2024年5月2日木曜日

「英国式庭園殺人事件」の庭園と絵画

 「Draughtsman's Contract」

グリーナウェイ監督は美術大学を出た画家でもあるから美術史に精通している。その博識ぶりが映画に反映されているが、「英国式庭園殺人事件」では、舞台設定の 17 世紀イギリスの美術についての知識を裏付けにした映像があちこちに散りばめられている。


この時代、イギリスで「ピクチャレスク」という言葉が生まれた。「絵のように美しい風景」という意味だが、そんな美しい自然を描く風景画は、「ピクチャレスク絵画」と呼ばれ、市民に愛好された。それが高じて、美しい風景そのものを作ってしまおうとしてピクチャレスクな「英国式庭園」が生まれた。それはイギリス人が理想とする美しい自然の風景をそのまま活かした庭園だった。フランス式庭園が、幾何学的に整然としていて人工的なのと対照的だ。

金持ちたちは、広大な敷地に「英国式庭園」を競って作ったが、映画に登場するのもそれだ。邸宅が樹々に囲まれ、前庭には池があり、その周りは一面の芝生だ。邸宅の夫人が、この自慢の庭に建物を配したピクチャレスクな風景を描くことを画家に依頼する。


画家は依頼されたとうり 12 枚の絵を完成させる。その中の1枚がこれで、鉛筆による細密画的ドローイングだが、彩色されていない。なぜなのか調べたら、「英国の水彩画」(斎藤泰三著)という本に説明があった。


『17 世紀のイギリスは、貴族の凋落と中産階級の勃興の時代で、新興の金持ちは絵画を求め始める。彼らが好んだのは、貴族が好んだ宗教画や歴史画ではなく、現実の自然を題材にした素朴な絵だった。そして自らの邸宅や庭園を画家たちに描かせたが、それらの絵は小さいサイズの、鉛筆だけによる風景スケッチだった。』と、まさにこの映画どうりのことが書かれている。

「英国式庭園殺人事件」の原題は「Draughtsman's Contract」だ。「Draughtsman」はアメリカ英語では「Draftsman」で、現代では「製図工」の意味だが、この場合は「画工」のニュアンスだろう。この頃はまだ「Painter」(画家)という職業はなかった。主人公は職人技を発揮して、まさに図面的な正確さで絵を描いている。そしてパースペクティブのための専門用具(前回に説明)を使っている。


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