東京周辺には、富士山が見える小高い坂の地名で「富士見坂」があちこちにある、江戸時代以来の名前だが、今ではビルに隠れて見えなくなっている場合が多い。坂の多い横浜にも多く、自宅近くには「岡村富士見坂」というのがある。ここは今でもはっきりと富士山が見える。
ビルのなかった江戸時代にはどの程度の範囲まで富士山が見えたのかを広重の「東海道五十三次」で見てみた。五十三次の宿場地図の中の、富士山が描かれている場所を調べてみた。
神奈川県では「川崎」「戸塚」「平塚」で富士を描いている。「川崎」の渡しは多摩川だろうか。あとの2枚の富士はチラッと見えるだけ。
静岡県では、富士山の足元だから、「箱根」「原」「吉原」「由比」「江尻」と立て続けに富士を描いている。特に「原」は沼津近くの町だが、画面をつき抜けるほど大きく描いている。
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