2023年6月4日日曜日

映画「トリコロール 青の愛」

 「Tricolor : Blue」

巨匠キェシロフスキー監督の「トリコロール」の3部作は、フランス国旗の、 赤(博愛)、白(平等)、青(自由) をモチーフにした愛の物語で、「トリコロール 青の愛」は、過去の自分から解放されて「自由」を得るまでの女性の物語。

交通事故で夫と娘を亡くし、妻(ジュリエット・ピノシュ)も重傷を負う。家族を失い、彼女の心がポッカリ空白になってしまう。今までの生活を忘れて再出発したくて、住んでいた邸宅を売り払う。しかし一方で、愛していた夫の思い出をとっておきたいという思いで、大事にしていた青いガラスのモビールひとつだけを手元に残して、いつもいつくしむように眺めている。このモビールの「青」が題名の「青の愛」のシンボルになっている。


この映画は、ドラマチックな展開があるわけではなく、主人公の微妙な心の動きをたんたんと描く静かな映画だ。その心の動きをセリフで説明的に描くことはせず、代わりにいろいろな小さいオブジェクトをクローズアップで写して代弁させる。だからストーリーを追う見方をするのは意味がない映画で、キェシロフスキー監督の映画美学が素晴らしい。

カフェでコーヒーを飲むシーンで、角砂糖をゆっくりとコーヒーに浸していく。そのゆっくりとした手の動きが主人公の虚ろな心を表わしている。こういうディテールのアップが映画のあちらこちらに散りばめられている。


事故の時、現場に落ちていた十字架のネックレスを拾った若者が、わざわざ届けてくれる。夫からプレゼントされた思い出の品だが、彼女はいらないと言って若者にあげてしまう。揺らいでいるネックレスのアップ映像が彼女自身の心の揺れを表現している。


最後に彼女は決断をする。著名な作曲家だった夫が亡くなって作曲が中断したままの協奏曲の残りを自分で作曲して完成させることだ。残っていた遺品の資料をもとに、夫の気持ちになり切りながら作曲していく。


曲を完成させた時、夫の思い出との決別をする決心がつく。そして映し出されるのは、アウト・オブ・フォーカスになった青いモビールで、もうこのモビールが眼中にない彼女の視線で撮られている。そしてモビールを置き去りにしたまま、家を出ていく彼女の姿が見える。向かうのは夫が死んでから愛するようになった男の家だ。そして彼女に新しい至福の生活が始まったことが暗示される。


ラストで、彼女が完成させた曲が流れる。愛の至高を荘厳に歌っている合唱付きの協奏曲で、歌詞が字幕で出る。「知識も信仰も道徳もいらない。すべてを乗り越えることができるのは愛の力だけだ」と歌っている。主人公が、過去の思い出という束縛から解放されて「自由」を得たことを意味している。

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