2024年5月19日日曜日

映画「エレニの旅」の映像美とカメラワーク

「The Weeping Meadow」 

映画「エレニの旅」は、ギリシャの内乱や戦争などの変動に翻弄される女性エレニの不幸な人生の物語だ。それは常に「難民」として何かに追われ続けた人生だった。テオ・アンゲロプロス監督は、主人公エレニを通じて、ギリシャの現代史を壮大な映像叙事詩として描いている。独特なカメラワークで絵画的な美しい映像を作り出している。


ロシア革命で、ウクライナに住んでいたギリシャ人は迫害され、難民となって本国に帰還するが、その中の一人が孤児となったエレニだった。難民たちが徒歩で国境を越えようとしているシーン。カメラは「ハイアングル」で固定のまま「ロングショット」で「長回し」し続ける。人々がだんだん近ずいてくるが、表情は最後まで見えない。何らかの感情移入をさせるわけではなく、出来事を淡々と撮っている。


難民たちは故郷で新しい村を作って定住するが、川の氾濫で村は水没してしまう。また新たな地を求めて人々は村を去っていく。「シンメトリー」は「動」ではなく「静」の構図だが、これは悲劇的なシーンであるのに完全に「シンメトリー」で、静けさを強調している。村人たちの舟を漕ぐ動きはゆったりとしていて、音声も音楽もなく無音。悲劇に会い続ける村人たちの諦念を表している。


村のリーダーだった男が死んで、筏に棺を乗せて水葬に向かう葬式のシーン。後ろに続く村人たちの舟は黒いシルエットに沈んでいる。見事な構図で、ここも無音。


当時のギリシャは、左翼の人民戦線の反政府ゲリラが活発になり、内乱状態だった。成人したエレニの双子の息子はその内戦で、二つに分かれて戦い、二人とも戦死する。そして、エレニの夫のバンド仲間の男が射殺されるシーン。シーツ干し場の中をよろめいて来てばったり倒れるのは、アンジェイ・ワイダ監督の「灰とダイアモンド」の有名なシーンの引用。


エレニの家の羊が反政府ゲリラによって殺され、木に吊るされる。さらに家に投石されたりして、家を去ることになり、またもや「難民」になってしまう。その象徴シーンだ。


反政府勢力に加担したとみなされたエレニは逮捕され刑務所に入れられるが、やがて出所するときのシーン。城のような高い塀からひとりポツンと出てくるエレニをロングショットで撮っている。彼女の天涯孤独を象徴する画面だ。


第二次世界大戦で、ギリシャはファシズム政権のイタリアの侵攻にさらされる。そしてエレニの夫はアメリカへ移住することになる。市民権をとって、エレニを呼び寄せるはずだったが、その前に徴兵されて、沖縄で戦い戦死してしまう。エレニは夫の死を幻想の中で見る。破壊された家に横たわる夫を呆然と見つめる。色彩が消え、すべてがシルエットになった画面は現実味のない抽象絵画のようで、すべてを失ったエレニの空虚な心を表している。


映画は人間の内面に迫る ”人間ドラマ” はほとんどない。だから人を遠くの外側から第三者的に見ているような「ハイアングル」や「ロングショット」が圧倒的に多い。そしてセリフも極端に少なく、無音の場面が多い。あくまで映像、それもシンボリックな映像で語っている映画だ。

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