2023年5月29日月曜日

映画「タクシードライバー」

 「TAXI DRIVER」

4人を殺害した立てこもり事件で、真っ先に「タクシードライバー」が頭に浮かんだ。報じられる犯人のキャラクターが映画の主人公とそっくりだ。友達のいない孤独な主人公は、ヴェトナム帰還兵で、夜勤のタクシードライバーをしている。銃のコレクションが趣味で、4丁(今回の犯人と同じ)の銃の手入れに余念がなく、鏡を見ては自分は強い人間だと自己暗示をかけて自分を鼓舞している。ミリタリールックの服装(今回の犯人も迷彩服だった)をしているのもそのためだ。世直しのためと称して、政治家暗殺を計画するがうまくいかず、なんとか目立つことをしたいという欲求が高まっていく・・・

この映画はスコセッシ監督の 1976 年の作品で、当時のアメリカの世相が強く反映されている。ヴェトナム戦争後の社会は荒んで、犯罪が多発していた。主人公は最後に売春宿で銃乱射をして、犯罪組織の男たちを殺してしまう。しかし市民からは悪をやっつけてくれたとして英雄になってしまう。そして映画は、荒れた社会が生んだ歪んだモンスターが生き残ることになったらアメリカはどんな社会になってしまうのか、という不安を投げかけている。


2023年5月26日金曜日

映画のエンドロール

 Credit Title

最近ますます映画のエンドロールが長くなっているようだ。制作にちょっとでもかかわった末端の担当者たちや、端役の出演者もすべてクレジットされ、5分以上もえんえんと小さい文字がせり上がってくる。これが始まるとすぐに席を立って出ていく人もいるが、けっこう役に立つ情報が含まれていることがある。だから、動くスピードが速いが、追いついて読むようにしている。印象に残っているエンドロールをいくつかあげてみる。


日本でもヒットした「八月の鯨」は、「老い」をテーマにした映画で、人生の終わりが近い老姉妹を主人公にしたいい映画だったが、エンドロールで妹役が「Lillian Gish」と出たのでびっくり。リリアン・ギッシュはサイレント時代から大スター女優だったから、この映画に出演した時は 100 歳近かったわけだ。見ている最中は彼女がギッシュであるとは気がついていなかったが、エンドロールで知ると、なるほど美しいお年寄りなわけだと納得した。


「わたしを離さないで」は、SF 的な要素を盛り込んだ印象的な青春映画だった。エンドロールで「Based on the novel by Kazuo Ishiguro」と出た。日本人の名前なので誰だろうと思い、後で調べて、カズオ・イシグロのことを初めて知った。カズオ・イシグロがまだノーベル文学賞をもらう前のころで、映画を見るまで名前も知らなかった。


歴史的事実に基づく映画の場合、エンドロールで主人公がその後どうなったかが出ることがよくある。「イミテーション・ゲーム」は強く印象に残っている。第二次世界大戦さなか、ドイツ軍の暗号を解読して、イギリスの勝利に大貢献した天才的数学者のアラン・チューリングの物語だ。解読を人海戦術でやっているがうまくいかないなか、チューリングは解読するための機械を作って成功する。エンドロールで「この機械を今日、われわれはコンピュータと呼ぶ。」と出るのが感動的だ。またチューリングは、今でいうLGBT で、当時の法律では犯罪だったため、逮捕されてしまうのだが、これについてエンドロールで「最近エリザベス女王が、逮捕は不当であったと認め、チューリングの死後 70 年たって名誉回復がされた。」と出る。チューリングという名前自体が歴史の中で抹殺されてきたことと、その功績がやっと認められたことがわかるエンドロールだった。


2023年5月21日日曜日

レンブラント・ライティング 絵画と映画

 Rembrandt Lighting

レンブラントの人物画は、暗闇の人物に真横から光を当てて、顔の一部だけに当たるハイライトを浮かび上がらせるが、これは「レンブラントライト」と呼ばれる。最高傑作の「夜警」はそれを群像画に使っている。この絵では、中央の二人の市警団の男と、その横にいる少女の3人にライトが当たっている。

この照明方法は、たびたび映画撮影のライティング技術として使われ、「レンブラント・ライティング」と呼ばれる。ミステリアスな雰囲気を醸し出すシーンなどでよく使われる。

ゴダール監督の「パッション」という映画は、映画を撮影するところを映画にするメタ映画で、主人公の映画監督が「夜警」の活人画を撮っている。(「活人画」は名画の場面を生きた俳優が絵のとうりそっくりに演じること)

監督は、絵のとうりの「レンブラント・ライティング」を再現しようとするが、なかなか絵の通りにならず、いらいらして何度もダメ出しする。だんだん監督と俳優の関係がギクシャクしていって・・・といった人間模様が絡むストーリーになっている。絵画に造詣の深いゴダールは、古典的名画にオマージュを捧げながらも、絵画と映画の違いを浮かび上がらせるすることが主眼で、人間模様の話はつけたしのように思える。

2023年5月16日火曜日

台湾のパステル画

 Pastel painting of Taiwan

台湾のパステル画はレベルが高い。なかでも、張哲雄(Jason Chang)氏は、アメリカや台湾のパステル画協会の会長も務めた人で、日台絵画交流展で来日したこともあった。そのときパステル画の実演デモも行った。その日台展に多少関わっているので、会場で自分の絵を講評してもらったことがある。

パステル画作家展で訪台したとき、会場の国立中正記念堂のミュージアムショッで同氏の初心者向けパステル画技法書を購入した。「粉彩藝術入門興應用」(「Pastel Application Techniques for Beginners」)で、ご本人の作品もいくつか紹介されている。


この人物画は、2015 年の東京開催の日台展にも出展されていて、ひときわ目を引いた。しかしパステルかどうかに関わらず、あらためて絵は「デッサン力」が問題だと思わされる。


2023年5月12日金曜日

”パステル調”の間違い

 Pastel Painting

日本で「パステルカラー」という言葉が世に広まったのは戦後のことで、ファッション業界が流行色のひとつとしてプロモーションしたからだったという。そこから絵画でも「パステル調」という言葉が一般化して、パステル画を ”パステル調” で描くと「パステル画らしい」と褒められることになってしまった。それで街のパステル画教室でもそういう "パステル画らしい" 描き方を一生懸命教えている。日本だけの ”ガラパゴスパステル画” だ。

そもそもパステルは顔料の粉を固めた画材だが、発明したのはレオナルド・ダ・ヴィンチで、素描にパステルを使っている。この「衣装の習作」は、白と黒だけで明暗の階調を描いている。衣装のように定まった形がなく、輪郭線では描けない物はこのように明暗で立体感を表現するしかない。これをパステル以外で描くのは難しい。


カラーペーパー上に、パステルの白と黒だけで描く手法が車のデザイン画で応用された。ダ・ヴィンチの衣装と同じで、曲面だらけの車の形は輪郭線だけで表現することはできないから、明暗で3次元の曲面を表現する。車に当たった光が強く反射しているハイライト部分を白で描くので「ハイライト描法」と呼ばれる。


明暗で描くというのはつまり、色や形ではなく、「光」で物を描くということだ。19 世紀になると、たくさんの画家が素描ではなく、タブローとしてパステル画を描いたが、ドガはその代表で、光で形を描くというパステル画の特徴を最大限に生かしている。


現代のパステル画の例として、アメリカのリチャード・ピオンクという人の静物画をあげる。やはりほとんど光だけを描いている。ハイライト以外の部分は暗闇に沈んでいる。もちろん日本式 ”パステル画らしさ” などまったくない。


2023年5月8日月曜日

パステル画の描き方 花を描く

 How to Paint Flowers with Pastel

白いものを描くには紙の白を塗り残すしかない水彩画に対して、パステルではカラーペーパーに描くので、白い物は素直に白い色を塗ることができる。パステルは、水彩のように水で薄めることなく、顔料そのものを紙に乗せていくから、パステルの色は強さがある。だから両者を比較すると、同じ白でも水彩よりもパステルの白さには力がある。


「晩鐘」などで有名なミレーの「マーガレットの花束」というパステル画だが、雛菊の鮮烈な白さが印象的だ。


ところが、あるパステル画の初心者向け教本にこんなことが書いてある。「指の腹で擦り、色どうしをなじませていく。何色も重ねると下の色と混じり合い、独特の深みのある色調になる。これがパステル画の醍醐味。」 だと言って、とにかく指で擦りまくれと教えている。そして、この赤い花の絵を ”パステルらしい絵” の見本だとしている。しかし擦るとこのように、色がのっぺりしてしまい、立体感も質感もなく、花が死んでいる。(写真は「新しい画材ガイド  パステル」より)


日本以外ではこんな教え方はしない。パステル画の本場のアメリカの教本では逆に、ストロークを殺さないために擦るなと教えている。この例は細くて繊細なラインストロークを重ねていて、どこも指で擦っていない。だから花が活き活きしている。上の絵と比べると違いがよくわかる。(写真は「Pastel School」より)


2023年5月5日金曜日

ロシアの反戦絵画

 Antiwar painting of Russia

「反戦と西洋絵画」は、出たばかりの本で、著者(岡田温司)は、ロシアのウクライナ侵攻がきっかけで、戦争への想いを絵画はどのように表現してきたのかを振り返るために、この本を書いたという。反戦絵画が生まれたのは 17 世紀からで、それまであったのは、英雄的な武勲や勝利の栄光を讃える、勝者の側から描かれた「戦争画」だった。同書は、勝者/敗者という立場を超えて、戦争の悲劇を訴える近現代の反戦絵画の歴史をたどっている。ゴヤやピカソなどの有名な絵だけでなく、初めて見る作品も多く、参考になる。

19 世紀末のロシアの画家で、ヴァーシリー・ヴェレシチャーギンという人の絵が紹介されている。ロシア・トルコ戦争に従軍した経験をもとに描いた絵は、戦争の悲惨さと犠牲者への弔いの意が込められている。

「戦争の神格化」 無数の殺された兵士の頭蓋骨が山積みになっている。同書によれば去年、ロシアのウクライナ侵攻に抗議するため、この絵の複製を掲げたロシア人が逮捕されたという。この絵が今日でもロシア国内で密かに反戦のシンボルとみなされていることの現れだという。

「敗北」 地平線のかなたにまで無限に広がる荒野に無数の兵士の遺体が並べられていて、司祭が鎮魂の祈りを捧げている。

「戦争捕虜の道」 寒々しい雪原のなか、敗走のトルコ兵があちこちで行き倒れになっている。敵方の兵士の悲惨な運命にも目を向けている。


同書は、「列強が帝国主義の戦争に突き進むなか、このようにロシアにもまた、戦争の愚かしさと悲惨さに目を向ける画家がいたことを、忘れてはならない。」と言っている。


では現在のロシアの状況はどうなのか、ネットで調べてみた。それによれば、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、ロシアのアーティストや美術館が次々に反戦の意を表明しているという。そして多くの画家が反戦絵画を制作しているが、文化統制の厳しいロシア国内では発表できず、多くは日本の美術館で展示されているという。その一例、エカテリーナ・ムロムツェワという画家の作品。