2025年1月3日金曜日

ピンクの歴史

History of Pink

日経新聞の文化欄の「なるほど!ルーツ調査隊」(2024.11.18)という特集の「ピンク色の歴史」の記事が面白かった。同記事によれば、「男の子は青、女の子はピンク」というジェンダーバイアスが生まれたのは新しく、第二次世界大戦後だというのが意外だった。 

女性がピンクを着始めたのは 18 世紀のロココ時代からだという。フランスの貴族階級でピンクの衣装が大流行したそうで、その後世界へ広まった。確かにロココ美術の代表作フラゴナールのブランコをする女の子が鮮やかなピンクの衣装で描かれている。ただしこの頃は女性だけでなく男性もピンクを着たという。

19 世紀の「不思議の国のアリス」は原作の挿絵が白黒だったが、その後出たたくさんの絵本や映画は全てアリスの服は青になっている。まだ「女の子はピンク」というイメージはなかった。

20世紀になっても、アメリカのデパートの子供服の広告で「男の子はピンク、女の子は青」というキャッチコピーがあったそうで、今と真逆だったそうだ。

20 世紀初めのアール・デコ時代を舞台にした映画「華麗なるギャツビー」でも R・レッドフォードが演じるギャツビーがピンクのスーツを着ていた。ある研究者によれば「ピンクは当時、女らしさというより、育ちの悪さの象徴として受け止められていた」という。たしかにギャツビーは怪しげな商売で金儲けした成り上がりの金持ちだった。

未見だが、同記事によれば、第二次世界大戦後の1957 年の映画「パリの恋人」が画期的だったという。ピンクの衣装の出演者が「黒を追放せよ、ブルーを焼き払え、ベージュを埋葬せよ」と歌うミュージカルで、戦時中に女性が抑圧された時代から解放された当時にピンクはピッタリだったようだ。

そして「ピンクは女性の象徴」というイメージが出来上がる。高度経済成長の時代、アメリカでも日本でも、電化製品などで「女性むけ」製品が作られるようになり、それらは必ずピンク色にデザインされた。女の子向け人形の「バービー」はその極め付けだった。そして現在は「女の子はピンク」というのは「ジェンダーバイアス」としてネガティブに捉えられるようになった。(映画「バービー」については前回投稿)


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