2026年7月3日金曜日

映画「ハリーの災難」

 「The Trouble with Harry」

昨日たまたま TV をつけたら BS で、ヒッチコック監督の古い映画「ハリーの災難」をやっていた。コメディタッチの映画だが、ヒッチコックらしい洒落っ気がある。若い頃ロンドンの美術大学で絵画を学んだヒッチコックは、どの映画にも必ず絵画が登場し、大事な役割りをする。この映画も抽象画を描く売れない画家の主人公が登場する。彼は村にある小さな雑貨店の店先で、絵を売っているが、まったく売れない。

この映画は1955年の制作だが、登場する画家の抽象画は、ジョン・フェレンという画家が描いている。当時アメリカで流行していたポロックなどと同じ抽象表現主義の画家だった。(右はジョン・フェレンの作品)

雑貨店の女主人が絵を褒めると、主人公が「それは上下逆だよ」という抽象画でお馴染みのギャグが入ったりする。

画家が林の中で風景をスケッチしていると、草むらの中に死体が転がっているのを見つけて、サスペンス映画の展開になる・・・

すると画家は風景を描くのをやめて、死人の顔をスケッチする。その絵は被害者にそっくりだったので、警官は画家が殺人犯ではないかと疑う。

すると画家は、「その絵は意識下に眠る忘れかけた記憶にもとに描いたもので、モデルがいるわけでない」と得意の芸術論を言って警官を煙に巻く。そしてその場でスケッチに手を加えて、閉じた目を、両目が開いた表情へと書き替えて見せる。つまり死者を正者へ生き返らせてしまったのだ・・・


2026年7月2日木曜日

風景画の中の静物 ワイエス

Wyeth    Still-Life in Landscape

ワイエスのこの絵「Spring Fed」は、牛舎の中の牛用の水飲み場を描いている。水槽があり、窓の外には牛が見える。そして壁にかけられたバケツが目をひく。このバケツは斜めに置かれているが、遠近法的に極めて正確で、金属の質感表現もすごい。バケツの存在感が際立っている。このバケツだけで静物画として成り立つほどだ。ワイエス自身も、この絵を描こうとひらめいたのは壁にへばりついたこのバケツのためだったと語っている。

ワイエスは、なんでもない日常的な物に目を向けて観察し、それを描写することが多い。それは風景画の中の点景として軽く扱われるのではなく、絵の中の主役のようになっている。だから風景画と静物画が融合したような絵になる。

 

この絵の制作過程で、たくさんの習作スケッチが行われているが、バケツを中心にして、どう画面全体を構成するかに注力している。以下の一連のスケッチを見るとそれがよくわかる。

最初は主役のバケツを細密描写することから始めている。







背景の検討をしている。後ろに仕事をしている奥さんをクイックスケッチで描く。しかし現場に奥さんがいたわけではない。他の時に描いたデッサンをはめ込んでいる。





奥さんを消して窓を描いている。牛舎の雰囲気を出そうとしているが、主役はあくまでバケツだ。






窓の外に牛を描く。画面の全体構成が固まってきた。







バケツと水槽を改めて細く描写する。水槽の水なども書き込んでいる。







着色をしてほぼファイナルに近づく。


ワイエスは写実的なために見た通りに忠実に描いていると思われがちだが、実際は色々な要素を組み合わせながら自分の描きたいイメージを表現できるように絵を組み立てていることが、この制作過程から読み取れる。

2026年7月1日水曜日

アンドリュー・ワイエスの晩年の作品

 Andrew Wyeth : Memory & Magic

現在、都美術館で開催中の「アンドリュー・ワイエス展」は行けそうにないが、昔からワイエスの ”追っかけ” だった。日本で初めて「ワイエス展」があったのはたしか1974年の京都だったと思うが、わざわざ車で見に行った。それ以降もたびたびあった「ワイエス展」は必ず見てきた。それ以外にも、ワイエスを所蔵している小さな私設の美術館へも出かけた。例えば秩父市にある「加藤近代美術館」(現在は閉館)や、埼玉県にある「丸沼芸術の森」などだった。上は有名な「クリスチーナの世界」の習作スケッチだが、これは「丸沼芸術の森」で見ることができる。

画集も集めたが、その中で「Andrew Wyeth : Memory & Magic」は、比較的新しい本だが、あまり知られていない晩年の作品が載っている。ワイエスは2009年に91歳で亡くなったが、下の絵はその10年くらい前の作品。

どこかの室内に月の光が差し込んでいる。左の窓に月の一部が見えている。遠くには高速道路を走る車のヘッドライトが並んでいる。ワイエスが描いてきた古い農家のモチーフとはまったく違う。ワイエスらしくないといえばワイエスらしくない。

「Renfield」 1999

海岸で鳥の羽根が風に舞っている。晩年のワイエスはこのようにファンタジックな傾向が強くなる。

「Airbone」 1996

海岸に打ち上げられた厚い氷の塊から手首が二つ出ている。ファンタジックを超えてちょっと不気味だ。晩年にはどこか「死の気配」を感じさせる絵を描いたといわれるが、これもそのひとつのようだ。

「Breakup」 1994

2026年6月30日火曜日

TV CM 「アメリカの朝」

Reagan 「Morning in America」

選挙戦といえば最近は、SNS が使われているが、中には目にあまるような偽画像も多い。しかしまだ SNS のない時代に、選挙圧勝に導いた有名な TV CM がある。、

1984 年の大統領選挙で、ロナルド・レーガンが圧勝したとき、強力な宣伝が繰り広げられた。アメリカの大手広告会社のハル・ライニーという広告マンが制作した「アメリカの朝」という TV CM は政治広告の最高傑作として今でも有名だ。

人々が働きだす朝を静かに映し出す映像から始まる。明け方に海へ出ていく漁船、タクシーを降りるビジネスマン、畑で作業する農夫、新聞を配達する少年、結婚式をあげる二人、幸せそうなお年寄り・・・などを映し出す。そして静かな声でナレーションが重なる。「再びアメリカに朝がやってきた。・・・彼らは明るい未来を信じることができる。・・・我が国は、より誇り高く、より強く、より良い国になった。・・・」


レーガン大統領は「Make America Great Again」を掲げて(今トランプ大統領がそれを真似している)アメリカ経済を立て直した立役者だが、この CM では政策や経済問題などは一切語らないで、古きよきアメリカという情緒に訴えて、愛国心と安心感を刺激する。国民の共感を得るには「物語」が必要だといわれるが、この CM はそのはしりだった。

2026年6月29日月曜日

ドキュメンタリー「アメリカン・エクスペリメント」

 American Experiment

今年はアメリカ建国 250 年だが、トランプ大統領が巨額の税金を使って派手な記念イベントをやったことに対して国民の猛反発を受けている。そこへタイミングよく、NETFLIXで「アメリカン・エクスペリメント」というドキュメンタリーの配信が始まった。

アメリカがイギリスから独立し、13の州が合体しで合衆国が成立して、憲法を作って議会が始まり、ワシントンが初代大統領になる・・・といったアメリカ建国の歴史をたどっている。それは世界で初めて「民主主義」という概念を基本にして作った国家であり、それは壮大な「実験」だった。だからタイトルは「アメリカン・エクスペリメント」=「アメリカの実験」になっている。

その実験は危うく、いつも崩壊の危険性をはらんできた。そしてこれからもアメリカ建国の理想が崩れる危険性があると警告している。番組は歴史ドキュメンタリーの形をとりながら、明らかにトランプ大統領の暴政への批判をしている。

例えば、第5話の「ワシントンの警告」では。初代大統領のジョージ・ワシントンが就任した頃、政権内の激しい路線対立があったことから、ワシントンは退任後、国家を破滅に導かないためには「過度な党派心に陥るな」と強い警告を発した。番組ではそれを踏まえて、 2021 年の トランプの MAGA 派による議会襲撃事件が、ワシントンが警告したような、党派心による分断と独裁が民主主義の危機をもたらしていることを突きつけている。

番組の最後で、トランプ大統領への大規模な抗議デモが全米で起きていることを紹介している。巨大な横断幕に「We the People 」(われら人民)と書かれている。これは合衆国憲法の序文にある言葉で、国家の主権は政府や大統領にあるのではなく一般市民にあることを宣言する言葉だ。



2026年6月28日日曜日

ワイエスの「風」の絵

 Wveth ”Wind”

ワイエスには「風」をテーマにした絵がある。

「海からの風」
室内は古く汚れていて、ブラインドは半分降りている。人の気配を感じない静寂の部屋だ。屋外は曇っていて、原っぱだけの寂しい風景が見える。遠くに海が少しだけ見えていて、そこから吹いてくる風がレースのカーテンを揺らしている。風のおかげでどこか哀愁を感じさせる。


「洗濯物」
干してある洗濯物が風になびいている。下には洗濯カゴがあり、そばには犬がいる。家の中の何でもない片隅の風景をワイエスをよく描いた。人間は描かれていないが、人間の存在とその生活感が伝わってくる。


「ペンテコスト」
魚網が干してあり、風にたなびいている。遠くに海が見えている。画面全体がほぼ網だけで構成された造形が面白い。


「クリスチーナ・オルソン」
体の不自由で外へ出られないクリスチーナが戸口に座って外を眺めている。髪の毛が風になびいている。風を感じながら、外の世界へ想いをはせている。



2026年6月27日土曜日

映画を早送りで観る人たち

 Streaming Movie

最近、映画を見るのが、NETFLIX 中心になってしまった。NETFLIX オリジナル作品がすごい量で配信されているが、それらは映画としてのレベルは必ずしも高くない。アカデミー賞などの賞をもらったという話は聞かない。そしてシリーズドラマが多いのも特徴だが、長すぎて間延びした内容が多く、2時間に凝縮されている映画のような密度感がない。だからつまらない部分はどんどん早送りで飛ばしながら見る。

NETFLIX が盛んになり始めた3年ほど前に出た「映画を早送りで観る人たち」(稲田豊史)という本は、 NETFLIX で映画を観る若者たちの実態を調べている。

 「”コスパ” のために、2時間の映画を1時間で観たい」
 「つまらないと感じたら、あとはずっ 1.5 倍速」
 「会話のないシーンは即飛ばす」
 「観る前にネタバレサイトをチェック」
 「最初と最後が分かればいい」
 「セリフで全部説明してくれない映画は”つまらない”」
 「友達との会話に入っていけないから、話題の映画は見ておく」

などを指摘している。要するに映画は「鑑賞」するものではなく、ファストフードのように ”ファスト映画” として「消費」するものになってしまった。見る側のこういう視聴スタイルの変化が作る側の作品作りにも影響して、レベルの低い映画が蔓延することになる。