息子が幼い頃、救急車が家の前を通ったとき、「あ、ピーポやさんだ!」と言ったので、えらく感心したことを覚えている。普段から「八百屋さん」「おそば屋さん」などの親の会話を耳にしていて「○○やさん」というのは何らかの仕事の人を指すということを知っていて、それと擬音語の「ピーポ」をくっつけて「ピーポやさん」という言葉を”発明” したのだ。
人間の推論の型として、「帰納」と「演繹」の二つがあるというのはよく知られている。だが「ピーポやさん」という言葉を考えたのは、そのどちらでもない。これはニュートンが、リンゴが地面に落ちたのを見て、直感的に「万有引力」の法則を発見したのと似ている。これを「アブダクション」推論という。これは論理的ではない「ひらめき」なのだが、科学でも芸術でも革新的な進化を生み出してきたのは「ひらめき」=アブダクションによる。
最近、AI が人間の能力を超えるのではないかといわれている。しかしそれは絶対にないと思う。人間にしかできない「ひらめき」の力は AI にはないから。ディープ・ラーニングといって、たくさんのデータを集めてそこからから「法則」を見出す「帰納」と、その「法則」にもとずいて”正しい” 答えを出す「演繹」しかできない AI がノーベル賞をもらうことはないし、革新的な芸術を生み出すことはない。決まったことをするだけのお役所仕事や、いつもの型どうりの仕事をしている企業や、コピペ専門でレポートを提出する学生などでは便利なツールとして使われるだろうが。
「ピーポやさん」のことを思い出したのは、今ベストセラーの「言語の本質」という本を読んだからで、同書は人間が、他の動物にはない「言語」という巨大システムを生み出し、それを進化させてきたのはなぜか、という根源的な問題を解いているおすすめの本だ。