2024年4月9日火曜日

暮れ残る空「マジックアワー」の光の美しさ  ミレーの「晩鐘」と映画「天国の日々」

Magic Hour 

写真や絵画で「マジックアワー」という言葉がある。日没時には、真っ赤な太陽の光が空を染めるが、それが終わって、太陽が地平線の下に沈むと、地平線の下から空へ向かって光が照らされる。空に反射した間接光なので、光は弱く優しく、微妙な色に輝く。完全に暗くなるまで 20 分くらい続くが、一日のうちで空が最も美しい時間帯で「マジックアワー」と呼ばれる。日本語の「暮れ残る空」に近い。

「マジックアワー」の光を描いた有名な絵画はミレーの「晩鐘」だ。わずかに明るさを残す空を背景に農夫夫婦がシルエットで浮かび上がっている。マジックアワーの光は詩情や郷愁の感情を呼び起こす。



映画で、「マジックアワー」の光の美しさを最大限生かした映画が名作「天国の日々」だった。ミレーの「晩鐘」と同じく、見渡す限りの平原を舞台にした農民の物語だが、ほとんどすべてのシーンが「マジックアワー」で撮影されている。

マジックアワーの微妙な光を背景に、平原のなかにポツンと一軒だけの豪邸が建っている。建物は暗いシルエットになり、左側面だけがまだほのかに明るい。古い様式の建物が、映画の時代設定の 1910 代の雰囲気を出している。空の色と相まって、映画全体を覆う郷愁感を高めている。 (・・・・建物に住んでいるのは若い男一人だけで、彼は農場の所有者の金持ちなのだが、余命がいくばくもない。・・・・) 



遠くの地平線まで平原が広がっていて、ミレーの「晩鐘」とまったく同じ構図のシーン。マジックアワーの雲がピンクがかった柔らかい色に染まっている。人物は暗いシルエットに沈んでいる。 (・・・・主人公の二人は農場に働きにきている貧しい季節労働者で、夫婦なのだが兄妹と偽っている。・・・・)



一日の農作業を終えて、宿舎に戻る季節労働者たちのシーン。マジックアワーの空が美しい。 (・・・・安い賃金で重労働させられている彼らの悲哀感をこの空が引き立てている。主人公の二人も、この境遇から抜け出したいと思っている。・・・・)



この映画は、準備をして待っていて、日が沈むと同時にマジックアワーの 20 分間に撮影したという。その光の美しさが、シーンに郷愁や哀愁の感情を与えている。「物語る」という俳優の役割を光がしている。だからこの映画の登場人物のセリフはとても少ない。


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