前回の投稿で、シトロエン2CVが登場した映画について書きましたが、そこで、この車が建築家のコルビュジェのデザインだという説があることに触れました。その後、これについて調べていると、「ル • コルビュジェの愛したクルマ」といういい本がみつかったので、これを受け売りしながら、コルビュジェと車の関係について書きます。
コルビュジェの愛車は「ヴォアザン」でした。ヴォアザンを作ったのはガブリエル • ヴォアザンという人ですが、彼も建築出身で、まだ馬車の延長的存在だった自動車を、実用的な乗り物へと発展させた人でした。「ヴォアザン」は高品質で高性能でありながら、装飾がなく簡素で、形態や構造が合理的であり、建築的な設計思想を導入した初めての自動車でした。コルビュジェ自身が追求していた機能主義建築の考え方と一致していたため、この車を高く評価したのです。
コルビュジェの愛用したヴォアザン(Voisin)1929年
1920年代後半に、コルビュジェは「パリ • ヴォアザン計画」というパリの都市改造計画を提案します。古い街を壊して超高層ビルを建設し、広い幹線道路を通して交通の流れを確保する。そしてパリを自動車の街にしようとするものでした。このプロジェクト名はヴォアザンがスポンサーだったことから来ているのですが、ヴォアザンの合理主義精神を引き継ごうとしたことでもあったのでしょう。
「パリ • ヴォアザン計画」のコルビュジェのスケッチ
そして建築だけでなく、この都市に必要で最適な自動車のデザインも手がけます。都市交通を合理化するために、車の大きさを二分の一にして、道路や駐車場の利用効率を上げようという発想でした。ただし、ただ小さくするのではなく、最小限の大きさと最大限の機能の調和によって、その内部空間と車体の大きさが決定されたのです。そのため「マキシマムカー」と命名されました。空間処理が巧みで、前列は3人掛けで、後ろに横向きのシートも設置できる空間があり、荷室でもあります。小さいながら十分な室内空間、軽量で剛性の高いモノコック構造の車体、リヤエンジン、平面を多用した合理的形態、など時代に先駆けた先進的なデザインでした。
「マキシマムカー」のコルビュジェのスケッチと、後に再現された模型
コルビュジェはこのデザインをシトロエンを含む各自動車メーカーに売り込んだのですが、実際の車として実現しませんでした。だからシトロエン2CVがコルビュジェのデザインだとは言えないようです。ただ、後にシトロエンが2CVを企画したとき、設計者に課した命題は、「車を運転したことのない農民でも使いやすく便利で簡潔な車」だったので、それはコルビュジェのマキシマムカーのコンセプトそのものだったと言えます。だからエンジン配置などの違いはあるものの、平面を多用した形態など、両者には多くの共通点があります。2CVを設計したルフェーブルという技術者は、コルビュジェと縁が深いヴォアザン出身だったので、設計思想の面でも影響を受けたことは充分考えられると思います。
シトロエン2CV
コルビュジェが宣言した言葉「建築は住むための機械である」は有名です。富や権力を誇示する建築や、精神性を表現するための建築、などに対するアンチテーゼとして、建築は人間が快適で合理的に住むためのものであるべきだという提言でした。これとまったく同じ考え方で自動車もデザインしたのです。金持ちの優雅な乗り物であった自動車を、誰もが乗れる実用に徹した「走るための機械」にしようとしたのです。その精神を受け継いだシトロエン2CVは、1948年から1990年まで40年にもわたって700万台も生産されましたが、数だけでなく、「人類が生んだ最も哲学的な車」という言葉で讃えられているのはそのためでしょう。