2025年2月22日土曜日

インテリア デザイナーが主人公の映画  3選

 Interior designer in movie

映画のシーンで、インテリアデザインが重要な役割を果たしている例は多い。登場人物のキャラクラーを説明するのにインテリアが使われたりする。インテリアは、そこに住む人の生き方や価値観と密接に関係しているからだ。そういう映画のなかで、インテリア デザイナーが主人公の映画を3つあげる。


「ジョンとメリー」

モダンデザインの発祥の地はバウハウスだが、学長のグロピウスのオフィスはモダンデザインの象徴だ(写真右)。飾り気のない白い壁、幾何学的な窓、機能だけの照明器具、色は黄色いソファだけ・・・ 温もりや居心地の良さよりも、機能に徹したデザインだ。映画「ジョンとメリー」は、このようなモダンデザインの特質を利用している。

ジョン(ダスティン・ホフマン)はインテリアデザイナーで、アパートの最上階のペントハウス的な家の室内を徹底したモダンデザインにしている。真っ白な壁や家具などで、色があるのは茶色のソファだけだ。まさにグロピウス的モダンデザインのセオリーどうりだ。


ジョンはバーで女の子と偶然知りあう。二人とも飲みすぎてしまい何も覚えていないが、朝起きて気がつくと二人はジョンの部屋にいた。そのまま夕方まで一緒にいるが、女の子が去る時に、初めてお互いの名前を聞く。「僕はジョン」「私はメリー」。

まる一日つき合った二人だが、相手の名前にさえたいして関心がない。名前の「ジョン」と「メリー」も「太郎」と「花子」みたいな、どこにでもいる平凡な名前で、アノニマス(無名性)な現代人を象徴している。この映画は、人間関係が希薄な現代社会を、機能に徹しているだけで温もりのないインテリアデザインで視覚化している。


「インテリア」

原題が「Interior」でなく、複数形の「Interiors」であることに重要な意味がある。「インテリア(Interior)」には、「家の室内」の意味だけではなく、「人間の内面」という意味もあり、この題名にはその両方の意味が込められている。この映画は家のインテリアと、そこに住む人間との関係をテーマにしていて、「インテリアデザイン」というものの本質を扱っている。


主人公の女性は優秀なインテリアデザイナーだ。自宅のインテリアは彼女のデザインだが、家族の好みよりも、彼女自身の厳しい美学の追求に徹している。壁の色はすべて寒色寄りのオフホワイトの「アイスグレイ」で統一している。知的であり、秩序のある美しさがあるが、冷たく、人を寄せ付けない雰囲気がある。

このインテリアは、他人に対して心を閉ざしている主人公自身の精神の象徴になっている。そしてまた、温かみのない家族関係も象徴している。娘の家にまで行って、インテリアに文句をつける。その完璧主義はやがて家族の崩壊をもたらす。彼女は夫から離婚を言い渡されるのだ。

夫は再婚するが新しい妻は、主人公とは正反対で、明るく陽気な女性だ。彼女は真っ赤なドレスで現れる。白だらけのインテリアの中でそれは鮮烈で、この家の秩序を壊そうとするかのようだ。それを見た主人公は・・・



「ル・コルビュジェとアイリーン  追憶のヴィラ」

主人公の女性アイリーン・グレイは 20 世紀前半に活躍した実在のインテリアデザイナーだ。アイリーンは建築にも手を広げ、自分の別荘を設計した。それがこの映画の舞台になっているヴィラだ。

アイリーンはコルビュジェと交友があり、この別荘でも二人はいろいろと関わりあいながら設計を進めていく。アイリーンはコルビュジェの影響を受けながらも、その機能主義とは少し距離を置いている。コルビュジェの有名な言葉「住宅は住むための機械である」が映画でも出てくるが、それに対してアイリーンは「住宅は愛の営みを包む殻だ」と言い返す。この立場の違いが、この別荘が完成したとき、結果として現れる。純粋の機能主義とは違う、温かみのある人間寄りのデザインだ。


この建築は評判をよび、アイリーンは一躍有名になる。それに嫉妬したコルビュジェは壁に壁画を描いてしまう。そしてこの家は自分が設計したものだと宣伝する。コルビュジェが名声欲の強い俗物人間であることを映画は暴いている。

この建築はまだ現存している。そしてアイリーンのデザインした家具がたくさん登場する。100 年前のデザインだが、今でも売られている名作の数々だ。


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