2023年10月29日日曜日

映画「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」のアメリカ先住民

 「Killers of the Flower Moon」

スコセッシ監督の最新作ということでさっそく観た。史実にもとずく映画だが、アメリカ先住民(インディアン)に、こんな歴史があったとは知らなかった。
19 世紀末、白人によって土地を追われた先住民は強制的に居留地に移住させられた。ところが 20 世紀に、オクラホマ州のオセージ族の居留地に突然石油が出る。 オセージ族は、住民一人ずつに土地と鉱業権を平等に分配したのだが、おかげで彼らは豊かになる。立派な住宅に住み、高級車に乗り、白人の使用人を雇う。するとその鉱業権を狙って白人達が押し寄せてくる。そして不可解な連続殺人事件が起こる。
主人公の若者(レオナルド・ディカプリオ)もこの土地にやってきて、タクシーの運転手になる。いつも乗せている先住民の女性(リリー・グラッドストーン)を好きになり、やがて結婚する。しかし周辺で次々に起こる殺人事件に巻き込まれていく。


殺されるのはすべて白人と結婚した先住民の女性で、犯人はゴロツキのような貧しい白人の労働者だ。しかし保安官はまともに捜査しない。街を支配している黒幕(ロバート・デ・ニーロ)が裏であやつっていたのだ。


この事件で、60 人くらいの先住民が殺されたのだが、FBI が捜査に乗り出して、やっと3人だけ逮捕したという。そして連邦政府は、先住民の権利を保護するために、財産相続の権利を白人には与えないという法律を作ったという。

映画は3時間半の長尺だが、緊迫感が持続する。さすがスコセッシ監督。

2023年10月27日金曜日

映画「マンダレイ」が描くアメリカ

 「Manderlay」

ラース・フォン・トリアー監督の作品のなかで「マンダレイ」(「Manderlay」 2005年)が強烈で、アメリカの「民主主義」の矛盾を鋭く描いている。

主人公の若い女性がアメリカ南部の小さい村にやってくるが、そこでは何十年も前に廃止された奴隷制度がいまだに生き残っている。黒人をはりつけにしてムチで打つリンチも行われている。女性は、人種差別に憤り「民主主義」を人々に教え込む。やがて村人たちは集まって議論し、多数決によって物事を決めるようになる。彼らは共同体意識を持ち、助け合うようになる。そして彼女は村人たちを指導するリーダーになる。・・・・・

しかしそう見えただけで、やがて真実があらわになってくる。黒人たちは ”民主的な” 村の中で自分の役割を演じることで身を守ろうとしていただけだった。黒人は白人に支配されていることに何百年にもわたって慣らされてきて、つねに支配されていないと安心できない。だから、自分たちを支配する白人として、主人公の女性をリーダーにして、彼女を「法律」と呼んでいたのだ・・・・・


そして彼女も、理性的だと思っている自分の心の奥の奥では黒人に対する憎しみが潜んでいることを自身も気がついていない。やがてそれが暴きだされる。差別をなくすことを説いてきた彼女がラストで、はりつけにされた黒人を、憎悪をむきだしにして、狂ったようにムチで打ち続ける・・・・・


アメリカはいつも民主主義の理想を掲げ、自分たちが「正義」だと信じている。だから独裁政治の国を非難したり、民主主義を押し付けようとする。それでいて自国の人種差別は無くならない。デンマーク人のトリアー監督は、この小さな村を縮図にして、アメリカの「独善」と「傲慢」を、第三者的な目で冷ややかに描いている。


2023年10月25日水曜日

映画「ザ・クリエーター/創造者」

 「The Creator」

公開中の「ザ・クリエーター/創造者」は、A.I. が人間を超えるのではないかという、最近人々が 抱いている不安や恐れをベースにしたタイムリーな映画だ。

アンドロイドが人間と対立するというテーマの S F 映画は、名作「ブレードランナー」をはじめたくさんあるが、これはもっとスケールが大きい。 A.I. 化したアンドロイドが人間以上の能力を持ち、 A.I. 文明を築いて、人類文明にチャレンジするというストーリーだ。


 A.I. による核攻撃でロサンジェルスが壊滅されてしまい、報復としてアメリカが A.I. と戦争を始める。( 明らかに、9.11. の報復としてアメリカがイラク戦争を始めたことを下敷きにしている。)そして A.I. が、中国などの東アジア全域を制覇しているという設定で、映画は中国や日本など東アジアが舞台になっている。 A.I.  への不安を、アジアの台頭が脅威だと感じている欧米人の不安に重ねている。

この手の映画は、必ずアンドロイドは人間に逆らう悪者として描かれる。しかしこの映画は逆で、A.I. アンドロイドはただの機械ではなく、人間以上に人間的な感情を持っている。だから、優しい女の子のA.I. が主役になっている。題名の「ザ・クリエーター/創造者」とは、キリスト教世界では天地を創造した神を意味するが、映画では、これからは A.I. が「神」になって、新しい "A.I. 文明" を「創造」するだろうと言っている


すべてのA.I. アンドロイドの耳の部分に埋め込まれているヘッドフォンのようなものは、A.I. の頭脳をつかさどる中枢部品だが、ソニー製品ファンのギャレス・エドワーズ監督が 80 年代の初期ウォークマンのヘッドフォンをモチーフにしてデザインしたという。それ以外にも、渡辺謙を A.I. 軍の司令官にしたり、未来の東京を好意的に描いたりしていて、監督の日本愛がうかがえる。(「ブレードランナー」では、未来の東京を退廃した街として描いていた。)

2023年10月23日月曜日

ある中学生のデッサン力

 Drawing

中学生の孫が  ぬいぐるみ  の鉛筆デッサンをしたが、うまくて驚いた。へたな大人顔負けだ。美術部で毎日デッサンの練習をしているようだ。


その子が数年前の小学生の頃に描いた同じ  ぬいぐるみ  の絵と比べると違いがよくわかる。上の絵がモチーフを「立体」として捉えようとしているのに対して、こちらは形を「輪郭」で見ているから平面的だ。また、素材の毛並みや服の柄などを一生懸命描こうとしていて、物の表面ばかりに注意が向いていている。


ワイングラスのデッサンで、ガラスの反射などをよく観察しているのがわかる。しかし遠近法的な狂いが少しある。そこで狂いをチェックするのに補助線を入れてみるといい、とアドバイスした。回転中心軸と3つの楕円の長軸の線を入れると、すぐに一番上の楕円と底部の楕円の長軸が傾いていることに気がついた。これを続けると、目で見ただけで狂いに気づくようになるものだ。


さらに、3つの楕円の丸みの「関係性」に注意するといいと言うと、しばらく考えて、グラス上端の楕円は丸すぎると気がついた。そして楕円の「関係性」とはこういうことでしょと下の図を描いた。例えばグラスを目の高さに持ち上げて見ると、目の高さでは楕円が薄くなり、上下に離れると楕円が丸っこくなると”解説”をしてくれた。円の遠近法を完全に理解している。


このことから改めて「デッサン力」とは「物を見る力」で、”テクニック” や ”センス” は関係ないことを感じる。


2023年10月21日土曜日

「空」と「雲」の遠近法

 Aerial Perspective & Linear Perspective

青空の青は、遠くの地平線に近ずくほど色が薄くなり、白に近ずいていく。これは「空気遠近法」の原理による。雲も頭の上では明暗のコントラストがはっきりしていても、遠くではだんだん白っぽく霞んでいくが、これも「空気遠近法」。

さらに雲は、頭の上では丸っぽかった形が、遠くになるにつれてだんだん小さく薄べったくなっていく。これは「線遠近法」の原理による。下はその原理図。


空と雲を雄大に描いたオランダのロイスダールの風景画は、上記の原理に沿っていることがよくわかる。


2023年10月18日水曜日

パステルで描く「空」と「水」

 「Skies & Water in Pastel」

パステル画の初心者向け教本「Skies & Water in Pastel」は、「空」と「水」の描き方に特化している。

「空はいつも青とは限らない」と、この表紙の絵で説明している。青空の日でも、地平線に近くなるにつれて、青みが消える。「空気遠近法」の効果だ。そして地平線に近いところは大気の影響を受けやすいので、ピンクになったりする。

そういう空の色の変化が、川の水面に反射している。奥の方はピンクになっているが、手前は青なので、頭の上は青空であることがわかる。

しかし一方で、絵はそういう物理的な原理だけで描くものではない。「春満ちる」という題名のこの絵で、春の暖かい「ムード」を強調するために実際以上に空をピンクにしていることをこの本は強調している。


2023年10月16日月曜日

「移動するモダニズム 1920 ~ 1930 」展

「Modernist on the Move 1920 ~ 1930 」 

神奈川県立近代美術館(葉山館)で開催中の「移動するモダニズム   1920 ~ 1930 」展が勉強になる。タイトルどうり、ちょうど100 年前の日本のモダニズム絵画が花開いた時代を展望できる。  1920 年 ~ 1930 年の 10 年間は、大正の終わりから昭和の初めにまたがる戦間期だった。

この時代、ヨーロッパでは印象派の時代が終わり、様々なモダニズム絵画の運動が巻き起こったが、日本の画家たちは、その先端芸術を勉強しようと欧州に向かった。この展覧会は、彼らの作品を展示している。

フライヤーの中央に大きく扱われているのは、ドイツで活動した和逹知男という人の「謎」という作品。新聞の切り抜きなどを貼り付ける「コラージュ」の作品だ。(コラージュは特にバウハウスで盛んに行われたが、表現されるメッセージが反体制的だったため、やがてナチスによって弾圧される。)


フライヤーの裏面で中央に扱われているのが、坂田一男という人の「浴室の二人の裸婦」という作品。坂田一男は、パリでキュビズムを学び、フェルナン・レジエとも交流があったという。”機械の時代” を風刺的に描いたレジェの影響が見られる。


パリに留学して、シュールリアリズムを学んだ福沢一郎の「よき料理人」。
レストランのテーブルの上に椅子が置いてあり、シェフの代わりに客が料理をしている、という無秩序な光景を描いている。客はナイフを研いだり、梨の爆弾に火をつけようとしている。1930 年の作品で、世界情勢が不穏で不安になってきた時代を風刺するような作品だ。


このように、キュビズム、シュールリアリズム、
未来派、構成主義、などのありとあらゆる運動の影響を受けた日本の画家たちの作品群が、20 世紀初頭のヨーロッパのモダニズム絵画の縮図になっている。

2023年10月13日金曜日

「キュビズム 美の革命 展」

「 The Cubist Revolution」

「キュビズム  美の革命 展」(国立西洋美術館)は見ごたえがある。ほとんどの作品がポンピドゥセンターの所蔵品だけあって、キュビズムの ”総集編” のような展覧会になっている。元祖のピカソとブラックだけでなく、キュビズムの影響の広がりも見られて、キュビズムが ”美の革命” の嵐をまき起こしたことが実感できる。

ピカソとブラックの似た題名の絵が目玉作品になっている。ピカソの「ギター奏者」とブラックの「ギターを持つ男」で、どちらもキュビズムの代表作品のひとつになっている。そして二人が交流しながら研究しあっていたことがわかる。


絵画だけでなく、ピカソとブラックの影響を受けた「キュビズム彫刻」の作品も多数展示されている。キュビズム絵画をそのまま3次元化したような彫刻で、代表的な作家であるジャック・リプシッツの「ギターを持つ水夫」が素晴らしい。上のピカソとブラックと同じ「ギター」が題名に入っているのも、二人の影響の強さがわかる。


考えてみれば、キュビズムの「キューブ」は立方体の意味で、いろいろな方向から3次元的に物を見ようとしたのだから、もともと立体である彫刻はキュビズムと相性がいいのは当然かもしれない
。この彫刻も対象を小さい立体に分解した上で、それらを再構成している。また裏表がなく、どの方向から見ても造形が素晴らしい。全周を回りながら動画で写真を撮ればよかったと後で気がついたが残念。(同展は 写真撮影 OK)


2023年10月10日火曜日

食べる映画(その2)「コックと泥棒、その妻と愛人」

 「The Cook,  the Thief,  His Wife and Her Lover」


奇才ピーター・グリーナウェイの「コックと泥棒、その妻と愛人」は、「食べること」をテーマにした映画。この間紹介した「バベットの晩餐会」や「ショコラ」などが、キリストがパンを分け与えるように「食べること」の”聖性” を題材にした映画だったが、これは正反対で、欲望のまま食べる醜さを露悪的に描いている。

主人公の男は豪華レストランのオーナーなのだが、自分が客席で料理をガツガツと食いながら、口汚い言葉で悪口雑言をわめき散らしまくる。自分の妻に暴力をふるい、やがて発覚した妻の愛人にも暴力をふるい・・・最後は妻が自分で依頼してコック長に作らせた”特別な料理” を男に振る舞う。それを妻から無理やり食わされるのだが、その料理とは・・・

映像もユニークで、画面に奥行きがまったくなく、横長の画面に登場人物が横一列に広がっていて、演劇の舞台のようだ。だから普通の映画のように、見る人が中に入っていくような没入感がなく、観客は第3者的に外から見ることになる。登場人物たちを愚かな人間として、さげすむような目で描くという意図だろう。


上の場面で注目すべきは、後ろの壁にある絵で、17 世紀のオランダの巨匠フランス・ハルスの「聖ゲオルギウス市警備隊の士官たちの晩餐」という作品(下図)で、品格のある名士たちの会食を描いている。共に食事をすることで、仲間同士の結束を確かめるという、古来からの「食べること」の意味を描いている絵だ。この絵と対比させることで、手前にいる人間たちの粗野さを皮肉ろうというのが、グリーナウェイ監督の意図だろう。


2023年10月6日金曜日

印象派カイユボットの街を見下ろす風景

 Eye-Level

カイユボットは印象派の巨匠だが、自然を描いた他の画家と違って、都会の風景を描いた。そして、風景を上から見下ろす構図が多いのだが、そこに風景を見ている人間を描き入れている。街を見ているのはカイユボット本人の視線なのだが、絵の中の人間に自分の身代わりをさせている。そして、街や建物と、見ている人間との関係を正確な遠近法で描いている。その点に注目して絵をチェックしてみる。


「地平線の高さは、その風景を見ている人の目の高さ(アイレベル)と一致する」というのが遠近法(透視図法)の基本中の基本原理だが、この絵はそれを忠実に描いている。地平線は直接見えてはいないが、その位置は向こうにあるビルから特定できる。建物の消失点を求め、それを通る水平線を引けば、そこが地平線の位置だが、手前にいる人間の目がピッタリその線上にある。


上の応用だが、下の絵で「外を眺めているこの人がいるのは何階か?」というクイズがあったとして、その答えは? 上の絵と同じ方法でチェックしてみれば、簡単に答えを割り出せる。正解は「3階」。


カイユボットの最も有名な作品のひとつで、男が鉄橋から線路を見下ろしている。空には機関車の煙が見えていて、遠くには別の鉄橋も見えていて、近代化したパリの風景を緻密に描写している。これも遠近法が極めて正確で、鉄橋などの消失点がピッタリと一点に集まっている。そして消失点を通る水平線を引けば、それが地平線になるが、その地平線の上にシルクハットの男の目の高さ(アイレベル)がピッタリと乗っている。右側の白い服の男の目は、前かがみになっている分、地平線より下の位置になっている。この絵でも「地平線の高さは、その風景を見ている人の目の高さ(アイレベル)と一致する」という原則が忠実に守られている。


この絵も上と同様。向こうのビルのひさしが水平になっているところが地平線の位置で、地平線の高さが右に立っている男の目の高さと一致している。左の男は前かがみになっている分、目の位置は地平線より少し下になっている。

2023年10月3日火曜日

オノマトペ

 Onomatopoeia

前回の続き。

「言語の本質」の著者は、オノマトペから始まって、人間が言語を進化させてきた過程を説明している。オノマトペについて、知らなかった面白い話がたくさん出てくる。オノマトペにはいろいろあって、「カチャカチャ」や「バリーン」などの聴覚に関わるもの、「ウネウネ」や「ピョン」などの視覚に関わるもの、「ザラザラ」や「ヌルヌル」などの触覚に関わるもの、「ドキドキ」や「ガッカリ」などの心の感覚に関わるものなどがあり、いずれも感覚イメージを言葉にしたものだ。だからオノマトペとは、感覚イメージを「写し取る」言葉だと説明している。

「写し取る」ということは、見たものをスケッチすることに通じるわけなので、著者はこんな実験をしている。日本語を全く知らない外国人に、この二つの形を見せながら、「ギザギザ」と「ヌルヌル」という言葉を聞かせて、どちらの言葉がどちらの絵だと思いますか、と聞くと100% の人が正解するという。


「ギザギザ」の子音「g」などは、角ばっていて硬い響きの音で、「ヌルヌル」の子音「n」などは、丸っこい柔らかい響きの音で、これはどこの国の言語でも共通なので、上のような実験結果になるというわけだ。

子供の言語習得はまずオノマトペから始まる。しかし成長過程では間違いをたくさんおかす。あるお母さんが、子供の足元に転がったボールを投げ返してほしいと思って、「ボールをポイして」と言ったら、子供はボールを持ってゴミ箱へ捨てに行ってしまったという例が挙げられている。この子は普段「ゴミをポイして」と言われているので、「ポイ」を「捨てる」という意味に理解している。しかし「ポイ」には「捨てる」という意味の他に「投げる」という意味もあるが、それをまだこの子は知らない。オノマトペは感覚的な言葉だから覚えやすいが、対応する意味が厳密に一つに決まらない。だから「ボールがコロコロと転がる」「社長の話はコロコロ変わる」「チームはコロコロ負けた」などあって、子供は同じ「コロコロ」でもたくさんの意味を覚えなければならない。