Erik Desmazieres
日経新聞(6 / 23)の文化欄のコラム「塔のものがたり」でエリック・デマジエールの「塔の中の図書館」が取り上げられていた。それで 10 年ほど前に買ったデマジエールの画集を眺めている。この「塔の中の図書館」はデマジエールの最も有名な作品だが、架空の図書館の迷宮的イメージを描いている。何階層もある高い塔の内部の壁にぎっしりと本が並んでいる。上と下に渡り廊下があって、人が行き来している。
この絵に感じる目がくらむようなスケールの大きさは透視図法から来ている。天井は真上に見上げるほど高いが、ちらっと見えている真下の床面ははるかに遠い。上下の視野角がほぼ 180° なのが 目がくらむ理由だ。手すりのない渡り廊下を書物を持って通っている人たちは奈落の底へ落ちてしまわないかと想像してしまうのも目のくらみを増幅している。
この作品は、アルゼンチンの作家ボルヘスの短編小説「バベルの図書館」をもとに描かれている。その小説は、中央に巨大な換気孔を持つ六角形の閲覧室の積み重ねになっていて、それが上下に際限なく続くなど、迷宮的な図書館が緻密に描写されている。デマジエールはその小説を視覚化している。
我々には、図書館に対するこのような迷宮的なイメージは全くないが、ヨーロッパでは古くからかなり普通だったようだ。そのことがわかるのが映画「薔薇の名前」だ。この映画もボルヘスの小説「バベルの図書館」がもとになっている。中世のイタリアが舞台で、ある修道院で起こった連続殺人事件の謎を解き明かすために主人公の修道僧がやって来る。やがてそれを解く鍵は、修道院の中にある図書館に所蔵されているある本にあることを突き止める。そしてその本を探すために図書館へ侵入する・・・
そこはまさに迷宮で、通路と階段が複雑に入り組んだ構造になっている。あちこちには人が入れないような仕掛けがしてある。デマジエールの絵画とまったく同じイメージだ。中世では、図書館は修道院の中にあったが、それは人に本を読ませる場所ではなく、逆に本を読ませないように隠す場所としての図書館だった。古今東西の「知」が集積した図書館の本を読むことで人々が目覚め、キリスト教による世界の支配に対する疑念が湧くことを恐れた。
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