「 PERSPECTIVE」
17 世紀オランダのフェルメールが室内画で遠近法を確立したが、同じ頃、デ・フリースという画家が建築画で遠近法を確立した。下はその作品で、実在しない架空の建築を想像で描いる。
(この本の復刻版をAmazon で入手可能)
「 PERSPECTIVE」
17 世紀オランダのフェルメールが室内画で遠近法を確立したが、同じ頃、デ・フリースという画家が建築画で遠近法を確立した。下はその作品で、実在しない架空の建築を想像で描いる。
Goya's The Disasters of War
日経新聞の文化欄の「10選」シリーズで、今度は「不条理な現実を裂く」が始まった。第1回目は、ゴヤの版画集「戦争の惨禍」を取り上げている。全部で 80 点ある中の第 71 番の「大衆の利益に反して」という作品。
記事の筆者はこう言っている。「このような怪物は、どの時代にも、どの国にもいて、国家と神の名のもとに戦争を始める。今現在も私たちは、そういう権力者をリアルタイムで目撃している」 名指しはしていないが、明らかに国民のためと称してイラン戦争を始めたトランプ大統領を指している。
Evangelicals
一昨日の NHKで、『ハルマゲドンを待ち望んで』というドキュメンタリー番組をやっていた。キリスト教福音派がアメリカの政治に大きな影響力を持っている実態を詳しく取材していた。トランプ大統領のイラン攻撃が福音派を中心にしてメリカ世論に支持されている背景もよく理解できる。
そもそも番組の題名にある「ハルマゲドン」とは、聖書の黙示録に書いてあるこの世の終わりの最終戦争を意味する。世界の終わりが迫っているというキリスト教の終末論の世界観だ。そして世界が破滅する時、神への信仰が厚い人だけが死の苦しみを味わうことなく救われて、新しい世を迎えることができると信じられている。彼らにとっっては、この世の終わりとは破滅であると同時に「救済」でもある。番組の中で信徒が、ハルマゲドンで救われるのはアメリカ人とイスラエル人だけで、あとの人類は全て滅びると真剣に話していた。だから信徒たちは、早くハルマゲドンが来ないかと願っている。それが番組題名の『ハルマゲドンを待ち望んで』の意味だ。
その世界観のもとに、イスラエルのガザ攻撃や、アメリカのイラン攻撃が行われている。イスラム教徒やパレスナ人は悪であり、自分たちは神から選ばれた選民だという意識が根底にある。それはイエスの言葉として、パレスチナ人は男も女も子供も全員殺せと書いてある聖書を根拠にしている。福音派は聖書の教えを忠実に守る宗派だ。
Fantastic Art in Belgium
先日書いたルーベンスもクノップフもベルギーの画家だった。2017 年に渋谷 Bunkamura のザ・ミュージアムで行われた「ベルギー奇想の系譜」展の図録を改めて眺めているが、この展覧会で、ベルギー絵画の歴史の全体像を見ることができた。15 世紀のヒエロニムス・ボス、ブリューゲル、ルーベンス、などから、20 世紀のクノップフ、ジェームス・アンソール、ポール・デルヴォー、ルネ・マグリット、までそうそうたる巨匠の作品が並んでいた。誰もが知っている名前だが、多くの人は、彼らがいずれもベルギーの画家だということをあまり意識していないと思う。同展からいくつかを紹介。
Rubens
大塚国際美術館に、ルーベンスの大作「十字架降下」のレプリカがある。3面に分かれた祭壇画で、壮大さに圧倒される。ツアーガイドは必ずここで説明をする、この美術館最大の人気作品だ。
巨匠ルーベンスはベルギーのアントワープで活躍した。これ以外にもたくさんの絵画を依頼されたという。アントワープ市内に土地と邸宅を購入して大規模な工房を構えていた。この邸宅は現在では「ルーベンスハウス」という美術館になっている。アントワープへ行った時、ここを訪れたことがあるが、いかにも当時のままの17 世紀的な重厚な建物に並んでいる絢爛豪華なバロック絵画に圧倒される。
Khnopff
ベルギーの画家クノップフの代表作「見捨てられた町」は有名だ。以前あった「ベルギー奇想の絵画展」にも出ていた。かつて商都として栄えたブルージュの街が洪水で死都になった状態を描いている。建物が残っているが無人の街の空虚さを描いている。
Fabrizio Clerici
印象派のように19 世紀の絵画は、美しく平和なものとして世界を描いた。しかし20 世紀になると、戦争やパンデミックや気候変動などが人間の文明を脅かすようになり、楽観的に世界を描くことができなくなった。20 世紀の現代画家はそういう世界観に立って描いたが、その一人がイタリアのファブリツィオ・クレリチだった。クレリチは文明が滅びて人間がいなくなり、過去の遺跡だけが残った無人の世界を描いた。
「水のないヴェネツィア」(1951) ヴェニスは、ラグーン(干潟)に無数の杭を打って、その上に島を作り、それらを橋でつないで作った町として有名だが、気候変動で海水の水位が下がり、杭がむき出しになった街を描いている。手前には沈んだ船の残骸が見える。