「Reductionism in art and brain science」
「なぜ脳はアートがわかるのか 現代美術史から学ぶ脳科学入門」は、抽象絵画を人はどうして理解できるのかを脳科学の観点から説いている面白い本だ。著者は、エリック・カンデルというアメリカの脳科学者。
ターナーの例が出てくる。左は若い頃の海洋画で、帆船が嵐に翻弄されている。暗い雲や波立つ荒波などが写実的に描かれていて迫力がある。右は同じモチーフの晩年の作で、雲は黒い渦状の帯に単純化されていて、船はマストの線一本だけになっている。抽象画とは言えないが、そちらへ一歩踏み出している。そして嵐の恐ろしさはこちらの方がより伝わってくる。絵画が見る人の情動を動かすのは、写実よりも、現実の形を単純な形に「還元」した絵画の方で、抽象絵画を人間が「わかる」のはそのためだとこの本は説明している。
そのことを脳科学の実験で証明している。チンパンジーの写真や絵をチンパンジーに見せて、脳波の反応の仕方を調べている。a は写真で、b c d はそれぞれ顔を単純化した図形に変えてある。c d は目や口だけで、脳波の反応は低いのは、これらは顔だとは認識されにくいから当然だろう。面白いのは a の写真よりも、b の図形の顔のほうが反応が強いことで、写実的な顔よりも、単純な図形に「還元」したほうが、顔だということを強く認識していることがわかる。
本では、戦後アメリカで隆盛を極めた「ニューヨーク派」の抽象絵画を詳しく取り上げている。アクション・ペインティングのポロックや、抽象表現主義のデ・クーニングなどだ。デ・クーニングのこの「発掘」は、ジャズ音楽を思わせる都市の力動を描いている。リズム感あふれる線が、動いたり、急に曲がったり、止まったりする。しかしこれらの線は具象的な人体の姿を感じさせる。カンディンスキーの完全に抽象的な還元主義と違って、具象の還元主義と言える。
脳科学では、ものを理解する頭の働きについて、全体を部分に分解する「還元」と、部分を集めることで全体を理解する「統合」の二つがあり、抽象絵画では「還元」が行われ、具象絵画では「統合」が行われる。ところがこの本で、具象絵画で還元主義の試みを行ったチャック・クローズというユニークな画家を取り上げている。下の例のように、モデルの写真を撮り、それをグリッドに分解して、キャンバスの上で、各グリッドの中に小さい図形を描いていくという「還元」作業を行う。完成すると、各部分が「統合」されて一つの人物画が出来上がる。
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