「Satan Tango」
前回投稿(↓)の続き(https://www.blogger.com/blog/post/edit/5842824525266145803/6738002736211797760)
貧しい村にやって来た若者は救世主の顔をして村人に演説する。村を捨てて、新しい土地へ移住して楽園のような村を作ると言う。そのための資金だとして金を寄付をさせる。それを信じて村人たちは偽救世主について行くが、着いた先は荒れ果てた廃墟の家だった。人々は騙されたのではと疑念を持ち始める。そのシーンで村人の顔をクローズアップで撮る。顔の周囲をカメラが2分もかけて 360° ゆっくりと回る。この長回しによって、怒りや悲しみではない、夢などなかったのだという諦めの気持ちが伝わってくる。秀逸なカメラワークだ。
村人が町に到着すると、何頭もの馬が無人の広場に登場して、モニュメントの周りをぐるぐる回る。唐突で非現実的なシーンだ。後ろに見えるのは市庁舎らしき建物で、人間の代わりに馬しかいないことで、政治権力の空虚さを暗示しているようだ。そのことは、この後のシーンで、役人の官僚主義的な仕事ぶりを皮肉るシーンが出てくることから分かる。
ラストで、村人が全員村を出ていき、誰もいなくなる。一人だけ残った飲んだくれの老医師は毎日窓から村人たちを観察していたのだが、その意味がなくなり、窓に板を打ちつけていく。最後の一枚を打ち付けると、画面は暗闇になり映画は終わる。世界から自らを閉ざしてしまった老医師が最後にどうなるかは示されていない。暗闇の中で彼の独り言だけが聞こえてくるが、それは神の不在を意味する言葉だ。希望も救いもないエンディングだ。
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