2026年4月15日水曜日

ギー・ドゥボールのパリの地図

Phycogeography 

日経新聞のコラム「不条理な現実を裂く」シリーズで、ギー・ドゥボールの地図を紹介していた。地図とは一般的に、地形や道路などの情報を客観的に視覚化した記録だが、この地図はまったく違う。


既存のパリの市街図を複数の断片に切り分け、それらを赤い矢印で結び替えている。人が都市をさまよう中で感じる情動の強度に従って位置関係や距離を決めている。人間はある街区に引き寄せられたり、避けたりする。そういった歩行者の経験によって書き換えられた地図だ。

ギー・ドゥボールは、資本主義的な効率や管理に支配された都市空間を批判した思想家だが、その観点からこの地図を提唱した。都市を歩くときに迷ったり、偶然に何かを見つけたりする偶然性が奪われている現在の都市空間への批判だ。これを「心理地理学」と呼んでいた。

これは日本でもよくある。居酒屋などが並ぶ、親密感のある路地裏が、都市再開発で消えて、近代的なビルに変わったりする。

そして記事の筆者は、そういう都市を効率的に移動するための地図として使われているナビゲーションが、街を歩くことの偶然性を奪っていると指摘している。


2026年4月14日火曜日

「編集」ということ

 Edit

去年亡くなった松岡正剛は「編集」ということの意味についてこう定義づけていた。

「編集とは、インプットされた情報を「知」へと変換し、新たな意味のつながり(関係性)を発見・構築するプロセスをいう。」

要するに、かき集めた情報をつなぎ合わせるだけでは価値のある新たな情報は生まれないということだ。編集されていない(新しい知見がない)情報が溢れている今のネット社会に対する批判にもなっている。

それを自ら実践したのが「松岡正剛の千夜千冊」という自身のブログだった。一回ごとに自分が読んだ本について書いているが、単なる書評ではない。本を出発点として独自の論考を展開している。取り上げる本のジャンルはさまざまで、題名の千冊を超えて 1800 冊に及んだ。そのうちの多くが独立した単行本として出版されている。



2026年4月13日月曜日

映画「1001 グラム」

「1001 Grams」

4 / 11 はメートル法記念日だった。度量衡を尺貫法から世界標準のメートル法とすることを法定化した日だ。日本も含め世界中の国でメートル法が当たり前になっているが、ただアメリカ一国だけが メートル法でなく、ヤード・ポンド法をいまだに使っている。例えば買い物をする時に商品の表示がインチやポンドになっていて、慣れないと不便極まりない。車の運転でも、スピード制限速度の標識がマイル表示だ。車のスピードメーターもアメ車はマイル単位だからいいが、日本車などの輸入車は km 表示だからいちいち換算しなければならない。こんなところまで国際標準に従わない「アメリカ・ファースト」なのは(笑)メートル法を初めて定めて世界に提唱したのがフランスだからかどうか知らないが。

全世界のメートル法を管理しているのがパリにある国立計量研究所で、メートル原器やグラム原器はここで保管されている。(写真はグラム原器で、空気に触れないように、2重のガラス容器に入れられている)各国の原器はこれを基準にして作られている。このことを題材にした面白い映画があった。

「1001 グラム  ハカリしれない愛のこと」(原題:1001 Grams)という10 年ほど前のノルウエー映画だ。ノルウエーの国立計量研究所に勤める女性研究員が主人公で、パリで行われる国際計量学会へ参加する。そこでは原器が金庫で厳重に保管されている。彼女は、自国の原器が世界の原器であるフランスの原器と合っているかどうかを照合するために、 1kg (1000 g) の原器を持参する。ところがノルウエーに帰ってくると原器が壊れていて、1g 狂って1001g になっていた。青くなった彼女は、こっそりパリへ戻って直してもらおうとする・・・

そこで人々との出会いがあり、愛が生まれ、 1グラムという物理的な重さよりもっと大事な人生の重さに気づいていく・・・ というお話しで、それが題名の「1001 グラム  ハカリしれない愛のこと」の意味だった。


2026年4月12日日曜日

エッシャーのパースペクティブ

 Escher

前回書いた17 世紀の遠近法の教科書「PERSPECTIVE」は当時の建築画や室内画に大きな影響を与えたが、その影響は現在でも続いているのではないかと思うことがある。

この本の遠近法の作例のなかに、建築内部の天井を見上げた図がある。


エッシャーの画集の表紙に使われている有名なこの絵は上の図からヒントを得ているのではないかと思う。ただしこちらの方はエッシャーらしい ”ひねり” が効いている。窓にとまっている鳥が、上から見下ろすビュー、下から見上げるビュー、横から見るビューの3つに分かれている。



2026年4月11日土曜日

17 世紀の遠近法の教科書 「PERSPECTIVE」

「 PERSPECTIVE」

17 世紀オランダのフェルメールが室内画で遠近法を確立したが、同じ頃、デ・フリースという画家が建築画で遠近法を確立した。下はその作品で、実在しない架空の建築を想像で描いる。



そのデ・フリースは、「PERSPECTIVE」という遠近法の教科書を出版した。建築や都市景観の作例が、一ページに一枚ずつ示されている。それぞれは消失点の位置を変えたり、視点の高さを変えたりすると、景観がどう変わるかをいろいろなケースで示している。文章による説明はない。この本は、遠近法のサンプル帳として、当時の画家たちが便利に使っていた。
(この本の復刻版をAmazon で入手可能)


1点透視と2点透視の比較

見上げたビューと見下ろしたビューの比較

人物が描かれていて、消失点と地平線とアイレベルの関係を示している

広い都市空間


2026年4月10日金曜日

ゴヤの「戦争の惨禍」

 Goya's The Disasters of War

日経新聞の文化欄の「10選」シリーズで、今度は「不条理な現実を裂く」が始まった。第1回目は、ゴヤの版画集「戦争の惨禍」を取り上げている。全部で 80 点ある中の第 71 番の「大衆の利益に反して」という作品。


コウモリのような翼を広げた怪物が、政令を発する書物にペンを走らせている。画面下のスペイン語は「大衆の利益に反して」という意味だという。怪物の着ている黒いロープは聖職者のものであり、宗教と政治権力が結託して、「民のため」と唱えながら民を支配する権力者を描いているという。

記事の筆者はこう言っている。「このような怪物は、どの時代にも、どの国にもいて、国家と神の名のもとに戦争を始める。今現在も私たちは、そういう権力者をリアルタイムで目撃している」 名指しはしていないが、明らかに国民のためと称してイラン戦争を始めたトランプ大統領を指している。

なお「戦争の惨禍」の全作品 80 点はこちらのサイトで見られる。
→ https://www.abaxjp.com/goya-war/goya-war.html


2026年4月9日木曜日

ドキュメンタリー「ハルマゲドンを待ち望んで」

Evangelicals 

一昨日の NHKで、『ハルマゲドンを待ち望んで』というドキュメンタリー番組をやっていた。キリスト教福音派がアメリカの政治に大きな影響力を持っている実態を詳しく取材していた。トランプ大統領のイラン攻撃が福音派を中心にしてメリカ世論に支持されている背景もよく理解できる。

そもそも番組の題名にある「ハルマゲドン」とは、聖書の黙示録に書いてあるこの世の終わりの最終戦争を意味する。世界の終わりが迫っているというキリスト教の終末論の世界観だ。そして世界が破滅する時、神への信仰が厚い人だけが死の苦しみを味わうことなく救われて、新しい世を迎えることができると信じられている。彼らにとっっては、この世の終わりとは破滅であると同時に「救済」でもある。番組の中で信徒が、ハルマゲドンで救われるのはアメリカ人とイスラエル人だけで、あとの人類は全て滅びると真剣に話していた。だから信徒たちは、早くハルマゲドンが来ないかと願っている。それが番組題名の『ハルマゲドンを待ち望んで』の意味だ。

その世界観のもとに、イスラエルのガザ攻撃や、アメリカのイラン攻撃が行われている。イスラム教徒やパレスナ人は悪であり、自分たちは神から選ばれた選民だという意識が根底にある。それはイエスの言葉として、パレスチナ人は男も女も子供も全員殺せと書いてある聖書を根拠にしている。福音派は聖書の教えを忠実に守る宗派だ。

イラン情勢が緊迫しているなかで、トランプ大統領の執務室で福音派の
指導者や牧師が集まって、トランプと共に戦勝を願って神に祈った。