2018年7月27日金曜日

大洪水、終末、ラプチャー・ムービー

Rapture movie,  Apocalypsis

絵画でも映画でも大洪水の恐ろしい光景が繰り返し描かれてきた。人間たちの悪行に怒った神が大洪水を起こして、人類を滅ぼす日が来るという聖書の黙示録に書かれた終末論がそのもとにある。聖書思想のない日本人には、津波や洪水に繰り返し襲われているのに、こういう映画の意味を理解しにくい。

「ディープ・インパクト」では、高さ 1000 m の超巨大津波がニューヨークの高層ビルを一瞬で飲み込む。小惑星が海に墜落した衝撃で世界中が津波に襲われたためで、日本は丸ごと水没してしまう。人はなすすべもなく、今までの自分の罪を悔いて神様の救いを求めてただ祈るしかない。


このような映画は、聖書の根深いところからきているからアメリカ人にとっては非現実的な作り話ではない。世論調査によれば、アメリカ国民の 40 % くらいが 50 年以内に終末が来ると信じているそうだ。特に 9.11 のテロ事件以降はそれが間近に迫っている現実として強く意識されるようになったという。(「アメリカ映画とキリスト教」による)

この種の映画には、災害が起こる直前に限られた何人かの人だけに救いが来るストーリーが必ず含まれている。選ばれた人たちは「ノアの方舟」に乗って生き延び、悪のない新しい人類世界を再生する。これは聖書の根幹の思想で、「ラプチャー」と呼ばれる。そのためこの種の映画は「ラプチャー・ムービー」と呼ばれる。

「ノウイング」はその典型で、人類最後の時、少年と少女の二人だけに宇宙船の迎えが来るが、乗り込む時うさぎを抱いている。まさに「ノアの方舟」そのままで、やがて二人の間に生まれる子供から新しい人類が始まることを暗示している。「レフトビハインド」「リメイニング」の二つはそのタイトル通り、あとに取り残された側の人たちのストーリーで、今までの不信心を悔い神様に赦しを乞いながら死を待つ。

2018年7月25日水曜日

リヒター/クールベ特別展示 @国立西洋美術館

Richter  /  Courbet

作品が2点しかない超ミニ企画展。ドイツの現代画家ゲルハルト・リヒターと、19 世紀の写実画家クールベを対照的に並べている。リヒターは抽象絵画を描きながら部屋にクールベのこの絵を飾っていたという。雑誌などの写真をキャンバスに大きく引き伸ばし全体をぼかして描くフォトペインティングという手法だそうだが、モチーフは違っても光がよく似ている。あえてそれをすることで、クールベのような写実的な絵画の「終わり」を示したものだという。

ゲルハルト・リヒター「シルス・マリア」2003 年
ギュスターブ・クールベ「狩猟者のいる風景」1873 年

2018年7月23日月曜日

50 年前のコンクール・デレガンス

Concurs de Elegance

定かでないが、確か1967 年のコンクール・デレガンス。つまり約 50 年前。参加車のほとんどは 1920 年代の「ヴィンテージカー」で、この時点の 40 年前、現在からは 90 年前のクラシックカーということになる。タイムレスな美しさにほれぼれする。ちなみにこの時の審査委員長は佐藤章蔵氏だった。


駐車場でのショットが当時を感じさせる。ジャガー E タイプが現役なこと、国産車がトヨタ・コロナや三菱・デボネアであること、そしてなによりブーツ姿の女性のファッションが。

2018年7月21日土曜日

「彼女と」展 @ 国立新美術館

"Avec Elle"   ( A movie shoot experience )

国立新美術館でやっている「彼女と」展を観に行った。映画製作現場に来場者が参加してフィルムを作る体験型イベント、というふれ込みだったが期待外れだった。

(1)本当に映画を作っている感がなく、俳優も監督も「ごっこ」をしているだけ。(2)来場者の参加といいながら、ほとんどは見ているだけ。(3)主人公がよくあるステレオタイプな「憧れの女性」で面白くない。

主催がエルメスなので宣伝色が強いのはやむを得ないにしても、斬新な試みではあるので、もっとやりようがあったのではという残念賞だった。ちなみに参加者はエルメス購買層の若い女性ばかりで GG は一人だけでした。


2018年7月19日木曜日

CGで絵を描く

Drawing with Computer Graphics

絵の場合は「のようなもの」スケッチでも「雰囲気が出てるね」などと褒められたりする。しかし CG で描くには形を正確に把握していないとそもそも描くこともできない。だから CG の練習は形の観察と理解に役に立つ。


3D CG の課題でスプーンを描かせるが、毎日普通に使っているのにほとんどの人ガ形を知らない。すくう部分を水平に置いたとすると取っ手は上の方へ傾いている。こうでないとスープもカレーも皿からすくえない、との説明で初めて気がつく。そしてこんな作品が。


形だけでなく、構図、陰影、背景、などを絵画と同じ意識で描くことを目標にする。当然ながら PC は自動的に描けるわけではなく人間の指示を待っている。絵の具と筆が PC に変わっただけで描くことに変わりはない。


2018年7月17日火曜日

めくるめく羅列の絵 ウンベルト・エーコの「芸術の蒐集」が面白い

" Vertigene Della Lista "  by Umberto Eco

「芸術の蒐集」という本がとても面白い。「めくるめく羅列」というのが原題で、様々な人や物で画面でびっしりと画面を埋め尽くす「羅列の絵」が集められている。著者のウンベルト・エーコ自身が「羅列愛好家」と呼ばれ、微に入り細にわたる知識の羅列をした小説(映画化もされたベストセラー「薔薇の名前」が有名)を書いた。絵画をこういう風に見る見方もあったかと感心する。

マルティン・マイテンス「ヨーゼフ2世との結婚のためのイサベッラ・ディ・パルマの到着」1760年

アンディ・ウォーホル「キャンベルのスープ缶」1962年

王様の結婚式を描いた 18 世紀の絵で、何千人もの参列者が延々と続いていて、その羅列が権力の強大さを誇示している。一方でキャンベルのスープ缶の全 32 種類を羅列したウォーホルの絵は消費文化と広告メディアが現代の権力者であることを示している。そう見ると時代のぜんぜん違う2つの絵に共通性が見てくる。エーコはこのように物事を「羅列」してその「リスト」を作ることで世界が見てくると言っている。そして本の最後で、「現在インターネット上でありとあらゆる情報が羅列されているが、ニセ物と本物を見分けることができず、かえって世界が見えなくなってしまった。」と言っている。

2018年7月15日日曜日

エスキース 古い機械を描く

Esquisse  "Old Machine"

次の展覧会に向けて、昔っぽい古い機械を描きたいと思い、エスキースを始めた。モチーフはちょうど 100 年前の 1918 年製の機械で、「前世紀の遺物」感を出したい。即物的なクローズアップの構図と赤錆びた鉄の質感、という方向を決めた。「MACHINE 1918」と題名だけははやばやと決定。
(Pastel Pencil)