Antonio Ropez
スペインの超リアリズム画家アントニオ・ロペスの代表作のマドリードの街の絵は、早朝のようで、車も人もいない。正面遠くの建物に朝日が当たっている。街の風景をまるで写真のように描いている。しかしロペス自身は「自分の絵は写真と無縁だ」と言っていたそうだ。この絵もよく見ると、このとうりに一枚の写真で撮ることはできないはずだ。
Antonio Ropez
スペインの超リアリズム画家アントニオ・ロペスの代表作のマドリードの街の絵は、早朝のようで、車も人もいない。正面遠くの建物に朝日が当たっている。街の風景をまるで写真のように描いている。しかしロペス自身は「自分の絵は写真と無縁だ」と言っていたそうだ。この絵もよく見ると、このとうりに一枚の写真で撮ることはできないはずだ。
Olympic games and national flag
8 0 年以上前の 1 9 3 6 年オリンピック、ベルリン大会の光景。日本女子初の金メダルをとった前畑秀子が表彰式で、日の丸が揚がり「君が代」が流れている最中に、国旗に向かってお辞儀をしている。銀メダルのドイツ選手は自国旗のハーケンクロイツに「ハイルヒトラー」の敬礼をしている。銅メダルのデンマーク選手だけは普通にしている。
選手たちは「お国」のために闘い、国もオリンピックを愛国心高揚のために利用していた時代を象徴している。しかし国民のナショナリズムを煽るオリンピックの姿は今も変わらない。ただ違うのは、それをやっているのが、テレビメディアだという点だ。サッカーなどと違って競技自体はたいして面白くないオリンピック競技に、ナショナリズムという調味料を大量にまぶして、視聴率を稼げるコンテンツにしている。そのテレビからの放送権料で成り立っている I O G もオリンピックからナショナリズをなくすことはできない。
The 1936 Berlin Olympic Games
オリンピックまであと1年だが、もう無理だろう。もしやるなら今のようなオリンピックはもう変えればいい。コロナという人類共通の敵を経験したのだから、ナショナリズムを煽る大会はもうやめて、新しいオリンピックの形を作ればいい。
今の形を作ったのは戦前のベルリン大会で、ナショナリズムの権化ヒトラーが始めた。それを 8 0 年以上経った今も後生大事に受け継いでいる。聖火リレーや表彰式の国旗と国歌などいろいろあるが、開会式での各国選手団の国旗を先頭にした閲兵式のような入場行進もヒトラーの発明だ。日本選手団は戦闘帽をかぶって敬礼している。さすがに今では軍隊的ユニフォームや敬礼はないものの、基本は何も変わっていない。画像はベルリン大会の記録映画「民族の祭典」から。(映画の題名がすでに民族主義だ。)東京大会は「人類の祭典」にして、国旗・国歌を全廃する史上初の大会にすればいい。