2020年7月15日水曜日

ワイエスの「クリスティーナの世界」と習作スケッチ

Andrew Wyeth 「Christina's World」


ワイエスの作品の中で「クリスティーナの世界」はもっともポピュラーだが、この絵の習作スケッチが日本の丸沼美術館にある。今は絵の、収集・所蔵・貸出し、だけしかしていないが、かつて常設展示していた頃に行ったとき、これを見たが、貴重な資料だ。

クリスティーナはワイエスの隣家に住んでいた足の不自由な老齢の女性だが、絵ではワイエスの妻がポーズをとった。だからスケッチは実際より若く見える。

ワイエスは、イラストレーターである父親の N.C. Wyeth から絵を学んだが、まず見た通りに忠実に描ける練習を徹底的にさせられ、次に見ていないものを本当に存在しているかのように描ける練習をさせられた。だから、妻のスケッチをもとに、クリスティーナを描いたこの絵にもその影響があるのだろう。

2020年7月13日月曜日

ワイエスのイマジネーション

Andrew Wyeth 「Night Sleeper」


「Night Sleeper」という題名の不思議な感じがする絵だが、ワイエス自身がこう説明している。(「Andrew Wyeth  Autobiography」 より)

夜中に起きて階下へ行くと、愛犬が寝ていた。その顔の表情が変わっていたので、すぐにスケッチした。これを題材にして絵にしようと考えた。そして背景に粉挽き小屋を使おうと思い、月夜の晩に出かけてスケッチをした。犬のお気に入りとして、妙な枕を加えることにした。窓から差し込むまだらな光から、子供の頃よく乗った寝台車の窓を思い出し、そのイメージを使った。だから(寝ている犬に掛けて)「Night Sleeper」(寝台車の意味)という題名にした。

犬の寝顔がきっかけになって、イメージをどんどんふくらませていく様子がわかる。絵全体としては空想の世界を描いているが、ひとつひとつの材料はあくまで現実に忠実だとワイエスは強調している。

2020年7月11日土曜日

ワイエスの父親 N.C.ワイエスのイラストレーション

N.C.Wyeth

ワイエスは、イラストレーターであった父親の N.C.ワイエスから絵を教わったのだが、その N.C. の作品は息子と並ぶくらい今だにアメリカで人気があるという。アメリカで画家兼イラストレーターとして長いこと活躍していた津神久三氏によれば、 N.C. の手がけた児童向け図書の「宝島」などは特に有名で、表紙に「Illustrated by N.C.Wyeth」と大きく記されている。この本の初版が 1 9 1 1 年というから、1 1 0 年間売れ続けているのだが、今だに N.C.Wyeth のイラストを見たくて買われているそうだ。

アメリカでは、イラストレーターは美大で絵を勉強した画力の高い人しかなれないハードルの高い職業だが、その代わり本や雑誌を一冊手がけただけで数百万円稼げるという。N.C.Wyeth もその一人だった。

アンドリュー・ワイエスの画力の高さは、父親から絵の指導を受けたからだが、そのせいか初期の作品はイラストレーション的な雰囲気が漂っているように感じる。いちばん有名な「クリスティーナの世界」も初期(1 9 4 6 年)の作品だが、ロマンチックな通俗小説か何かのイラストのように見えないこともない。イラストレーションの絵画との違いである「物語性」がこの絵にはあるからだろう。

2020年7月9日木曜日

フェルメールの「信仰の寓意」で、なぜ地球儀を踏みつけているか?

Vermeer, Attribute and Globe

寓意画では、登場人物をシンボリックに表すアトリビュート(人物の属性を特定させるための持ち物)として小道具が描きこまれる。

フェルメールの「信仰の寓意」は信仰がテーマの寓意画で、十字架やキリストの磔の絵や、アダムとイブのリンゴと蛇、など信仰と関係の深い物が並べられている。しかし女性が右脚で踏みつけている地球儀はどういう意味なのか。(以下は「オランダ絵画のイコノロジー」による)

地球儀は、信仰の世界と対極の、財産、栄誉、悦楽などといった地上的な世俗世界の象徴だった。この「イエスの愛の輝き」という版画で、天秤の地球儀の乗った皿の方が、何も乗っていない皿より軽くなっている。天にある目に見えない信仰の世界の方が、地上の世俗世界より重いことを説いている。
「五人の愚かな乙女」という絵で、娘たちは、楽器の演奏、トランプ遊び、化粧、といった享楽的な世俗生活に身を委ねている。テーブルの上にある地球儀が、信仰のない生活のシンボルとして描かれている。

以上からフェルメールの地球儀の意味が分かる。地球儀という世俗世界を踏みつけて、信仰の世界に入ったことの寓意だ。
フェルメールには、背景の壁に世界地図が飾ってある絵がいくつかある。世界地図は地球儀を2次元の平面に展開したものだから、フェルメールは地球儀と同じ意味の世俗世界のシンボルとして使っている。この「兵士と笑う女」もそうで、ワインを飲みながら男と談笑している女性の享楽的な生活の寓意になっている。

なお、世界中で植民地を拡大していた当時のオランダでは、一般家庭で世界地図をよく飾っていたそうで、地図のある部屋が不自然なことではなかったことも背景にあるという。


2020年7月7日火曜日

チェンバレンの光の水彩画

Trevor Chamberlain

「Plein-air」 とは戸外制作のことだが「外光派」とも呼ばれるとおり、風景の光を描く。戸外制作はただ外で描くという意味ではない。外光派のチェンバレンも、季節、天候、時間帯、などで変化する光を描く。それは絵の題名からもわかる。例をいくつか。
(画像は「Trevor Chamberlain   England and Beyond」より)


「雲の切れ目」
「変わる天気」
「暑い夏」
「日の出」
「早朝」

「荒れ模様」
「暑い夏の夕べ」

2020年7月5日日曜日

チェンバレンの水彩画 透過する光

Trevor Chamberlain

光の画家チェンバレンは、風景の中に見つけたありとあらゆる種類の光を貪欲に描くが、その中で、布を透過する光を描いた絵に着目してみた。透過光を透過光らしく描くのはアマチュアには至難の技だ。

「キャンバス地のテント」という作品で、太陽光がキャンバス地のテントを透過している。チェンバレン自身も、このテントの光を見て、この場所を絵にしたくなったと言っている。
これも「キャンバス地のテント」という題名。中東の風景で、強い太陽が作る光と影のパターンが面白いが、中でも題名のとおり、道をまたぐ黄色いテントが主題になっている。テントを透過する光が見事に表現されている。
商店の照明がテントを透過して、ぼっと明るくなっている。お見事。(油彩)
インドを描いた風景画(部分)だが、女性のサリーを透過する光が、インドの明るい太陽を感じさせる。

2020年7月3日金曜日

ウェット・イン・ウェットで描いたチェンバレンの水彩画

Wet in wet    Trevor Chamberlain

「ウェット・イン・ウェット」はもっとも水彩画らしい技法だ。特に季節や天候によって変化する大気の空気感を表現するのに抜群の効果がある。やると結構難しいが、チェンバレンは自在に駆使している。画集から「ウェット・イン・ウェット」を多用した絵をあげてみた。(画像は「Trevor Chamberlain  England and Beyond」と「Trevor Chamberlain  A personal View」より)


雪と濃霧。ほぼ全面がウェット・イン・ウェットで、物の形がぼんやりと霞んでいる。空の色が極めてかすかに変化している。近景の道だけが乾いてからの加筆。
夕暮れどきの空と水。にじんだ色どうし溶け合って微妙な変化を作っている。
ボートと人物以外の、空と樹と遠景がウェット・イン・ウェット。それが自然に空気遠近法にもなっている。
たれ込めた暗い雲。ウェット・イン・ウェットでないと絶対に描けない。
雨でぼんやりした遠景。雨滴を透過してくる光の濃淡によって、湿った空気感を表現している。