2026年3月21日土曜日

モホリ=ナジ と メデイア・アート

Moholy=Nagy  

日経新聞の連載記事「メデイアアート的視点」は、現在のメディアアートの起源になった古典的な作品を紹介している。そのなかで、モホリ=ナジの「光・空間・調節器」が取り上げられていた。

光を反射する金属やアクリル板を組み合わせた立体造形で、モーターによって回転する。そこに光を当てて、反射光や透過光を壁面に投影する。空間の状態を動的に変化させる「光による造形」を目指していた。

モホリ=ナジがバウハウスの教授だった1930 年の作品で、現在のメデイアアートにつなる先駆的な作品だった。




文化庁主催の「メディアアート芸術祭」に、光や映像による造形作品が毎年出品される。プロジェクションマッピングを使って空間全体への没入体験をさせたり、観客の能動的な参加により映像を変化させるインタラクティブアートや、作品を室内空間や建築空間へ拡張する環境芸術や、環境を光と影で変化させるオーギュメンテッドアートなど。最新の技術を利用したテクノロジーアートに発展させている。




2026年3月20日金曜日

ダイアモンド富士

 Diamond Fuji

冬の晴れた日の夕方にはダイアモンド富士が見える。(135 mm 望遠レンズで撮影)



2026年3月19日木曜日

子供用椅子の著作権訴訟

copyright suit

ノルウェーメーカーの幼児用椅子のデザインを模倣した日本メーカーが著作権侵害で訴えられた裁判で、二審の高裁が著作権侵害に当たらないという判決を下した。現在、最高裁で引き続き争われている。(下は日経新聞 3 / 16 の記事)


二つは下のようなデザインで、左が原告側のノルウェーの椅子で、右が被告側の日本メーカーの椅子。高裁判決では、二つのデザインは類似していないから、著作権侵害に当たらないとした。


オリジナルのデザインは、乳児から幼児、子供、大人まで一生使い続けられる椅子というコンセプトから生まれた。今から50 年も前から、今でいうSDGs の発想があったのが素晴らしい。それを実現するためには、成長に合わせて座面の高さを変化できる必要がある。そのために独創的な斜めの構造が生まれた。それは普通の4本脚の椅子では不可能だ。だからこの形は、見た目の美しさを狙ったものではない。


そのような、この椅子の独創性が、高裁では理解されなかったようだ。そして「家具は実用品であるので、創作性を備えた美術作品と違って、著作権の範囲は限定的である。」と言っている。つまり実用品のデザインには、美術品のような独創性は認めないと言うのだ。家具に限らず、日用品でも家電製品でも、美術鑑賞のためにデザインされる製品などない。だからこのおかしな判決が確定してしまうと、デザインはすべて「パクリ」自由になってしまう。最高裁で判決が覆ることを願いたい。

2026年3月18日水曜日

絵巻のマンガ・アニメ的表現

 Twelve Century's EMAKI   &  Today's Manga / Animation

高畑勲氏の「十二世紀のアニメーション」は、絵巻のなかに、現在のマンガ・アニメと同じ表現技術のほとんどが使われていることを検証している。先日紹介した、語り口やカメラワークだけでなく、描画の手法でもマンガ・アニメ的なものに溢れている。


⚫︎輪郭線だけで描く。「鳥獣戯画」が典型で、兎や蛙を、陰影をほとんどつけないで、シンプルな輪郭線だけで描いている。現在のマンガと同じ。


⚫︎人間の一瞬の表情や動作をいきいきと捉える。この「信貴山縁起絵巻」で、3人の男女が笑いながら誰かの噂話しをしている場面。表情豊かに描いている。


⚫︎動くもののスピード感表現。「信貴山縁起絵巻」の疾走する童子で、後ろ「ビューン」という感じの直線の束を描いている。スピード感を表すマンガの定番手法。また髪を後ろにたなびかせているのもしかり。


⚫︎自然現象を流れるような線描で描く。「華厳宗祖師絵伝」の大波に人間が飲み込まれるシーンで、波の激しい動きを線だけで表現している。


⚫︎人間を難しいアングルで描く。「病草紙」で、男の尻を覗き込む女を難しいアングルで描いている。西洋絵画で、このように人間を描くのは 14 世紀になってからだという。



2026年3月17日火曜日

鳥獣戯画のアニメ的カメラワーク

 

高畑勲監督の「十二世紀のアニメーション」は、現在のアニメーションで使われているほとんどの技術が、絵巻ですでに使われていたことを指摘している。

そのなかで「鳥獣戯画」は、カメラアングルに変化が多く、空間表現が最も豊かな絵巻だという。その「カメラワーク」についてこんな例を挙げている。右端の弓の的が、左側面から描かれているが、その左にいる兎の射手は右側面から描かれている。つまりこの二つの間を、カメラが「パン」していることになる。また、その次のボス兎が高い位置から振り返って扇で招いていて、その先には酒樽をかついでくる一団がやや低い位置に描かれている。カメラの向きが高い位置から俯瞰する位置に変化しているのは、アニメでいう「クレーンアップ効果」に当たる。



2026年3月16日月曜日

AI の功罪

AI  

AI の功罪についての議論が盛んだが、そのなかで、歴史学者・哲学者のユヴァル・ノア・ハラリが、AI というものの本質をついた指摘をしている。おおむねこう言っている。

「知能(intelligence)と意識 (consciousness) は別物である。「知能」とは、問題を解決する能力であり、「意識」とは、喜怒哀楽などを感じる能力である。ところが、この両者を混同する人が多い。AI(人工知能)は知能を発展させても、意識を持つことはできない。だから AI が人間にとって代わることはない。」


このユヴァル・ノア・ハラリの指摘を裏付ける出来事がたくさん起きている。例えば最近の事件で、問題を抱えているある中学生が、自殺したいと AI に相談した。すると AI は自殺する方法を教えてあげた。そして中学生は言われた通りに自殺した。この場合、 AI は「知能」の力を発揮して、中学生の問題を ”解決” してあげた。しかし AI は中学生の悲しみなどを理解できる「意識」を持っていなかった。


2026年3月15日日曜日

十二世紀のアニメーション

 Twelve Century Animation

今やアニメーション大国の日本だが、そのルーツは十二世紀の絵巻物にあるといわれる。それについて、ジブリの高畑勲監督が「十二世紀のアニメーション」という本で詳細な解説をしていて、実に面白い。

絵巻物は、右手で巻き取りながら、左手でほどいていくから、物語は右から左へと進んでいく。次々に現れる場面で「ドラマが繰り広げられる」。アニメと同じく、時間とともに見進む「時間的視覚芸術」だ。


一例としてあげられている「伴大納言絵詞」という絵巻の中に、「子供の喧嘩」というシーンがある。このシーンは3つのカットが連続的に描かれている。

3カット目    2カット目    1カット目

いちばん右の1カット目で、野次馬がたくさん集まっていて、全員が左の方を見ている。何が起こっているのだろうかと興味を引かせる。

このように、原因を伏せたまま、まず起きていることを見せて、それから徐々に核心を見せるのは、「倒叙法」と呼ばれ、アニメでよく使われる手法。

2カット目へ進むと、2人の子供が喧嘩をしている。それを大人たちが取り巻いて眺めている。

さまざまな階級・職業の人々。その姿態・表情の多彩な表現も現代のアニメに通じている。




3カット目で、親が喧嘩をやめさせようと、走って出てくる。黄色い衣の子供を母親が家へ連れ戻そうとしている。

走っている父親の躍動感あふれる線描きの表現。マンガやアニメと同じ。