2026年1月13日火曜日

映画「月はどっちに出ている」と スーパードライホール

Post-Modern Architecture 

前回、映画との関連で、大阪の「キリンプラザ大阪」について書いたが、東京にもビール会社の建築「スーパードライホール」がある。「大阪のキリン」対「東京のアサヒ」 のビール対決のかっこうだ。浅草に行くと、川向こうの金色に輝くウンコのオブジェが嫌でも目に入る。

この「スーパードライホール」は崔洋一監督の映画「月はどっちに出ている」に登場した。主人公の方向音痴の新人タクシードラバーが迷子になって会社に電話する。東京タワーなどのランドマークが見える方向を伝えて自分の居場所を教えてもらう。そのランドマークのひとつが「スーパードライホール」だった。

映画には、タクシー運転手が在日朝鮮人であるほか、多様な国の人たちが登場し、それぞれが勝手な生き方をしている、混沌としたイメージの映画だ。そして彼らの住む東京も無秩序で混沌の都市だ。だから主人公のタクシー運転手は方向を見失ってしまう。道がわからないだけでなく、人生においても自分の居場所がよく見えず、どういう道を生きるべきかに不安を抱いている。映画はそういう現代の人間の姿を描いている。

「スーパードライホール」は、その混沌とした東京のシンボルとして登場する。設計はフランスの建築家フィリップ・スタルクだ。このビルは、合理性を追求するモダニズム建築を否定する「ポストモダニズム建築」の典型だ。ビルの形はビールジョッキを模していて、屋上にはビールの泡が乗っている。そしてウンコのオブジェだ。目立つだけが目的の空虚なキッチュ建築だ。

2026年1月12日月曜日

映画「ブラックレイン」と キリンプラザ大阪

「Black Rain」 

映画「ブラックレイン」は、リドリー・スコット監督の作品で、ストーリーや映像が、名作「ブレードランナー」と共通するフィルム・ノワール的な雰囲気の映画だ。

ニューヨーク市警の刑事ニック(マイケル・ダグラス)が、殺人を犯した日本人ヤクザの佐藤という男(松田優作)を日本へ送り返す護送のために日本へやってくる。しかし大阪空港でまんまと犯人を取り逃してしまう。そして大阪府警の松本刑事(高倉健)と協力して佐藤の再逮捕に乗り出す。こうして二人が、犯人佐藤を追い詰めてゆくまでをスリリングなアクションで描いてゆく・・・

撮影のほとんどは、大阪の道頓堀あたりの夜の繁華街でロケしている。けばけばしい看板(あのグリコの巨大看板も出てくる)が頻繁に登場する。「ブレードランナー」に日本人の屋台の寿司屋が出てきたが、あれと同じ猥雑な街のイメージだ。リドリー・スコット監督は事前に何度も日本に来てロケハンをしたが、当初東京だった予定を大阪に変更したという。猥雑な街のイメージを表現するには大阪がピッタリだった。

なかでも重要な舞台になっているのが、「キリンプラザ大阪」だ。機能のない、がらんどうの行灯のような4本のガラスの塔が宙に浮かんでいる。外観だけでなく、内部のインテリアを繰り返し丁寧に撮っている。表向きは近代的だが、うわべの装飾だけの空虚な建築だ。だからリドリー・スコット監督は、このビルが映画の世界観を表現するのにピッタリだと考えたのだろう。

このビルの設計は、建築家の高松伸だ。高松自身もWEB サイトで、大阪という立地の特性を生かした大阪のアイコンになるデザインにしたと言っている。確かにこのビルは、周囲の巨大広告に溶け込んでいて、これ自体もひとつの巨大広告になっている。1987 年に竣工したこのビルは、2008 年に、わずか 20 年で解体されてしまった。商業ビルとしての経済的な採算が取れなかったからだという。(写真は高松神設計事務所の WEB サイトより)

 

2026年1月11日日曜日

一点透視と2点透視

Perspective : One Point & Two Point

ネットでこんなスケッチを見かけたが、パースが気になる。横長の建物をかなり横から描いている。しかし建物の正面の線は完全に垂直・水平になっている。一点透視図としては正しいが。しかし不自然に見える。


 これだけ横長の建物だから、建物の、左端の高さと右端の高さはかなり違って見えるはずだ。だから下図のように、右側にも消失点を設けて、2点透視で描かなければならない。


2026年1月10日土曜日

「ゴッドファーザー 4」?

 「Godfather 4」?

去年の終わり頃、「ゴッドファーザー 4」が公開予定というネット情報が流れて、一瞬「えっ?」と思ったが、ちょっと調べたらすぐにフェイクだとわかった。それが今年になってもまだ続いている。ポスターがいかにもそれらしく、予告編まであって手がこんでいる。誰が何のためにやっているのか知らないが、デカプリオが主演ということになっていて、それだけで不自然に感じる。

だからというわけではないが、改めて「ゴッドファーザー」の1、2、3  を NETFLIX で連続で一気に見てみた。一日がかりだが通しで見ると、この映画の素晴らしさを改めて感じる。ラストシーンで、年老いて引退したゴッドファーザーが日向ぼっこをしながら、悔いばかりだった自分の一生を回想しているうちに、ふっと息を引き取る。この余韻を残した終わり方がよく、「4」を作ると余計な付け足しになってしまい、その余韻を壊してしまう。三部完結でいい。


2026年1月9日金曜日

現代に生きる「九相図」

 Kusozu

前回書いた「九相図」は、鎌倉時代の絵巻だが、それは江戸時代に至るまで受け継がれ、さまざまなバリエーションの「九相図」が描かれてきた。その経緯は「九相図をよむ」(山本聡美)に詳しく解説されているが、同書はさらに、現代においても現代的な解釈で「九相図」が描かれているとして、松井冬子という日本画家の作品を紹介している。


松井冬子の九相図の連作のひとつで、元の「九相図」の要素を引用している。例えば、内蔵が剥き出しになっているなど。しかし一方で、元と違って、顔はこちらをしっかり見つめていて、むしろ自分の内蔵を見せびらかしているようだ。同書の解釈では、仏教の教義で否定されていた女性の存在を現代的に肯定的に捉え直している、としている。



2026年1月8日木曜日

怖い絵「九相図」 日本のメメント・モリ

 Kusozu

「九相図」(くそうず)という日本絵画があることを初めて知った。「九相図をよむ  朽ちてゆく死体の美術史」(山本聡美)という本で詳しく解説されている。

鎌倉時代の絵巻の絵で、打ち捨てられた人間の死体の変遷を九段階に分けて描いている。死後、腐敗し骸骨になって朽ちていくまでを写実的に生々しく描いている。仏教の教えである、現世の人間を不浄なもの、無常なものとして、死に対する畏れと諦めの思想を表現している。

西洋絵画でも、「自分がいつかは死ぬことを思って生きろ」という人間のはかなさを知らしめるための「メメント・モリ」(死を想え)がある。骸骨になった人間を描いたが、それとまったく同じ絵画が日本にもあったことに驚く。以下に9つのうちの5つを同書よりあげる。



死んだ直後の美女。着物がはだけているが顔はまだ美しい

死後硬直で手足が固まり、身体は膨張して、肌は黒ずんでいる

腐敗し、虫がわき、皮や肉が破れて膿や血が流れ出している

野犬やカラスに肉を食われ、骨が剥き出しになっている

肉を食い尽くされ、骸骨になった死体

2026年1月7日水曜日

国会図書館


国立国会図書館は蔵書数が日本一だ。出版されたすべての本はここに収めることが法律で義務づけられているから、ない本はない。しかも創設の明治時代以来だから蔵書数は膨大だ。学術的な専門書も完璧に揃っている。来館者が入れるのは1階だけで、その他の階はすべて書庫になっている。

閉架式図書館で、書棚に直接アクセスできない。借りたい本を申し込みカードに記入して出庫してもらう方式だ。だから蔵書検索用 PC がずらっと並んでいる。しかし館外貸出はしないから、館内で読まなければならない。そのため閲覧室が広大で、来館者全員が座れるくらいの席がある。そこでノートを取ったりしながら読むが、一回で済むことはないから、何度も通うことになる。


本格的な調べものをすることはなくなった今は、国会図書館へ行くことはない。地元の市立図書館を利用する。しかし貸出予約はネットでできるが、借り出しや返却には実際に行かなければならない。それが億劫になって、最近は市立図書館へもあまり行かなくなった。代わりに Amazon で買ってしまう。市立図書館にはないような本も入手できるからかえって便利だ。