2025年8月11日月曜日

絵画の「影」 映画の「影」

 A Short History of the Shadow

山水画にしろ浮世絵にしろ、日本絵画には伝統的に影がまったくない。それに対して西洋絵画では影が重要な役割をになっている。影そのものが絵画全体の主題になっている例も多い。「影の歴史」(ヴィクトル・ストイキツァ著)という本で、美術(絵画・映画)における「影」の意味と歴史についての詳細な研究が行われていて、とても勉強になる。その中から、いくつかを紹介する。画像のみだが、くわしい解説は同書をどうぞ。


⚫︎分身としての影

ギリシャ時代に絵画が発明されたが、それは人間の横顔に光を当てて、壁に映る影をなぞることで始まった。このことをテーマにして、後世の人たちがたくさん絵を描いたが、19 世紀のエデュアルド・デジュという人の「絵画の発明」もそのひとつ。出征する若者の横顔を恋人の女性が描いている。「影」で分身を残している。







横顔のシルエットで分身を表す伝統は現代でも続いている。アンディ・ウォーホルの「影」で、右側に本人がいて、左側に分身としての横顔の影が描かれている。







⚫︎存在感の影 

ゴッホの「タラスコンへ行く画家」は、ゴッホ自身の姿を描いているが、本人以上に強い影がゴッホの存在感を強めている。日本語で存在感のないことを「影が薄い」というが、これはその逆で、足を地に踏みしめて歩くゴッホの自信を「影」で示しているのだろう。







ディズニー・アニメの「ピーターパン」で、ピーターパンの「影」が本人の足元から離れて、あらぬ方向へ飛んでいってしまう。恋人のウェンディーがピーターパンに「存在」感を与えるために、影を捕まえて足元に縫いつけてあげる。

⚫︎まなざしの影 

ピカソの「影」で、裸婦を描いているキャンバスに重ねて、ピカソ自身の影を描きこんでいる。モデルを見る画家自身の「まなざし」を影で間接的に表している。










今まで気がつかなかったが、ルノワールの「デザール橋、パリ」で、画面下に影が描かれている。画面の外にある手前の橋の影だ。その橋の上でこの風景を見ている人たちの影があり、そのなかの一人がルノワール自身の影だ。






⚫︎他者性の影」

これはシャネルの男性用香水のポスターだが面白い。シャワーを浴びたばかり男性が、ローションの瓶を奪い取ろうとして、影と張り合っている。影は本人の姿と関係なく、攻撃的なポーズをとっていて、影の他者性を強調している。 










漫画「ラッキー・ルーク」の主人公のカウボーイは、「自分の影より早く引き金を引くことができる男」だ。すでに弾丸が影に命中して胸のあたりに白い穴が開いている。本人の浮いた帽子は動きの素早さを示しているのに対して、影の浮いた帽子は驚きを表している。

⚫︎不安の影 

ムンクの「思春期」は、自分の病弱な妹を描いたといわれている。壁に映った影は、大きな黒い雲のかたまりのようだ。それは少女の不安な精神状態を表している。










ミステリー映画の名作「第三の男」は夜のシーンが多く、「影」がミステリアスな雰囲気を高めている。「影」だけしか見えない第三の男の正体をつかむことができず、見る人の不安を煽る。


⚫︎不気味な影

映画「カリガリ博士」は、ドイツ表現主義映画の最高傑作といわれる歴史的名作だが、全編が影の映画といっていいほど「影」が主役をつとめている。このシーンは主人公の博士に横から光が当たり、拡大された巨大な影が壁に映っている。手は歪んで、カギ形になっている。影によって奇怪な博士の心の内面があらわになっている。



キリコの「街路の憂鬱と神秘」で、フープで走っていく少女の向かう先に影が見えている。影の本人の姿は建物の影に隠れて見えていないが、それは巨大で、棒のようなものを持っているようだ。影だけしか見えないことが、不気味さをかき立てる。少女にこれから起きるかもしれないことを想像させる。








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