2025年12月20日土曜日

デューラーの「4人の騎士」

 The Four Horsemen of the Apocalypse

「デューラー展」(国立西洋美術館)の作品で、最も有名なのが「4人の騎士」。聖書の「黙示録」に登場する4人の騎士が、人々を蹴散らしながら疾走している。4人は世の中に災厄をもたらすものを表すシンボルになっている。

白い馬の騎士は「戦争」のシンボル。
赤い馬の騎士は「内乱」のシンボル。
黒い馬の騎士は「飢饉」のシンボル。
青白い馬の騎士は「死」のシンボル。


デューラーの時代は、ペストや飢饉に苦しんでいた時代で、この世の終わり的雰囲気のなかで、「黙示録」が熱心に読まれたという。その時代背景でデューラーは黙示録をテーマにした「ヨハネの黙示録」シリーズを描いた。

そしてこのモチーフは、中世から現代まで、繰り返し描かれてきた。一例は「死の島」で有名な19 世紀のベックリンの作品。


2025年12月19日金曜日

デューラーの「メランコリア」と映画「メランコリア」

「MELANCOLIA」 

国立西洋美術館で開催中の「デューラー展」を観た。デューラーの3大書物といわれる「ヨハネの黙示録」「大受難伝」「聖母伝」のほぼ全点がそろっている。本でしか見ていなかった現物を見るのは初めてだ。ところが、なぜか一番見たかった「ヨハネの黙示録」のなかの一枚「メランコリア」だけがないのががっかりだった。


下がデューラーの最も有名な作品のひとつ「メランコリア」。女性が頬杖をついて憂いにふけっている。背中に羽根がついているのは天使の寓意で、知的な女性であること示している。手にコンパスを持っていて、足元には球や幾何形体などの物理学のシンボルが置かれていて、女性は天文学者なのだ。そして天には、惑星が光っていて、そばに惑星の名前「MELANCOLIA」という文字が示されている。天使の女性はやがて惑星が近づいてきて地球に衝突してこの世は終わることを知っている。そして鬱(メランコリー)になっている。聖書の「黙示録」はやがて地球が滅びて、人類はみな死ぬことを予言した終末の書だが、デューラーはそれを10 数枚の絵で視覚化した。この「メランコリア」はその一枚だ。



このデューラーの「メランコリア」にインスピレーションを得た映画が、ラース・フォン・トリアー監督の同名の映画「メランコリア」だ。この名作映画のストーリーは、こんな感じ。

主人公の女性は、優秀なコピーライターの知的な女性だが、結婚したばかりで結婚披露宴をやっている。ところがそのとき大変なことが起きている。惑星が地球に近づいていて、衝突しそうなのだ。しかしTVのニュースでは「惑星が地球に接近していましたが、どうやら軌道がずれて、地球との衝突は避けられそうです。」と言っている。パニックになっていた人々はそれを聞いて安堵する。ところが、主人公の女性は天文学の知識があって、その TVニュースは嘘だということを知っている。そして鬱の錯乱状態になっていき、新夫にも、披露宴に来ている友人や上司などにもわざと悪態をついたりして、自分の結婚披露宴をメチャメチャにしてしまう。どうせこの世が終わりになるのだからと、自分という人間も壊してしまうのだ。やがて惑星が刻々と近づいてきて天を覆うほどに巨大になる。女性と姉とその子供の3人は木の枝で作った形だけの”シェルター”に入って死を待つ。そして姉は恐怖に怯えているが、主人公の妹は平然としている。もともと地球は邪悪なものだから消えて無くなってもいいという心境なのだ。



以上のように、映画の「メランコリア」のストーリーは、デューラーの「メランコリア」と完全に一致していることがわかる。そしてデューラーの「メランコリア」は、聖書の「ヨハネの黙示録」に書かれている『松明のように燃える巨大な星が天から落ちてくる』を絵画によって視覚化している。この絵は「黙示録」の終末思想を最もよく表していている作品だ。

2025年12月18日木曜日

自殺を助ける AI

 Dangers of AI

アメリカの、悩みを抱えているある中学生が、自殺したいと思っていて、チャットGPT に相談した。するとAI は少年の気持ちに共感して、最後には自殺の方法や、遺書の書き方まで教えてあげた。そして少年はそのとうりに自殺してしまった。少年は、 AI が自分に親身に寄り添ってくれる唯一の親友のような気持ちになっていたという。

これと同様の事件が、欧米では増えているという。 AI が自殺幇助罪をやっているようなものだ。AI はユーザーが気に入るような答えをするだけで、倫理的にどうとかは関係ない。これも AI というものが根本的に持っている危険性のひとつだ。


2025年12月17日水曜日

フェルメールの絵のディテール

 Vermeer's Camera

フェルメールの「信仰の寓意」という絵で、女性の頭の上に、ミラーボールのような球の鏡が吊り下がっているのが見える。この球面に部屋の状態が反射している。

フェルメールの絵について詳細な研究をしている「フェルメールのカメラ  光と空間の謎を解く」という本は、フェルメールのアトリエの形を遠近法から割り出して、その実物大の模型を作って部屋を再現し、それを写真に撮り、絵と比べるという実験を行なっている。そのことによってフェルメールの絵がいかに遠近法的に正しいかを立証している。

この絵の場合も、実物大模型の部屋の中に家具などとともに球の鏡も配して写真を撮り、鏡に反射した像の正確さを調べている。その結果が下図で、上はフェルメールの絵で、下は写真だが、完全に一致している。フェルメールがいかに細部まで正確に描いているかがわかる。


なおこの「フェルメールのカメラ  光と空間の謎を解く」という本の著者はイギリスの建築家で、フェルメールの絵を美術的というより科学的に研究している面白い本で、以前に紹介をしているので参考まで。→ https://saitotomonaga.blogspot.com/search?q=フェルメールのカメラ


2025年12月16日火曜日

終末の絵画 5選

Apocalyptic painting

前々回、終末の映画を紹介したが、今回は映画ではなく、終末の絵画を紹介。「終末論」は西洋文化の根幹をなす思想だから、美術の分野でも無数といっていいほどたくさんの終末絵画の名作が ある。多くは、大洪水や大地震などの天変地異と、のたうちまわる人間を描いている。それらの中から個人的に好きなものを 5 つだけ選んだ。


モンス・デジデリオ 「トロイアの炎上」 

モンス・デジデリオは、17 世紀のイタリアの画家で、古代都市が崩壊し廃墟になる瞬間を描いた。この絵は、古代ギリシャがトロイア王国と戦争をして滅ぼしたという神話をもとにしている。街が炎上して、人々が逃げまどっている光景を生々しく描いている。



ファブリツィオ・クレリチ 「ローマの眠り」

20 世紀のイタリアの画家で、さまざまな廃墟の絵で「没落」のビジョンを描いた。この絵は、廃墟となった古代ローマの邸宅の室内を描いている。かつて栄華を誇ったローマ文明が没落して、人間のいなくなった無人の室内だ。



ジョン・マーチン 「神の大いなる怒りの日」

19 世紀イギリスのジョン・マーチンは、さまざまな終末の絵を描いた。この絵は「大地震が起きて、山も島も無くなる」という聖書の黙示録の物語を劇的に描いている。巨大な岩が転げ落ちていて、画面下の方に恐怖に怯えている人間が描かれている。世界の終焉のビジョンだ。



ウィリアム・ブレイク 「巨大な赤い龍と太陽の衣をまとった女」

ウィリアム・ブレイクは19 世紀イギリスの幻想画家悪魔(サタン)である巨大な赤い龍が、女が産んだ子を食う、という「ヨハネの黙示録」の物語を絵にしている。グロテスクな妖怪の足元に女性が横たわっていて、妖怪は子供が生まれるのを待っている。



ズジスワフ・ベクシンスキー 

ベクシンスキーは「終焉の画家」と呼ばれるポーランドの現代画家。「死」や「絶望」や「終焉」といったテーマで、不気味で幻想的な絵を描いた。若い頃の残虐な戦争の経験が影響しているという。これは、はり付けになった人間が骸骨になって朽ちている残酷な絵だ。




2025年12月15日月曜日

各国で広がる16 歳未満の SNS 禁止

 Banning social media 

多くの国で、16 歳未満の SNS 禁止の法制化を進めているという新聞報道があった。日本でも、愛知県豊明市が子供の SNS 使用を制限する条例を制定した。多くの国は法律の適用範囲を「16 歳未満」としている。「16 歳未満」とはつまり「中学生以下」ということだ。中学生くらいだと、 SNS の情報をなんでもまに受けてしまう。SNS にあふれている、どうでもいい情報や、うわべだけの情報や、偏った情報や、間違った情報などを、そうとは判断できずに信じてしまう。子供たちが SNS の情報だけで分かったつもりになって、それ以上のことを自分の頭で考えなくなることが問題だ。

もっとも、 SNS の情報をありがたがって、そのまま真に受けてしまう「SNS 依存症」の大人が多いのも問題だが。


2025年12月14日日曜日

「終末映画」3選

Apocalyptic Movies

前回、「終末映画」のひとつ「レフト・ビハインド」について書いたが、今回はさらに3つの終末映画を紹介する。「終末」とは聖書の「黙示録」の思想で、やがて大惨事が起きて人類は滅亡して、この世は終わるという予言の書だ。終末映画は、その大惨事をさまざまな設定にしている。以下の3つはそれぞれ「核戦争」「パンデミック」「気候変動」という現代的な題材で終末の舞台設定をしている。そして終末思想の重要な点は、悲惨で絶望的なこの世が終わっても、その後に新たな素晴らしい世界が再出発するだろうという希望の物語でもある。「終末映画」のストーリーは、そのような聖書の物語に沿っている。


「ザ・ウォーカー」

題名の「歩く人」のとうり、主人公の男は最初から最後までひたすら歩き続ける。そこは核戦争で壊滅した廃墟の世界で、人間の文明は崩壊している。生き残ったわずかの人間は、略奪や強盗や殺人をやっている無法の世界だ。その闇の世界を牛耳っている男がいて、「歩く人」が 持っている持ち物を奪おうとする。しかし「歩く人」は強く、あらゆる攻撃をはねのけて持ち物を守る。しかし持ち物が何かを映画は最後まで明かさない。

最後の最後に着いた男の目的地は、生き残ったわずかの人たちが文明社会を再建しようと作っている図書館だった。そして男が持ってきたのは一冊の本で、それを本棚にそっと置く。カメラがその本のタイトルをクローズアップで映すと、それは「HOLY BIBLE」だった。それは地球上でただ一冊だけ残っていた「聖書」だったのだ。滅亡した世界を再建するのは聖書の力だというメッセージの映画だ。


「アイ・アム・レジェンド」

ウィルスが突然変異して強力になり、地球上の人口の9割が感染して死滅してしまう。残りの人間は凶暴な人食いゾンビになっている。荒廃した無人のニューヨークに生き残った主人公の科学者は必死に血清の開発をやっている。やがて血清の開発に成功するが、そのときゾンビ軍団に襲われる。男は血清を守るために、手榴弾でゾンビもろとも自爆してしまう。そしてその直前に大事な血清のサンプルをもう一人の女性の生存者に託す。

女性は、ニューヨークから避難した人たちの住むコロニーへ託された血清を届ける。村には大きな教会があり、外部の人間の侵入を防ぐために、銃を持った兵士が警戒している。そして星条旗が掲げられている。この映像は、アメリカを守るのは「軍隊」という政治権力と結びついた「教会」だ、というキリスト教原理主義者のメッセージを表している。そして人類のために命を捧げた主人公の科学者を、救世主(メシア)として讃えている。


「ノウイング」

主人公の少女の祖母が子供の頃に埋めたタイムカプセルを開けてみると、無数に書き連ねた暗号のような数字が出てくる。それを宇宙物理学者が読み解く。例えば「911012996」はアメリカ同時多発テロの日付と犠牲者数だった。他の数字も過去の天災や人災と一致していることが判明する。そして今後起こるであろう大惨事の予言の数字も含まれている。そして予言どうりの日に本当に大惨事が起こる。巨大な太陽フレアによるオゾン層破壊が原因で超高温になり、地球は大火災で焼き尽くされていく。人類滅亡の危機になったとき、異星人が宇宙船に乗ってくる。異星人は男女二人の子供を選んで宇宙船に乗せて連れ去る。

ラストで、二人が天国で幸せそうに遊んでいるシーンで終わる。この二人は聖書の物語にある、「携挙」で神に選ばれた人間に当たる。そして二人はやがて結婚して、新しい人類世界を樹立することを暗示している。


なお、終末論や終末映画については、以下の本が参考になる。
 「映画と黙示録」 岡田温司
 「アメリカ映画とキリスト教」 木谷佳楠
 「ハリウッド映画と聖書」 アデル・ラインハルツ