2014年12月19日金曜日

ザハ • ハディドの新国立競技場について


ザハ • ハディド氏の設計した新国立競技場のデザインで大論争が続いています。反対派の理由は、巨大すぎて目の前に立ちはだかる壁のようで、景観や環境を壊すという点です。反対論に押されて、修正案が作られましたが、これは原案に形だけ似せて、おおもとのコンセプトを無視した「似て非なる」デザインです。


原案は建物と地面の間をゆるやかなスロープでつなぐことで、自然に人を誘いこむ
ようにし、立ちはだかる壁にならないようにしています。修正案は、別の所で作っ
 た物をもってきて、ポンと置いたような形で、周辺環境とのつながりがありません。

オリジナル案が大きさやコストの点で問題があるのならば、勝手に修正するのではなく、ハディド氏本人に修正を依頼すべきだと思います。そうすればコンセプトをキープしつつ問題を解決する策を作ってくれるはずです。デザインのネタだけもらって、あとは都合良く利用すればいいという、一昔前の、デザインを軽く考える風潮がまだ残っていたのかという思いがします。

ザハ • ハディド氏の設計による建物が今、中国の北京で建設中だそうですが、これとそっくりなデザインが同じ中国の重慶で建設されていて、こちらのほうが本家より先に完成してしまうというマンガみたいな話があるそうです。国立競技場の場合はこんな単純なパクリではないですが、デザインのオリジナリティ尊重への意識の低さ、という意味では共通性が大だと思います。

槙文彦氏をはじめとする反対派建築家の方々の主張にしっくり来ていなかったので、いろいろな専門家の考え方を調べたなかで、とても納得性のある意見がありました。下記サイトでご覧下さい。


2014年12月12日金曜日

ホイッスラーの「画家の母」が登場した映画


先週、当ブログに、今開かれている「ホイッスラー展」(横浜美術館、〜’15 . 3. 1)について書きましたが、その中で、彼の最高傑作である「画家の母」についてふれました。そのとき、この絵が「ビーン」という、10数年前のドタバタコメディ映画に登場していたことを思い出し、もう一度見てみました。けっこうヒットしたので記憶にある方もいるかもしれませんが、改めて見てみると、コメディ映画としてはあまりレベルが高くはないですが、ホイッスラーがアメリカでどう受けとめられているかを知ることができます。

画家の伝記映画は別として、エンタメ映画に登場する場合の絵は、誰でも知っている名画で、しかもとんでもない高価な作品でなければなりません。この映画でもホイッスラーの絵を汚したり壊したりハチャメチャにしてしまうストーリーがコメディとして成り立つのはこの絵がそういう名画だからです。

        (左)学芸員が「画家の母」をパリの美術館から 50 億円で購入
        (中)ドジな主人公が薬品をかけてしまい、絵がとんでもないことに
        (右)同サイズのポスターを貼ってごまかし、なんとか除幕式をきり抜ける
            (1997年、アメリカ•イギリス協同制作、メル•スミス監督)

フランスの美術館からアメリカの美術館がこの絵を買い取ることから始まる話だが、除幕式で講演をするゲストとしてロンドンから呼ばれた美術研究者は実はまったくの素人でしかも大ドジ。彼がこの絵に鼻水をかけてしまい、それを拭こうとしたハンカチにインクが着いていて絵が真っ青になってしまい、あわてて拭き取ろうとシンナーでゴシゴシすると絵の具が溶けて「画家の母」の顔が消えてしまう• • • といったドタバタが続くが、それは省略します。最後に、購入費用を寄付した美術館後援者である将軍の除幕式でのスピーチが面白いです。「自分は絵の愛好者ではないが、愛国者だ。ピカソの絵なんか落書きだ!そんなフランス人から我が国の絵を取り戻したのだ!」

ところで、アメリカではクリスマスプレゼントなどで画集を贈るのが一般的らしいのですが、画集の人気作家ベスト3は、アンドリュー • ワイエス、エドワード • ホッパー、ノーマン • ロックウェル、だそうです。すべてアメリカン • リアリズム系のアメリカ人作家ばかりでヨーロッパの画家は入っていません。逆にワイエスなどはヨーロッパではほとんど無視されている画家だそうです。アメリカ絵画は、世界のなかでは我が道をゆくような存在のようですが、そんな関係がこのスピーチにも反映しているのでしょう。

ホイッスラーはアメリカ人ですが、生涯のほとんどをイギリスで活動していて、イギリス美術家協会の会長にまでなったりしました。美術史のなかで国際的に認められているアメリカ人画家は少ないのですが、彼はその一人ななわけです。だから映画では、この絵がアメリカの誇りとして扱われていて、例の将軍が言います。「これは『画家の母』だが『アメリカの母』でもある。お帰りなさい!」と。

2014年12月7日日曜日

「ホイッスラー展」を見ました


「ホイッスラー展」を見ました。
(横浜美術館、2014 . 12/6 〜 2015 . 3/1)
  展覧会公式サイト: http://www.jm-whistler.jp/


彼の時代は、19世紀なので、まだ絵画が物語やメッセージを伝えるためのメディアだった頃です。それに対して、ホイッスラーは、絵から「ストーリー性」をなくし、「形」と「色」で画面を「構成」することで、純粋に視覚に訴える絵画に挑戦しました。そのため、空間に奥行きのない平面的な「グラフィック的」な絵になっていくのです。彼のめざしたこのような方向性は、日本の浮世絵と合い通じていたため、そこからおおきな影響を受けるわけです。

残念ながら今回の展覧会には来ていませんでしたが、一番の代表作「灰色と黒のアレンジメントNo.1:画家の母」は、彼の特徴がもっともよく表れている作品だと思います。絵をもとに、イラストレーターでこの構図を描いてみました。人物を除いた背景が、このようにいろいろな大きさの長方形の組み合わせで「構成」されていることが分かります。色についても、題名から分かるように、写実の色ではなく、あくまでも「色彩構成」をするための色です。これらは20世紀の抽象絵画の元祖モンドリアンと同じことをすでに始めていたということになります。


2014年11月28日金曜日

ギャラリー閑人の「炎上展」

ギャラリー閑人の企画展、第2弾は「炎上展」です。火災 • 噴火 • 戦争などで燃えている絵を集めてみました。怖いもの見たさのやじうまのように、思わず見入ってしまいます。



死んだ都市の悪夢を描き続けたモンス • デジデリオ。建物が炎上して、人々が逃げまどっています。戦争で都市が崩壊していく、恐ろしい光景です。
モンス • デジデリオ「トロイアの炎上」17世紀

「廃墟の画家」のユベール • ロベール。火災の鎮火直後で、まだ火がくすぶっています。建物の屋根が完全に抜けて、新たな廃墟が生まれた瞬間を報道写真のよう描いています。
ユベール • ロベール「パレロワイヤルのオペラ座の炎上」1781年

ライト • オブ •ダービーには火山の噴火シリーズや花火シリーズなどの作品があるが、これはローマのサンタンジェロ城の花火を強いコントラストで壮大に描いたもの。
ジョセフ • ライト • オブ •ダービー「サンタンジェロ城の花火」1771年


靄や夕日など自然の空気感を描いたターナーなので、この火災の絵も、どちらかというと炎を美しい風景として描いているように見えます。
ターナー「国会議事堂の炎上」1835年

神の怒りで天変地異が起こる「この世の終わり」の怖い絵ばかりを描いたジョン • マーチン。噴火で、巨大岩石と溶岩が街を襲い、画面右に建物が崩れていく姿が見えます。

ジョン • マーチン「神々の大いなる怒りの日」1852年


現代作家のベクシンスキーは死と終焉をテーマに不気味な絵を専門に描きました。塔の頂上から炎が吹き上がっていて、手前には燃えかけた紙が舞っています。

ベクシンスキー 20世紀




2014年11月20日木曜日

「ザハ • ハディド」展を観る


「ザハ • ハディド」展(東京オペラシティー  アートギャラリー、10/18〜12/23)


「ザハ • ハディド」展を観ました。とても面白くて、刺激的です。展示されているおびただしい数のドローイングや模型から、この建築家の思考プロセスがよく伝わってきます。ドローイングは普通の建築ドローイングではなく、ほとんど抽象絵画と言えるものです。形態スタディーモデルの模型も、抽象造形作品に見えます。綿密なリサーチと技術的裏付けに基づいて工学的に設計されることが多い一般的な建築デザインのアプローチからすると、このような方法は異端なのかもしれません。しかし、建築、彫刻、絵画が渾然一体となって躍動的に発想していくプロセスは驚きです。

小説家の平野啓一郎氏がこの展への批評のなかで、こう言っています。「芸術の基準は『美』と『崇高』の価値観だったが、20世紀後半以降は、『カッコいい』という異質の
価値観を導入する必要があると思う。本展を見て、人が思わず口にするのは、その『カッコいい』というため息であり、新国立競技場の修正案に幻滅するのは、醜いからではなく、『カッコ悪い』からである。」 (日経新聞、11/13)

新国立競技場のデザインに対して建築界から猛烈な反対論がわき上がり、その結果、日本人建築家による修正案に決まりそうです。平野氏の言う「カッコいい」とは「感じる」価値であって、合理性だけでは計れないものなのだと思います。そのために彼女のデザインはこれまでたくさん「ボツ」にされてきたのでしょう。オリジナルとは似て非なるものに修正されてしまった新国立競技場もそのケースのひとつだと思います。

本展で見せているものではないですが、コンペの表彰式でのザハ • ハディド本人によるプレゼン映像があります。オリジナルデザインのコンセプトがよく分かるのでご覧下さい。


2014年11月14日金曜日

ギャラリー閑人の「難破船展」

たくさんの画家たちが難破船を描いてきました。難破船は、人間の悲劇や死のイメージにつながりやすいため、自身の世界観を投影するためのかっこうのモチーフだったようです。個人的な好みを基準に選んだ5作品を展示します。


 18世紀のフランスで、人気画家だったジョセフ • ヴェルネの作。嵐 • 荒れ狂う海 • 難破船というドラマチックな題材は、壮大な自然を表現するものとして好まれたそうです。
ヴェルネ「嵐の海の難破船」1772年


19世紀ドイツのフリードリッヒの絵で、氷に押しつぶされた難破船が右のほうに小さく描かれている。巨大な氷という、人間が対抗できない自然の力の過酷さを描いています。
フリードリッヒ「氷海」1823年


ご存知ターナー。怒濤渦巻く吹雪の海に船が飲み込まれようとしています。激しくうねる空と海の不気味な表現が、自然の力に対する不安と恐怖のイメージを呼び起こします。
ターナー「吹雪」1842年

現代作家のベクシンスキーの作。不気味な姿で、なぜか宙に浮いている船は墓石か棺桶のようです。彼は、死と絶望の世界をミステリアスに描いた作家です。

ベクシンスキー

残骸だけが残った難破船は現代作家クレリチの作。核戦争で滅びて人が消えた都市のような、世界の終わりの光景です。日本人は、あの大津波を連想するかもしれません。
クレリチ「太陽の舟」1976年

2014年11月2日日曜日

ワッツ • タワー

「カラーズ、消えた天使の街」という「警察もの」の B 級映画を観ていたら、ワッツ • タワーが登場していたので、この塔を見に行ったときのことを思い出した。「ワッツ • タワー」はロサンジェルスの「ワッツ」というロスでも治安が最悪の地区にある建築物だが、映画は、その地域に巣くうギャングやチンピラたちと警察との闘いの物語だ。

かつて、ワッツ • タワーを見に行くと言ったら、忠告された。車から絶対に外へ出ないこと、運転中も車の窓は閉めてドアは内側からロックをしておくようように、でないと信号待ちのときなにが起るか分からないからと。で、着いても車を止めることもなく、横目で見ながら通り過ぎるだけだった。映画でもこのあたりのそんな危ない雰囲気がたっぷり描かれている。


「ワッツ • タワー」はこの地区に住んでいたサイモン • ロディアという無名の建設労働者が自宅の庭に一人でこつこつと 30 年以上かけて作った塔で、重機や足場など使わず、もちろん設計図面もなく、すべて手作りで完成させた。これを見ると誰でもガウディの「サグラダ • ファミリア」を連想すると思う。形も似ているが、ミクロのディテールをひとつひとつ積み上げていって最終的に巨大なものを作りあげるという、ちょっと気ちがいじみた執念を感じさせる点でも共通性がある。出来立てのころは、価値の分からなかった市当局が撤去しようとしたこともあったそうだが、建築家などの反対で、取り壊しは止めになり、現在は国定歴史建造物に指定されている。映画ではカーチェイスの車が激突して粉々に砕けてしまうが、もちろんこれは CG 映像で、本物は健在だ。

制作中の様子を記録した約 60 年前の貴重な映像