2024年5月30日木曜日

映画「関心領域」の「怖さ」

 The Territory of Interest

公開中の「関心領域」は、”アウシュビッツもの映画” だが、これまでと全く違う。冒頭でまずこの異様な光景が出てくる。塀一枚で隔てられた手前は、アウシュビッツ強制収容所所長のルドルフ・ヘスの自宅で、塀の向こう側は収容所で、囚人の建物や監視塔などが見える。


そしてこの映画でカメラは終始、収容所の内側へ入っていくことはない。だから悲惨なユダヤ人や、残虐なドイツ兵などは一切登場しない。つねに塀のこちら側の、ヘス自身の家庭内での日常生活を淡々と撮っているだけなのだ。

プールや庭園などがある広大な敷地の邸宅で、ヘスは、妻や子供たちと楽しく過ごしている。休日には家族全員で近くの川で泳いだり、森でピクニックをしたりする。ヘスは、家族思いの優しい夫であり父親なのだ。


所長としての仕事は、自宅から電話で指示を出すだけで、現場にいることはない。真面目に仕事をして、家族愛にあふれたどこにでもいるような「普通の人」であるヘスを描いている。だから映画では、戦後の戦犯裁判で「人道に反する罪」を犯したとして死刑になるようなヘスの姿はない。しかしこの映画の宣伝文句が「最も恐ろしい映画」になっている。なにが「恐ろしい」のかを理解するには哲学者ハンナ・アーレントの「悪の凡庸さ」論が助けになる。

ヘスと並んでユダヤ人虐殺を主導したアドルフ・アイヒマンは戦後、戦犯裁判にかけられる。その裁判を全て傍聴したハンナ・アーレントは最後に「悪の凡庸さ」という結論に達する。アイヒマンは残忍でもない、狂気じみた殺人鬼でもない、ユダヤ人に対する憎悪があったわけもない。ヒトラーを崇拝していたわけでもない。ただ与えられた自分の任務を熱心に淡々とこなしただけの真面目で凡庸な官僚に過ぎなかったというのだ。まさにこの映画が描いているヘスの人間像とぴったり重なる。

そしてアーレントは、「悪の凡庸さ」ゆえに、どこにでもいる「普通の人」がアイヒマンと同じように悪をやる可能性が十分にあり、そのことが「恐ろしい」と言っている。映画の宣伝文句の「怖い」はそのことを指している。

このアーレントの理論を実証するために、ミルグラムという心理学者が実験を行なった。「体罰が学習に与える効果」を調べる学術的な研究だとして「普通の人」に協力してもらった。先生が生徒に問題を出し、生徒が答えを間違えるたびに電気ショックを与える。実験に参加した「普通の人」は、電圧スイッチを押すのが役目だが、生徒の「ギャー」という悲鳴(演じているだけだが)が聞こえても、高電圧のスイッチを押し続けたという。研究の役に立ちたいいう「使命感」にかられれば、ごく「普通の人」も残虐なことをやってのけるというハンナ・アーレントの考えが実証された。

この映画で、ヘスや家族が何をしている時でもつねに、収容所からの「ゴー」という音が聞こえている。それは焼却炉で人間を焼く音だが、誰も気にしていない。そしてヘスはその音を聞きながら毎日人間を焼く仕事を淡々とこなしている。それはちょうど「ミルグラム実験」で、悲鳴が聞こえているのに電圧スイッチを押し続けたのと同じだ。

ハンナ・アーレントはさらに「普通の人」がなぜ残虐なことをできるのか、その原因を考察している。ユダヤ人は絶対悪だと考える人にとって虐殺は、裁判官が殺人犯を死刑にするのと同じで正義だ。だから全体主義は絶対的な「悪」を設定することで、国民に「悪」を滅ぼさなければならないという「使命感」を植え付ける。それによって人間から「考える」という行為を奪い、殺戮に走らせる。

そして自身もユダヤ人であるアーレントは、イスラエル政府に対しても批判的な意見を述べている。大戦中の反動で、「ユダヤ人は誰も悪くない。悪いのは全てドイツ人だ」というイスラエル社会での極端なナショナリズムや排他主義は、結局ナチスの反ユダヤ主義と同じ構造だと批判した。このことは今、イスラエルがパレスチナ人に対して、罪悪感など感じることなく”使命感に燃えて” ナチスと同じような「皆殺し」をやっていることを予見していたかのようだ。


2024年5月28日火曜日

ロバート・フランクの写真

 Robert Furank

日経新聞の文化欄で、写真家ロバート・フランクの写真が紹介されていた。全米をオンボロ車で走りまわり、アメリカの原風景を撮り続けたなかの一枚「U.S. 285. New Mwxico」という作品。ニューメキシコ州の砂漠地帯を、見渡す限り地平線まで一直線に延びる国道の不安な光景を撮っている。



中西部ではこういう風景はたくさんある。”若気のいたり” で無謀にも、ロサンジェルスからラスベガスまでの数百キロの砂漠地帯を中古の小型車で走ったことがあったが極めて危険だ。日本のようにそこらじゅうに PA があるわけではないから、故障やガス欠でもしたらアウトだ。砂漠地帯に入るところで、「この先、砂漠地帯につき、入る人は自己責任でお願いします。」という標識がある。「AT YOUR OWN RISK」(自己責任)という言葉にドキッとする。

ヴィム・ヴェンダース監督の名作ロードムービー「パリ、テキサス」もアメリカ西部の砂漠地帯を題材にしていた。4年間も失踪していた男がテキサスの砂漠をさまよい歩いている。道路脇の廃墟になったカフェの冷蔵庫を開けて水を探しているところを見つかり・・・ 男はかつて妻と子供と一緒に住んでいた故郷の面影を探してさまよっていたのだ・・・ ロバート・フランクの写真と同じく、アメリカの原風景を描いた映画だった。


2024年5月26日日曜日

映画「プロスペローの本」の夢幻の世界

 「 Prospero's Books」


グリーナウェイ監督の映画「「プロスペローの本」
は、シェークスピアの「テンペスト」を原作にしている。ミラノ公国の大公は本好きで、政治をそっちのけにしているうちに、ナポリ王国と結託した弟に権力を乗っ取られてしまう。それを奪い返そうとする復讐劇だ。

シェークスピアの作品はいつも「夢幻」や「魔術」に満ちあふれているが、「テンペスト」も妖精や怪物がたくさん登場する。グリーナウェイ監督は、「映像コラージュ」とでもいう感じで、たくさんの視覚イメージを2重、3重に重ねてシェークスピアの魔術的世界を視覚化している。

題名どうりに、この映画のキーが「本」で、それらに関連した絵が挿入される。それらは美術に精通したグリーナウェイ監督らしい美術史上有名な絵ばかりだ。

主人公の船が嵐(テンペスト)のせいで難破して漂着した孤島は魔術師のプロスペローが住んでいた・・というシーンで出てくるのが、レオナルド・ダ・ヴィンチの「大洪水」。水流を研究していたダ・ヴィンチは、渦巻く川の流れのスケッチをたくさん残している。洪水の恐ろしさを表現している。


古代ローマの遺跡を研究していた建築家のピラネージは廃墟になった建物から元の姿を想像して絵にしたが、この「ローマの景観」は建物が並んだローマの壮麗な大通りを描いている。これは主人公が権力を握っていたときのミラノの威容を思い出すシーンで、「夢幻」のシンボルとして使われている。


この他にも「動物学」「解剖学」「建築学」などの絵が登場する。いずれも主人公の知性を象徴するものだが、映画は最後に、主人公が裏切り者たちを殺すのではなく、「知性の魔術」によって彼らの悪の狂気が解かれて、復讐が終わる。

2024年5月23日木曜日

「アングロ・ジャパニーズ」のデザイン

E.W.Godwin

「ジャポニズム」というと、フランスの印象派への浮世絵の影響ばかり取り上げられるが、それだけではない。 印象派と同じ時代のイギリスで、「アングロ・ジャパニーズ様式」という英日折衷の美術が盛んになった。その先駆けが E.W.ゴドウィンという建築家兼家具デザイナーだった。

当時、日本の美術工芸品がイギリスで大人気だったが、ゴドウィンは日本のデザインの中にある「造形原理」とは何かを研究した。そのために建築や家具のスケッチをしている。



そして日本のデザインの原理を3つの要素にまとめている。それは「量塊感の配置上の工夫」「輪郭を作りだす巧みさ」「繊細さと強さの調和と対立」だった。

それをもとに、ゴドウィンは家具のデザインをする。それが「アングロ・ジャパニーズ様式」と呼ばれるようになる英日折衷デザインだった。当時のイギリスの家具といえば重厚で重苦しいものだったが、日本建築から学んだ「簡素」で「軽快」な造形を取り入れている。この「サイドボード」では、木の骨組みだけの開放的な構造で、一部だけ扉付きのカップボードがつけられている。これによって「緻密な部分と空ろな部分」の対比が生まれている。また底辺にある棚を中央と左右で高さをずらすことで、家具の輪郭が単調にならないように計算されている。


(画像は、イギリス美術叢書「デザインとデコレーション」より)

2024年5月19日日曜日

映画「エレニの旅」の映像美とカメラワーク

「The Weeping Meadow」 

映画「エレニの旅」は、ギリシャの内乱や戦争などの変動に翻弄される女性エレニの不幸な人生の物語だ。それは常に「難民」として何かに追われ続けた人生だった。テオ・アンゲロプロス監督は、主人公エレニを通じて、ギリシャの現代史を壮大な映像叙事詩として描いている。独特なカメラワークで絵画的な美しい映像を作り出している。


ロシア革命で、ウクライナに住んでいたギリシャ人は迫害され、難民となって本国に帰還するが、その中の一人が孤児となったエレニだった。難民たちが徒歩で国境を越えようとしているシーン。カメラは「ハイアングル」で固定のまま「ロングショット」で「長回し」し続ける。人々がだんだん近ずいてくるが、表情は最後まで見えない。何らかの感情移入をさせるわけではなく、出来事を淡々と撮っている。


難民たちは故郷で新しい村を作って定住するが、川の氾濫で村は水没してしまう。また新たな地を求めて人々は村を去っていく。「シンメトリー」は「動」ではなく「静」の構図だが、これは悲劇的なシーンであるのに完全に「シンメトリー」で、静けさを強調している。村人たちの舟を漕ぐ動きはゆったりとしていて、音声も音楽もなく無音。悲劇に会い続ける村人たちの諦念を表している。


村のリーダーだった男が死んで、筏に棺を乗せて水葬に向かう葬式のシーン。後ろに続く村人たちの舟は黒いシルエットに沈んでいる。見事な構図で、ここも無音。


当時のギリシャは、左翼の人民戦線の反政府ゲリラが活発になり、内乱状態だった。成人したエレニの双子の息子はその内戦で、二つに分かれて戦い、二人とも戦死する。そして、エレニの夫のバンド仲間の男が射殺されるシーン。シーツ干し場の中をよろめいて来てばったり倒れるのは、アンジェイ・ワイダ監督の「灰とダイアモンド」の有名なシーンの引用。


エレニの家の羊が反政府ゲリラによって殺され、木に吊るされる。さらに家に投石されたりして、家を去ることになり、またもや「難民」になってしまう。その象徴シーンだ。


反政府勢力に加担したとみなされたエレニは逮捕され刑務所に入れられるが、やがて出所するときのシーン。城のような高い塀からひとりポツンと出てくるエレニをロングショットで撮っている。彼女の天涯孤独を象徴する画面だ。


第二次世界大戦で、ギリシャはファシズム政権のイタリアの侵攻にさらされる。そしてエレニの夫はアメリカへ移住することになる。市民権をとって、エレニを呼び寄せるはずだったが、その前に徴兵されて、沖縄で戦い戦死してしまう。エレニは夫の死を幻想の中で見る。破壊された家に横たわる夫を呆然と見つめる。色彩が消え、すべてがシルエットになった画面は現実味のない抽象絵画のようで、すべてを失ったエレニの空虚な心を表している。


映画は人間の内面に迫る ”人間ドラマ” はほとんどない。だから人を遠くの外側から第三者的に見ているような「ハイアングル」や「ロングショット」が圧倒的に多い。そしてセリフも極端に少なく、無音の場面が多い。あくまで映像、それもシンボリックな映像で語っている映画だ。

2024年5月17日金曜日

日本の「ガラパゴス水彩画」

 Watercolor Painting

水彩画家の K 氏は、日本の水彩画は「ガラパゴス水彩画」だと言っている。その意味は、多くの人が「水彩画とは線画に淡彩」だと思い込んでいて、もっと広い水彩画の可能性を知らないでいるという状況を指している。

初心者向けに水彩画の描き方を教えているある教本で、全編で「線画に淡彩」の手法と作例を教えている。まず物の輪郭を鉛筆で描いて、輪郭の中をていねいに色を塗っていく。だから絵は「塗り絵」のようだ。「ガラパゴス水彩画」の見本 。


”ガラパゴス島” の外に目を向けると、水彩画の可能性を最大限に活かしている名人がたくさんいる。水彩画の本家イギリスのジョン・ヤードレイはその一人で、水彩画特有の「光」の表現が素晴らしい。鉛筆の線画はせず、筆で直接デッサンをしているから、塗り絵的でなく、絵がいきいきしている。


もう一人の例は、同じくイギリスのトレバー・チェンバレンで、「ウェット・イン・ウェット」を使ったりして、水彩画ならではの「空気感」の表現が見事。物は空気に包まれていて、その境い目はあいまいだ。だから”ガラパゴス” 的に「線画」で物の輪郭をくっきり描いてしまうと「空気感」は出せない。


2024年5月15日水曜日

「コピペ」と「引用」

her」 

「コピペ」と「引用」は違う。「コピペ」は書き写して終わりだが、「引用」は、引用した後に「だから自分はこう考える」とか「しかし自分はこう考える」が続く。それが「オリジナリティ」だが、「コピペ」にはそれが無い。

最近はやりのチャット GPT は最適の文章を書いてくれる「自動コピペシステム」のようなものだ。これをもっとも愛用しているのが役人だそうだ。法規や前例に従って ”間違いのない” 文書を書くのが役人の仕事だから、たしかに便利な道具だろう。そもそも「お役所仕事」にとっては、「オリジナリティ」は敵だから。

だから逆に「オリジナリティ」が求められる学生のレポートで「コピペ」はすぐわかる。しかし今後 、AI がもっと発達すると、個々それぞれの本人らしさとは何かを学習して「オリジナルな」の文章を書けるようになるかもしれない。そうなると「コピペ」を見破るのは難しい。

その状態を映画にしたのがコメディ「her / 世界でひとつの彼女」だった。主人公は、コンピュータ上の女性 AI が親身になって対話をしてくれるので、題名のように、「自分ひとりだけの彼女」だと信じてしまう。しかし最後に、このアプリを何万人もの人が使っていることを知って・・・というのがオチだった。


2024年5月12日日曜日

日本人洋画家第一号の五姓田義松とチャールズ・ワーグマン

Yoshimatsu Goseda 

前回書いたように、江戸末期に来日したイギリス人画家チャールズ・ワーグマンは、イギリスの挿絵雑誌の特派員として、日本の風俗を描いた。また横浜在留の外国人向け雑誌を刊行し、風俗だけでなく、時事問題についても描いた。

右は、イギリスの「ヴィクトリア女王」が、日本の「将軍」からお金を搾取している風刺画で、不平等条約で日本が苦しめられていることを世界に向けて発信している。


五姓田義松(ごせだよしまつ)といえば、日本人の洋画家第一号として有名だが、チャールズ・ワーグマンの弟子になって絵を学んだ。学んだのは油彩画だが、ワーグマンのスタイルを真似た風刺画が1枚だけ残っている。自分がまだ子供のように小さいという自虐的な絵で、若い頃の五姓田の謙虚さが表れている。

やがてフランスへ留学して、日本人初の「サロン・ド・パリ」の入選者になる。帰国後も明治時代を通して日本の洋画の第一人者として活躍した。

数年前、横浜の「神奈川県立歴史博物館」で、五姓田義松の展覧会「没後 100 年  五姓田義松  最後の天才」展があった。膨大な数のパリ時代の作品や帰国後の作品を見ることができた。すべてアカデミックな写実絵画で、その技術は素晴らしい。しかしこの頃すでに印象派が盛んになっていて、晩年は時代遅れ的になったようだ。          展覧会の映像はこちら→ https://www.museum.or.jp/report/710


2024年5月10日金曜日

日本の洋画の始まりに寄与した画家チャールズ・ワーグマン

Charles Wirgman

イギリス人のチャールズ・ワーグマンは、江戸時代末期に日本に来た画家で、西洋絵画が日本で始まるきっかけになった人だ。明治時代なかばに亡くなるまで横浜で活動し、日本人女性と結婚し、横浜外人墓地に眠っている。外人墓地資料館(写真)にワーグマン関連の資料があり、神奈川県立歴史博物館に大量の作品が展示されている。だから横浜人には比較的知られている人だ。(今でも命日には絵画愛好家たちが墓参りしている)


イギリスの挿絵雑誌の特派員として来日して、日本の風俗のスケッチを描いてロンドンに送っていた。また横浜居留の外国人向け風刺漫画雑誌を創刊したりした。(その雑誌の名前「ジャパン・パンチ」は、日本語の「ポンチ絵」のもとになった)


日本各地の風景を描いた油彩画を多数残している。そして日本初の洋画家として有名な五姓田義松や高橋由一はワーグマンに弟子入りして学んだ。日本の洋画が始まったばかりの揺籃期に大きな貢献をした。


水彩画も多数制作している。日本の自然を題材にして、淡彩で描いた風景スケッチのみずみずしさは日本人の感性と一致して、急速に世に広まっていった。そして現在の日本人の淡彩水彩画愛好につながったといわれる。


2024年5月8日水曜日

贋作絵画と 画像生成AI

Counterfeit & AI 

史上最大の贋作事件として有名なのは、フェルメールの贋作を描いたオランダの画家メーヘレンの事件だ。20 世紀初頭、彼と同世代のシャガールやキリコなどの現代美術が主流になるなか、アカデミックな写実絵画にこだわるメーヘレンは時代遅れになってしまう。しかし絵画の技量は確かだったことを活かして贋作に手を染める。

フェルメールの新発見の作品だとして発表した「エマオの食事」は、フェルメールの筆致と完璧に一致しているので美術館は信用して購入する。美術評論家もフェルメールの最高傑作だとして賞賛する。

するとメーヘレンは、これは自分が描いた贋作だと自ら名乗り出る。しかし信用されなかったため、公開の場でフェルメール風の絵を描いてみせて、自分が ”犯人” であることを証明する。左がフェルメールの「手紙を読む女」で、右はそれをもとにしてメーヘレンが描いたフェルメール風「楽譜を読む女」だが、そのうまさに驚いて彼の言うことは本当だと信じられる。


彼は、権威あるとされる美術評論家たちがいかに見る目がないかを証明してみせたのだ。そして人々は、絵そのものではなく、描いたのが有名な画家かどうかで絵の価値を判断していることへの当てつけをしたのだった。彼の贋作は、金儲けのためではなく、自分の絵を評価してくれない世の中への復讐が目的だった。

なおメーヘレンの贋作をナチスの高官ゲーリングが高額で買って自宅に飾っていたことが後にわかり、メーヘレンは戦後、”ナチスを騙した男”として一躍英雄扱いされる。そして美術館は今でも「メーヘレン作」として「エマオの食事」を展示している。


いきなり現代へ話が飛ぶが、今はやりの画像生成 AI は「フェイク」とも呼ばれるとおり、一種の贋作制作ソフトウェアだ。メーヘレンがフェルメールを徹底的に研究したように、 AI も「ディープラーニング」で学習して腕を上げていく。


早い時期から AI による画像生成を研究していたオランダのデルフト工科大学がレンブラントの”贋作”を作ることに成功した。約 350 点のレンブラントの作品をディープラーニングで学習させて、レンブラント作品に共通する特徴を特定する。それをもとに画像生成したのがこのレンブラントの「新作」だ。詳しくはこちら→  https://wired.jp/2016/04/14/new-rembrandt-painting/

生成 AI を使ったことはないが、もし使うとすれば、「今まで誰も描いたことのない独創的な絵で、300 年後もフェルメールやレンブラントのように、歴史的名画として通用するような作品を描け。」というお題を出してみたい。どんな答えが出るか楽しみだ。(笑)


2024年5月6日月曜日

イギリスの水彩画

 History of Watercolor

今でこそ、イギリスは水彩画の本家のようにいわれているが、歴史的にはそうでなかった。17 世紀当時の世界一の絵画先進国はフェルメールに代表されるオランダで、イギリスは遅れていた。グリーナウェイ監督の映画「英国式庭園殺人事件」でそれがうかがえる。


17 世紀のイギリスで、新興の金持ちが絵画を求め始めるが彼らは、きらびやかな油彩画ではなく、現実の自然を題材にした素朴な絵を好んだ。そして自らの邸宅や庭園を画家たちに描かせたが、それらの絵はこの映画のように、小さいサイズの、鉛筆画の風景スケッチだった。(「英国の水彩画」による)

この映画に出てくるような絵画は、当時の風景画としては普通で、ほとんど鉛筆やペンによる素描で、色彩は一部に塗られているだけだった。当時の有名な水彩画家フランシス・プレイスは、横長の画面に広い地平線をを表し、川や小道を遠近法でとらえて、広々とした空間を描いている。しかしほとんどが線描が主体で、一部だけが淡彩の水彩で彩色されているだけだ。(「水彩画の歴史」による)


2024年5月2日木曜日

「英国式庭園殺人事件」の庭園と絵画

 「Draughtsman's Contract」

グリーナウェイ監督は美術大学を出た画家でもあるから美術史に精通している。その博識ぶりが映画に反映されているが、「英国式庭園殺人事件」では、舞台設定の 17 世紀イギリスの美術についての知識を裏付けにした映像があちこちに散りばめられている。


この時代、イギリスで「ピクチャレスク」という言葉が生まれた。「絵のように美しい風景」という意味だが、そんな美しい自然を描く風景画は、「ピクチャレスク絵画」と呼ばれ、市民に愛好された。それが高じて、美しい風景そのものを作ってしまおうとしてピクチャレスクな「英国式庭園」が生まれた。それはイギリス人が理想とする美しい自然の風景をそのまま活かした庭園だった。フランス式庭園が、幾何学的に整然としていて人工的なのと対照的だ。

金持ちたちは、広大な敷地に「英国式庭園」を競って作ったが、映画に登場するのもそれだ。邸宅が樹々に囲まれ、前庭には池があり、その周りは一面の芝生だ。邸宅の夫人が、この自慢の庭に建物を配したピクチャレスクな風景を描くことを画家に依頼する。


画家は依頼されたとうり 12 枚の絵を完成させる。その中の1枚がこれで、鉛筆による細密画的ドローイングだが、彩色されていない。なぜなのか調べたら、「英国の水彩画」(斎藤泰三著)という本に説明があった。


『17 世紀のイギリスは、貴族の凋落と中産階級の勃興の時代で、新興の金持ちは絵画を求め始める。彼らが好んだのは、貴族が好んだ宗教画や歴史画ではなく、現実の自然を題材にした素朴な絵だった。そして自らの邸宅や庭園を画家たちに描かせたが、それらの絵は小さいサイズの、鉛筆だけによる風景スケッチだった。』と、まさにこの映画どうりのことが書かれている。

「英国式庭園殺人事件」の原題は「Draughtsman's Contract」だ。「Draughtsman」はアメリカ英語では「Draftsman」で、現代では「製図工」の意味だが、この場合は「画工」のニュアンスだろう。この頃はまだ「Painter」(画家)という職業はなかった。主人公は職人技を発揮して、まさに図面的な正確さで絵を描いている。そしてパースペクティブのための専門用具(前回に説明)を使っている。