2026年6月11日木曜日

江戸時代の洋画家 佐竹曙山と遠近法

 Perspective in Edo

佐竹曙山は秋田藩主でありながら画家だった。油絵を学び洋風の絵を描いた。代表作の「湖山風景図」で、手前の松を大きく描き、遠近感を強調し、松の幹には陰影がつけられ立体感がある。浮世絵などの日本絵画になかった遠近法と陰影法を取り入れている。

「空間を描く遠近法」(黒田正己)に曙山の遠近法についての解説があるが、それによると、彼はオランダからもたらされた情報をもとに西洋絵画を学んでいて、遠近法についても研究していた。そして「画法綱領」と「画図理解」という遠近法の解説書を書いたが、これが日本人が書いた最初の透視図法の本だったという。

その本は、在来の日本の絵はただ美麗を尊ぶだけで、写実の重要性を知らず、立体を描かないと批判している。その上で、「近きは大、遠きは小」などの遠近法や「明暗によって遠近高低を表す」などの陰影法を教えている。

右は、この本に示されている「八分乃一図」という説明図の例。人間の視野角は、上方8分の1=45 ° であることを示している。
そしてこの図でもっとも重要なのは、「近きは大、遠きは小、眼力尽きて視る能わざる所地平線なり」」と言っていることで、眼力が尽きて見えなくなる所とは消失点のことで、それが地平線上にあること、そして地平線は見ている人の目の高さ=アイレベルと同じであるという、遠近法の基本中の基本をこの図で示していることにある。

2026年6月10日水曜日

ワイエス 窓から差し込む光

 Andrew Wyeth

「アンドリュー・ワイエス展」は終了間近だが見に行けそうもないので、手元の画集を眺めている。その中から「窓から差し込む光」がテーマの絵をあげてみた。

画像は以下より
「Andrew Wyeth   Memory & Magic」
「The Art of Andrew Wyeth」
「Andrew Wyeth  Autobiography」


農家の納屋のような壊れかけた古い部屋で、窓から差し込む光が壁に当たっている。この絵のコメントをワイエス自身が書いている。

『私は午後の光と、この家のボロボロになった感じを描きたかった。その日は霧で、私は古びた道具などに当たって拡散する光が好きだった。そしてバケツに当たってできた影も面白かった。』









暗い室内に、小さい窓から差し込む光が床に当たっている。壁にはレインコートが掛かっているから雨上がりだろうか。そしてコートの主は今帰ってきたばかりなのか。ワイエスの絵にはこのように、人を描かずに人を感じさせる絵が多くある。
題名が「Room After Room」で、手前の部屋に続く次の部屋を描いている。手前の部屋は納屋のようで、ガラクタが置いてある。向こうの部屋にいる女性は、ワイエスがよくモデルにするクリスチーナ・オルソンだ。彼女には向こうの部屋の窓から光が当たっている。女性の椅子に立てかけている細い棒は、暖炉の火かき棒で、ワイエスは『この棒に当たっている強い光のハイライトを強調するために(色をつけずに)水彩紙の白を残した。』とわざわざコメントしている。







窓辺に置いてあるバケツに窓からの光が当たっている。暗い部屋の中でそこだけスポットライトが当たっているようだ。部屋の片隅にある何でもないものを生き生きと魅力的に描いている。壁はブラックアウトさせて、明と暗だけで構成したシンプルな構図だ。

















知人に宛てた手紙にスケッチが描かれている。窓辺の花を描いている簡単な絵だが、窓から差し込む差し込む光がしっかり描かれている。それによって花が活き活きとしている。光に対するワイエスの意識の高さがこんな簡単なスケッチにも現れている。










エドワード・ホッパーの「窓から差し込む光」を描いた絵について先日書いたので参考まで。→ https://www.blogger.com/blog/post/edit/5842824525266145803/4477866868539511877

2026年6月9日火曜日

健康情報で稼ぐ人たち

Diet Pills ? 

糖尿病の薬がダイエットに効くという SNS の情報を信じて、その薬を飲んでいる女性がたくさんいるという。この薬は食欲を減退させる効果があるだけでダイエットに直接効くわけでない。逆に副作用があって、深刻な健康被害をもたらすという。

昔の話だがアメリカで、タバコを吸うとダイエットに効果があるという情報を医者が発信した。タバコは食欲を減退させるだけだが、たくさんの女性たちがタバコを吸うようになった。それを仕掛けたのはタバコ会社の「マールボロ」で、そのおかげで、タバコの売り上げが大幅に伸びて大儲けした。

今の糖尿病薬でもそれと同じだ。SNS で情報を流している発信元は、美容クリニックなどの医療系事業者で、来院者を増やしたり、薬を売ることで儲けるためにやっている。しかしSNS の情報を何でもありがたがる習性の人はたくさんいて、ひっかかる。

健康情報で稼ぐ事例は他にもたくさんある、コロナの時に、ワクチンは死ぬ危険性があるから打つなという情報がSNS で盛んに流れた。ワクチンよりも安全に抗体を作れる〇〇という薬を飲む方がいいというふれこみだったが、実際は効き目のないただのサプリメントだった。しかしそれを真に受けてワクチンを打たなかった人がたくさんいた。SNS の発信者は、〇〇大学教授とか、医学博士とかを名乗っでいたが、SNS の言うことを何でも信じる人たちのおかげで、彼らは大儲けした。


2026年6月8日月曜日

映画「レベッカ」と肖像画

「Rebecca」 

映画「レベッカ」の NETFLIX 版を見た。1940 年のヒッチコックの名作「レベッカ」のリメイクだが、ほぼ同じ脚本になっている。

世間しらずの若い女の子がいきなり大富豪の貴族と結婚する。妻として初めて男の家に行くと、そこは何百年もたつ幽霊屋敷のような古い大邸宅で、部屋の壁には至るところに先祖代々の肖像画が飾ってある。そして夫にはレベッカという名前の前妻がいて、数年前に事故で死んでいたらしいことを、新妻はおぼろげに気づき始める・・・

ある夜、邸宅で仮装舞踏会が開かれる。若い妻は、壁に掛かっている前妻レベッカの肖像画と同じ真っ赤な衣装を着て現れる。まるで額縁から抜け出してきたかのようだ。夫を喜ばせるつもりで無邪気にやったことだが、それを見た夫の表情が凍りついてしまう。この瞬間からストーリーは急転し、レベッカの「妄想」をめぐる真相が暴かれていく・・・

この有名なシーンは映画の中で重要な意味があるのだが、それについて西洋美術史家の岡田温司氏は「映画は絵画のように」の中で、「肖像画」の持つ意味についてこう解説している。

「・・すでに死んでいるにも関わらず、肖像画の存在は主人公たちに取り憑き、場合によっては呪縛さえする。・・それゆえ肖像画はしばしば、不在と現前、死者と生者の境界線上に位置づけられてきた。・・映画『レベッカ』で、大邸宅のいたる所にレベッカの亡霊が跳梁していてヒロインを悩ませる、この映画は、肖像画がもたらすこうした不気味な効果を最大限に活かしている。・・」

ヒッチコック版の「レベッカ」でも、壁に飾られた肖像画のレベッカに
なりきっていると確信したヒロインが得意満面の笑顔を浮かべている。

2026年6月7日日曜日

「浮遊感」 鈴木春信とフラゴナール

Floating feeling Harunobu & Fragonard

前回、浮世絵師  鈴木春信の絵暦について書いたが、これも春信の絵暦。「清水の舞台より飛ぶ美人」という題で、恋の成就を祈って清水の舞台から飛び降りる少女を描いている。

着物の柄が「大、二、三、五、六、八、十」という文字になっていて、「大」の月( 30日の月)が、2、3、5、6、8、10、の各月であることを示していて、暦の役割を果たしている。

傘のパラシュートで、宙に浮いた少女がゆっくりと降下している。振袖は羽のように羽ばたいていて、浮遊感と飛翔感を表している。春信は、このような非現実的な無重力の世界を好んで描いた。


この絵を見ていて、ロココ時代の画家フラゴナールの「ぶらんこ」を思い出した。貴族の家らしい木の生い茂った庭園で少女がブランコに乗っている。左下には恋人らしき男が少女を眺めている。

これは春信の絵との共通点が多い。どちらも少女が主人公で、傘のパラシュートとブランコの違いがあるが、無重力状態で宙に浮かぶ浮遊感がテーマになっている。そして華やかな衣装がはためいているのも同じ。

この二つの年代を調べてみたら、春信の絵は1765年で、フラゴナールの絵は1797年で、ほぼ同じ時代に描かれている。浮世絵とは浮世(現世)を楽しく生きようという江戸の文化がもとにある。ロココ美術も、個人の享楽を尊ぶ軽妙・自由な精神の時代だった。両者の共通性が「浮遊感」を表現することに現れているようだ。

2026年6月6日土曜日

江戸のカレンダーのデザイン

 Calendar design in Edo

江戸時代の暦は太陰暦であるため、大の月(30日の月)と小の月(29日の月)があり、それが一定でないので、新しい年になると、大小が一目でわかる暦(カレンダー)が必要になる。それで自分がデザインした暦を年始の挨拶として贈りあった。今の年賀状のようなものだ。

それは「絵暦」と呼ばれ、絵と文字が組み合わされていた。デザインは美しいもの、面白いものが好まれ、さまざまな趣向が凝らされた。絵の中に隠し文字があるものや、一行ほどの言葉遊びになっているもの、などだった。

人々は絵暦で競い合い、絵暦の同好会ができ、「大小絵暦交換会」というイベントを毎年開いたりした。メンバーが作品を出品し、互いに批評しあったり、交換したりした。今で言えば、絵の好きな仲間同士が集まってグループ展をやるようなものだ。

そこには浮世絵の絵師も参加していた。鈴木春信もその一人で、上の作品は代表作。雨が降ってきて、慌てて洗濯物を取り込んでいる女性を描いているが、洗濯物の模様が「大「小」の文字になっている。このような多色刷りの絵暦はやがて「錦絵」に発展していった。


2026年6月5日金曜日

SNS の認知戦

 Cognitive Warfare

この間あるTVで「現代の戦争  認知戦の脅威」という番組をやっていたが、その中で「ナラティブ」が大事なキーワードとして使われていた。最近よく使われるこの言葉の意味は「物語」という意味だ。敵を攻撃することを正当化するためのストーリーを作り上げる。例えばプーチン大統領がウクライナ侵攻を「欧米の侵略から、歴史的正統性を持つロシアの生存権を守り抜くため」というナラティブを主張している。トランプ大統領はイラン攻撃を「米国をイランの脅威から守るための不可避の防衛措置である」というナラティブを発信している。

今の時代は、 SNS が認知戦の最大の武器になっている。ターゲットの国の世論に働きかけて、内部を分断させ、武力を使わずに自国に有利な状況を作り出そうとする。それは巧妙に仕組まれていて、一見するとプロパガンダには見えない形で行われるからやっかいだ。

だから普段から SNS の言うことを何でもまに受ける人たちは騙されやすい。認知戦を仕掛ける側は、そういう人たちを「役にたつ愚か者」と冷笑している。それは、「ナラティブを簡単に信じてくれて、利用できる自覚のない人間」という意味だ。

そして今、日本は猛烈な認知戦を仕掛けられている。同TV番組はそのことを客観的なデータをもとに分析していた。