFLIX を見ると、「ジョーンはひどい人」という映画をやっている。その映画の主人公はジョーン本人にそっくりで、自分がやった今日一日の行動を悪い印象を与えるように作っている。 CG 映像で作ったフェイク動画だが、自分の一日をリアルタイムでその日のうちに作って、しかもネット配信されているのを見てびっくりする。そして翌日会社へ行くと、全員がこの映画を見ていて、「ジョーンはひどい人」と白い目で見られる・・・
最新の生成AI と高速の量子コンピュータを使って作った動画だが、誰が作ったのかわからない。ジョーンは怒り狂るって頭がおかしくなってしまう。やがて CG のジョーンがリアルのジョーンに会いに来たりして・・・バーチャルとリアルが入り混じったりしてパロディとして面白い。現在でもすでにフェイク動画がネット上に溢れていて、SF 的未来の話とは思えない。
2026年1月30日金曜日
映画「ブラック・ミラー」
「Black Mirror」
「ブラック・ミラー」という映画が面白い。NETFLIXで配信している7回連続のドラマシリーズ。ネット時代の今の社会を風刺しているパロディー映画だ。第1話はこんな感じ。
脳の病気を患った女性が、脳をすべて切除して、新しい脳に入れ替える移植手術を受ける。その新しい脳はネットと繋がっていて、本人はそこから入ってくる情報に基づいて行動するようになる。自分で考えることはない。彼女は小学校の教師をしているが、ネットで得た情報を教室でそのまましゃべるから、おかしなことにり、クビになってしまう。つまり彼女は頭にスマホを埋め込まれた「スマホ人間」になっていたのだ。
それで、人工脳を運営する会社に相談すると、あなたの契約しているプランは基本プランだからで、もっと多機能のプランに変更するとよくなりますよ、と言われる。月額料金が5万円に増えるのだが、泣く泣く契約する。すると、企業のコマーシャルが入ってくるようになり、本人はその受け取ったコマーシャルをそのままオウム返しにしゃべるようになってしまう・・・
この第1話のタイトル「普通の人々」だが、まさにスマホから入ってくるネットの情報をそのまま間に受けて、ネットに支配されている現代の普通の人々を痛烈に皮肉っている。
2026年1月29日木曜日
映画「サタンタンゴ」の映像(続き)
「Satan Tango」
前回投稿(↓)の続き(https://www.blogger.com/blog/post/edit/5842824525266145803/6738002736211797760)
貧しい村にやって来た若者は救世主の顔をして村人に演説する。村を捨てて、新しい土地へ移住して楽園のような村を作ると言う。そのための資金だとして金を寄付をさせる。それを信じて村人たちは偽救世主について行くが、着いた先は荒れ果てた廃墟の家だった。人々は騙されたのではと疑念を持ち始める。そのシーンで村人の顔をクローズアップで撮る。顔の周囲をカメラが2分もかけて 360° ゆっくりと回る。この長回しによって、怒りや悲しみではない、夢などなかったのだという諦めの気持ちが伝わってくる。秀逸なカメラワークだ。
村人が町に到着すると、何頭もの馬が無人の広場に登場して、モニュメントの周りをぐるぐる回る。唐突で非現実的なシーンだ。後ろに見えるのは市庁舎らしき建物で、人間の代わりに馬しかいないことで、政治権力の空虚さを暗示しているようだ。そのことは、この後のシーンで、役人の官僚主義的な仕事ぶりを皮肉るシーンが出てくることから分かる。
ラストで、村人が全員村を出ていき、誰もいなくなる。一人だけ残った飲んだくれの老医師は毎日窓から村人たちを観察していたのだが、その意味がなくなり、窓に板を打ちつけていく。最後の一枚を打ち付けると、画面は暗闇になり映画は終わる。世界から自らを閉ざしてしまった老医師が最後にどうなるかは示されていない。暗闇の中で彼の独り言だけが聞こえてくるが、それは神の不在を意味する言葉だ。希望も救いもないエンディングだ。
2026年1月28日水曜日
映画「サタンタンゴ」の長回し映像
「Satan Tango」
名作「サタンタンゴ」は最後まで救いのない絶望の映画で、タル・ベーラ監督の映画に一貫している終末論思想の映画だ。ストーリーはこんな感じだ。
専制独裁政治体制(共産政権時代のハンガリーを下敷きにしている)のもと、集団農場政策が失敗して、村が荒廃している。農民たちは貧しく、路頭に迷う絶望的な生活をしている。人々は救世主が現れることを願っているが、そこにかつて反体制派のリーダーだった若い男が帰ってくる。その若者が悲惨な現状を打開してくれるだろうと人々は期待を抱く。しかし・・・
他のタル・ベーラ作品と同じく、この映画も白黒で撮られていて、暗い陰鬱な映像に終始する。そしてこの映画は7時間超の長尺だ。それでいて全編およそ150 カットしかない。だから1カット平均3分くらいという驚異的な長回しのシーンが続く。
一例をあげると、絶望した少女が、飼い猫に農薬を飲ませて殺してしまう。自分も死のうと、死んだ猫を抱えて廃墟になった教会へ向かう。このシーンで、少女が歩いているのをカメラは少女と一定の距離を保ったまま2分半も撮り続ける。その間、画面のフレーミングも一定のままで、放心したような少女の表情もまったく変わらない。絶望的な死というタルベーラ監督の終末論思想をこのカメラワークで表現している。
もうひとつの例は、救世主と思われていた若者が、荒廃した村に帰ってくるシーンで、無数の紙片が風に舞っている。若者とその相棒の後ろ姿を約2分間も長回しで追い続ける。この紙片は役所の書類を暗示していて、若者が、権力に取り込まれた官僚主義者になっていて、決して救世主ではないことが後になって分かるのだが、そのことをこのシーンで暗示している。
居酒屋で村人たちが酒を飲んでいるシーンは延々と10 分以上続く。狂ったようにダンスをしまくる2組の男女、グラス片手にパンを頭に乗せて歩き回る男、酔い潰れてベンチで寝ている男、など全員が、酔っ払って呆けている。その人間たちを、動物園の動物を観察するかのように、第三者的な冷ややかな目で、カメラを固定したまま撮っている。抜け殻のようになっている人間たちの虚無感の表現で、この長回しは効果的だ。ここもセリフはなくアコーディオンの音楽だけが鳴り続ける。
これらのシーンは、セリフもないし、ナレーションもない。背景音がかすかに鳴っているだけだ。タル・ベーラ監督自身も、「映画で肝心なのは物語よりも、空間や時間の組み立てそれ自体にある」と語っているとおり、映像で物語る映画だ。逆に観客は映像を読み取る力が求められる。
2026年1月27日火曜日
高齢者の長生き願望
高齢化社会で、長生き願望の強い年寄りが多い。だから健康長生きの秘訣を求める人たちの需要に応じて、老人医療が専門の医者の本が売れる。例えばある本では、「人生のピークを老後に持ってこよう」と言っている。現役時代にやりきれなかったことを、引退した後にも諦めずに頑張ろうと言う。それが「幸せな最期を迎えるコツ」だというのだ。
自分を振り返ってみると、失敗だらけのろくでもない人生だった。だからこれ以上長く生き続けたいとは思わない。しかしこの本に共感する人たちは、きっと素晴らしい人生を送ってきたから、それをもっと続けたいと思っているのだろう。うらやましいことだ。
しかし自分の場合、現役時代にじゅうぶんにやれなかったのは、自分の能力が足りなかったからで、今更「老後にピークを」などと言われても意味がない。それができるくらいなら若いうちからもっと努力しておけよという話だ。
だからいまさら頑張ろうなどという気はない。今までやってきた趣味を気楽に続けるだけだ。趣味は、本と映画と絵の3つなので、引退後は、図書館、映画館、美術館へ通ってきた。それを勝手に「3館生活」と呼んできた。しかし最近はそこへ行くだけの体力が衰えてきた。その代わりに、ネット通販の Amazon で、本もDVD も画集も入手する。だから「3館生活」はもう必要なくなった。くだんの医者先生は体力があるうちにいろいろやっておけというが、そんな心配はない。
2026年1月26日月曜日
ブログについて
「フェイスブック」の情報は、日々流れていくだけなので「フロー型情報」と呼ばれる。一方「ブログ」の情報は、投稿した情報が蓄積されていくから「ストック型情報」と呼ばれる。
「フェイスブック」の投稿は FB友全員に配信されるが、「ブログ」は誰か特定の人に向けて発信されるものではない。ネット上に置いておくだけで、それを不特定多数の読みたい人だけが読みにくる。多くは、Google の検索で見つけて読みにくる。だから3年前や5年前の投稿でも読みにくる人がいる。
だからブログの内容は、何らかのまとまりのある「考え」を書く必要がある。フェイスブックのような日々の近況報告的な内容とは違う。添付画像も文章の文脈に沿ったものだけでなければならない。撮った写真を文脈に関係なく、やみくもにたくさん添付すると、ときどき画像添付ができなくなる。これは、サーバー側のストレージ容量を超えてしまうのが原因だ。
2026年1月25日日曜日
女子の痩せ願望とメディア
最近の TV 報道によれば、若い女の子たちが、ダイエットのために、糖尿病治療薬を飲んでいるという。この薬で食欲を減らす効果があるそうだ。「痩せているのが美しい」というジェンダーバイアスのさいたるものだ。メディアで目にするタレントなどのイメージが自分の中でどんどん蓄積していき、それらと比べて自分は太りすぎていると不満を覚えるようになる。
これについて『文化戦争 やわらかいプロパガンダがあなたを支配する』という本に面白い話しが出てくる。1929 年にニューヨークで行われた復活祭のパレードで、スタイルの美しい女性たちが堂々と「ラッキーストライク」のタバコを吸った。それは当時の社会的タブーに対する挑戦だった。このことが新聞に大々的に報じられたことで、ジェンダーと喫煙についての社会通念が覆され、女性の自由を求めるという世論が盛り上がったという。
ところが実はこれは、広告会社が仕組んだ PR 戦略のパーフォーマンスだった。この時代の女性のいちばんの関心事が痩せることだったが、タバコには食欲を抑える効果があるという証言を医師にさせた。そのことを上記のパレードで実際に目に見えるかたちにした。そのおかげで「ラッキーストライク」は大儲けした。
「痩せているのが美しい」という情報を人々に刷り込ませるのに、 TV などのメディアが強い影響力を持っていることを示している。そして現在ではネットメディアによって人々は動かされている。ダイエットのために糖尿病予防の薬を飲んでいる女性は SNS でその情報を得たと言っていた。そして今、若い女性だけでなく、高齢者もネットで、健康長寿に効く食事や生活習慣の情報を必死になって探したりしている。
2026年1月24日土曜日
ロゴのデザイン 二つが合併したとき
Logo-Mark design
前々回、二つの政党が合併してできた新党のロゴマークについて書いた。それで、同じく二つの銀行が合併してできた銀行のロゴを思い出した。両者のデザインは、考え方が似ている。二つが合体したことを意味する二つの円が交差している。その結果、両側に三日月形ができている。違いは、銀行の方が、三日月形の真ん中にもう一つの円を置いているのに対して、政党の方は、三日月形に挟まれた中央が空白のままだ。
企業にしろ政党にしろ、二つが合併するとき、ただの「1+1」ではなく、それ以上の新しい価値を生み出そうとする。でなければ合併する意味がない。この銀行のロゴの方は、中央の円でそれを表している。(実際にそうかどうかは知らないが)しかし政党のロゴの方はそれがなく、ただ二つがくっついたというだけの形だ。報道を見ている限りでは、この新党が、合併することによって何を目指すのかがはっきり伝わってこない。そのことがロゴのデザインに現れているのかもしれない。
2026年1月23日金曜日
子供の頃の食べ物の味
子供の頃、農家で育ったが、当時の食べ物の味をときどき思い出す。
米がうまかった。当時食べていた米と比べると、現在スーパーで買う米は、これが米かと思うほど不味い。農家は出来がいい米を自家用にして、それ以外を出荷していた。
トマトやキュウリは朝獲れで味が濃く、切った時にプンといい香りがする。冷蔵庫のない時代、井戸の中で冷やしたのをガブッとかじる。今のトマトやキュウリは味も香りもまったくない、形がトマトやキュウリに似ているだけの ”もどき” 野菜だ。
庭には、ビワや、いちじくや、柿などの木があったが、食べ物が豊富な農家では、それらは食べ物とはみなされていなかった。たまに子供が遊び半分で取って食べるだけで、ほとんどは鳥が食べた。そんな果物が、今はスーパーで立派な値段がついた高級果物になっているのが不思議に感じる。
漬け物も今昔の差が大きい。たくあんなど、もちろん自家製で、ぬか漬けしただけのシンプルな味で、素材の旨さが生きている。今は店でそんな漬け物を探すが見つからない。妙に味付けしたり、着色したものばかりだ。そんなのを買ってしまって、食べずに捨てることがしょっちゅうだ。日本漬物協会という業界団体があるそうだが、その人たちは、本当の漬け物の味を知らないのだろう。
2026年1月22日木曜日
「視覚の法則」
Gestalt Psychology
3つの円の一部が欠けていて、3つの直線が途切れている。いずれも不完全な形だ。しかしこれを見た時人間は、中央に目に見えない三角形があって、それに丸と線の図形が隠れていると感じる。

