1839 年にダゲールが写真を発明して以来、写真はさまざまなかたちで発展してきたが、特に「写真」が「絵画」から受けた影響と、「絵画」が「写真」から受けた影響と、その両者の関係が面白い。そのことを当ブログで何回か書いてきたが、今回それらを再編集しながら一つにまとめてみた。ちょっとした「写真と絵画の関係史」になりそうだ。
⚫︎絵画の模倣をする写真(2025. 8. 9. 投稿)
19 世紀に写真が発明されると、絵画が大きな影響を受ける。それまでの写実絵画が、写実性の点で写真と対抗できなくなって、カメラという機械にはできない、人間が感じる印象を描く「印象派」が生まれたとされる。
一方で誕生したばかりの写真は、外国の珍しい風景や、人間の肖像を撮るなど、「記録」の機能しかはたせなかった。しかしやがて、写真も芸術になりたいという願望が生まれ、絵画の模倣をするようになる。現在、東京写真美術館で開催中の写真展「トランス・フィジカル」展に出展されている「アジャンの風景」(1877 年)は写真だが、どう見ても印象派の絵画のように見える。実際に印象派全盛の時代の作品で、初期の写真は、絵画を追いかける「絵画の模倣」(ピクトリアリズム)だったことがよくわかる。なおカラーフィルムがない時代だったのに色がついているのは、3原色れぞれのモノクロームで撮ったフィルムを3枚重ねるという色彩の減算混合の原理を応用している。
「アジャンの風景」ルイ・デュコ・デュ・オーロン(1877 年)
⚫︎ピクチャレスク絵画(2014. 8. 4. 投稿)
印象派と同じ頃の19 世紀アメリカでは、「ピクチャレスク絵画」が大人気になる。それは「絵のように美しい風景を描いた絵」の意味であり、アメリカ人が大好きな写実絵画だった。その代表が「ハドソン・リヴァー派」で、まだ未開の土地だったハドソン川流域の風景を描いた。アメリカらしい壮大な大自然を、美しく崇高な絵として描いた。
彼らは旅行をしながら写真を撮って、それを参照しながら、時には複数の写真を組み合わせるなどして、実際には存在しない理想の風景を描いた。それらは大キャンバスに細部まで非常に精密に描かれていた。19 世紀末には、大サイズで高精細のステレオスコープ写真がすでにあり、それに対抗するためだったという。
「シエラ・ネバダ山脈のあいだ」アルバート・ビアスタット
⚫︎ロシア構成主義のロトチェンコの写真革命(2021, 1, 11, 投稿)
「ロシア・アヴァンギャルド」と呼ばれる20 世紀初頭のロシアの前衛芸術運動は美術に革命を起こした。それは「ロシア構成主義」とも呼ばれ、中心になったロトチェンコは、グラフィック・デザイナーであり、写真家でもあった。
ロトチェンコは、絵画的な美しさを理想として、絵画の追随をする写真を否定して、写真独自の可能性を追求した。そのため絵画の遠近法的視覚でなく、真上や真横からのショットを多用した。代表作のひとつのこの写真は、光と影の強烈なコントラストによって、対象の立体感をなくして、2次元的な平面構成を作っている。写真に凝っていた学生の頃、ロトチェンコに憧れて、それを真似したような写真を撮っていた。
「ライカを持つ女」ロトチェンコ
⚫︎マン・レイの「ソラリゼーション」写真(2022, 10, 26, 投稿)
マン・レイは1930 年代に、雑誌などの商業写真で活躍した。「ソラリゼーション」の技法を始めて、一世を風靡した。写真でありながら写真的でない、手で描いたイラストレーションのような写真だ。露光した印画紙を現像液につけて画像が現れ始めたら一瞬だけ暗室のライトを点ける。するとネガとポジが入り混じったような不思議な感じになる。昔、「ソラリゼーション」を真似していたが、「マン・レイと女性たち」展(2022 年)で初めて現物を見ることができた。
⚫︎スティーグリッツの「ピクトリアル写真」(2014, 8, 4, 投稿)
20 世紀前半にアメリカで活躍した写真家アルフレッド・スティーグリッツは、ニューヨークの街をモチーフにして、雪・雨・霧などの自然現象を使って詩情たっぷりの写真を撮った。霧に煙ったビルや、雨に濡れた歩道に映る光など、絵画的な写真を、自ら「ピクトリアリズム」と呼んだ。
スティーグリッツは、撮したい場所を事前にロケハンをして構図を決め、イメージスケッチをした。そしてその場所にカメラを設置して、イメージ通りの光と影ができる瞬間を何時間でも待った。そして、すべてのバランスが整った瞬間にシャッターを押した。
アルフレッド・スティーグリッツ
⚫︎「フォト・リアリズム」(2014, 8, 4, 投稿)
1970 年代から1990 年代にかけてアメリカで、「フォト・リアリズム絵画」が大流行した。写真をプロジェクターでキャンバスに投影して、その像をなぞりながら描く。写真以上に細密な超絶写実絵画だ。下の例でわかるように、ひとつひとつのモノの微妙な光の反射に至るまで、細密に描かれている。高精細の写真や CG の発達で、人間の目では見えなかったものが見えるようになった時代に、「写真的視覚」というものの見方が発見され、それを利用することで生まれた新しい概念の絵画だった。
参考文献
「アメリカン・リアリズムの系譜」 小林剛著
「トランスフィジカル」展 図録 東京都写真美術館編
「ロトチェンコの実験室」ワタリウム美術館編
「マン・レイと女性たち」展 図録 神奈川県立美術館編
「影の歴史」 ヴィクトル・I・ストイキツァ著
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