2026年10月26日月曜日

「朝食画」のワイングラス

 Wine glass in Still-life

風景画や静物画などの現在のような絵画のジャンルが生まれたのは、17 世紀のオランダだった。一般市民が部屋に飾るための絵の需要が生まれ、宗教や神話の世界を描いていたそれまでの絵画が、親しみやすい絵画に変わった。市民の日常生活を描いたフェルメールの風俗画もそのひとつだった。

静物画も当時新しく生まれた絵画のジャンルで、日常的な身近な物を描いた。さらに静物画の中でも「朝食画」というジャンルがあったそうだ。朝食らしくパンや果物などの軽い食べ物をモチーフにした。ワイングラス、銀食器、オレンジ、などを細密描写していて、質感表現が驚異的だ。

なお朝食画にワイングラスが必ず描かれたのは、朝食でもワインを飲むのが普通だったためで、当時のオランダの豊かさがわかる。そのワイングラスは独特で「レーマーグラス」と呼ばれるそうだ。握る部分が太く、そこにもワインが入るから容量がかなり多いようだ。そこに凸凹がついているのは滑りどめだという。もともと手づかみで食べていた時代に、油のついた手でも滑りにくくしていた頃の名残だという。


2026年10月25日日曜日

巨匠たちが描いた「アブサン」の絵

Absinthe 


アブサンは、アルコール度 70%という強い酒で、飲むと幻覚症状が出たという。緑色をしているので、緑の悪魔と呼ばれたそうだ。これが 19 世紀末から20 世紀初頭にパリで大流行した。享楽的で退廃的な世紀末の雰囲気にぴったりだった。アブサンは絵画の題材としてさかんに描かれれ、ゴッホや、ロートレックや、ピカソなど巨匠たちも描いた。


ゴッホ
「アブサンのある静物」
ゴッホはアブサンの飲みすぎで、精神のバランスを狂わせたといわれている。これはゴッホがカフェで、アブサンを飲みながら描いた絵。アブサンは少しずつ水を垂らしながら飲んだそうで、水差しは、そのためのもの。











ロートレック
「ゴッホの肖像」
そのゴッホがアブサンを飲んでいるところをロートレックがスケッチした。グラスが透明で見えずらいが、確かに緑色っぽい色をしている。












マネ
 「アブサンを飲む男」
男が路上飲みしている。すでに一本空けてしまったようで、ビンが道に転がっていて、最後の一杯がそばに置いてある。













ラファエリエ
「アブサンを飲む人びと」
老人二人が裏庭のようなところで、わびしく飲んでいる。








ジャン・ベロー
「アブサン飲み」
ジャン・ベローは、印象派と同じ時代の画家で、パリの市民の日常生活を描いた。この絵は男女二人が飲んでいるが、表情は虚ろで、会話もない。ワインなどと違って、アブサンは楽しい気分で飲む酒ではないことがわかる。










ピカソ
「アブサンを飲む人」
男か女かわからない派手な服装は、退廃的な世紀末の時代を思わせる。














ピカソ
「アブサンを飲む女」
うつろな表情でグラスを見つめている女。















アルベール・メニヤン
「緑色のミューズ」
アブサンは幻覚症状が出るので、緑の悪魔と呼ばれたが、アブサンを飲んだ男が幻覚の中で、緑色の衣装を着た悪魔に付きまとわれている。「ミューズ」というタイトルなので、男は画家自身なのだろう。















アブサンの禁酒啓蒙ポスター
2 0 世紀初頭には、アブサンが麻薬扱いされて禁止された。しかし現在では、麻薬ではないことが証明されて、普通に売られている。

2026年10月24日土曜日

PHP 問題とブログ

 PHP

このところ、PHP の危険性の問題が大騒ぎになっている。ホームページや Web サイトが、システム改修のための一時停止になっている。個人のブログも危ないと言っているので、自分の場合は大丈夫か調べてみた。その結果、自分のこのブログは Google が運営する「Blogger」 だが、これは PHP を使っていないので安全だそうで、安心した。

「Blogger」 は HTML 言語を使っているので、外部からサーバーを操作することなどできないから安全だという。PHP を使っている多くのブログで、投稿ができないなどのサービス停止がされているようだ。ちなみにPHP を使っているブログは、FC2 ブログ、アメーバ ブログ、ライブドア ブログ、などだという。


2026年10月23日金曜日

「マッキアイオーリ」イタリアの印象派

Macchiaioll

5年ほど前に当ブログに投稿した 「イタリアの印象派:マッキアイオーリ」に対して、先日、見知らぬ人からコメントが来て、忘れていたその投稿のことを思い出した。

「マッキアイオーリ」とは、19 世紀のイタリアで起きた美術運動で、フランスの印象派に似ていた。印象派が、絵の具を混色せずに原色をキャンバスに並べる「筆触分割」で描いたように、マッキアイオーリも色の斑点(マッキア)を使って、光を捉えようとした。

それに対して今度もらったコメントは「マッキアとはイタリア語で『染み』のことを指します。エスプレッソ・コーヒーにミルクを入れたものを『カフェ・マッキアート』といい、ミルクがにじんだ染みのように見えます。絵画でもそれと同じ感覚だと思います」ということだった。イタリアに詳しい人のようで、なるほどと思い参考になった。

ちなみに5年前の投稿は下記のようだった。「麦うち場」という絵は、田舎の農家ののどかな風景を描いている。手前の庭で、犬が鶏を追いかけている部分の拡大が下で、筆触がはっきりと見えている。筆触を消して、ムラなく色を塗る古典的な絵画との違いがわかる。




2026年10月22日木曜日

幻想のパリ

Erick Desmazieres 

20 世紀のフランスの画家エリック・デマジエールは、パリの街を幻想的かつ魅力的に描いた。


「パサージュ」は、パリにあるガラス屋根付きの道で、日本の商店街と同じく、道の両側に小さい店が並んでいる。その道をを何十倍にもスケールアップして途方もない大きさに描いている。魚眼レンズで撮ったかのように柱が曲がっていて、大きさが強調されている。


パサージュをさらに抽象っぽくして、トンネルのような巨大空間が無限に続いているような幻想的な風景。不気味な魔窟のようだ。


広場の中心で真上の空を見上げている。魚眼レンズで撮ったように、周囲の建物が全部見えている。


骨だけになった建物が並ぶ廃墟になった街。3点透視のパースが、スケール感を出している。


廃墟になった建物の内部。デマジエールは図書館の絵をたくさん描いたが、これはそのひとつで、上部に丸い天窓があり、本が詰まった壁はぐにゃぐにゃに崩れている。



2026年10月21日水曜日

大都市の幻想 ヒュー・フェリス

Hugh Ferriss 

ニューヨークの摩天楼のビルが建築ラッシュになった1920 年代に、ヒュー・フェリスは、建築レンダラーとして活躍した。レンダラーだから自分で建築の設計はしない。だがレンダリングとしての絵だけでなく、架空の建築のイメージを絵画として描いた。それは、巨大なコンクリートの塊が人間を圧迫するような不気味で幻想的なイメージだった。 ”夢の近代都市” ではなく、逆にディストピア的イメージだ。(画像は「The Metropolis of Tommorow」より)





ヒュー・フェリスのこのような、高層ビルが立ち並ぶ都市の光と闇が交錯する暗いイメージは、映画にもさかんに引用された。そのひとつ映画「バットマン」に登場する「ゴッサム・シティ」は有名だ。悪のはびこる犯罪都市を、ヒュー・フェリスのイメージで描いている。


2026年10月20日火曜日

ギーガーの「呪い」

H.R.Giger

ギーガーは、無機的な都市に人間が取り込まれて、人間が機械の一部になってしまっている現代社会を描いた。この「呪い」という絵は、細いパイプが縦横に張り巡らされた都市空間の中に、人間がその一部になっている悪夢のような光景だ。ギーガーはこのような機械と一体となって、生きながら死んでいる人間を「バイオメカニカル」と呼んでいた。


これは1974 年の作品だが、このパイプが張り巡らされた都市空間は、今でいえばインターネット空間だろう。「Web」 とは「蜘蛛の巣」という意味だが、Webという蜘蛛の巣に人間が捕えられているディストピア的光景だ。

ギーガーの絵は CG に見えるが、実際はエアブラシを使って手描きで描いている。数年前に日本で「ギーガー展」があったが、原画を見ることができた。なおギーガーは映画「エイリアン」の、あの不気味な地球外生物のデザインをしたことでも有名だ。