2026年1月9日金曜日

現代に生きる「九相図」

 Kusozu

前回書いた「九相図」は、鎌倉時代の絵巻だが、それは江戸時代に至るまで受け継がれ、さまざまなバリエーションの「九相図」が描かれてきた。その経緯は「九相図をよむ」(山本聡美)に詳しく解説されているが、同書はさらに、現代においても現代的な解釈で「九相図」が描かれているとして、松井冬子という日本画家の作品を紹介している。


松井冬子の九相図の連作のひとつで、元の「九相図」の要素を引用している。例えば、内蔵が剥き出しになっているなど。しかし一方で、元と違って、顔はこちらをしっかり見つめていて、むしろ自分の内蔵を見せびらかしているようだ。同書の解釈では、仏教の教義で否定されていた女性の存在を現代的に肯定的に捉え直している、としている。



2026年1月8日木曜日

怖い絵「九相図」 日本のメメント・モリ

 Kusozu

「九相図」(くそうず)という日本絵画があることを初めて知った。「九相図をよむ  朽ちてゆく死体の美術史」(山本聡美)という本で詳しく解説されている。

鎌倉時代の絵巻の絵で、打ち捨てられた人間の死体の変遷を九段階に分けて描いている。死後、腐敗し骸骨になって朽ちていくまでを写実的に生々しく描いている。仏教の教えである、現世の人間を不浄なもの、無常なものとして、死に対する畏れと諦めの思想を表現している。

西洋絵画でも、「自分がいつかは死ぬことを思って生きろ」という人間のはかなさを知らしめるための「メメント・モリ」(死を想え)がある。骸骨になった人間を描いたが、それとまったく同じ絵画が日本にもあったことに驚く。以下に9つのうちの5つを同書よりあげる。



死んだ直後の美女。着物がはだけているが顔はまだ美しい

死後硬直で手足が固まり、身体は膨張して、肌は黒ずんでいる

腐敗し、虫がわき、皮や肉が破れて膿や血が流れ出している

野犬やカラスに肉を食われ、骨が剥き出しになっている

肉を食い尽くされ、骸骨になった死体

2026年1月7日水曜日

国会図書館


国立国会図書館は蔵書数が日本一だ。出版されたすべての本はここに収めることが法律で義務づけられているから、ない本はない。しかも創設の明治時代以来だから蔵書数は膨大だ。学術的な専門書も完璧に揃っている。来館者が入れるのは1階だけで、その他の階はすべて書庫になっている。

閉架式図書館で、書棚に直接アクセスできない。借りたい本を申し込みカードに記入して出庫してもらう方式だ。だから蔵書検索用 PC がずらっと並んでいる。しかし館外貸出はしないから、館内で読まなければならない。そのため閲覧室が広大で、来館者全員が座れるくらいの席がある。そこでノートを取ったりしながら読むが、一回で済むことはないから、何度も通うことになる。


本格的な調べものをすることはなくなった今は、国会図書館へ行くことはない。地元の市立図書館を利用する。しかし貸出予約はネットでできるが、借り出しや返却には実際に行かなければならない。それが億劫になって、最近は市立図書館へもあまり行かなくなった。代わりに Amazon で買ってしまう。市立図書館にはないような本も入手できるからかえって便利だ。


2026年1月6日火曜日

図書館のイメージ 映画と絵画

Image of Library
 
前回書いた、映画「ベルリン・天使の詩」の中で登場する「ベルリン国立図書館」に触れたので、そのついでに他の映画や絵画に登場した図書館をあげてみる。時代によって図書館とはどういうものだったかがわかる。


2019 年のドキュメンタリー映画「ニューヨーク公共図書館」がすごかった。蔵書が 6千万冊というから世界一の図書館だろう。ローマ建築を思わせる壮大な外観で、内部は宮殿のような豪華さだ。書棚はほとんどないかわりに、閲覧室が広大なので、閉架式図書館なのだろう。日本でも「国会図書館」が閉架式で、借りる本を係員に申し込んで出庫してもらう。そして館外貸出はないので、館内で読むための広い閲覧室が必要になる。

映画「ゴースト・バスターズ」でもこのニューヨーク公共図書館が登場した。一般の人が入れない書庫にバスターズが入って幽霊を退治するというストーリーだが、創立100 年以上の図書館で古い本が並んでいる薄暗い書庫がいかにも幽霊が出そうで面白かった。

近代的な図書館が始まったのは、啓蒙時代と呼ばれる18 世紀で、各国の王室が強大な国家権力を誇示する場としての図書館を作った。これは「ウィーン宮廷図書室」を描いた絵画で、壁びっしりに本で埋め尽くされている。古今東西のあらゆる「知」を集積した図書館は権力の象徴だった。


同じく18 世紀のエティエンヌ=ルイ・ブレーという建築家が描いた図書館の絵は有名だ。「パレ・ナシオナル」という架空の国立図書館で、権力の象徴のイメージで描いている。遠近法を強調した目もくらむような広大な空間に本がびっしり並んでいる。空想というより妄想の図書館だ。


時代をさかのぼって、中世の図書館は修道院の中にあった。印刷術が発明される以前で、修道僧が写本をしていた。それらの本には例えばギリシャ時代の哲学書などもある。その自由思想は、キリスト教の教義で人々を縛っていた教会にとって不都合だった。だから中世の図書館は本を読ませる場ではなく、本を隠す場だった。映画「薔薇の名前」はそのような中世の図書館を題材にしていた。修道院の中の図書室は迷宮のようで、入ることができない。


さらに時代をさかのぼると、世界最古の図書館はローマ時代のアレクサンドリアにあった。映画「アレクサンドリア」は、その図書館を題材にしていた。それは大学(これも世界初)に併設されていた。本はまだ巻物だが、今と変わらない図書館だ。勢力を伸ばし始めたキリスト教の暴徒が図書館を襲撃して火をつける。天文学者の女性大学教授(実在した人物)が本を必死で持ち出そうとする。科学を否定するキリスト教が世界を支配し、暗黒の中世になっていく時代の始まりを描いた映画だ。

2026年1月5日月曜日

映画「ベルリン・天使の詩」

 「Der Himmel uber Berlin」

ヴィム・ヴェンダース監督が小津安二郎を尊敬していて、小津へのオマージュ映画も撮っていることを、先日(12 / 31)書いた、→ https://saitotomonaga.blogspot.com/2025/12/blog-post_31.html それでヴェンダース監督の名作「ベルリン・天使の詩」をもう一度観た。

ラストのクレジットで、「Dedicated to Yasujiro, Francois and Andrei」と、ヴェンダース監督が尊敬する3人の名前をあげている。つまり「小津安二郎」「フランソア・トリュフォー」「アンドレイ・タルコフスキー」に捧げるとしている。

ストーリーはこんなかんじ。守護天使がベルリンの街なかを彷徨して、さまざまな人間に寄り添うように見届けている。しかし人間からは天使は見えない。やがて天使はサーカス小屋の空中ブランコ乗りの女性に恋をしてしまう。彼女と生活をしたいと思い、天使をやめて人間になることを決心する。しかし天使は永遠の「生」を所有しているが、人間に堕ちると「死」を受け入れなければならない。それでも人間になると、暑さ寒さを感じたり、コーヒーやタバコの味を感じたり、色を感じたり、と感じることの喜びを知る。そしてそれまでモノクロだった映画はここからカラーになる。


なお「天使」(エンジェル)は子供のイメージが強いが、映画の「天使」は中年の男だ。キリスト教文化の長い歴史で、「天使」のもともとのイメージは威厳のある青年男子だった。(「かたちと人類」による)


映画のもうひとつの注目点は、「ベルリン国立図書館」のシーンがたびたびでてくること。図書館とは、膨大な時間の記憶を収蔵した場所だから、人間の歴史を見続けてきた天使たちの憩いの場になっている。巨大な吹き抜け、劇場のような階段、吹き抜けに突き出る階段の踊り場、などのある巨大空間の中で、天使が人間たちを見ている。この建築はモダニズム建築の巨匠ハンス・シャロウンの設計による。(「映画のなかの現代建築」による)


2026年1月4日日曜日

プライミング効果

 Priming Effect

上の図では四角い枠の左上にネズミがいる。下の図では枠の右下にネズミがいる。この二つの図を連続して見ると、ほとんどの人がネズミが左上から右下に移動したと感じる。しかしその根拠は何もない。もともと2匹のネズミがいたのかもしれないし、その他のストーリーもいろいろありうる。人はこのように思いこみや、先入観で判断してしまいがちだ。

このように初めに与えられた情報(刺激)が、無意識のうちに次の行動に影響を与えることを「プライミング効果」という。例えば食べ物 の TV CM で、美味しそうに食べる映像を見たあと、無意識にその食べ物を買ってしまうなど。

 TV CM くらいならまだいいが、最近、政治で「プライミング効果」が利用される。政治家の SNS で、人々の関心や注意を引くような画像や映像がネット上にあふれている。スマホが普及した現在、大量の同じような情報を繰り返し受ける。すると情報の価値をいちいち自分の頭で判断することなく受け入れてしまう。無意識のうちに情報に操られて、言動や行動が左右されていく。


2026年1月3日土曜日

「五體字類」


「五體字類」という本(事典)がある。「體」は「体」のことで、この場合は「字体」の「体」 の意味。漢字ごとに5種類の字体を収録している。「楷書」「行書」「草書」「隷書」「纂書」の5種類。

年初にその年の干支の漢字を眺めたりする。だからといってどうということはないが、見ているだけで面白い。今年の「馬」という字を見てみた。「馬」の次に馬へんの文字もずらりと並んでいる。